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潜入

真実(まこと)の美は俗世の (ことわり)を超越する、なんていう格言はありましたっけか)


 なかったら是非とも今この場で作るべきだ、などと太平楽な事を考えながら、リートは謁見の間で領主ルアザンの出座を待っていた。


 その横にはレイが立っている。透けるような金髪は奇麗に編み上げられ、白い陶磁の肌と唇に薄く塗られた紅が鮮やかな対照を見せている。


 その唇が艶やかにほほ笑んだだけで、謁見の間へ至る全ての障害はきれいに取り除かれたのだった。


 ようやくルアザンが現れた。

 兵士により低首を強いられる一行。


「興業の許可を得たいと申すのはその方らか」


 ルアザンが問う。一行のスポークスマンと化したリート一人が顔を上げ、肯定の意を示す。


「して、どのような芸を見せるというのか」


「踊りにございます」


「うむ。まずは芸を見てからじゃ」


 ルアザンの手の一振りで、兵士らが壁際に下がる。即席の踊り場が確保された。


 低首したままのレイを残し、扉近くに下がる一行。


 床に腰を下ろしたリートが竪琴の弦を軽く弾いた。


 ゆっくりと、顔を上げるレイ。

 ルアザンとその護衛たちの間から感嘆の声が上がる。


 リートの奏でる曲にあわせて、レイはゆっくりゆっくり、気を揉ませるように時間をかけて羽織っていたマントを外した。


 その場に居合わせた者全てがレイの姿に釘付けになった。




 レイが身に着けている衣装は、舞踏家用の衣装を少しアレンジしたもの。


 全体的に、薄い布で作られ、動くたびにふわふわと波打つ。


 トップスは右肩がむき出しになったワンショルダー。


 丈が短く、鳩尾からへその下まで、ほどよく引き締まった筋肉と、白い透き通る肌を惜しげもなくさらしている。


 腰の低い位置から始まるパンツは、長さの異なる薄布が何枚も重ねられ、裾が大きく広がるようになっている。


 高く足をあげると付け根まで見えそうな錯覚を起こす。


 更に何本ものきらびやかな飾り紐やレースが巻きつけられ、動くたびにシャラシャラと衣擦れの音がする。


 昔の地球の人々なら、ベリーダンスのような衣装、といえば通じるかもしれない。




 竪琴の音色が変わった。

 同時にレイが踊りだす。


 目を離す者など、いない。

 否、離せないのだ、誰一人として。


 リートがレイに伝授したのはエルフの種族繁栄の踊り。

 意味するところは生殖。


 城にいる者、特に成人男性に気に入られるのにこれに勝るものはあるまい、というのがリートの策だった。


 勝算は十分。問題はレイの性格一つ。いかにして妖艶な舞踏家を演じられるかにかかっていた。


 が、杞憂だったようだ。レイはリートの思惑以上に踊りに没頭していた。






 結果。


 一行は客人として城に迎えられた。ルアザンはレイの踊り(?)がよほど気に入ったらしい。


 数日が過ぎ、城の兵士達に何とか存在に慣れてもらった頃、シグルがティーらしき少女の情報を仕入れてきた。


「今のところは無事のようだ」


「良かった…………」


「コトンの種取りの仕事をさせられているらしい」


「………すぐに、助けたいのですが………」


「それはお前の望む結末ではないのだろう?」


「はい」


「わかっている。今は無事が確認できただけで良しとしよう」


「………はい」


 そんな二人の会話を聞きながら、リートは部屋の片隅で、少々の罪悪感を抱えながら小さく竪琴を奏でていた。


 とっくに知っていたのだ。ティーがどこにいるのかなど。


 イサトが教えてくれたから。


 実際、城の中で彼に再会した時には流石のリートも驚いた。


 どうしたのかと問うリートに、彼はただ『面白そうだったから』と告げた。


 同様の理由でレイ達にくっついてきたリートとしては、ただ肩をすくめるしかなかった。


 ほどなく彼は、ティーの情報をリートに提供した。


 が、リートはそれを告げなかった。


 山中同様、何故、と問われるのが嫌だったのも理由の一つだが、それ以上に、見たかったのだ。


 彼らの行動を。彼らが、否、レイが、どうするのかを。


「……ティーは、無事だよね」


 リートの横でジルが呟く。


「大丈夫。無事ですよ」


 答えを知っている者の強みで力強く答えるリート。


「……そうだよね。無事だよね」


 すがるようなジルの声に、心が、少し痛んだ。


「思いついたことがあるのですが」


 リートの竪琴が止み、沈黙が落ちて数瞬後、レイが口を開いた。


「ブライ様に頼んでみたらどうでしょうか」


「ブライ………。ケガをして引退したという先代領主か?」


「ええ。ルアザン公の父君からなら、こちらの願いが素直に届くかもしれない」


 悪くない案だ、とリートは思った。


 『麗しのブライ公』の噂が、その半分でも事実であるならば、彼は決して『人狩り』を容認する人物ではない。


 が、シグルはその案に気乗りしないようだった。


「交渉材料を………収益をあげる対案を持たぬまま、か?」


「……だって、思いつきません。旦那も言っていたでしょう? それは私たちの考えるべきことじゃない」


「それはそうだが」


「おそらく、ですけど、先代領主は、『人狩り』の事実に気づいてないのではないかと、思うんです」


「ルアザンが、そう言っていたか?」


「いいえ。ただ、側近との会話から、そうかもしれない、と…………」


「もし、知っていたらどうする?

