封印
「紅玉は!?」
リートの姿を見るなり、アドは叫んだ。
「出迎えの言葉って言うのは、普通、お帰り、とか、ご苦労様、とかじゃありませんか?」
「ンなもん、後でいくらでも言ってやる」
リートは肩をすくめると、紅玉を取り出し、アドに手渡した。
「これが………………」
「封印、です」
手のひらにすっぽり収まるくらいの、大粒の紅玉。
吸い込まれそうな紅色。
握り締めると、何か力が伝わってくるような、そんな気がする。
アドは、にっこり笑うとリートに紅玉を返した。
「お帰り、リート。ご苦労さん。それと…………」
「それと?」
「ありがと」
恥ずかしいのか、言ってからそっぽを向くアド。
「どういたしまして」
苦笑しながら、リートは再び紅玉をしまい込んだ。
「レイさんとジルさんは?」
「大将は城。ジルは『神殿』にいるよ」
「できあがったのですか、『神殿』は」
「八割方、ね」
「見せて下さい」
「先に本部に挨拶に行かないのか?」
「神殿が先です」
今度は、アドが肩をすくめる番だった。
『神殿』は、城の北側に位置していた。
城に向かう一筋の道以外は、天然の森に囲まれている。
「『神殿』一帯は、なぜか『聖地』って呼ばれてるよ」
歩きながら説明するアド。
「こっちが何にも説明しないうちに、作業員や住民たちがそう呼び始めたんだ。『神殿』は『聖神殿』だってさ」
「リート!」
近付く二人を見つけたジルがとんできた。
「お帰りッ!」
ドンッと勢い良く飛びつくジルの身体を、リートは少しよろめきながらもしっかりと受け止めた。
「ただいま。元気そうですね、ジル君」
「そういつまでも落ち込んでいられるかッ」
「いいですねえ、若いっていうのは……」
「あのな」
傍で聴いていたアドが思わずずっこけた。
「実年齢はともかく、外見にそぐわん発言はしないでくれ」
「そうですか?本心なんですけど……」
(まあ、私もまだ若いつもりですけど)
エルフの感覚では青年どころかまだまだ子供だ。
「これが…………『聖神殿』ですね」
とりあえず今はこれが先。
目の前の建築中の建物に視線を動かした。
「中、見るかい?」
「ぜひ」
三人は、『聖神殿』へ向かっていった。
「文句のつけようがありません」
『聖神殿』の内外を見てまわったリートは、満足気にそう言った。
「実際、これほど効率の良いものができるとは思っていませんでした」
「アドに言ってくれよ。こいつの設計は、アドがいなくちゃ出来なかったんだから」
「そうなんですか?」
「いや、それほどのことはしてないけど……」
「あ、そうか。判りました。月神殿の力、借りましたね」
ならば納得できる。この『設計』は神官でなければできないだろう。
「ちぇ、ばれたか」
口調は悔し気だが、目が笑っている。
「あたり。白月大神官様にお願いしたんだ。封印の方法をお話して、どんな設計がいいか教えてもらったんだ」
「ああ………どうりで」
風水が、完璧に整っていた。
(これならば、封印の寿命を最大限に引き伸ばすことが出来そうですね)
「封印の日取りですけれど……」
「『聖神殿』は、あと二ヶ月もすれば完成するぜ」
「急がせればもっと早く出来るけど……」
「その必要はありません。アド君は聞いていませんか? 今年、日食があることを」
「あ……。うん、確かに聞いてるけど、でも12月だろ?」
「ええ」
「遅すぎない?」
「丁度いい、と思いますよ、私は」
「そうかなあ」
「戦いは、まだもう少し、続くのでしょう?」
「それはまあそうだけど……」
「でも、戦いが終わるまで待ってたら、キリがないぜ?」
「ええ、でも、ゴルボアはもう、統一されているんでしょう?」
「まだ、完全とは言えないけど…………」
「12月には、ほとんど掌握できてる、と思う」
「ね? だから、その時にしましょう。
今回の日食は白の月によるものですし、12月は白月神の月です。
『封印の行事』を執り行うには、好都合じゃないですか?」
「封印を、一大イベントにしちゃうわけ?」
「しないんですか?」
「なるほどね」
ジルが、にやりと笑った。
