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幻竜

「何にも見えねえ……」


 アドが不安そうに辺りを見回す。


「ピ……」


 メラも見えないのか、不安そうにリートの左肩に舞い下りる。


「向こうに……何かあります」


 そう言って指差すリートの、その指先すら見えない濃霧。


「見えるのか?」


「いえ、見えませんけど、感じます。何か、あります」


「……変な感じ、する?」


「いえ。それはありません」


「じゃ、行ってみようぜ」


 そう言って立ち上がったものの、アドはその場に立ちすくんだ。


「………どっちだって?」


「こっちです」


 アドの手をとり、自分の肘を掴ませる。


「ゆっくり歩きますから」


「ああ」


 言葉通り、のそのそと進む一行。


「なんだか、北の大地で氷嵐(ブリザード)の中を歩いた時みたいですねえ」


「何、お前、そんなコトしたの?」


「あはは」


「前から思ってたけどさ、リートって結構ムチャクチャするよな……」


「あなたにだけは言われたくないです」


「そりゃそーだ」






 どれくらい歩いただろうか。


「あ…………」


 ついにリートが立ち止まった。


「何?」


「何かあります。目の前に」


 水晶をかかげる。

 残っている呪文はただ二つ。


 白と銀。

 疾風(ウィンド)浄化(ホーリー)


 どちらも1回ずつ。


疾風(ウィンド)


 ビュゥゥゥゥゥゥ………


 水晶から吹き出した風が、乳白色の霧を蹴散らした。






 それは巨大な球体だった。


「これが……」


 それは虹色に輝いていた。


「卵……?」


 そのまわりを、黒い靄が取り巻いていた。

 と同時に、白い靄も取り巻いていた。


 互いに攻めぎあい、互いを飲み込もうとでもいうかのように、渦を巻き、たゆたう白と黒。


「あの、黒いのが『悪しき気』?」


 アドの問いにリートが肯く。


「そのようですね」


「あの白いのは? あれがここの霧の原因(もと)? なんか、卵から出てるみたいだけど」


「多分、メラの推理が当たっていた、ということでしょう」


 ふたたび、水晶をかかげるリート。

 最後の呪文を唱える。


浄化(ホーリー)


 眩い光が水晶から放たれる。


「うッ……」


 眩しさに目を閉じる。


 ややあっておそるおそる目を開くと、卵の周りの黒い靄は失せていた。


 空になった水晶をしまい込むと、リートはあらためて卵の前に立つ。


 ふと、思い出して、左肩の仔竜に呼びかけた。


「メラ」


『ナアニ?』


「離れた方がいいですよ。普通の妖精や竜族にとって、幻竜様の精神力は強すぎる。幻竜様の側近くにいると、その圧倒的なパワーで己の精神がつぶされてしまう。そう、緑竜が言っていましたから」


『ワ、解ッタ!』


 あわてて飛び去るメラ。


 それを見届け、ふたたび卵に向き直る。


 とうとう、この時が来た。

 このために、この瞬間のために、ここまで来た。


『幻竜さま』


 この一言を、ここで放つ為に。


『お目覚めください』


 ピシッ!


 卵にひびが入った。


 そして


 世界が弾けた。






 黄金の光が世界を貫く。


 空を、大地を、海を、山を。

 火を、水を、土を、風を、緑を。


 あらゆる影を、あらゆる闇を。

 ありとあらゆる生命を。


 黄金の煌きが貫いていく。

 目を閉じてもなお網膜に焼き付く。


 全身の皮膚を突き刺し、身体を貫く。

 凄まじい衝撃。


 息が詰まる。

 空気を求めて喘ぐ口に、入り込むのもまた光。


 光が肺を満たす。

 音の代わりに光が鼓膜を震わせる。


 何も見えない。

 何も聞こえない。


 呼吸すら、できない…………






 衝撃は不意に消え失せた。


(…………?)


