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決意

「……だ……だんなあぁぁぁーーーッ!!」


 我に返ったレイの叫びが空を切る。


 悲痛な叫びが皆の心に突き刺さる。


 そして

 ゆっくりと


 レイの身体が倒れた。


 わっと、男たちがレイとシグルを取り囲む。


 気を失ったレイの傍らで医者を呼ぶ叫び声。


 シグルの脈を取り、激しく首を横に振る者。


 飛び交う罵声。あわただしい足音。


 リートは動かなかった。

 否、動けなかった。


(もしもあの時、赤竜の住処から、無理矢理にでも脱出していれば)


 初めて知った、苦い思い。


 『後悔』と呼ばれる感情。


(一週間、いえ、一日でいい。一日早く、この地に来ていたら)


 仮定の想像は、意味が無い。

 判ってはいるが、問い掛けずにいられない。


「俺の…………………所為?」


 不意に聞こえた声。


 まるで自分の気持ちを代弁したかのような呟きに、リートはハッと顔を上げた。


 視線の先に、茶色い髪の青年が立っていた。


 小刻みに身体を震わし、くずおれそうな身をその両腕で支えながら。


 青年の視線の先に

 魔剣があった。


 血に塗れた黄金の剣に注意を払う者は、他には誰もいない。それどころではない。


 青年は、そっと身に付けていたマントを外すと、魔剣に近寄り、人の目に触れぬよう、剣と鞘とを拾い上げ、包み込み、抱き上げた。


 彼がアド――アドリアル・ジ・フロイデだろう。


 今この場で、レイの身以上に魔剣を気にする者など、他にいるはずが無い。


 ましてや「俺の所為」などと口走る者は。


 青年は、足音を忍ばせてそっと広場を立ち去った。


 リートは、強張っていた身体からゆっくりと力を抜くと、ひっそりと広場を立ち去り、青年の後を追った。






 人気のない裏通り。


 青年は、そっとマントを外し、抜き身のティルフィングを手に取った。


 まばゆい光と共に、剣の形が変わる。


――ようやく、会えた


 青年の手の中で、ティルフィングが歓喜の声を上げる。


(……いい気なものですね)


 物陰から様子をうかがっていたリートは、魔剣の声を聞いて眉をひそめた。


(あれだけの破滅を生み出しておきながら、自分一人、喜びの声を上げるなんて)


 リートの心に、初めて「敵意」が沸いた。「復讐心」と言っても良いかもしれない。


 本来なら、もうこれ以上、することはない。


 森の民の(おさ)からの依頼は『魔剣をアドの元へ返す』こと。

 ならばもはやそれは果たされた。


 しかし


(許せない)


 レイを傷つけ、シグルの生命を断った魔剣が。


 一度も会いまみえることの出来なかった息子の生命を奪った魔剣が。


 生命は、生命を続けるために、他の生命を取り込む。


 しかし魔剣は、ただ滅びの為だけに他の生命を奪う。


(頼まれてはいないけれど)


 脳裏に浮かぶのはモルフィスの紅玉(ルビー)


 砂漠に眠る魔剣の封印。


 それを受け継ぐのは『二つの月が重なる時この世に生を受け、人の世に両親を持たない』者。


 その条件は、そのままリートにも当てはる。


(封じてあげます。誰に頼まれたのでもない、私の意志で。必ず)


 リートが決意しているその前で、青年は唇をかみしめ、ゆっくりと剣を鞘に収めた。


「もう、いいだろう? ティルフィング」


 声が震えている。そのまま、鞘ごとティルフィングを抱きしめる。


「もう、充分だろう? もう……………」


 涙が、ティルフィングの上に滴り落ちる。


「もう、やめてくれ………。終わりに、してくれ……。あ………謝るから………」


――謝る? 何を言っている?


 アドの腕の中で、魔剣が微かに揺れた。


「悪かった。お前の眠りを妨げてしまって。俺が、悪かった。だからもう…………やめてくれ。これ以上…………………」


――違う!


――眠りを妨げられたのではない。


――自ら目覚めたのだ!


「俺の、生命をやるから。だからもう、やめてくれ………」


――違う違う違うッ!


 ティルフィングが叫ぶ。

 だが、青年の耳には届かない。


 青年は、今、刀身に嵌めたばかりの鞘をすっと払った。


(いけない!!)