「その頃になれば大将が戦場に出る必要はほとんどなくなる。君主自らが前線に立つような戦闘は起こらないはずだし、また起こらせちゃいけない」
「……ああ、そうか。当然、ティルフィングを戦場に持ち出す必要も無くなる。だから、その時期に、そういった意味も込めて『イベント』にしちゃおうってわけか」
「ティルフィング、すなわち『戦い』を、封印して、『平和』が訪れるってことか」
「そういうことです。まあ、レイさんの賛成が得られれば、ですけれど」
「賛成してくれるさ、兄貴なら」
ジルは、昔の呼び方をすると、城へ行こうと、皆を促した。
レイは、リートの提案に、全面的に賛成した。
「ただ……………」
一つだけ、条件をつけて。
「私は………ティルフィングの封印作業に係わりたくありません。無責任かもしれませんが、お任せしても良いでしょうか」
「勿論です。と、いうより……………」
リートは、アドとジルを一瞥してから言葉を続けた。
「封印作業そのものは、私一人で行います。
「ええ~~~~ッ!」
思った通り、抗議の声が二つ、重なった。
「精霊の技を、使います。人の目に触れさせるわけにはいきません」
それが、精霊王に課せられた条件だった。
「そんなぁ~~~」
「判りました。お願いします、リートさん」
二人の声は、完璧に無視された。
「そう言えば」
城からの帰り道。不貞腐れるアドに、リートは訊ねた。
「表向き、アド君は何故、ティルフィングを持たされたことになってるんです?」
「さあ?」
「………………さあって…………」
「実は、公式な説明は一切してないんだ」
ジルが説明する。
「何も説明しなかった。兄貴は、『あの剣はジルに渡しました』としか、俺は『ああ、あれならアドにやった』としか言ってないんだ」
「………なるほど。巧い手ですね。そうすれば、民衆の方で勝手に『理由』をつくってくれますもんね」
「そゆこと」
ちなみに、民衆の間で広まった『理由』で、もっともそれらしく、後世『定説』とされたものはこうだ。
国主キリエレイは、はずみとは言え、己の右腕たる隊長を貫いた剣を、身近に置くことを嫌がった。
しかし、物が物だけに、なまじの者に渡すわけには行かない。
そこで、弟分であるジルに渡した。
しかし、ジルもまた、シグルを貫いた剣を見るのは辛かった。
そこで、もっとも信頼している副官、アドにそれを預けた――
「ま、それはともかく、早くメシ食いに行こーぜ」
「リート、砂漠の話、聞かせてくれよ!」
「はいはい」
そして583年12月40日。
封印の日。
日食は、正午に始まる予定だ。
聖神殿の入口で、リートはジルに訊ねた。
「レイさんは、神殿に?」
この場合の神殿は、ルフィーナ白月神の神殿だ。といっても、アドのいた月神殿ではない。
街の中にある、小さな、だが美しい神殿だ。
日食の間中、レイはその神殿で祈りを捧げることになっている。
『封印の儀式』にレイが参加しない口実、いや、参加できない理由、というわけだ。
「日食が始まる10分前に行くってさ」
答えながら、ジルは聖神殿の扉に手をかけた。
ギイイイィィィィィィィ…………………………
重々しい音を響かせて、扉が開く。
目の前に、大広間。
その奥に、もう一つ扉が見える。
そのむこうが、魔剣を安置する『聖堂』だ。
「では、紅玉を嵌めてしまいましょうか。アド君、ティルフィングを貸して下さい」
言われてアドは、一瞬の躊躇の後、魔剣を差し出した。
それをリートは、四種の指輪がはめてある手、すなわち左手で受け取る。
シュウウウゥゥゥゥゥゥゥ………………ン
剣の形が変わった。
四つの指輪から、靄のような霧のようなものが出て、リートの手を、守っているように見える。
「この指輪は?」
「封印の素です」
アドの問いに、事実ではあるが嘘っぽい答を返すと、リートは紅玉を取り出し、柄に、軽く乗せた。
「ああッ」
見ていたジルと、アドの声が重なった。
目の前で、黄金の柄に、紅玉が沈んでいった。
「溶けたチーズの上にトマトを置いたみたいだな」
「…………それ、あってるかも」
