弔歌
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ご注意ください。
『そう……でしたか』
さきほど感じたあの波動。
何か人でないものが泣いているような
あれは……
『やはり、ティルフィングがここに………』
『やはり?』
『父に……いえ、森の民の長に、依頼されたのです。魔剣をアドの元に返すようにと。魔剣はシグールトに向かったと聞いたのですが、ここで、妙な波動を感じたので』
『それはおそらくティルフィングの残留思念。魔剣は、長の言うとおり、シグールトに向かっている……』
『え?』
先程、アドが月神殿に戻ってきたと、そう言わなかったか?
であるならば……
『アドが、ティルフィングを取り戻したのではないのですか?』
そして、アドにはシグールトに行く理由がない。
そのはずだ。
『いや……』
苦渋に満ちた声で否定する神獣。
『アドは、血塗れで地に伏したアンディを見て、取り乱してしまった……。
フォレスの手から落ちたティルフィングを拾う前に、アンディの元に駆け寄り、彼に取りすがって哭きながら、その名を呼び続け……』
『………』
無理もない。
アンディはアドの育ての親――
『皆が、アンディの死に気を取られている隙に……あの男……あの行商人が、ティルフィングを持ち去った』
『!』
――賄方の女性と行商人らしき男が、なす術もなく――
(………とんだところに、とんだ伏兵がいた、というわけですね………)
『咄嗟に、金になると判断したらしい。私の、切られた角まで持っていった』
『彼の行く先が………シグールト、と言うわけですか』
『今、武具が一番良く売れるのは彼の地なれば』
シグールトでは、今、戦が起きている。
実際、旅の途上はどこもかしこもシグールトのうわさで持ちきりだった。
領主の逆鱗に触れた小さな村が皆殺しにあった。
その領主を村人たちが打ち倒した。彼らを率いたのは、綺麗な顔をした凄腕の大将だそうだ。
最近商人たちのキャラバンが頻繁に教われる。なのに役人は護衛も付けてくれない。
とある村の蔵が全焼し、前年に収穫された麦の全てが駄目になったそうだ。
どれもこれも、不穏なものばかり。であるからこそ、彼の地では武具が最も良く売れる……
『アドも、シグールトへ?』
『向かったはず』
『そうですか』
リートは大きくため息をついた。
事は、そう簡単に終わるものではないらしい。
『リート殿。シグールトへ行かれるか?』
『ええ』
行かねば、なるまい。
『ではその前に、一つ、頼みたいことが……』
『ここはシルフの通り道なのですね』
フヌウの案内で月神殿の墓地に立ったリートは、周囲を見渡してそう呟いた。
『常に風が吹いている……』
いかに常春の月神殿とは言え、粉雪が舞い散るこの季節に吹く風は、流石に冷たい。
『それ故ここは、いつも清浄に保たれる』
フヌウの言葉に軽く頷きながら、リートは真新しい墓に近付いた。
『さて……月神殿始まって以来の逸材と呼ばれた神官殿に、私の歌がお気に召しますやら……』
軽口を叩いていたリートの表情が、何気なく墓石に刻まれた文字を見た瞬間、凍り付いた。
『………アンディテネスリート・ラブド・リグトール………』
記憶が、はじけた。
ラブド、は私生児を意味するミドルネーム。
続くファミリーネームに覚えがあった。
脳裏に一人の少女の顔が浮かぶ。
彼女のフルネームは………
『アンディテーナ・ジ・リグトール』
『おや』
フヌウがそれを聞きとがめた。
『アンディの母親をご存知か?』
(母親ッ?!)
(アンディの、母親)
(アニーが?)
(では、アンディは)
(アンディは、アニーの)
(息子)
(まさか………)
(一体、いつ)
(いつ、生れたのか……)
(ああ……書いてある。アンディの、生年は……)
『生年………559年12月20日………!』
(559年………)
(私が………旅に出た年………)
(そして………)
(アニー……)
『アンディは……』
問い掛ける声が、震える。
『……私に、似ていましたか?』
『え………あ………。そう言えば』
フヌウは、問われて初めてそのことに気付いた。
髪の色も、瞳の色も異なるが、アンディとリート、二人の容貌は、確かに似ていた。
『彼は………生まれながらに、人ならざるものの言語を操ることが出来たのでしたね』
(私が…森の民の長の子として生まれながら、力をほとんど持たない出来損ないの私が持っている唯一の力)
『そう。そして言霊と』
(言霊。それは、私にはない。おそらく、月神殿での修行の賜物……。いや、歌の力も言霊に近い……か?)
