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砂漠

 ヒュオォォォォォォゥゥゥゥ…………ン


 ビュオォォォォォォォォ…………


 ヒュルルルルゥゥゥゥゥ…………ン


「ふう………」


 リートは、タクラ――砂漠の旅に使用される四足獣――の上にいた。


 フードの前をしっかりと押さえながら。


 北半球のシグールトでは、今は秋。

 けれど砂漠のある南半球ではこれからが夏。


 だが、熱さはいい。耐えられる。

 しかし、この砂塵ときたら…………


 どんなにしっかりフードをかぶり、マントで身をくるんでも、わずかな隙間から入り込む厄介者!


「ピィ?」


 上空を飛んでいたメラが、すっと舞い下りてきた。


『ソロソロ、休モ?』


『そうですね』


 リートはタクラを止め、手際よく一人用の簡易な天幕を張った。タクラを天幕の影に連れて行く。タクラの方も心得たもので、自らそこへ座り込む。


 その間に、メラはさっさと天幕に入り込んでいた。


 最初のうちは、外でよく砂を落としてから入るよう、口うるさく注意していたリートだが、最近はすっかりあきらめていた。


 大体、自分だって、よく砂を払ったつもりでも、中へ入るとどこからともなく砂がこぼれてくるのだから。


『オ歌、オ歌』


 天幕に入ると、メラが擦り寄ってきて催促した。


『はいはい』


 苦笑しつつ腰を下ろす。


 本来、リートとメラには、この休息は不要だった。


 昼の最も暑い時間と、夜の最も寒い時間、日に二度の休息を取るのは、ただタクラのためだった。


 ではいっそ、タクラなしの方が早いかというとこれがそうでもない。


 実際、人の足は砂漠歩きには不向きなもの。休みなしで歩きつづけるリートより、日に二回、休息しながらのタクラの方が、よほど早い。


 さて、その休息の間、たまに食事と睡眠をとる以外、一人と一匹が何をしているかというと………


『今日は何を歌いましょうか?』


『コノ前ノ続キ』


 灼熱の砂漠に、澄んだ歌声が響き渡るのが常であった。






『見―ッケタッ!』


 砂漠の旅を始めて何ヶ月経っただろう。


 上空を飛んでいるメラから、待ちに待った知らせが届いた。


『ありましたか!』


 問い返すリートの声も、心なしか弾んでいる。


『アッタヨー!鉄ノカタマリッ!』


 やがてリートにも、「鉄の塊」が見えてきた。


 それは、宇宙船の残骸であった。

 578年前、爆発した調査船の残骸。


 その爆発が、この地を砂漠にした一因だ。

 リートはその手前でタクラを止めた。


 瓦礫の影にタクラを導き、そこへつなぐ。

 ここからは、人の足の方が動きやすい。


「さて、白の月神ルフィーナさまに会いに行きましょう」


「ピィッ!」


 メラが、リートの左肩に舞い下りた。






 長い、長い、長い間、彼女は一人だった。


 人であったならば、気が狂ってしまっただろう。


 いや、そもそも人であったならば、これほど長い時を生き続けることは出来ない。


(あれから、どれくらい経ったのかしら)


 月日を数え、彼女は思わず大きくため息を吐いた。


(578年と3ヶ月………)


 あの日、精霊王に紅玉(ルビー)の守護を依頼された時には、これほど長い時がかかるとは思ってもみなかった。


 もっとも、その長い時を、ただ無為に過ごしてきたわけではない。


 封印(ルビー)を、消滅させようとする(やから)は確かにいた。


 人との共存を望まず、人の破滅を願うエルフ。


 悪しき気に染まり、人もエルフも何もかもに、滅びを与えようとしたエルフ。


 あるいはそういったエルフにそそのかれ、紅玉(ルビー)の実態も知らずに無謀な冒険を試みた人間。


 そういった(やから)から、彼女は封印(ルビー)を守り続けてきた。


 精霊王が言ったように、彼女の『霊気』は強かった。


 さもなくば、いかに精霊王自身がこの地一帯に『守護の印』を施していたとはいえ―封印(ルビー)を消滅させようとする企てはきっと成功していただろう。


 紅玉(ルビー)を受け継ぐ者が現れるまで、紅玉(ルビー)を守る。


 それが、彼女の使命だった。

 死して後、与えられた役目だった。


 長い、長い、長い間、彼女は一人だった。


(地球時間で、925年と1月半、か…………)


