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聖剣

 ルーフ連峰からアネルヴァルドへと向かう街道は、幾通りか存在する。


 商店が軒を連ねるにぎやかな商街道。

 急ぎの使者や定期郵便馬車などが行き交う公道。

 田園風景の続く農街道。

 あるいは、その幾つかの組み合わせ。


 しかし、二人と一匹は、そのいずれの街道も選ばなかった。


 彼らは、街道とはとても言えない、山道や獣道を通ってアネルヴァルドに向かっていた。


「全く情けない」


 ふぅっと、リートはため息を吐いた。


「こんな『裏街道』を通る羽目になるなんて」


「………悪かったな」


 むすっとした表情でアドが答える。


「アネルヴァルド周辺は、まだまとまってないんだ。

 これから一波乱来るぞっていうヤバイところに、大将陣営の俺がのこのこ顔出したらトラブルの原因(もと)だろう?

 大将の戦略に支障が出ちまう可能性だってあるし……」


 アネルヴァルドそのものは、まだ争乱の嵐に巻き込まれてはいないが、その周辺では小競り合いが連日起こっている。


 それが嵐に変化する日はそう遠くないだろう、というのがある程度情報を握っている者の共通認識だ。


「なまじ顔を知られているっていうのも、損ですねえ」


「しょーがねーだろッ! 俺、ジルの副官だったんだから……」


 そして今、その小競り合いの鎮圧及びアネルヴァルドの制圧に活躍しているのがグナイゼとガリア。


 ジルはそのガリア隊の中隊長。


 若くして中隊長に任じられたジルと、これまた若くしてその副官に任じられたアドは、敵味方問わず結構有名人なのだった。


「とにかくアネルヴァルドまでは、あんまり人目に付かないようにしないと……」


「はいはい。わかってますよ。

 でもねぇ……。こぉんな『裏街道』を歩いてると、ついつい、愚痴りたくなっちゃうんですよねぇ………」


「って、お前のそれは『愚痴』じゃなくて『嫌味』だろ?」


「おやおや、困ったものですね。『裏街道』を通る人は心までひねくれちゃって。物事が素直に受け取れなくなってるんですねぇ」


「……お前、ひそかにかなり、機嫌、悪くないか?」


「今頃気が付いたんですか?」


 実際、リートはかなりくさっていた。


 何せこの裏街道では『竪琴が弾けない』のだ。


 人目を引く訳にいかないことは、無論リートにも解っている。

 解ってはいるが、精神衛生上かなり負担であることに違いはない。


 この程度の嫌味で済んでるのはむしろマシな方だろう。


「ま、当分我慢して下さいね。結局あなたの所為なわけですし」


「よりによって『アネルヴァルドの』ドワーフに仕事を依頼しちまったのは自分だろうが………」


「おや、何か言いました? アド君?」


「へぇ? 何か聞こえた?」


「ふぅん。じゃ、今のは幻聴ですか? やけにリアルでしたけど」


 言い返す気力もなくなって、アドは大きなため息を吐いた。






「ヨォ。久シブリ、ナ」


 ようやくドワーフの住処である洞窟に辿り着いた時、アドは心底ほっとした。


「約束ノモン、トックニ、出来テル、ダゼ」


 舌足らずながらも人の言語でそう言うと、ドワーフは一振の剣を差し出した。


「さ、どうぞ、アド君」


 ドワーフからそれを受け取り、アドに差し出すリート。


「………いいのか?本当に?」


「要らないなら返して下さい」


「だ~~~~! 実はまだ機嫌悪いしッ! 要るよ! 要るってば!」


 アドは慌ててそれを受け取った。


「………結構地味、だなぁ」


 鞘と柄は何かの動物の皮で出来ているようだった。


 聖剣、というにはあまりにも、地味。


 だが、


「あ、なるほど。こいつはいい」


 柄を握って納得した。


 実にぴったりと手に吸い付く。

 これならば、激しい戦いの最中にも、けして離れることはないだろう。


 良く見ると、鍔は花びらのように薄い金属片を幾重にも重ねあわせてある。