 目を開けたその先に、柔らかな光があった。


「大丈夫ですか?」


 光が、尋ねた。


 答えようと口を開けた途端、空気がヒュッと肺に流れ込む。


 しばし、止まっていた間の呼吸を取り戻すのに専念するリート。


「半分、エルフなのですね、あなたは。人と違い、感応力が強いのも無理はない……」


 横目で確認する。

 なるほど、アドは何ともないらしい。

 何が起きたのか分からず、ぽかんとしている。


「リート?」


 不安そうに覗き込むアド。


 息を整え、アドに向かって、安心するように微笑んでから、リートは光に向き直った。


「あなたが幻竜さまですね」


「そう呼ばれています。先程は失礼しました。一瞬とは言え、わたくしの力を全て解放してしまって。すぐ、押さえたのですけれど、衝撃でしたでしょう?」


「一瞬……?」


 永遠にも、思えたが。


「これが、幻竜?」


 横で、アドが首をひねる。


「光の塊にしか見えないけど」


「ああ……。ごめんなさい」


 言葉と同時に、すぅぅぅぅ……と、黄金の光が、竜の身体に収束する。


 顕われたのは、黄金の、竜。


 今までに出会ったどの竜よりも、細身で優美な肢体。


 翼は半透明で、虹色のプリズムが幾重にもきらめいている。否、翼ではなく、(はね)というべきかもしれない。


 彼らを優しく凝視(みつ)めるその眼差しは、深い紫色だ。


「これでよろしいかしら?」


 軽く首をかしげ、微笑む。

 動きに合わせて鱗が輝き、まるで金粉が舞い落ちているかのような錯覚を覚える。


 バサバサッと羽音が聞こえた。


 メラだ。

 リートの左肩に舞い下りる。


 幻竜がその力を押え込んだため、近づけるようになったのだ。


「幻竜さま………」


 リートはメラを肩に乗せたまま、その場にひざまずき、深く、最大級の礼を捧げた。


「精霊と妖精と竜族の頂点に立つ聖なる御身、精霊王と妖精王、竜の王たる銀竜さまのみが拝謁を許された我らが守護神よ。

 御身のお役に立ちましたこと、また、こうして親しくお言葉を賜りますこと、不肖の身には、あまりにも過ぎた栄誉。

 このリート、終生の誇りとさせていただきます」


 台詞こそ、いつもの『吟遊詩人としての物言い』であったものの、けっして『社交辞令』ではなかった。


 それは間違いなく、リートの本心であった。






「そうですか」


 リートの話を聞き終わると、幻竜はゆっくりと肯いた。


「あなたには………いえ、あなた方には、随分と御迷惑をかけてしまいましたのね」


「いえ、そのような……」


「別に迷惑なんて思ってないぜ。俺、結構面白かった」


「だったら良いのですけど」


 幻竜は楽しそうに笑った。


「なにはともあれ、この島の浄化をしなくてはなりませんね」


 そう言うと、幻竜はその口から白い霧を吐き出した。


 霧が、瞬く間に島と、その周囲の海を満たす。


 清浄な空気が島中に満ちる。


 ゴブリンが、ドワーフに戻る。

 トレントが森の民の心を取り戻す。


 ゴーストは消え失せ、ゾンビは土に環る。

 クラーケンもまた、落ち着きを取り戻す。


 アンゴル島は、その名に相応しくない島へと変貌を遂げた。






 ほどなく、幻竜の目の前に、白い影が顕われた。


 影は見る間に人の形になる。


 足先まで届く長い髪。

 ゆったりと長いローブ。

 尖った耳。


「幻竜さま。お久しぶりにございます」


「世話をかけましたね、妖精王」


 浄化されたアンゴル島に、妖精を束ねる王が拝賀に訪れた。


 語る言葉が人の言語なのは、そこにいる人の子、アドへの配慮か。


「早速でございますが、竜の王たる銀竜の再生を」


「わかりました」


 虹色に煌く半透明の翅が広がる。

 ふわり、と幻竜が空へ舞い上がった。


 そのまま、すぅっと消え去る。

