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救出

 翌日。


 例によって例のごとく、ルアザン公の呼び出しを受けた帰り。


 リートはすれ違った男の顔にふと引っ掛かりを覚えた。


「リートさん?」


「………」


「どうしました?」


 レイの声に答えず、必死に記憶をたどる。


「あ」


「リートさん?」


「思いだしました。今の兵士………」


「今の兵士?」


「今さっきすれ違った兵士、ティーをさらった山賊の一人です」


「………えッ?」


「間違いありません。記憶力は良い方です」


 『記憶力が良い』というのは、実は少し遠慮した言い方だ。


 正確には、リートは一度見聞きしたものは忘れない。


 それは歌に限らない。

 リート自身は、それが普通だと思っていた。


 しかし旅を続ける中で、それが特異であることにほどなく気付いた。


 普通の人は、一度見聞きしたくらいではなかなか覚えられないものなのだと。


 とはいうものの。


 『忘れない』と『思いだす』の間には少々隔たりがある。


 よく使う(アクセスする)記憶とそうでない記憶では、やはり検索に時間がかかる。


「あの時は顔の半分を隠していたので、気づくのが遅くなりました」


「良く似た他人、とかでは?」


「ないですね。耳の形が一緒です」


 だが、一度記憶したものの『すり替え』や『取り違え』はない。


 リートは自信を持って断言した。


「み………耳の、形?」


「ご存知ですか? 耳の形って、一人として同じ人はいないんですよ?」


「いや、そうじゃなくて、耳の形まで覚えてるんですか?」


「ええ。記憶力は良い方なので」


 絶句するレイの横で、再びリートが首を傾げる。


「何で山賊の彼が、こんなところにいるんでしょう?

 しかも兵士の服を着て。

 それに彼が出てきた部屋って、確か重臣部屋じゃありません?」


「………確かに」


 二人は、顔を見合わせると、急いで部屋へ戻った。


 シグルとジルに、今見た事実を告げる。


 結果、シグルが、『何故彼がここにいるのか』を調べるために、ジルを伴って部屋を出た。






 シグルたちが戻ったのは、レイとリートが再度の呼び出しを受け、出掛けている間だった。


「……どうしたんですか?」


 シグルの目が据わってる。

 ジルはそんなシグルが怖いらしく、部屋の隅で畏まっていた。


「どうしたもこうしたもない」


 吐き捨てるシグル。仕方なく、ジルに同じ問いを発する。


「……よく判んないんだけど、兄貴に教わった重臣部屋の前で中の話を聞いているうちに機嫌が悪くなったんだ」


「どんな話をしていました?」


「僕は誰か来たら教える役だったから……」


 しょぼんとしてしまったジルの髪をひとしきり撫でた後、レイはシグルの側によった。


「どうしたって言うんですか」


「……あの男、名をゲヴネとか言うらしいが、なんとルアザンの側近らしい。そのうえ……」


 シグルは辺りを見回し、一同を近くに引き寄せた。


「あいつは戦争を起こそうとしている」


「!!」


 危うく叫び声を上げそうになり、すんでのところで口を押さえる一同。


「どうしてまた、そんなことになっているんですか!」


「詳しいことは聞き取れなかったが、ブライ公を出す前に、どうしても戦争にしたいということを言っていた。

 ルアザン公の方の準備は終わり、すでに『(あるじ)』とやらは城を出たそうだ」


「城を?」


「でも、ルアザン公はいつもと変わりありませんでしたけど………。どういうことなんでしょう」


「判らん」


「どっちにしても、ブライ公に知らせた方がいいでしょうね」


 リートの提案に異論は誰からも出なかった。


「でも、誰が行きます?」


提案者(いいだしっぺ)ですから、私が行きますよ」


「だが、君にはやることがあるだろう?」


 シグルの言う『やること』とは当然ルアザン公の呼び出しのことだ。


 が、リートはにっこり笑ってそれを否定した。


「別に私がいなくてもルアザン公は困りませんよ。

 彼が必要としているのはレイさんだけです。

 それに、私はブライ公に直接会ってますからね。

 行っても直ぐに判ってもらえるはずです」


(いざとなれば、イサトに仲介を頼むという手もありますしね)


 リートの心の呟きなど知る由もないが、レイたちは結局、その役目をリートに一任したのだった。


「あ、良かったらフィンを貸してもらえませんか?

