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赤竜

(アンディ………)


 シグールトに向かって歩きながらも、思考は自然、そこヘ漂う。


(私生児として生れ、孤児として育ち、白月神官(ソム・ルフィーナ)としてその生を終え………)


(どのような思いで………)


(会いたかった)


(会って…………)



(それから?)


(わからない)


(でも、それでも…………)


(アンディ………)


(私の…………息子………)


(私には、思い出がある)


(父さまに…………父さまだけに、愛された思い出)


(それが、今の私の支えになっているように……)


(アンディ………)


(きっと、アニーに愛されたのでしょう)


(そしてそれが…………支えに………)


(そう、願いたい…………)


(幸福な……………)


(幸福な人生……………)


(だったのでしょうか)


(アニー…………………)


(アンディ………………)


(………………)


(いえ)


(アニーだけではない………)


(アニーにだけ、愛されたわけではない)


(フヌウ)


(陸の王に「友」と呼ばれていた)


(そう、次期、白月大神官(ソムリア・ルフィーナ)とも…………)


(…………………………)


(…………………幸福な)


(幸福な人生だったのでしょう、おそらくは…………)


(少なくとも、人に必要とされる存在だったのですから)


(その死を惜しみ、涙する人がいるのですから……………)







 急に。


 リートの足が止まった。


 風が、微かな暖気を運んできたのだ。


 季節は冬。辺りに暖気の発生源となるようなものは何もない。


(上…………?)


 訝し気に上を向く。

 何やら、赤いものが近付いてくる。


(鳥………ではないようですが………)


 みるみるうちに大きくなる。


「……あっ!!」


 その正体が見て取れるほどになったとき、リートの口から驚きの声がこぼれた。


「赤竜!?」


 間違いなかった。


 赤竜。

 炎を操る竜族。


 いずれは会わねばならぬ相手。

 故に、むこうからやってきてくれるのは好都合だが………


(何故………?)


 暖気が次第に強くなってくる。

 赤竜は、間違いなく、リートを目指していた。






『今、歌っていたのはそなたか?』


 赤竜は、リートの目前に舞い下りるなり問いかけた。

 そこだけ急に夏が来たような熱さ。


『歌…………と、申されますと?』


『先刻のレクイエム、そなたであろう?』


『ああ………』


 合点がいった。

 先程、アンディの墓前に捧げた歌を、この赤竜は耳にしたのだろう。


『この歌ですか?』


 リートは、竪琴を取り出し、何小節か弾き鳴らした。


 だが、竪琴だけだ。

 歌わない。歌いはしない。


 あの歌はアンディのもの。

 アンディだけのものだから。


『そう、それだ。やはりそなただな』


『はい。先程、即興で創りあげたものですが、それが何か?』


 問いながら、リートは赤竜の答えを半ば予想していた。


 人にも、人ならざるものにも、彼の歌は何故か受けが良い。


 気に入られ、請われるままに歌いつづけたことも幾度かある。


『気に入った』


 赤竜の答えは簡潔だった。


『それは……ありがとうございます。気高き竜族の中でも、最も誉れ高き赤竜殿にお褒めいただくとは恐悦至極。詩人冥利に尽きると言うもの』


 もはや習い性になってしまった「吟遊詩人」の物言いが、流暢にその口から流れ出る。


『家内の具合が良くないのだ』


 赤竜は唐突に話題を変えた。


『元気づけてやりたい。一緒に来い』


 有無を言わせず、赤竜はその前足でリートをつかみ、ひょいっと器用に己の背に乗せた。


『え……あの、赤竜殿?』


 流石にうろたえるリート。


『しっかり捕まってろよ』


 大きくはばたきを始める赤竜の背で


『ですが私は、急ぎの旅を』


 慌てて事態収拾に努めるが、


『後にしろ』


 赤竜の一言で玉砕した。


(あ~~~あ………)


 急激に地面から遠ざかる赤竜の背の上で、振り落とされないように体勢を立て直しつつ、リートは心の中で、一つ大きなため息を吐いた。






 赤竜の住処は高い山の上にあった。


 どこの山かは判らない。

 視界は、雲海に遮られていたから。


 その住処の奥まった場所に、赤竜がいた。

 赤竜の女性が。


 彼女が赤竜の奥方だろう。

 その脇には大きな卵が一つ。


(どうやら、「産後の肥立ちが悪い」といった状況のようですね)


 リートは、一人納得した。


『ああ、あなた…………』


 臥せっていた赤竜の奥方が、そう言いながら起き上がろうとした。


『よせ、お前。まだ顔色が良くないじゃないか』


 赤竜が奥方を制する。


(顔色………ねえ………)


 良いいんだか悪いんだか、リートには判別不能だ。


『ゆっくり寝ていろ。暇潰しに良いものを持ってきた』


 赤竜はリートを奥方の前に押し出した。


『まあまあ、わざわざ私のために?』


 奥方は嬉しそうに微笑んだ……のだろう、多分。


『これは一体なんですの?』


『吟遊詩人だ。なかなか性能が良いぞ』


(かんっぺきに「物」扱いですね)