『リート殿………?』
『……陸の王よ』
リートは、ゆっくりと、フヌウに向き直った。
『アンディは……アンディテネスリートは………』
(もっと早く………知りたかった………)
(もっと)
(早く)
『………おそらく、私の子です』
ひときわ強く、風が、吹いた。
リートは、呆然とするフヌウから目を逸らし、じっと墓石を見つめた。
(アニー………)
フヌウは言った。アンディは、母親が亡くなった後、月神殿の白月大神官に引き取られた、と。
(子供を……子供を抱えて女性が一人生きるのは………どんなにか辛かっただろう)
(無理を、したのだろう、きっと……)
(その所為で……寿命を、縮めてしまったのでは……)
(知ってさえ……知ってさえいれば、留まったのに)
(アニーだけが年を取り、私だけ変わらぬままでいたとしても)
(それはもしかしたら、アニーにとって……辛いことだったかもしれないけど……)
(それでも……死んでしまうよりは……)
(知っていれば)
(駆けつけたのに)
(………知らなかった)
(何も、知らなかった)
(知らぬままに私は……自分を愛してくれた人を……失っていたのか………)
(自分の子供まで…………そうと知らぬまま………)
(失っていたのか)
(子供)
(私の)
(ああ、どんなにか恨んだことだろう)
(彼は……アンディは)
(母親を、置き去りにした父親のことを)
(それでも)
(会いたかった)
(会いたかった)
(一目)
(会いたかった)
(たとえ、ののしられても、恨まれても)
(会いたかった)
(話をしたかった)
(知りたかった)
(何を考えていたのかを)
(何を望んでいたのかを)
(何を見つめていたのかを)
(アニー)
(アンディ)
(私は……)
(私は……………ッ!!)
ややあって、リートはゆっくりと口を開いた。
『最初は……。ごく、ありふれたレクイエムを歌うつもりでしたが……』
言いながら、墓の前に座り込み、竪琴をかまえ、目を閉じる。
『リート殿……』
フヌウは何か言いかけ……結局、口を閉ざした。
聞いては、いた。
アンディの生まれる前、リートがこの地に滞在していたことを。
そして、冬の、最も寒さの厳しい中、旅立ったと。
リートは『おそらく』と言ったが。
間違いないだろう。
そう考えれば色々合点がいく。
何故、人である彼が、不思議な力を持っていたのか。
何故、森に棲む者たちが、彼に好意を抱いていたのか。
なによりも。
二人の相貌は、良く似ている。
これで血縁関係がないという方がおかしいだろう。
(ああ………)
フヌウは胸中、深いため息をついた。
何故今まで気が付かなかったのだろう。
気が付いていれば。
知らせる手段などいくらでもあった。
いくらでも、あったのに………。
ポロ…………ン
己の内に沈み、相応しい旋律を探っていたリートは、目指すものを見つけたか、そっと、竪琴を奏で始めた。
竪琴の『音』は徐々に大きくなり、一つのフレーズを奏でると、小さくなり、ふるえ、詩人の『声』を促す。
促され、『声』は、澄んだ音を辺りに響かせる。
『音』と『声』の絶妙な調和。
それは、未だ誰も聞いたことのない美しい旋律。
森の民の長の一人息子が、エルフと人の間に生を受けた吟遊詩人が、その生涯、一度も会いまみえることの出来なかった息子のために奏でる弔歌。
己の全てをこめて、紡ぎあげる詩。
低く
高く
大きく
小さく
涼やかに
軽やかに
重々しく
朗らかに
泣きながら
詫びながら
誇らしく
哀しく
沈鬱に
慰め
称え――
フヌウが気付いた時、既に詩人は姿を消していた。
『リート殿……。そなたは気付いているのかいないのか。エルフとしても人としても中途半端であるそれこそが、そなたを優れた吟遊詩人たらしめていることに………』
フヌウは、友の墓に近寄り、愛しげに頬を寄せると、ゆっくりと森へと帰っていった。
後には風が吹くばかり
詩人の奏でた旋律の記憶を
微かにその中に漂わせて