 私のフィンより、レイさんたちのフィンの方が若いし、足も早そうですので」


 リートの要求は、二つ返事で聞き入れられた。






『イサト! イサト聞こえますか!』


 疾走するフィンの背の上でリートが叫ぶ。


『聞こえてますよ』


 耳元で返事が聞こえた。


 見ると、疾走するフィンと同じスピードでイサトが翔けている。


『ブライ様にはすでに告げましたよ。あの時の吟遊詩人が訪ねて来る、とね』


 どうやら先手を取られたらしい。


流石(さすが)、お見事。ではそのついでに』


 にっこり笑ってさらに要求する。


『教えてください。「主」というのは誰のことです?』


『隣国フィル・ヴォルーの領主アルドリーのことですよ』


『ゲヴネの正体は?』


『フィル・ヴォルーの間諜』


『成程。それだけ聞けば充分です。……あ、良かったらついでにフィル・ヴォルー軍の足止め、しておいてもらえます?』


『報酬は?』


『あなたの友人、ブライ様の愛する国に、しばしの安寧』


 リートの答えに、呆気に取られるイサト。


『それが、報酬になるとお思いか?』


『と、思っておりますよ、私は』


『やれやれ………』


 肩をすくめる。


『私一人なら確かにそれでもいいですけどねえ。足止めが一人でできる訳、ないでしょう?』


『ならば、何なら報酬になります?』


『そうですねえ……』


 イサトは腕を組んで考え込む。


 翔けながら腕組みとは流石(さすが)シルフと、妙な感心をするリートの脳裏に『報酬』が閃いた。


『オグマの竪琴を譲られた吟遊詩人の歌、というのは?』


『それだ』


 ポン、と手をたたくイサト。


『そういえば、貴方の竪琴は何度も聴いていますけど、歌はまだですね。それで何とかしてみましょう』


 言うなり、イサトはフイッと消えた。リートはフィンを走らせながら、ふと心配になった。


(一体、何曲謡うハメになるんだろう……)






「しかし、いきなりそのようなことを言われてものお………」


「にわかには信じられぬ、ですか?」


 眉値を寄せるブライに、リートは笑みを浮かべながら問いかけた。


「いや、信じてはおる。わしにあれだけ率直に意見を述べたそち達だ。

 信ずるに足る人物であると、私の直感がそう告げている。

 迷うているのはその件でなく処理の仕方よ。

 この一件、下手に動けば新領主であるルアザンを蔑ろにすることになりかねん。

 わしとルアザンの間が不和となれば喜ぶのは隣国。

 密かに事を処理しなければならぬ。が、何しろ……」


「ルアザン公の側近、ゲヴネが間諜であるとの証拠がない」


「うむ。証拠がないままではルアザンも納得せんだろう。

 しかし、今から探していたのでは間に合わん。

 アルドリーは既に城を出ているのであろう?」


「それについてはまだいささか余裕があろうかと。

 今頃は貴方に私の来訪を告げた者が足止めをしているはずですから」


 さりげなく告げられた事実に息を飲むブライ。


「そなた、イサトを知っておるのか?」


「ここに来る途中で声をかけられ、知り合いとなりました。

 先程、歌と引き換えに足止めをお願いしたところです」


「シルフの方から声を……? そなた、一体……」


「ああ、そうだ」


 ブライの台詞(セリフ)を遮り、今思いついた、とでも言うようにわざとらしく手をたたく。


「もしかしたら、私自身が『証拠』になれるかもしれません」


「何?」


 リートはゆっくりとサークレットを外し、銀色の髪を掻き上げた。


「! その耳……そなたは……」


「証拠に、なりますでしょう?」


「ああ、確かに。エルフは嘘がつけないからの」


 ゴクリと、生唾を飲むブライ。


 どうやら、リートをエルフであると思い込んだらしい。リートの思惑どおりに。


 そう、エルフは嘘がつけない。

 だがリートは違う。


 しかし、この場合はエルフであると思わせなければ意味がない。


(何だか最近、妙に人が悪くなったような気がするんだけど……)