 がっくりしながらもその場で一礼する。


『リートと申します。以後、お見知りおきを……』


『能書きはいいから歌え』


『……………はい』


 リートは座り込むと、内心ため息を吐きながら竪琴を構えた。






『素敵………』


 一曲聞き終わった奥方が、ほうっと息を吐いた。


『なんだか元気になったみたいよ。ありがとう、あなた』


『そうか。それは良かった。これはしばらく置いておくから、何時でも好きな時に使うといい』


(本人の意思って奴は………ないんでしょうね、やっぱり………)


 露骨にため息を吐いて頭を抱えてみせたが、二匹の赤竜は、当然、見ちゃあいなかった。






 その夜。


 二匹の赤竜の寝息で飛ばされそうになったリートは、何とか眠れるところを探そうと、月明かりの下、狭い岩棚の間を歩いていた。


『おや……』


 とある岩陰に来て驚いた。そこに、先客が居たのだ。


『赤竜の………………仔?』


 大きさはようやく成猫程度。

 しかしその形は紛れもなく赤竜。


 リートは、驚きながらも起こさないようにとそっと向きを変えた。しかし……


『ピイ?』


 遅かったようだ。

 仔竜は目を覚まし、小さな翼で宙に浮くと、リートの目の前にやってきた。


『ナアニ?』


『失礼。起こしてしまったようですね』


『ダアレ?』


『リートと申します』


『フウン?』


 赤竜の仔は、クルン、とリートの周りを一回りし、竪琴に気付いた。


『オ歌、ウタッタ?』


『ええ。先程』


『フウン』


 クルクルと、宙を舞う仔竜。


『あなたは何故ここに?』


『トバサレチャウカラ』


『あははは』


 思わず笑い出すリート。


『同じですね』


『同ジ?』


『ええ。私も、「トバサレチャウ」からここに来たんです』


『フウン』


『あなたのお名前は?』


 仔竜はクルリ、と一回転すると、答えた。


『メラ』


『メラは、いつもここに?』


 結局、同じ場所で眠ることにしたリートは、その膝の上を寝床に定めた仔竜に尋ねた。


『ウン』


『昼間も?』


『ウン』


『………何故です?』


『タマゴ、キライ』


『…………………は?』


『タマゴ、キライ』


『………あの、卵ですか?』


 赤竜の奥方の脇にあった大きな卵を思い出す。


『まま、ぱぱ、タマゴバッカリ。メラ、一人』


『……ああ、なるほど……』


 下に子供が産まれると、上の子供にかまっていられなくなる、というのは良くある話だ。人も、エルフも。


『ツマンナイカラ、ココニイルノ』


『ここに居るほうがつまらないような気がしますけど?』


『一人デ、一人ハ、イイノ。一緒デ、一人ハ、イヤ』


『…………そう、ですね』


『……デモ、今日ハ、一緒』


 メラは嬉しそうにそう言った。


『一緒……アッタカイ、ネ?』


『…………………そうですね』


 やがて、仔竜の寝息が、リートの膝の上から聞こえてきた。






『あのぉ………………そろそろ、帰して頂きたいんですけど……………』


 二匹の赤竜に、請われるままに歌いつづけた後、おそるおそる申し出てみたが


『………どうだ、お前。具合の方は』


『ええ、随分よくなりましたわ。でも、まだちょっと、心配………かしら?』


『じゃあ、もうしばらく置いておこう』


 玉砕だった。今日もまた。


『もう、一ヶ月も経つんですけど………』


 露骨にため息を吐いて頭を抱えてみせたが、二匹の赤竜は、聞いちゃいないし、見ちゃいなかった。






(本気で、脱出方法考えたほうがいいかも)


 赤竜の住処に無理矢理連れてこられてから、はや四ヶ月が過ぎようとしていた。


 勿論、今までただ無為に過ごしていたわけではない。

 宝珠にはしっかり赤竜の力が込められている。


 故に、ここにはもう用はない――


(ものすごい岩場ですけど、夜、彼らが寝ている間にゆっくり下りていけば…………)


『りーと!』


「わっわっわ!」


 崖下を覗いていたところをいきなり後ろからぶつかられ、危うくまっさかさまに転がり落ちそうになった。


『メ………メラ?』


 荒い息を吐きながら、ぶつかってきたモノに声をかける。


『あ……危ないじゃないですか!』


『エヘヘヘヘヘヘヘヘ』


 いたずら仔竜は、クルリ、と一回転すると、リートのすぐ傍に降りた。


『ネ、メラニモ、オ歌!』


『………………………はいはい』


(まあ、好かれて悪い気はしませんけどねぇ…………)


