表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/41

伝説

 遥かなる昔

 人は暗い暗い夜の彼方に

 ひっそりと住んでいた


 それを哀れに思しめた最高神フリームが

 ある時太陽神アルルに命じた


「人々に光溢れる国を与えよう

 太陽神アルルよ

 彼の地に人を案内せよ

 目印にバルハフェール樹を植えておこう」


 人は

 アルルの導きでこの地に降り立ち

 バルハフェール樹の周囲に町を作った。




 繁栄が訪れた


 知恵の神ペルタニウスは人々に

 数多あまたの知識を分け与え


 豊饒神ビシュナスはその力を存分に奮った。


 戦の神タルタスが欠伸をする横で


 人は海洋神ガウリイのなだらかなおもて

 ゆっくりと渡っていった


 『飢え』はなく


 『病気』もなく


 芸術の神クレリアは多くの弟子を持った。




 時が経つにつれ

 人々は神への感謝の念を忘れていった


 己の力で繁栄をなしたと思い上がった

 最高神フリームは人々を滅ぼそうとした




「お待ちください、フリームよ」


「すべての人が、忘恩の徒ではありません」


「どうかお慈悲を」


 赤の月神ゼルトランと白の月神ルフィーナが

 人の為に弁護した


 最高神フリームはそれを聞き入れ

 選択を人々に選ばせることにした




 それから間もなく

 最高神フリームの使者が現れ

 一つの立派な箱を人々の間に置いた




「人よ」


「最高神フリームからの贈り物の蓋を開けぬよう」


 両月神は忠告した




 しかし


「何が入っているのだろう」


「最高神フリームの贈り物だもの」


「こんな立派な箱だもの」


「きっと良いものに違いない」


 ついに人々はその箱を開けてしまった


 中に詰まっていたのは『滅びの種』




 『破局』が訪れた


 南黒海に浮かぶ島には

 『滅びの種』が充満し

 人の住めぬ島となった


 バルハフェール樹は

 自ら異界へ飛び去った


 両月神は

 人の愚かさを歎きつつも


 力を合わせて『滅び』を回収し

 再び箱に詰めた




 それでも


 『滅び』の一部は


 『木』に 『土』に 『水』に


 ひっそりと潜み


 大陸の半分は砂漠と化した




 両月神は生き残った人々に呼びかけた


「我らの神殿の奥へ来るが良い」


「『滅び』が去るまで眠られよ」


 だがそれらのことは

 最高神フリームの怒りに触れた


「余計な真似をしおって!

 人は自ら滅びを選んだのだぞ


 二度とこのような真似の出来ぬよう

 遥かな空の高みに行くがいい!

 夜しかその姿を現すな!」




 一方

 すべての人々が

 月神殿に向かったのではなかった


 かろうじて滅びを免れた

 レジイクとシグールトの民はその地に残り


 迫り来る『滅び』に

 『病気』に 『飢え』に 『寒さ』に

 対抗しながら

 土地を守っていった




 長くつらい試練の後

 昔の繁栄は忘れ去られていった




 時が満ち

 月神殿の奥で

 長き眠りについていた人々が目覚めた


 目覚めた彼らの目に入ったのは

 もがき苦しみながら生きていく人の群れ




 その時

 彼らはまだ


 神々より与えられた

 数多(あまた)の知識を覚えていた


 彼らは

 バルハフェール樹の印章を身につけ

 全国を巡り歩き

 残された人々に

 天界の知識を授けた




 やがて

 彼らは時の王に願い出て

 レジイクでもシグールトでもない土地を

 彼らのものとして譲り受けた


 彼らはそこを

 カズィールと名付け

 ようやく己の家を持った




 そして今

 人は 知識を求め

 彼の地へと足を向ける


 彼の地へと

 カズィールへと





「『暗い暗い、夜の彼方』って?」


 じっと聞いていた少年が歌い終わったカラムに問う。


「宇宙の果ての地球からやってきたってことさ。別に『ひっそりと』住んでいたわけじゃないが、夜空を眺めて『あの向こうから来た』と言われた子孫たちは、そこが暗く、不毛なところと思ったのさ」