 そして今。

 近付いてくる者がいる。


 赤竜の子供を伴う青年からは、人の香りと同時にエルフの香りがした。


 精霊王の言葉を思い出す。


 その者は、二つの月が重なる時、この世に生を受ける。人の世に両親を持たず、剣の力に屈しない、強き心を持つ者。


 青年が『その者』かどうかは判らない。

 今はまだ。だが………


(悪意を感じない……………)


 この場に近付くものは三種類。


 一つは、封印を消滅させようとする者。


 一つは、この砂漠に住まう『砂漠の民』


 一つは、宇宙船の残骸―すなわちフリームでは算出されることの少ない『金属』を目当てに危険な旅に命を賭けた冒険者


 彼は、そのいずれでもなかった。


 長い、長い、長い時が、終わろうとしていた。






「止まりなさい」


 穏やかな命令に素直に従ったリートの目の前に、膝まで届く長い髪を持った女性の霊魂が現れた。


 霊魂につきものの「負の気配」は微塵も感じない。それどころか、一種、高貴な雰囲気すら、ある。


 それは、長い年月で培われた、守護者としての自覚のなせる技だろう。


 リートは、瞬時にしてそこまで考えると、にっこり微笑み、貴婦人に対する作法通り、恭しく一礼した。


「はじめまして、ルフィーナ・マルケロフさん」


「あら。私のことを知っているの?」


「この地を訪れた調査団の一員で、調査船が爆発した後、紅玉(ルビー)の守護者となったことくらいですが」


「充分よ」


 ルフィーナはクスクスと、愉快そうに笑った。


「では、あなたが『受け継ぐ者』なのかしら?」


「で、あれば良いと思っております」


「名は?」


「リート。しがない吟遊詩人です」


「御両親は?」


「人の()たる母は隠世(かくりよ)に、森の民の父はエルフの国に」


「ああ、それで………」


 人と、エルフの香りがする訳が判った。


「確かに、『人の世に両親を持』ってはいないようね」


「生まれは524年10月30日」


「524年10月30日……………」


 記憶を手繰る。確かに、月同士の食が起きた日だ。


「……ということは、あなたは今年、58才?」


「誕生日がくれば、そうなりましょう」


 地球歴に換算して改めて驚く。なんと93才!


「とても見えないわね」


「お互い様です。あなたこそ、この地に500年以上とどまっておられるとは思えません」


「私は別に、『生きて』いるわけではないもの」


 クスクスクス。二人の笑いが重なる。


「合格、ですか?私は」


「そうね」


 リートの問いに、ルフィーナは軽く、小首を傾げる。


「それより、貴方、気付いていた?」


「何をでしょう?」


「この地に、宇宙船の残骸が広がるこの地一帯に、『守護の印』がかけられていることに」


「え…………………」


 リートは驚いて辺りを見回した。ここへ来る途中、何も感じていなかったのだ。


「気付かなかったのね」


「ええ………」


「では、精霊王は、貴方を『受け継ぐ者』と認めたって事だわ」


「え?」


「この地に『守護の印』をかけたのは精霊王自身よ。『受け継ぐ者』以外は容易に近寄れないようにね」


 それでも、やってくるものは確かにいるが。


「では………」


「その者は、二つの月が重なる時、この世に生を受ける。人の世に両親を持たず、剣の力に屈しない、強き心を持つ者………」


 精霊王の予言を口にすると、ルフィーナはこの上なく幸せそうに微笑んだ。


「『受け継ぐ者』よ。私は貴方を、長いこと待っていました。さあ、封印(ルビー)を受け取りなさい」


 ルフィーナがすっと横に動く。


 そこに。

 今までルフィーナがいた瓦礫の下に。


 封印(ルビー)があった。






 その後、請われるまま、彼女のために弔歌(レクイエム)を奏で、隠世(かくりよ)への旅立ちを見送ると、リートは、行きと同じだけの時を経て、砂漠の旅を終わらせた。


 借りていたタクラと砂漠用の天幕を持ち主に返すと、手近の宿で一晩ぐっすりと眠り込む。


 そして翌日の黄昏時。


 一悶着の末にメラをその宿に残し、一人で一番手近な緑の円型土砦(グリーン・ラース)へ向かった。


 緑の円型土砦(グリーン・ラース)


 それはエルフの丘。

 エルフたちが満月の晩に歌い、踊り、浮かれ騒ぐ場所。


 人の世にありながら、エルフの国に最も近き場所。


 人であれば、たまたまその光景を目にしながら、運良く生きて帰ることが出来た者からの口伝でしか知ることの出来ないその場所を、リートは難なく探り当て、座り込み、静かに竪琴を奏で始めた。