ジルの妙な比喩に失笑する三人。
「それで………………終わり?」
「ええ。もう抜くことは出来ません。やってみます?」
手渡されたティルフィングを、ジルは恐る恐る引き抜こうとしたが…………
「あ……れ……。ほんとだ。びくともしない」
「貸して」
続いてアドが挑戦する。が、結果は同じ。
「たいしたもんだな、その、モルフィスとかっていう魔導師の力は」
「そうですね」
「ね、リート」
「何です、アド君」
「どーしても、一人でやるの?」
「どーしても、一人でやります」
と、今度はジルが
「見てちゃ、駄目?」
「駄目です」
「………つまんないの」
二人揃って不貞腐れた。思わず吹き出すリート。
「建国の勇士とは思えない台詞ですね」
「…………………ほっとけ」
正午の鐘が鳴った。
日食が始まる。
「早く行けよ」
「はいはい。ではすみませんが、ここで待っていて下さいね」
にっこり笑って行きかけたが、
「あ……そうそう、忘れるところでした」
思いついて、振り返る。
「メラ」
「ピィ?」
呼ばれて、聖神殿の入口近くでネズミを相手に遊んでいたメラが、パタパタと飛んできた。
『ナアニ?』
「すみませんが、あの二人が覗いたりしないように、見張っててくれませんか?」
わざと人の言葉で話し掛ける。
勿論、アドとジルに聞かせるためだ。
「ピィッ!」
それに対するメラの答が、了解、の意味であることは、人ならざるものの言語を操ることが出来ない者であっても容易に想像が付いたはず。
「………あ~~あ」
「ちぇ……………」
案の定、後ろから落胆の声が響いた。
(やっぱり、後でこっそり覗くつもりでしたね………)
リートは、苦笑しながら『聖神殿』の『聖堂』へと足を踏み入れた。
カツ―――ン
カツ―――ン
誰もいない聖堂に、リートの足音が響く。
人でないものの証拠である尖った耳をむき出しにして、リートは進む。
聖堂の中央。
長い階段のその頂上。
そこが、魔剣の安置場所。
否、封印場所
目的の場所に到達すると、リートはまず、左手の指から青い指輪を抜き取った。
それを封印場所に置き、魔剣の切っ先を指輪の中央にたてる。
『水よ』
意志ある言葉で語りかける。
指輪からまばゆい光が放たれる。
『魔剣をその中に抱け』
ザアアアァァァァァ…………
指輪から溢れ得た水が、魔剣を包む。
包んだ水は、何故か流れ落ちることなく、円筒状に巡廻する。
『土よ』
次に外したのは黄色い指輪。
『水晶となりて水を守れ』
指輪は、輝きながら大きくなり、円筒状の水の上にぴたりと止まると、次の瞬間、水を、透明な水晶が覆い尽くした。
円筒状の水晶。
その中に剣を抱いて絶え間なく揺れ動く水。
『風よ』
次に外したのは白い指輪。
『水晶のまわりを吹き荒れよ』
ビュオオォォォォォォォォォォ……………
窓のない密閉された空間に、何故か風が吹き荒れる。
その中心に、水と剣を抱えた円筒状の水晶。
『そして火よ』
最後に外したのは赤い指輪。
『風に従いて燃えさかれ』
ゴオオオォォォォォォォォォォ……………
火種もないのに燃え盛る炎が、吹き荒れる風にあおられる―――
扉が開いた。
「リート?」
「終わりました」
「…………………ッ!」
「すっげえ…………」
我先に中を覗き込んだ二人は、息を呑んだ。
渦巻く風にあおられて燃え上がる炎の向こう、水晶の壁に守られた水の中にティルフィングが浮かんでいる。
その黄金の輝きは、火を、風を、水晶を、水を通してもなお、まばゆく、美しく、妖しい。
「『お披露目』の時、人々があまり炎に近付かないように注意して下さい」
日食が終わり次第、町の人々に封印された魔剣を見せるため、聖神殿を開放することになっているのだ。
「ああ、判ってるよ」
「もっとも近付こうっていう奴はいないだろうけど」
「わかりませんよ」
リートは、アドに向かって意地悪く笑った。
「カイラーサ山では、サラマンダーの制止を無視して、火に飛び込んだ方もいらっしゃるようですし」
「…………………」
返す言葉の無いアドであった。