 青年が何をするつもりか気付き、リートは慌てて飛び出した。


「いけませんッ!」


 剣の切っ先を己の喉元に向けた青年の手を、押さえる。


「止めないでくれッ!」


 振りほどこうとする青年を、しっかりと押え込むリート。


「俺は……………ッ!?」


 リートの顔を見た青年の動きが、止まった。


「…………………………アンディ?」


 呟いたのは無意識だったろう。


「いけません、そんなことをしては、ティルフィングがますますいきり立つだけです」


 青年の両手から、いつしか力が抜けていた。


 それを確認すると、リートはそっと、自分の手を外し、告げた。


「ティルフィングを止める、別の方法があります。聞いて頂けますか、アドリアルさん」


「え…………………?」


 目を丸くする青年。


「何故、俺の名を? あんた、一体……」


「ああ、これは失礼しました。私の名はリート。しがない吟遊詩人です」


「リート……? あ、ジルが言ってた、一緒に『山越え』をしたっていう………」


「ええ、そうです」


「ジルから、聞いてる。『山越え』とその後の騒動は」


「それはそれは。お耳汚しでございました」


 にっこりと微笑むリート。

 それを凝視(みつ)めるアドの瞳に、懐かしさと、そして悔恨の色が浮かぶ。


 思い出しているのだろう。

 リートに良く似た、自分の育ての親、アンディのことを……………


「あなたには色々とお聞きしたいことがあるのですが、それはまた後にして、とりあえずティルフィングの封印の方法を…………」


「聞かせてくれ!」


 勢い込んで叫ぶアド。


「教えてくれ、どうすればいいんだ!?」


紅玉(ルビー)を使うのです」


紅玉(ルビー)?」


「そうです。ルフィーナが魔剣の力を解放するまでその力を封じていた紅玉(ルビー)です」


「………へ?なんで白月神(ルフィーナ)が出てくるわけ?」


「伝説というものは、その中に必ず真実が隠されているもの。しかし、真実の全てが、伝承に込められているわけではないのです。むしろ、人々の記憶にすら残らぬ真実の方がはるかに多い」


(あれはいつだったろう。聖域(もり)の奥深く、小さな泉の脇で、創世の伝説とその真実とを聞いたのは………………)


 それは同時に魔剣の歴史。


 はるかなる昔、地球と呼ばれた惑星から、この惑星フリームに移り住んだ、人でない者たちの歴史。


 太陽系外にまで生活の場を広げられるだけの科学力を持ちながら、新天地で過去と同じような(いさか)いを繰り広げる愚かなる人間たちの物語。


 リートは軽く目を閉じると、思考を過去(おもいで)から現代(いま)に引き上げた。


「ティルフィングが創られたのは遠い遠い昔。

 創世の伝説が語る『暗い暗い夜の彼方』に人々が住んでいた時のことです。


 悪しき心で創られた魔剣は、数え切れぬ災いを引き起こした末、魔導師モルフィスにその呪力を封じられました。


 彼の力は紅玉(ルビー)と化し、魔剣の封印となりましたが、ティルフィングがこの地にもたらされた時、ルフィーナが誤まってその封印の紅玉(ルビー)を外してしまったのです。


 放たれたティルフィングはゼルトランの手に渡り、その命と引き換えに一時的な封印が施され、カイラーサ山に封じられました」


(やれやれ。ごく簡単に語ろうとしてこれですものね。魔剣を巡る因果のなんと深いこと)