『珍しいですね』


 ほどなくして、彼は現れた。


『そなたの方から私を呼ぶのは』


 珍しい、というより初めてだ。


『森の民の(おさ)


 リートは竪琴を置き、ジュリオンの前にひざまずいた。


『お願いがあります』


『これは、ますますもって、珍しい』


 ジュリオンは、軽い驚きとともに最愛の息子を見下ろした。


『何です?』


『精霊王にお会いしたいのです』


『…………!!』


『そのために、妖精王にお会いしたい』


『…………』


『お願いです、(おさ)。どうか、お取り次ぎを………』


 リートは、絶句するジュリオンの手を取り、訴えた。どうしても、必要なのだと。


 ふと、ジュリオンはリートの懐にある物に気が付いた。


 封印(ルビー)

 では、『受け継ぐ者』はリートであったのか。


 であるなら。

 あるいは。


『…………わかりました』


 そこまで思考を巡らせて、ジュリオンはようやく承知した。


『ついてきなさい』


 リートは竪琴を拾うと、(おさ)の後に続いた。


 そして。


 人の眼からは見えなくなった。






『ハーフエルフの吟遊詩人よ』


 妖精王が、目の前にひざまずく青年に呼びかける。呼びかけられた青年が顔を上げる。豊かな銀髪が、その動きにあわせてサラサラ揺れた。


『私に何用か?』


『三つの種族を束ねし我らが偉大なる王よ。身分もわきまえずまかりこしました私に、拝謁の栄を賜り下さりましたこと、まずは御礼申し上げます』


 玲瓏(れいろう)とした声が、恭しく礼を述べる。


『回りくどい言い方はよすがいい』


 微かに笑みを浮かべながら妖精王。


『手っ取り早く済ませるとしよう。ティルフィングがことであろう』


『御明察、恐れ入ります』


 その実、少しも恐れ入った様子はない。少し後ろに立つジュリオンの方が、よっぽど恐れ入っている。


 不遜、とも言えるその態度を、しかし妖精王は気に入った。


『話すがいい』


『ティルフィングの封印のことでございます』


紅玉(ルビー)は、そなたの元にあろう?』


『確かに、受け取らせて頂きました。ですが、紅玉(ルビー)だけでは不充分かと』


『と、言うと?』


『かの剣が、カイラーサ山中にありました折は、そこへ至る道を森の民の手で迷路と化すことが出来ました。

 ですが、このたび、ティルフィングは街中(まちなか)に安置されます。

 「力」と「権威」の象徴として、人々が畏敬の念を込めて見つめることのできるような、そんな場所に。

 とはいえ、人の手のすぐ届くところに置いておけば、いつまた封印が解かれるやもしれません。

 誰の眼にも見えながら、誰の手にも触れることが出来ない。

 そんな状態をつくりあげなければなりません。そのために…………』


 リートは一旦言葉を切り、澄んだ瞳で、真っ直ぐに妖精王を見つめた。


『四大精霊のお力、お貸し頂きたいのです』


 ざわめきが、妖精王の玉座を揺るがした。


『そのため、精霊王にお目通りしたいのです。妖精王様、どうか、お取次ぎをお願いします』


 ざわめきが大きくなる。

 はっきりと、リートを罵倒する声も聞こえる。


『詳しく話してみよ』


 が、促す妖精王の声は、優しかった。


『そなたの計画とやらを』


『まず、剣を、水で包みます。その水を水晶(クリスタル)で覆います。そのまわりに風を吹かせ、火で囲みます』


『なるほど』


 一瞬、大きくなった罵声は、妖精王の右手の一降りで静まった。


『そなたの言いたいことは判る。しかし、そのためには、四大精霊の長から、それぞれ少しずつ力をもらわねばならぬな』


 以前、ジュリオンが翠緑玉(エメラルド)に自分の気を注ぎ込み、己の分身としたように。


『でなければ、我らがこの地を旅立った時に、消滅してしまう』


『はい。そのとおりでございます。お聞き届け頂けますでしょうか』


『さあて』


 面白そうに、妖精王は笑った。


『それを決めるのは精霊王だ』


『では』


『ついておいで。勇気あるハーフエルフ』


 妖精王は、玉座から立ち上がると、リートに向かって手を差し伸べた。


 リートがその手を取った瞬間、二人の姿はかき消すように見えなくなった。


『………ッ!』


 少し後ろに立っていたジュリオンが駆け寄る暇もなかった。






『冗談じゃない!!』