 きっと黒竜の影響に違いない、とリートは自分に言い聞かせた。






 後は早かった。


 ブライは早速アルドリーに文を送った。


 侵攻をあきらめ、そちらの間諜であるゲヴネらの身柄を引き渡すならば、今現在そなたらを足止めしているエルフたちを引き上げさせよう、と。


 使者が戻るまでの間、リートはブライに願い出て、屋敷の周りを散策した。


 本当は、もっと前に歩いてみたかったのだが、レイと共にしょっちゅう呼び出され、今の今まで全く時間が取れなかったのだ。


「ああ、やっぱり。(くず)がこんなに生えてるじゃないですか」


 正確には、『葛』ではない。

 地球でいうところの葛に良く似た植物だ。


 葛は、利用価値の高い植物だ。

 でんぷんを取り出せば『葛粉』ができる。

 根を乾燥すると風邪薬の『葛根湯』が。


 蔓は、編んで篭などにもできるし、発酵させ、繊維を取り出し、織りあげて布を作ることもできる。


 そしてこの惑星(ほし)の葛も、ほぼ同じ特徴を持っている。


「ここにこれだけ生えているということは、おそらく、全く活用されていませんね」


 葛は繁殖力が強い。


 調子に乗って乱獲さえしなければ、上手くいけばここの『特産品』とすることも不可能ではないだろう。


 すくなくとも、コトンより収穫量は多く、活用方法は多彩だ。


 早速、ブライに報告すると、案の定、食いついた。


 リートが思いだせる限りの葛の利用法を書き出しているうちに、いつしか夜が明けてしまった。


 早駆けの使者がアルドリーの返書を持ち帰ったのと、リートが疲れた右手を止めたのは、ほぼ同時だった。


 アルドリーはブライの申し出を全面的に受け入れた。


 使者の戻った数分後にイサトが戻って来た。


 アルドリー軍が引き上げたので帰って来たと、ブライとリートに告げる。


 アルドリーは約束を守る気でいるらしい。とりあえずは。


 ブライは次に、ルアザンのもとへ早駆けを送り、ゲヴネらの逮捕を命じた。


 自分もまたその後から、リートを伴いルアザンの所へ赴く。


 そこでリートの耳を――無論、完全に人払いをしてから――見せた上で、ゲヴネの告発をさせた。


 ゲヴネとその仲間であった男が捕らわれ、中庭に引きずり出された。


 怒り、嘆き、悔しさ、そして寂しさをないまぜにした複雑な表情で、ルアザンは自分の側近だった男を見た。


「ルアザン様! これはどういうことなのですかッ!」


 後ろ手に縛られ、叫ぶ男たちの前に、ブライとリートが現れた。


「アルドリーには文を送った。その方らの身柄と引き換えに此度のことをなかったことにと、言うて来たぞ」


 エルフのことには触れない。

 触れないでくれと、リートとイサトが頼んだから。


「そんな馬鹿な! そんな事って………」


 事態を了承するにつれその表情が悲痛に変わり、やがてがっくりと項垂れた男たちは、ゆっくりと引き立てられていった。






 捕まっていた人々が解放された。


 その中に、レイたちはようやく、見慣れた少女の姿を見つけた。


「ティー!!」


 呼びかけられた少女は、声の方へゆっくりと顔を向けた。


 強ばっていた顔が急速に解けていく。


「みんな……」


 安堵の笑顔から大粒の涙がこぼれる。


 広げたレイの腕の中に飛び込むティー。


 レイは優しく抱きとめた。


「もう、会えないと思ってた。もう二度と帰れないって。でも帰れたんだよね? こうやって帰れたんだよね」


「良かったあ」


 いつの間にか、ジルもつられて泣き出していた。シグルの目も安堵に満ちている。


「何であんたが泣いてんのよ。助かったのはあたしなのよ?」


 レイの腕の中からティーがいつもの調子でジルに絡む。


「うるさいなあ。助けてもらったくせに文句つけんなよな」


「何よぉ、文句なんてつけてないじゃない」