 そんじょそこらの武器では、この鍔を突き通すことはおろか、傷つけることすらできるまい。


 この聖剣は、実戦向き、というわけだ。


 鞘から抜いて、刀身をかざす。


「こいつは…………」


 瞬時に見惚れた。


 鋭く研ぎ澄まされた刀身は、薄く透き通ったような淡い黄金色。

 薄暗い洞窟の中でもこうこうと輝いている。

 素材、聖鉱(オリハルコン)の賜物だろう。


 刀身には七つの星が浮き彫りにされている。

 角度を変え、洞窟に差し込む太陽の光を刀身にあてると、光は、その七つの星に反射し、七つの光の環を生み出した。


「ぐらん、しゃりお、サ」


「え?」


「コレノ、名、ダヨ。ぐらんしゃりお」


「グランシャリオ……………」


北斗七星(グランシャリオ)、ですか』


 ぼうっと剣に見惚れるアドの横で、リートはこっそり人ならざるものの言語でドワーフに言う。


この世界(フリーム)じゃ、意味のない名前ですねえ…………』


『聖剣の名前なんざ、意味がわかんない方が神秘的でいいってもんだ』


『フランス語って処がミソですね』


『セブンスターでも良かったかもな』


『火をつけたら燃えそうですね』


『ってことがわかる奴なんていないぞ』


『それはそうですけど』


「トコロデ」


 いきなり、ドワーフは人の言語に切り替えた。

 惚けていたアドが、ハッとして振り返る。


「今夜、泊マル、ダロ? 久シブリ、ニ、歌、聞カセル、イイカ?」


「喜んで」


 嬉しそうに微笑むリートの横で、アドは心の底から安堵のため息を吐いたのだった。






「なんだかな~~~。タイミング良すぎッ。つーか悪すぎッ」


「ですねえ………」


 アドとリートにとっては、それはまさしく『出会い頭の事故』だった。


「何も、前に俺が相手した部隊の生き残りが、こんな処に現れなくたっていいのに……」


「しかもグナイゼ隊に奇襲を仕掛ける為の斥候隊の中にねえ……」


「できすぎだよ。狙ったってこうはいかないぜ?」


 ドワーフの住処で一夜を明かし、洞窟を出た二人は、唐突に『敵』に出くわしたのだ。


 その中にアドを見知った者がいたため、問答無用で戦闘に突入し……


 結果、二人は死体に囲まれてため息を吐く羽目になったという訳だった。


 ちなみに、彼らが『グナイゼ隊に奇襲を仕掛ける為の斥候隊』だということは、戦闘中の彼らの会話から明かされた事実。


 斥候隊としての任務を忘れ、戦闘に突入したことといい、彼らはその役目を果たすに足る力量を持っていなかった、と言わざるを得ない。


「ま、いい腕試しになったけど」


「『聖剣の試し切り』の間違いでしょう?」


「見境なく襲ってきたコイツらが悪い!」


「それはそうですけど」


 リートは道の向こうへと視線をやって、再びため息を吐いた。


「来ましたよ、第二弾」


「…………俺にも見えてる」


 斥候隊の中の一人が、言切れる前に連絡用の笛で、何やら合図を吹き鳴らしたのだ。


 道の向こうの砂煙の主が友好的である確率はかなり低い。


「どーするつもりです? この事態……」


「う~~~ん。あんまし騒ぎを大きくしたくないんだよなぁ……」


 アドは、リートに向き直ると、両の手のひらをあわせて片目をつぶった。


「……任せていい?」


 リートは無言で、アドを近くの草むらに蹴り入れた。






「もういいですよ」


 舌先三寸とメラの火吹きパフォーマンス(という名の脅迫)で、第二弾の矛先を街道の彼方へ躱すと、リートは草むらに声を掛けた。


「相変わらずお見事」


 パンパン、と服を払いながらアドが草むらから顔を出す。


「メラもサンキュ」


「ピィ!」


 メラは、元気良く答えながら、ポッ、と小さな炎を吐いた。


「それで? これからどうします?」


「え? 次は銀竜のところだろう?」


「じゃなくて。行かないんですか? グナイゼさんのところ」