 知っていて、黙認しているとしたら?

 知らなかったとしても、事情を知れば致し方ないと、判断するかもしれない。

 現領主の施策に口は出せない、と、言うかもしれない」


「その時は……また考えます。

 ただ、ブライ様という人は、良君としてかなり民人に好かれているみたいです。

 そのような人ならこちらの願いが無下にされることも少ないと思います」


「……歩の悪い賭けだぞ?」


「そうですね。こちらから差し出せるものはほとんどない………。それでも、これしか思いつかないのです。ならばとにかくやるしかないでしょう?」


 と、その時。

 扉の向こうからレイ達を呼ぶ声がした。


「ふん……。また、ルアザン殿がお呼びらしいな。朝・昼・晩と呼び出すとは余程お気に召したとみえる」


 シグルが吐き捨てるように呟く。


 レイが困ったように顔をしかめたが、シグルは手を振って言った。


「早く行かないと向こうが痺れを切らすぞ」


「でも……」


 レイの足は動かない。

 仕方なく、リートはレイの背を軽く押した。


「――さあ、着替えて行きましょう」






「何て顔してるんですか」


 ルアザン公の私室に向かう廊下を歩きながらリートはレイの顔をのぞき込んだ。


「シグルの言ったことを気にしてるんですね。対案のことはともかく、失敗したらなんて、失敗する前に考えてもしょうがないでしょうに」


 レイは、ふっと顔を上げて唇の端で笑みを作ってみせた。


「……心配して言ってくれているんです、旦那は。それがよく判るから……」


 台詞の後ろに、絶対的な『信頼』の文字が見える。


 それが羨ましくて、リートは、つい口を滑らせた。


「旦那には、もしかしたらレイさんだけがいれば、他の人は要らないのかもしれないですね。そういう人がいるというのは……幸せ、なんでしょうね。私には判りませんが」


「少なくとも、私は旦那に会えて幸せだと思っています。旦那が地獄の縁から私を救ってくれました。旦那に会わなければ、今、こうして生きているかさえも判らないのです」


「命の……恩人ですか?」


「ありきたりの言葉で言ってしまえば、そうなりますね。

 私は旦那に恩を受けました。

 私は、彼が私を救ってくれたように、ティーを救ってあげたかった。

 私と同じ道を辿りつつあった彼女を以前の暮らしに戻してあげたい、と――」


「……訳が、ありそうですね」


「私にとっては大した事じゃないんです。他人に何を言われようとどう思われようと構いませんから。

 でも、ティーは女の子です。未来のある彼女をこれ以上傷つけたくはない。

 彼女の人生を壊すことなんて誰もしちゃいけないんです。

 彼女は辛い目に遭いながらも明るくふるまえる良い子です。

 出来るなら助けたい。そう思うのは傲慢ではないでしょう?

 私はただ、彼女を家に帰してあげたいだけなんです」


 淡々と話すレイ。

 だがその笑顔の下に翳がある。


 経緯の見当は付く。

 シグルが歓楽街サンルージ島の有力者であることを考え合わせれば、推理は容易だ。


 が、口にする気はなかった。

 おそらく、一時の連れでしかない自分が、立ち入ってはならないことだから。


 レイの小柄な体が、更に小さく見える。

 リートがかける言葉を探し当てる前に、彼らは目的地に着いてしまった。


「おお、やっと来たか」


 ルアザン公はいつもと変わらぬ笑顔で迎えた。






 その夜。


 リートはこっそり部屋を抜け出て屋上に出ると、竪琴を小さくつま弾き始めた。


 その音に紛れてイサトを呼び出す。

 傍からは酔狂な吟遊詩人が月を愛でながら即興曲をつま弾いているとしか思えない。


 ほどなくイサトが現れた。


『今晩は。何か御用ですか?』


『今晩は。少々お尋ねしたいことがありまして』


『何でしょう?』


『ブライ様にお話ししたいことがあるのですけど、どちらにお住まいかご存じですか?』


『ブライ様にご伝言? ならば私が承りましょうか?』


『……え?』


 一瞬、竪琴を弾く手が止まった。


 が、即、何事もなかったかのように続ける。続けながら問う。


『ブライ様と面識がお有りですか』


『ええ。ひょんなことで、ね』


 クスクス笑いながらイサトが語るところによると、20年ほど前、彼と仲の良いフェアリーが、大型の鳥に襲われているところを、通りすがりのブライに助けてもらったのだという。