 銀竜の巣へ向かったのだろう。


「リートよ。そして人の子よ」


 背後から声がした。

 振り向いた先に現れたのは精霊王。


「ありがとう。そなたらのおかげだ」


「礼ならば、このアドリアルに。私は、与えられた使命を果たしただけにございます」


「そうか。ならば、人の子アドリアルよ。そなた、何か望みはないか?」


「望み?」


 思いがけない成り行きに目を丸くするアド。


「もっとも、我らにも出来ることと出来ないことがある故、何でも叶える、というわけにはいかないが」


「望み……ねえ……?」


 真剣に考え込む。


「この際です。財宝でもなんでも、好きなものをおっしゃい」


 横でリートが煽る。


「財宝なんて貰ったって、俺、使い方わかんねぇよ。剣は、この聖剣もらえれば充分だし……。あ、貰えるんだよな? この聖剣」


「ええ。勿論です」


「だったら、いらねえ………あ、そうだ!」


 ポン、と一つ手を叩く。


「そうそう、これだよ。あのさ、この後、精霊も妖精も竜族(ドラゴン)も、この惑星(フリーム)を離れちまうんだろう?」


「そのつもりだが?」


「リートも連れてってやってよ」


「え?」


 驚いたのはリートだ。


「何言ってるんですか! 私のことじゃなくて、自分の望みを……」


「だって俺、別に望みないもん。っていうか、自分の望みくらい自分で叶えてみせるさ。俺様を舐めるなよ」


 悪戯っぽくニヤリと笑う。


「自信過剰って言葉、知ってます?」


「自信は過剰なくらい持ってないと、世の中やっていけないって意味だろ?」


「どこの辞書の言葉ですか、それ……」


「俺の辞書」


「欠陥品ですね」


「13年(地球暦21年)かけて造った辞書だぜ?」


「製造過程で重大なミスがあったみたいですねえ」


「リート」


 掛け合い漫才に妖精王が口を挟んだ。


「そなたが望むなら、叶えよう。共に行くか?」


「………いいえ」


 リートは静かに首を横に振った。


「私はここに残ります」


「ええ? なんで!」


 アドが脇から抗議する。


「そうですね、以前なら………。旅を始めたばかりの時であれば、喜んでお供させていただいたでしょう。

 ですが、今の私には、人の世こそが、相応しい。


 人の世はせわしなく、騒がしく、けれど活気に満ちています。

 人の世は哀しみに満ちてもなお、希望が消えません。

 人の世は憎しみに彩られてもなお、愛を忘れることがない。


 そんな人の世の魅力に、私は取り憑かれてしまいました。

 もう、エルフの世界に戻ることはできません。


 戻ればきっと、人の世が懐かしくてたまらなくなるでしょう。

 ですから、私はここに残ります」


「人の世が、そなたを時の流れの中に置き去りにしても、か?」


「それはエルフの世とて同じこと。ただ、置き去りにするかされるかの違いにすぎません」


「人の世で得た友、仲間、全てと、別れる時が来ると承知の上か?」


「出会いがあれば別れがあるのが世のことわり

 それは、人でもエルフでも、竜族(ドラゴン)ですら同じことでしょう。


 それに私は、覚えていますから。全ての出会いを。全ての別れを。

 物理的に会うことが、二度と出来なくなってもなお、心で会うことは可能です」


「………それは、そうだ」


 アドが小さく肯く。


「心では、いつでも会える。例え死んだ相手だって。アンディ……リリア……隊長……ピピ……」


 呟く名は、全て故人。

 皆、魔剣に生命を取られた者達。


「忘れない……。俺は絶対に、忘れない……」


「………そうか」


 精霊王は満足げに頷き、その傍らで妖精王は小さくため息を吐いた。


「では、我らに出来ることは……ない、ということか」


 どことなく寂しそうに呟く。


「あの……妖精王よ。できますれば、一つだけ」


 リートがおそるおそる、申し出る。