「『アルル』って?」


「今では太陽神の名になっているが、もともとは『無人探査船』の名よ」


「本当に『飢え』も『病気』もなかったの?」


「とんでもない。植民団の連中が来たばかりの頃――特に最初の冬は、かなりの数の死者が出ていたよ」


「『バルハフェール』って何のこと?」


「探査船の周囲に作った最初の町の名前さ。語り継がれるうちに、探査船のアンテナが高い樹木に、町の名がその樹木の名にすり替わったのさ」


「『赤の月神ゼルトラン』と『白の月神ルフィーナ』って、本当にいた人なの?」


「ゼルトランは植民団のリーダーで、魔剣に己の身で簡単な封印を施した男だ。ルフィーナは後から来た調査団の一員だ。今では、その霊魂が砂漠で封印を守っていると聞く」


「封印?」


「魔剣の封印さ。紅玉ルビーに、とある魔導師の力が込められたものだ」


「『月神殿』ってどこにあるの?」


「隣の大陸にある砂漠の北側だ。植民団の連中が移民船を地中に埋めた場所だよ」


「なんで船を埋めたの?」


「この星が予想以上に寒かったから地下に潜ったのさ」


「『滅びの種』って『悪しき気』のこと?」


「そうだ」


「レジイクとシグールトって何?」


「国の名前だ。最初は村だったが」


「『長き眠り』って?」


「移民船のコールドスリープ装置で『冬眠』した人々がいたのさ。400年後に目覚めた彼らは、『冬眠』しなかった人々の子孫に、失っていた『知識』を与えたんだ」


「『カズィール』って?」


「『冬眠』していた人々が最後に住みついた町だ。レジイクとシグールトの間、カイラーサ山脈の中にある。あの町は今でも、人にとって知識の泉だそうだ」


吾子わこ


 ふいにかけられた呼び声に少年はパッと顔を輝かせた。

 少年に向かってそう呼びかける者は一人しかいない。


「父様!」


 いつの間にか泉の傍らに、緑のフードに身を包んだエルフが立っていた。


「これは森の民のおさ


 カラムが腰を折る。

 それに軽く会釈を返すと、ジュリオンは少年に声をかけた。


「心配しましたよ。帰りがあまりにも遅いから。カラム、息子の相手をしてもらったようですね。有り難うございます」


「なんの。相手をしてもらったのはわしの方」


「あのね、お話、聞いたの。いーっぱいッ。それからね、お歌」


「そう。どんな歌?」


「あのね、こういうお歌」


 そういうと少年は、驚いたことに、カラムの歌った伝説を、一字一句、一節も間違えずに繰り返して見せた。


「こいつは………」


 カラムが目を見開く。


「驚いた。わしは一度しか歌っておらんぞ」


「え……?」


 カラムの言葉にジュリオンも目を見張る。


「長、この子はどうやら、歌の才に恵まれておるらしいな」


「……そのようですね」


「歌………か。ソング………カンツォーネ………ソロ……オペラ……ムジカ……リート………。うん、リートでどうだ?」


「何がです? カラム」


「名前だよ。この子の名前。まだないんだろう?」


 言われてジュリオンはしばし考え込む。


 リート、とはドイツ語だ。

 ドイツの芸術歌曲を表す。


 この世界で、人ならざる者たちは、人には理解できない独自の言葉を用いる。

 それは精霊も竜族も妖精も同じ。


 エルフでもドワーフでもフェアリーでも言葉が通じる。



 対して人は。


 地球での言葉は様々だった。


 無論、移民団の共通語は英語だった。


 だが、当然、英語圏以外の団員もいた。


 彼らの母国語は『古代語』としてその一部が伝えられている。

 『古代語』は、『力ある言語』とされ、名付けに使われることが多い。


 カラムはそれを知ったうえで、あえて今は全く使われていないドイツ語を持ちだしたのだろう。



 ちなみに。

 今、この惑星(ほし)の人々の操る言葉は、長い年月のうちに変化し、元の『英語』とはだいぶ違った形になっている。


「………そうですね。良いかもしれません」


 ややあってジュリオンがうなずいた。


 そうして。

 少年は『リート』と名付けられた。






 その後も、リートはしばしばカラムの泉を訪れた。

 その度にカラムは歓迎し、古き記憶を、新しき知識を、様々な歌を、伝えた。


 リートはそれらを全て飲み込んだ。海綿が水を吸うように。





 そんな、ある日。


「ねえ、父様。僕、森から出てみたい」


 来た、とジュリオンは思った。


 いつかはそう言われると、思っていた。


 『少年』に好奇心を抱くなと言うのは、小鳥にさえずるなと言うようなもの。


 カラムから聞かされた色々な事柄を自分の目で確かめたいと思うのは当然の成り行き。


 だが………。


「まだ、駄目です」


「どうして?」


「そなたはまだ、自分の身を守ることができないでしょう?」


「……」


 そうなのだ。


 彼の歌の才は、今では誰しも認めている。


 しかし、それ以外は……。


 異空間を渡ることも

 風に乗ることも

 水面みなもを歩くことも、できない。


 相変わらず『出来損ない』なのだ。


「自力で、『谷』を越えることができたら……。そしたら、好きになさい」


「は……い」


 自力で『谷』を越える。


 それは、リートには到底、不可能なことであった。






「ねえ、カラム」


 もはや定位置となった泉の脇で、リートはカラムに問いかけた。


「どうして僕は、他のみんなと違うの?」


「そりゃ、お前が混血ハーフだからだろ」


「どうして混血ハーフだと、力が出ないの?」


「そりゃ、人の血が混じってるからさ」


「どうして人の血が混じってるの?」


「仕方ないだろう。お前の母親は人間だったんだから」


「どうして僕の母様は人間だったの?」


「お前の父親が人間の娘を愛したからさ」


「どうして父様は人間の娘を愛したの?」


「さあな。そんなこた、長自身にも分からないだろうよ」


「どうして?」


「『愛』ってのは、そういうものさ」


「……良く分からないよ」


「そのうち、分かるさ。……多分な」


 分かるのだろうか。

 答えながらカラムは、内心首をひねった。


 この子は、一体誰を愛するのだろう。エルフか、人か。


 ひょっとしたら、生涯誰をも、愛さないのではないだろうか。

 いや、愛せないのでは……?


「ねえ、カラム」


 ややあって、再びリートが問いかける。


「何だね?」


「僕、どうやれば、『谷』を越えられるの?」


「さあて」


 異空間を渡り、自在に動き回る者に、その解答が出せるはずが無い。


「そいつは、自分で考えるんだな」


 答えは、あるのだろうか――






 リートは前ほど頻繁にカラムのところ行かなくなった。


 その代わり、谷の縁に腰をかけ、じっと向こう岸を眺めるリートの姿が、何度か見られるようになった。






 ほどなくして


『おいで、天駆ける愛らしき歌い手たち』


 人ならざるものの言語で語りかける声に誘われて、小鳥たちがリートの周りに群がる。


『コンニチハ、りーと』


『コンニチハ。良イ、オ天気ネ』


『マタ、オ歌、聞カセテ』


『一緒ニ、歌オ』


 請われてリートが歌い出す。小鳥たちも共に。


 こんな光景がしばしば見られるようになった。

 エルフたちはそれを、目を細めて見守った。


 微笑ましい光景。

 誰もがそう思った。


 誰もが――


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