 巡る因果は、この後、更に深まり混沌としていく。


 しかしそれは、これより更に300年以上先のこと。


「で、そのカイラーサ山に封じられた魔剣を解き放っちまったのが俺ってわけか」


 途端に、アドの表情が曇る。


「およしなさい。自分を責めるのは。いくら責めたところで過去は変わりません」


「……わかってる」


 アドは、頭を一振りすると、尋ねた。


紅玉(ルビー)はどこ? その、モルフィスとかいう男の力が込められた紅玉(ルビー)を使うんだろう? どこにある?」


「砂漠の中心部に」


 短い答は非情だった。


「さ………ばく………の、中心………?」


 砂漠。

 ゴルボア大陸の三分の二を占める広大な砂漠。


 下手をすれば、紅玉(ルビー)の元にたどり着く前に命を落としかねない危険な個所。


 砂漠の民であれば話は別だが。


「…………でも、行かなきゃ。俺が…………」


「その必要はありませんよ」


 悲壮な決意を、だがリートはさらりと流した。


紅玉(ルビー)は私が取ってきます。あなたはその間、ここで、レイさんの傍で、ティルフィングを預かっていて下さい」


「な……………!!」


「レイさんには………いえ、『大将』にはもうしばらくティルフィングが必要です。

 その『力』の象徴として。あるいは『権威』の象徴として。

 ですから、封じるのは、その後、ということになりますね」


「ち……ちょっと待ってくれ! なんで、あんたが砂漠に行くんだよ!なんでその間、俺はここにいなくちゃいけないんだよ!」


「私たちには、今、やらなければならないことが、二つ、あるのですよ」


 勝手に『私たち』にするリート。


「一つは、砂漠に紅玉(ルビー)を取りに行くこと」


「それは、分かる」


「もう一つは、レイさん……『大将』の傍に、『危険でない状態』でティルフィングを置いておくこと」


「それが、良く分からない」


「ティルフィングは、既に戦場における『大将』のシンボルになっています。

 だからこそ、今、ティルフィングを失うわけにはいかないのです。


 特にシグルを………『隊長』を失った今では、あまりにもタイミングが悪すぎます。

 今まであなたたちが行ってきたこと全てが水泡に帰しかねない」


 今まで行ってきたこと。


 誰もが道の真ん中を堂々と歩ける、誰の目も輝いている、そんな街。

 レイが、否、レイたちが、創りあげた国。


 これを護るためにも………


「必要なのです。ティルフィングが。

 そして、その呪力に巻き込まれることなくティルフィングを振るうことが出来るのは、あなただけなのです」


「どうして?」


「ティルフィングに聞いて下さい」


『ティルフィングはあなたに一目ぼれなのですよ』などという台詞を口にする気はさらさらなかった。


(アンディの生命を断った魔剣のキューピッド役なんて、誰がするものですか)


 魔剣の声はアドには聞こえない。

 魔剣の想いは永久に伝わらない。


「とにかく、あなたが振るっている限り、ティルフィングがその呪力を発揮しないことは事実です。証拠、といわれても困りますが……」


「…………いや。信じるよ」


「ありがとうございます」


「俺はここにいて………大将の代わりに、ティルフィングを使えばいいんだな?」


「そうです。わかっていただけました?」


「ああ。俺だって、俺達がやってきたことを水の泡になんか、したくない。でも………俺も、砂漠に行く」


「…………え?」


「全て終わってから、砂漠に行く。行って、紅玉(ルビー)を取ってくる。そんな危険な旅、あんた一人に任せられないし、それに、俺の撒いた種だ。自分で始末つける」


「私はそんなに信用なりませんか?」


「そうじゃない。そうじゃないけど……」


「砂漠には私が行きます。大体『全て終わってから』なんて、何年後になると思っているんですか?その間、私に何をしていろと?」


「あんた、吟遊詩人だろ?なら、吟遊詩人らしく………」


「そうですよね」


 珍しく、リートは人の台詞をひったくった。


「吟遊詩人は『傍観者』であるべきですよね。自分で冒険する吟遊詩人なんて、らしくないですよね」


 苦笑するリート。


(やれやれ。この坊やを納得させるのは骨が折れますねえ。さて、どう言えば………)