 燃え盛る炎をまとったサラマンダーが罵声を浴びせる。


『誰がこんな奴に力など、貸してやるものか!』


『サラマンダーの(おさ)、フレイヤさま……』


『気安く名前を呼ぶな!』


 叫ぶと、フレイヤはくるりとリートに背を向けた。


『王よ、まさかお聞き届けになるおつもりではありますまいな!』


『フレイヤ。そなた、何故反対か?』


 問われた精霊王は、面白そうに逆に問いかけた。


『決まっています! こんな不遜な(やから)に、人でもエルフでもない(やから)に力を貸すなど、我らの誇りが許しません!』


『だが、事は魔剣の封印にかかわること。その者の言い様、いちいちもっともとは思わぬか?』


『しかしこやつは、各精霊の長の分身を、と望んでおるのですよ!』


『でなければ役に立つまい』


『王! どうしても封印に我らの力が要るというのであれば、配下の者を遣わします。それで充分でしょう!』


『………何言ってるのよ』


 ふいに、リートの後ろから声がした。

 振り返った先に現れたのは


『シャルーラさま』


 ウンディーネの長、シャルーラ。

 リートにとってなじみ深い水の精霊。


『フレイヤ、忘れたの? あの魔剣の最後の砦、それはあなたの配下の者じゃなかった?』


『違いないの』


 今度は、リートの右手から、声。

 老人のような風貌の精霊が現れた。


『ノームの(おさ)、スコットさま』


『彼の地に案内したのはフヌウ。なれど最後の封印、炎を消したは、サラマンダーの意志。違ったかの?』


『私は協力するわ』


 ふわりと、上から声が降ってきた。


『シルフの(おさ)、エンジュルさま』


『はあい、お久しぶり、リート。随分たくましくなっちゃったわね』


『その節は………本当に………』


『ああ、いいのいいの。気にしない気にしない』


『お前たち本気か? 本気で力を貸すつもりなのか?』


 フレイヤが歯噛みする。


『だって、あの剣、うっとおしいんだもの』


 エンジュルはそう言ってコロコロ笑った。


『近寄りたくはないわね。うっかりすると、私たちでも危ないし』


 うんうん、とシャルーラが頷く。


『ティルフィングは厄介だ。本来なら壊したいところだが、そうもいかぬでの』


 ノームがひげをしごきながら答える。


『封印だけなら紅玉(ルビー)で充分だ!』


 叫ぶフレイヤに、ノームはニヤリと嗤った。


『……そうかの?』


『………何?』


『よく見た? 紅玉(ルビー)の力、随分弱ってるわよ』


『…………!!』


 エンジュルの指摘にフレイヤが固まった。


『このままだと、もって50年、でしょうね』


 シャルーラが肩をすくめる。


『じゃが、この吟遊詩人が言った方法なら、まあ300年はもつじゃろ』


『それくらいあれば』


 ぐいっと、エンジュルがリートを抱き寄せた。


『この子、きっと幻竜さまを目覚めさせてくれてるわよ』


 ハッと、目に見えてたじろぐフレイヤ。


 どうやら今まで、リートの負っている使命のことを忘れていたようだ。


『フレイヤ』


 黙って(おさ)たちのやり取りを聴いていた精霊王が、声をかける。


 反射的に振り返り、フレイヤはその場に膝をついた。


『シャルーラ、エンジュル、スコット』


 呼ばれた順に膝をつく。


『精霊王として命ずる。この者に力を分け与えよ』


『は……………』


 命じられ、フレイヤはしぶしぶ、承諾の意を示した。


 精霊王の横で、妖精王は静かに笑みを浮かべていた。






『………寿命が縮みましたよ、全く』


 妖精等と共に精霊王の御前から下がり、妖精王の玉座の前に戻ったリートを見て、ジュリオンはため息交じりに呟いた。


『……すみません、(おさ)


 素直に謝るリートの左手には、青、白、黄、赤の四つの指輪がはめられている。


 青はウンディーネ、白はシルフ、黄はノーム、赤はサラマンダーの力だ。


『ティルフィングを封じる場所……もし出来るなら、森か林の近くにしなさい』


『はい、そのつもりで準備を整えております』


 何故とは問わない。問う必要もない。


『行きなさい、リート。気をつけて』


『はい。………父様』


 最後に、昔の顔をほんの少し、のぞかせて、リートはエルフの国を後にした。


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