「何かね?」


「………船を直していただけませんか? この島に来る時に、壊してしまって。あ、エンジンは要りません。浄化された今なら、風を使うことができますから」


 オーバーテクノロジーは、無闇に使うものではないだろう。


「………ドワーフに命じておこう」


 妖精王は、苦笑しながら承知した。






 数時間後。


 幻竜が戻ってきた。

 すぐ脇に、仔竜を連れている。


「あれ? あの仔竜、銀竜?」


 アドが驚いて駆け寄る。


「如何にも」


 仔竜ながらも威厳たっぷりに答える竜の王。


「幻竜さまのお力で生まれ変わったのですね」


「妖精王はどうしました?」


 近付くリートに、幻竜が尋ねた。

 リートの脇に立ち、拝礼をしているのは精霊王だけだったから。


「妖精王は一旦、エルフの国へ戻られました」


 リートとの約束通り、ドワーフに仕事を頼む為に。


「直ぐに戻られると思いますが」


「そうですか」


『ネ、ネ、ネ、竜王サマ』


 その脇で、メラが銀竜に話し掛ける。


『なにかな、幼子よ』


『アノネ、メラ、オ願イガアルノ』


『願い?』


『アノ、アノネ……』


 ポソポソポソ、と、銀竜に何やら耳打ちする。された方は、かすかに眉をしかめた。


 が、


『…………良かろう』


 ややあって、銀竜は折れたようだ。


『そなたもまた、此度のことに力を貸してくれたことだしな』


『ワァイ!』


 クルン、とその場で一回転するメラ。


『アリガトウ、竜王サマ!』


「なあ、リート。メラの奴、何言っているんだ?」


「何やら銀竜におねだりをして、それが叶えられたようです」


「おねだり? 何を?」


「さあ……。ここまで聞こえませんでしたから」


 リートも首をかしげる。


「おねだりなら、精霊王や妖精王にすればいいのに」


「メラは竜ですからね。おねだりもやはり竜王へ、というところなのではないですか?」


「かなあ」


「あるいは、お二人では無理なお願いだったのかも……」


 と、その時、幻竜の目の前に、ふたたび白い影が顕われた。


「ドワーフはすぐ仕事にかかると言っている。後は任せるといい」


 妖精王は、まずリートに向かってそう言うと、幻竜と銀竜に向き直った。


「お待たせ致しました幻竜さま。竜王殿、御無事なお姿、安堵しました」


「心配をおかけして申し訳ない」


「竜王、妖精王。そして精霊王」


「は」


 幻竜の前に畏まる王たち。


「改めて尋ねます。まこと、この惑星を離れ、新天地を目指す覚悟ですか?」


「御意」


「今ならばまだ間に合いましょう」


「……解りました」


 ゆっくりと、幻竜が頷く。


「あなた方がその覚悟であるならば、わたくしがそれを拒否する理由はありません。

 行きましょう。新天地へ。精霊と妖精と竜族(ドラゴン)の、種の未来を求めて」


「は……」


 三人の王が、揃って深く首を垂れた。






「早速ですが、天体の選定にかかって下さい。未来を託すことのできる天体を」


「承知いたしました」


 答えると同時に、竜王は天高く舞い上がる。


 精霊王と妖精王は、痕跡も残さず消え失せた。


「リート、アド、メラ」


「は」


「何?」


「ピィ?」


「そなたたち、その間、わたくしの相手をしてはくれませんか? そなたたちの経験してきたこと、非常に興味があります。ぜひ、聞かせて下さい」


「私のような者の話で良ければ喜んで」


「…………あんまし、気持ちの良い話じゃないけど、いい?」


「ピィ」


「勿論。さ、こちらに」


 幻竜に導かれ、二人と一匹は、浄化されたアンゴル島の、その中心部にしばし滞在することとなった。

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