予言
「終わったんですね」
聖神殿につめかける人々を、城の窓から見下ろしつつ、レイは呟いた。
「ええ。ひとまずは」
椅子に腰掛けたまま、リートが答える。
その膝の上では、メラが気持ち良さそうな寝息を立てている。
「ひとまず?」
「貴方に関しては、まだまだこれからでしょう?」
「ええ……………」
そう、これから、だった。何もかも。
『建国』という壮大な交響曲の、ほんの序曲が終了したに過ぎない。
「魔剣は、これで三度目です。封じられるのは」
「三度?」
「一度目は、魔導師モルフィスによって。二度目はゼルトラン。そして今回が、三度目です」
「四度目がある、とでも言うのですか? 魔剣は、また復活すると………」
「復活します」
きっぱりと、言い切るリート。
「永遠の封印など…………存在しません」
リートの深い深い緑の瞳と、レイのウルトラマリンの瞳が交錯した。
先に目を逸らしたのは、どちらだったろう。
「聖地の封印は、いつか破られます」
ゆっくりと、リートは語った。それは、精霊王の語った予言の焼き直しだったが。
「同時に、魔剣の呪力が、闇が、解き放たれます。ですがその時、風が吹きます」
「風?」
「大陸に、新しい三つの風が吹きます。そしてようやく、魔剣の呪いは浄化されるでしょう」
「浄化………」
「次の復活が最後です」
「それは………いつです?」
「わかりません。貴方次第、かもしれませんね、レイさん」
「…………?」
「聖地が聖地である限り。貴方の創る国が揺るぎないものである限り、聖地の封印をあえて破ろうとする者は現れないはずです。貴方の国が、永遠なら………」
「無理ですね」
レイは、リートの言葉を遮った。
「永遠の国家など、ありえません」
「永遠の封印がありえないように」
二人、顔を見合わせて苦笑した。
所詮、限りある命の者が、『永遠』を生み出せるはずがない。
「私には、永遠ならざる平和の時代を、少しでも長くするようにするのが精一杯ですね」
「言うほど、簡単ではありませんよ」
「分かってます。いえ、分かっているつもりです。でも、できる限りのことはしなくては。死んでいった人々のためにも………」
「レイさん……………」
「日が、沈みますね」
レイは、再び窓の外へと視線を向けた。
「夕日というのは………何故、こんなにも赤いのでしょうね。まるで…………」
まるで、血の色。
そう言いかけたのだろうか。
「日は、明日、昇るために沈むのです」
何処かで聞いたような台詞だなと思いつつ、そう言ったリートを、窓辺に佇むレイを、世界中を、夕日は、ただ一色に染め上げた。
この時のリートの言葉が、どこからか漏れたのだろう。やがて、次のような『吟遊詩人の予言』が人々の間に伝わっていった。
聖地の封印が破られる時
古の闇は解き放たれ
新たなる三つの風が
大陸行路を吹き抜ける――――
「眠れないんですか?」
城の一番外側をめぐる回廊。
ぼんやりと、夜空に浮かぶ赤の月を眺めていたアドは、急にかけられた声に驚いて振り向いた。
「……何だ、リートか。おどかすなよ」
「すみません。隣、いいですか?」
無言で、腰掛けていた長椅子の端によるアド。
「月がきれいですね」
アドの隣に腰掛けながら、リートが呟いた。
ちなみに地球で東方の文豪が訳した意味は込められていない。
「リートこそ、どうしたんだよ。こんな時間に」
「夜更かししてる不良少年を叱りにきました」
「………あのな」
「冗談です」
「…………………」
「貴方に、用があったんです」
「俺に?」
「アド君は、ずっとこの街にいるつもりですか?」
咄嗟に答えられなかった。
何故なら、今の今までそのことを考えていたのだから。
アドは、リートから目を逸らすと、独り言のように呟いた。
「もう、俺じゃなくても、いいんだよな」