「いい加減に兄貴から離れろッ」


「ヤだっ」


 離れるどころか反対にギュッとしがみつく。


 これには流石のレイも苦笑を浮かべる。笑い出すシグル。


 そんな彼らを、リートは少し離れたところから見つめていた。


 側近二人に両脇を支えられるようにして、ブライが近づいて来た。


「これでそちとの約束は果たしたな」


 和やかにほほ笑みを浮かべてレイを見る。


「はい、ありがとうございました」


「礼を言うのはこちらだ。この国を救ってくれたのだからな。

 今回は危ないところで危険な芽は摘み取ったが、あのアルドリーの事だ、直にまた、要らぬちょっかいを出してくるだろう」


「………」


「そう、心配することではないぞ。わしらにとっては一種のスキンシップみたいなものじゃからな」


 豪気な事を言って笑うブライ。


 が、その実どこか辛そうに見えた。

 世継ぎがあれでは心労も絶えないといったところか。


「もし、またこの辺りを旅するようなことがあったら、ぜひ立ち寄ってくれ。今度はわしが自慢の踊りを見せよう」


「そうですね、ぜひ見せてください」


 レイとブライ、どちらからともなく差し出された右手がしっかりと握りあわされる。


「旅の無事を祈る」


 ブライは、城を出て行く一行を、姿が見えなくなるまで見送った。






 城を出て最初の分岐で、リートは彼らに別れを告げた。


「貴方の道を、行かれるというのですね」


 出会ったときとは打って変わった親密さで、別れを惜しむレイ。


「何で? 折角仲良くなったのに、何で別れなくちゃいけないの?」


「ありがとう、ジルくん。別れを惜しんでくれて」


 リートはニッコリと微笑んだ。


「でも、このまま一緒にいたら、私は、役目を放棄してしまいそうな気がするのです。

 だから私は、ここでお別れします」


「そんな……」


「ジル……」


 なだめようとしたレイを押さえるように、シグルが前に出た。


「君には世話になったな。何の礼も出来ないが、元気で」


 差し出されたシグルの大きな手を力強く握り返すリート。


 ジルは、納得いかない様子のまま、右手を差し出した。


「また会えるよね」


「そうですね。きっとまた会えますよ」


 その言葉どおり、数年後、彼らは再会する。


 そして、悔やむことになるのだ。この時違う道を取ってしまったことを。


 もし、未来が見通せるものならば、彼らは決してこの時、別れることはなかっただろう。


 例え『使命』を後回しにすることになっても、リートはレイと共に旅を続けたに違いない。


 が、哀しいかな、神ならぬ身に運命の流転する様が見通せるはずもない。


「ああ、そうだ」


 ふと思いついて、手にしていた手綱をレイへ渡す。


「よかったらこのフィン、もらってくれませんか?」


「え?」


「私の荷物は少ないですし、元々山越えのあと、売るつもりだったんです。でも、そちらは4人連れ。フィンも2頭の方が良いのでは? まあ、ちょっと年取ってますけど」


「いいんですか?」


「ええ」


「………正直、助かります」


 どこかホッとした顔で手綱を受け取ると、レイはニッコリ微笑んだ。


「では、お元気で」


「レイさんたちも」


 リートはフィンの背から、小さな荷物を取ると、彼らに背を向け、左手に延びる道に向かった。


 その道は先で大きく西へカーブしている。


 目指すは北西。白竜の住処すみか


 だがその前に――


(イサトとの約束を、果たさなければなりませんね)


 数メートル先の木立の陰に、イサトと、その他の妖精達が待っていた。


 もしかしたら精霊もいるかもしれない。


 今宵はおそらく、謡い通しになるだろう。

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