「う~~ん」


 ポリポリ、と頭を掻くアド。


「そうだよな、この一件、報告しないと……。斥候隊が全滅したくらいじゃ、襲撃諦めないだろうし………」


「素直に顔見知りに会いに行きたいって言えないんですか?」


「いや、まあ、それもあるけど」


「ホントはガリア隊だったら良かったのにって思ってません?」


 ガリア隊にはジルがいる。彼こそ、アドが今一番会いたい相手のはず。


「いや。それはない」


 だが、アドはきっぱりと否定した。


「え?」


「ジルに会うのは、この旅が終わってからだ」


「なるほど」


 ふっと微笑むと、リートは先に立って歩き出した。


「行きましょう。ぼやぼやしてると日が暮れます」


「ああ」


 二人と一匹は、少し足早に歩きだした。


「それにしても、流石だよなあ、これ」


 歩きながら、手にした剣をしげしげと眺める。


「この場合、ドワーフの技と、剣の素材(オリハルコン)と、どっちが凄いって言うべきなんだろう」


「両方です」


 即答するリート。


「良質の材料と優れた技。この二つがなければ聖剣は生まれません」


「…………………なら、魔剣は?」


「え?」


「魔剣だって、良質の材料と優れた技、じゃないのか?」


「……それは、そうです」


「魔剣も聖剣も、『優れた剣』ってところは変わんない。なのに……」


 表情が、いつになく真剣だ。


「魔剣と聖剣の違いって……何なんだろう」


「……アド君は、何だと思います?」


「うん……………」


 しばし考え込む。


「『感情』……っていうか、『想い』、かな」


「多分、そうでしょうね」


「ドワーフがどういう想いで造ったか、が最大の違いってことか」


「あ、それはちょっと、違います。……多分」


「え?」


「あの魔剣ティルフィング。あれには確かに『小人の呪い』がかけられています。でも、ティルフィングを魔剣にした最大の原因は『人々の想い』です」


「…………人の? 小人じゃなく?」


「小人の呪いは、きっかけに過ぎません。いわば呼び水のようなものです」


「呼び水?」


「小人の呪いはこうです『この剣は、罪を犯すさだめ宿命。抜かれるたびに一人の人間の破滅をもたらす。それはまた、剣の持主をも破滅させる』」


「だからさ、その小人の呪いの所為だろう?」


「原因の一つ、ではありますね。でも、何度も言うようですが、これはきっかけにすぎませんよ」


「きっかけ?」


「考えてみて下さい。もともと武器なんてものは、みんなそういうものではないですか?」


「え?」


「罪を犯す宿命(さだめ)

 罪を犯さない武器なんてありますか?

 抜かれるたびに破滅をもたらす?

 それこそが武器の目的でしょう?

 剣の持主をも破滅させる?

 剣で手に入れたものは剣で奪われ、力で得た地位は力で失われるものではありませんか?」


「あ…………!」


 アドが、愕然とした様子で目を丸くする。


「みな、同じなのです。

 ただ、ティルフィングには『創られた時に小人が呪いをかけた』ことが知れ渡っていました。

 だから、ティルフィングにより何かしら不幸が生じると、それらがすべて『小人の呪い』の所為にされてしまったのです」


「………例えそれが、偶然であっても」


「そうです。と、いうより、『偶然』という、人には捉えることの出来ない力で起こされたものは、なおのこと『呪いの所為』にされたでしょうね。

 そうして剣にまつわる良い話はすべて忘れ去られ、悪い話だけが、『呪い』として強調され、語り継がれていったのです」


「そして……剣は『魔剣』になった?」


「『魔剣』として人々に認識された、というべきでしょう」


 リートは小さくため息をついた。

今一つ区切りが悪いのですが、長くなったのでここで切ります。

次もまた、二人が延々と会話します。

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