今までは、ティルフィングを操る必要があった。
そのために、アドが必要とされていた。
だが、もうティルフィングは封じてしまった。
無論、ジルの副官としての役目は、ある。
だがそれは、必ずしもアドでなくても済むことで……
「俺、このままこの街にいるのって、甘えのような気がする」
「甘えですか?」
「うん」
「まだ自分が許せないんですね」
「うん…………」
夜風に、木々がざわめいた。
「旅に出ませんか」
唐突に、リートが提案した。
「え?」
「旅に出ませんか、私と一緒に」
「旅……。リートと一緒に?」
「あなたならきっと、聖剣を振るうことが出来ます」
「聖剣?」
「私が使うつもりでしたが、吟遊詩人より、戦士の方が適任でしょう」
それは、あの黒竜の角から創り出されるはずのもの。
いや、もうとっくに出来上がっているはずだ。
「説明しろよ、最初から」
「長くなりますが……………」
リートはゆっくりと語りだした。
「そんなのって……………ない…………」
長い話を、聞き終えたアドの口から、呻くような声が漏れた。
「そんなのってないよ……それじゃあ、あんまり…………」
「あんまり………何です?」
「あんまり……だよ。リートが……………可哀相すぎるよッ!」
「そうでしょうか?」
「そうだよ! だって…………だって、使命を果たしたら、リートは、リートはもう、二度とお父さんと会えなくなるって事だろう?」
「ええ」
「使命なんて……そんな使命なんて、ほっぽっちゃえよ!」
「そういう訳にはいきません。これは、私にしかできないことですから」
「………………」
押し黙るアド。『自分にしか出来ないことがある』。
そのことが、どんなに『救い』になるか、アドは実感したばかりだった。
「でもまあ、少しばかり困難な使命であることは確かですから、良かったら手伝ってくれませんか、アド君」
「どこが『少し』だよ。目一杯困難じゃないか」
「現実を直視すると気が遠くなるんで、少し逸らすことにしてるんです」
「それって、『逃げ』じゃないの?」
「『生活の智恵』です」
「本当かよ」
「いかがです? 『少しばかり困難な使命』に、つきあっていただけますか?」
「………………」
かなり長い間、アドは黙ったままだった。
が、ややあって。
「しょうがないな」
アドは、わざとらしく大きなため息を吐いてみせた。
「アンディの親父さんの頼みじゃ、断れねえよ」
「ありがとうございます」
クスッと、リートが小さく笑った。
翌日。
建物の外で待っていたリートは、出てきたアドに訊ねた。
「いいんですか? ジル君、随分怒ってたみたいですけど……」
ここにいても聞こえるほど、大きな声だった。
「いいんだ」
「ですが……」
「いいんだよ。本当は分かってくれてるんだ、ジルも」
軽く言うと、用意しておいたフィンにまたがる。
「さ、行こうぜ、リート」
「………」
今一つ納得のいかない表情でリートもフィンにまたがった。
と、その時
「アドッ!」
上から声が降ってきた。
見ると、ジルが、窓から身を乗り出して叫んでいる。目が真っ赤だ。
「ジル?」
「絶対、帰ってこいよッ! 帰ってこないと絶交だぞ! 死んでも帰ってこいよッ!」
言いたいだけ言い放つと、バタンッと勢い良く窓が閉められた。
「ジルの奴、無茶苦茶言いやがる………」
苦笑しながらも、アドは、閉まった窓に向かって叫び返した。
「必ず、帰って来るよッ!」
「その台詞、忘れんなよなッ!」
窓の向こうから声がした。
「これは……………手っ取り早く『使命』を済ませてしまわないといけませんね」
「そうだな」
二人は、にっこりと笑いあった。
「早く行こうぜ。早く帰るために」
「そうですね」
目指すは青竜の住処。
ゴルボア大陸の背骨、カイラーサ山脈のその頂上に向かって、二人はフィンを走らせた。