『ほんっとうにドジな子です。でも、そのおかげで、私はブライと友になれました』


『人と………友に?』


『別におかしなことではないでしょう? あなたの両親のような例だってあるんです』


『……………それは、そうですが』


『ま、それはともかく。その時、フェアリーを助けてくれお礼に、私にできることならなんでもすると、約束してしまって』


『ブライ様は、何を望まれたのですか?』


『自分が領主である間、領内の情報を収集し、報告すること』


『…………「自分が領主である間」ですか………なるほど』


 思わずため息をつく。


『なんで「自分が生きている間」とかにしなかったでしょう。そうしておけば、今頃「人狩り」なんて起こってなかったでしょうに』


『私もそう思います』


 いけしゃあしゃあと答えるイサト。


『そう思うなら、何故この状況を知らせようとはしなかったのです?』


『約束は約束ですから。大体、「人狩り」なんて私たちには関係ありませんし』


 ごもっとも。


『それで? 森の民の長のご子息は、この状況を報告せよとおっしゃるか?』


 リートは、ちょっと考えて頭を横に振った。


『いえ。ただ、「ルアザン公の所に滞在している舞踏家が、ブライ様の力を借りたがっている」とだけお伝えください』


(手助けはここまでですからね、レイさん)


 心の中で呟くと、リートは薄く、嗤った。






 ブライ元領主を訪れる事ができたのは翌々日だった。


 リートとレイ、ジルの他、シグルの代わりに兵士が2名。


 見張り役と言う訳だろう。郊外の広い敷地の中に建つ雄大な屋敷が、ブライの住処であった。


 屋敷の一室で、ブライは杖を片手に座って待っていた。


 白髪交じりのたっぷりとした髭。深く刻まれた皺。


 『麗しの』と呼ぶには少々年をとりすぎているようではあったが、いまだ精悍さを失ってはいない。


 ブライはいきなり見張りの兵士を下がらせ人払いをすると、レイに声をかけた。


「わしに何やら話があるのではないか?」


 唐突に尋ねられ、答えに詰まるレイ。


「違うのか? 違うのならそれでも良いが」


 ブライはレイの反応を楽しんでいる。


 答えを知っているが故の余裕だろうと、リートは心の中で苦笑した。


 レイは迷った。

 踊りの褒美として言い出す予定だったのだ。

 ここで言ってしまって良いものかどうか。


 逡巡していると、ブライは大声で笑い始めた。


「言い付けるとか思っているのではあるまいな。わしはそんな尻の穴の小さな男ではないぞ」


 ガハハッと大口を開けて笑う小太りの老人から、暖かく巨大な何かが発せられるのをリートは感じた。


 畏敬の念を感じさせる、何かが。決してルアザンからは感じられないもの。


 おそらくは威光とも呼べるもの。


(――成程。イサトが「友」というだけのことはありますね)


 リートが感じたそれを、レイも感じたのだろう。


 気が付くと、レイは一部始終を語っていた。


 ティーのこと、人狩りのこと、税のこと。


 そして何より、レイがどれだけティーのことを思っているかということ――


 途中からブライの顔付きが変わった。


 『伝言』を聞いたときにはこれ程大事とは思っていなかったに違いない。


「ありがとう」


 聞き終えたブライは大きく頷いて、満足気な笑みを見せた。


「わしは『真実』を知りたかったのじゃ。

 なのに誰も、わしには何も打ち明けてくれぬ。

 深手を負ったことが皆の気を押さえてしまったのかもしれんな」


 ブライの視線が一瞬手に持った杖に落ちた。


「……今のような政策を続けていたのでは、民は離反してしまう。

 そうなればこの領地(くに)は終わりだ。

 そちがいなければ、わしはこのまま、領地(くに)を滅ぼしてしまうところだった。

 ありがとう。お礼と言ってはなんだが、ティーとやらの件はわしに任せてもらおう。

 他の巻き込まれた気の毒な旅人のことも悪いようにはせぬ。

 そち達にも迷惑をかけたな。済まぬ」


 ブライは深々と頭を下げた。驚いたのはレイの方だ。


「そんな。頭を上げてください」


 リートも目を丸くする。


(随分と違う親子ですねえ……。親が出来過ぎたから子供が駄目になったのかも知れませんけど)


 イサトに伝言を頼む必要は、もしかしたらなかったのかもしれないと、そんな気がした。


 レイに請われ、頭を上げるたブライは、打って変わって悪戯っぽい笑みを浮かべた。


「では、要件が済んだところで見せて貰えるか。ルアザンが惚れ込んだという踊りを」


 レイは、内心頭を抱えながらも、


「喜んで」


 と言うしかなかった。


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