 いっそ、はっきり『足手まといだ』と言ったほうが良いのだろうかと思いつつ、結局、別のことを口にした。


「ですが、人に魔剣のお守りを任せ、その間、のうのうとしているようなこと、あなただったら耐えられますか?」


 無言で、首を横に振るアド。


「でしょう? だから、砂漠には私が行きます。大丈夫ですよ。私は普通の人とは違いますから。それに、一人ではありませんしね」


 ピィッと、リートの左肩でメラが鳴いた。


「……………………一つ、聞いてもいいかな」


「何でしょうか?」


「あんた………………リートは、アンディの………………親戚?」


「…………ええ」


 聞かれるだろうと、思っていた。


「信じてはくれないかもしれませんが」


 この場合、真実を告げたほうが効果的であることも、良く分かっていた。


「アンディは……………………私の息子です」


 一瞬の、間。


「…………………………うそだろぉッ?!」


「本当ですよ」


「だ………、だって、アンディよりもずーっと若いじゃないかッ」


 リートはどう見ても12、3才(地球年齢20才程度)。

 対して、アンディの享年は22才(地球年齢35才程度)だ。


「そんなことありませんよ」


 リートはいたずらっぽく笑うと、事実を口にした。


「私は今年58才(地球年齢93才)ですから」


 絶句するアド。


「し……………信じられるかッ!」


 当然の反応だろう。


「じゃ、信じさせてあげましょうか?」


 そう言うとリートは、銀髪を掻き上げ、日頃は人の目から隠している己の耳を、アドに見せた。


「あ………………………………………」


 それは、人でない証拠。人ではありえない尖った耳。


「リート…………あんた………………」


 ごくっと生唾を飲むアド。


「エルフ………?」


「半分は」


「……え?」


「私の母は、人です。そして父は、エルフです」


「ハーフエルフ…………」


「私は、人であって人でなく、エルフであってエルフでない、中途半端な存在。

 人として生きるには成長が遅すぎ、エルフとしては早すぎる。

 エルフの血を引きながらエルフ独特の不思議な力を持たず、ただ人ならざるものの言語を操れるだけの出来損ない」


「…………………………………」


「……まあ、だからこそ、父の役に立てることもあるのですが」


「父?」


「私の父は、森の民の(おさ)です。

 父に、魔剣をあなたの元に戻すようにと言われ、この地にやってきたのです。

 が………私の出る幕など、なかったようですね」


「……だな」


 二人、顔を見合わせて苦笑した。


「だからせめて、封印の手伝いくらいさせて下さい」


「封印もするように言われたのか?」


「いいえ。そこまでは。でも、ティルフィングをこのまま放っておくわけには行かないでしょう?」


 それを聞いて、アドは、何やらじっと考え込んだ。


「リート」


 ややあって、リートに尋ねる。


「封印した後、ティルフィングをどうするんだ?」


「それなんですよね、問題は」


 ふうっと、小さなため息を吐く。


紅玉(ルビー)の封印は、一度人の手に渡れば、簡単に解かれてしまいます」


 かつてルフィーナが、容易にそれを外したように。


「ティルフィングそのものを人の手に触れさせないようにしなければなりません」


 事実、今まで500年以上ティルフィングが放たれることがなかったのは、ゼルトランの施した中途半端な封印よりも、彼の地に至る道を森の民の手で迷路と化していたことの方がより強い原因になっている。

 ティルフィングを手にしようとした者は皆、その所為で目的地にたどり着けなかったのだから。


「とはいうものの、いまやティルフィングは『力』と『権威』の象徴。レイさんが新しく国を創る為に、その存在は必要不可欠。

 誰の眼にも見えながら、けして触れることが出来ない。そんな状態を作らなければなりません」


「できるのかよ、そんなこと」


「一つ、考えがあります。精霊の力を借りようと思っているのですが………………」


 リートは、アドに自分の『考え』を説明した。が、それを聞き終えたアドは


「できるのかよ、そんなことッ!」


 聞く前と同じ台詞を思いっきり叫んでしまった。


「確約は出来ませんが、まあ、なんとかなりますよ。私は一応、『森の民の(おさ)の息子』ですし」


(この肩書きを利用するのは少々不本意ですけど)


「………そっか。リートって、偉いんだ」


「偉いのは父です。私は………出来損ないですから」


「何言ってるんだよ。こいつは『出来損ない』が立てる計画じゃないぜ」


「かもしれませんね」


「とにかく俺は……っていうか、俺たちは、あんたが帰ってくるまでに『神殿』を建てておけばいいんだな」


「ええ、お願いします。できれば、森か林の近くに」


「分かってるって」


 立ち上がり、アドは唇の端を少しだけあげた。


「元気になりましたね」


「『やらなきゃいけないこと』ができたからな。…………それより」


 歩きかけて、ふと振り返るアド。


「すぐに行くのか? 砂漠に…………」


「行きたいところですけど………………」


 リートは、ようやく騒動の治まりつつある広場に顔を向けた。


「レイさんをこのままにしておくわけにはいきません。出発は、いささか遅くなるでしょうね……」


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