 親が親なら仔も仔だと、内心大きくため息を吐いた。






 さらに半月後。

 赤竜の住処に変化が起きた。


『あなた、見て!卵が!』


『おお!』


 卵にヒビが入っていた。


『孵るぞ!』


 ピシ………


 ピシ………


 ピシピシ………


 微かな音と共に、ヒビが少しずつ増えていく。


 ピシ………


 ピシ………


 ピシピシ………


『ピ…ピイッ』


『おお!』


『まあ!』


 ついに、雛が孵った。


 メラよりも、ずっとずっと小さな赤竜が、卵の殻をくっつけながら、誕生(めざめ)の歌をうたっていた。






『子供も無事産まれた。家内の具合も良くなった』


 無事生れた赤子を愛おしげに羽の下に包む奥方の横で、赤竜がリートに語りかけた。


『ご苦労だったな』


『では、帰して頂けるのですね!』


『うむ』


 そういって赤竜が、リートを背に乗せようとしたその時


『待ッテ!!』


 メラが飛び込んできた。


『……メラ?どうした?』


『メラモ行ク!!』


『はぁ!?』


『何!?』


『ええ!?』


 リートと赤竜と奥方が、三者三様の驚きの声を上げる。


『メラモ行ク!!りーとト一緒!!』


『ならん!!』


 赤竜が吠えた。


 と、同時にその口から炎が飛び出す。


「わっ」


 リートはあわてて岩陰に避難した。


『メラモ行クノ!!』


 負けじと叫び返すメラの口からも、小さな炎が飛び出した。


『×◇◎$%#!&!!』


『|~=>&*+▽☆!!!』


 炎を吐きあいながらの親子喧嘩。


 炎と言葉と風の鳴る音が入り乱れ、何を言っているのか、リートでも理解不能。


(凄まじいですねえ……………)


 冷や汗をかきつつ、リートは巻き添えを食わないよう、あちらこちらの岩陰へと逃げまわった。






『…………………勝手にしろ!!』


『ウン!!』


 数時間後。

 親子喧嘩は、どうやら子供の勝利で終わったらしい。


『一緒!りーと一緒!』


 メラが、嬉しそうにリートの足元に擦り寄る。


『……さっさと乗れ!』


『……………………』


 言うべき言葉が見つからず(茫然自失とも言う)、リートは無言で赤竜の背によじ登った。






「やれやれ…………」


 4ヶ月半ぶりに赤竜から解放されたリートは、思わず大きなため息を吐いた。


「春になってしまいましたね…………」


 辺りを見回す。

 4ヶ月半前に、赤竜と出会った場所だ。

 季節だけが、既に春の盛りになっている。


「………………シグールトの近くへと、お願いしたつもりだったんですけど………」


 多分、聞いちゃいなかったのだろう。


「ピィッ」


 すぐ脇で、甲高い声が響いた。


「ああ…………そうでした。君がいたんでしたよね……………」


「ピギッ!」


「仕方ありませんね。約束ですから連れて行きますけど………お願いですから、むやみやたらに火を吐かないで下さいね」


「ピ!」


 メラは、まだ独り立ちできるほど育ってはいない。

 仔竜というのは、実は案外弱いもの。それ故、別れ際に赤竜は言った。


『メラに何かあったら覚悟しとけ』


『…………………はい』


 と答える以外、術はなかった。


「やれやれ………。何でまた、私なんかを気に入ってしまったんでしょうね、君は……」


(まあ、私を気に入った、ということではないかもしれませんけどね)


 あのままあそこにいれば、再び『一緒デ一人』になっていただろう。それが嫌だったにちがいない。


「さ、行きますよ」


「ピィ」


 メラは、嬉しそうにピョン、とリートの左肩に飛び乗った。


(………ちょっと、重いかも………)


「右肩には乗らないで下さいね。竪琴が弾けなくなると困りますから」


「ピ」


 了解、とメラはリートにほお擦りした。


(まあ、懐かれて悪い気はしませんが。それに、何と言っても赤竜の子供。一緒に旅をしていて役に立つことは色々あるでしょうし、何より、いい宣伝になりますしね)


 いざとなったら見世物にするという手もあるなどと、メラの親が聞いたら即座に吟遊詩人のバーベキューが出来上がること間違いなしの物騒なことを考えていると


『リートさま』


 ふいに、人ならざるものの言語で呼びかけられた。


 辺りを見回す。リートのことを敬称(さまづけ)で呼ぶのは、森に住まう者に違いない。


『サザク?』


 ほどなく声の主を見出した。


 春を告げる花、サザクの木の下に、エルフの少女が立っていた。おそらくは、サザクに宿る森の民。


『今、私を呼んだのはあなたですか?』


『はい。リートさま』


『何のご用でしょう?』


『あの、ティルフィングをお捜しですよね?』


『ええ。もしや、どこにあるかご存じなのですか、お嬢さん?』


『シグールトです。献上されたそうです』


『献上?』


『はい。この前、シルフが話してました。シグールトを占拠した人のところに献上されたって』


『シグールトを、占拠?』


 4ヶ月半前のうわさでは、まだきな臭い匂いが漂っているだけであったが、事態は大分進展しているようだ。


『その人の名を、知っていますか?』


 このときリートは、何気なく、本当に何気なくこの問いを発したのだ。返ってくる答えなど、想像もせずに。


 だから。

 エルフの答えを聞いて、リートはその場に立ち尽くした。


『レイ、と呼ばれているそうですわ。とってもきれいな男の人だそうです』

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