計画
一行は結局、捕えた5人の賊を解放した。
彼らに確認できることはもうなかったし、何よりこれ以上拘束していると食料の心配をしなければならなかったから。
賊に食料のほとんどを奪われてしまったため、今手元にあるのは、個人個人で持っていた携帯食だけだ。
昨夜の宿の手料理を懐かしみつつ、干し肉と乾パンで質素な晩飯を済ませる。
「少し、いいか?」
あっという間に乏しい食料を平らげると、シグルがリートに声をかけた。
「どうぞ?」
腰をずらし、焚き火を境にシグルに正対する。
「まず、あんたに謝りたい」
「えっ? 何故ですか?」
「俺が宿屋で誘わなければ、あんたは危ない目に遭わないで済んだ。奴らの目当ては女子供……つまり、ティーとジル。そして美貌につられてレイ。更には食料、だったようだから。あんた一人なら襲われてないだろう」
「……そうかもしれませんね。でも、別に危険だなんて思っていませんよ?」
正直に答えたつもりだったが、シグルは二の句が継げなくなったらしい。代わりにレイが続ける。
「ですが、これからもそうだとは限りません。ましてや、これから先、ティーの救出やそれに関することは、本来、あなたには無関係です」
(まあ、そうですよね。私は彼らの『仲間』ではない)
ほんの少しだが寂寥感を覚え……ついでそんな思いを感じたことに驚いた。
自分が人でないことは充分承知していたはずなのに。
人でない自分が誰かの仲間になれるはずがないのに。
………どうやら思ってた以上に彼らに入れ込んでいるらしい。
が、旅で覚えたポーカーフェイスはそんなリートの内心を完璧に覆い隠した。レイは何も気づかずに話し続ける。
「そりゃ、一緒にいて欲しいと思います。
見た目よりも腕が立ちますし、状況判断も悪くない。
薬草の知識もある。ジルも懐いてる。
けれど我々の所為であなたを傷つける訳には参りません。
あなたも理由があって旅をしているのでしょう?
すみません、巻き込んでしまって……」
(旅の、理由……)
確かに自分にはやらなければならないことがある。こんな所で落としてよい命ではない。一度、捨てた命ではあるが。
「そうですね。危なくなったら、潔く逃げさせてもらいます。命を無駄にしたくないですからね。けれど、それまでは一緒にいて構わないでしょう?」
リートの答えにレイの顔が見る見る華やぐ。そしてにっこり微笑むとこう言った。
「喜んで」
翌朝目が覚めるとレイの姿がなかった。
全員、青くなった。賊の目的に、レイも含まれていたのだから。
一行は、慌てて周囲を捜し回った。
が、リートは少し離れたところでシルフに呼び止められた。
『そう、心配なさいますな』
青年の姿をしたシルフがクスクスと笑う。
『かどわかされてはおりませぬよ。考え事をしながらの散歩が、いささか長くなっただけ』
安堵のため息。
本当ならすぐに皆の所に戻って心配ないと告げるべきだろう。
が、リートはそうしなかった。何故それが判ったのかと問われるのが面倒だったのだ。
身に危険が迫っているわけでもなし、成り行きに任せても構うまい。
『ありがとう、安心しました。ところであなたの名前は?』
『イサトと申します。昨日、剣を運んだのは私ですよ』
『ああ、そうでしたか。改めて御礼申し上げます。……ところで、数年前、この辺りの水脈に変化があったらしいのですが、ご存じですか?』
物はついでとばかりに、ダメ元で確認してみる。
『水脈……さあ? 水のことはウンディーネ、地のことはノームでないと』
『ですよね……』
『人の所為さ』
ふいに、後ろから声をかけられ、慌てて振り返る。
足元に、年老いた小人がいた。
『え……と、今のは、貴方ですか?』
『ノームのモルガだ』
『初めまして。ハーフエルフのリートと申します』
ぶっきらぼうな挨拶に、丁寧に腰を折る。
『人の所為、とおっしゃいましたが……?』
『地下鉱脈を採掘し過ぎだ』
『………ああ。そういうことですか………』
(もしかしたら、身代わりで連れられて行った人たちの一部は、鉱脈の採掘に関わっているのかもしれませんね)
男性なら、コトンの種取りより役立つだろう。
『地脈が変わった。水脈も変わった。湧き水は戻らん。今、流れてる川も、そのうちなくなる』
『………なるほど』
『全く、後先考えずに取れるだけ取りおって………』
ふと気づくと、イサトは姿を消していた。
『そもそも人間っていう奴は……おい、聞いてるのか?』
『はい、勿論』
リートは一人で、しばしモルガの愚痴を聞く羽目になったのだった。
「どこに行ってたんだっっ!!」
遠くからシグルの声が聞こえた。
どうやらレイが無事に戻ったらしい。
『あ、申し訳ありません、戻らなければならないようです』
『……そうか』
『有意義な時間を過ごさせていただきました。ありがとうございます』
リートは深々と腰を折り、モルガに別れを告げると、皆の所に戻っていった。
「ああ、良かった。見つかったんですね」
声をかけながら、我ながら白々しいなと思うリート。
「ご心配をおかけしました」
「いえいえ」
心配したのはほんの一瞬だ。
「ところで……」
「何ですか?」
リートのかけた声に、まだ何かあったのかと、レイは身を固くする。
「……朝ごはんにしませんか?」
「「「…………………………………」」」
何とも言えない間があいた。
「あ……の…………」
腰が砕けそうになるレイの横で、それぞれの腹が不協和音を奏でる。
リートの台詞で忘れていた空腹が目覚めたらしい。
「………そうだな。飯を食って出発しよう」
呆れ声でそう宣言するシグルに異議を唱える者などいるはずがなかった。
飯、と言っても、大したものはない。
近場で採取した数個の果実と、昨夜残しておいた乾パンだけだ。
これで手持ちの食料は全て食べつくした。
「昼までに町に着けるかな………」
ポツリと呟いたジルの言葉に答えることができる者は誰もいない。
「それで、何か考えついたのか?」
町に向かって歩きながら、シグルがレイに尋ねた。
「朝、ウロウロしてたのは、『どうやってみんなを助けようか』って考えてたからだろう?」
「……お見通しですか」
「何年付き合ってると思ってる。それで?」
「お恥ずかしいのですが、何も思いつきせんでした。情報が少なすぎます」
「情報?」
「収益が落ちたといってもどの程度なのか、拉致されてきた人たちはどのくらいいるのか、この政策は領主の本意なのか、あるいは側近の言いなりなのか………」
「確かに、その辺りがつかめないと動きようがないな」
「というわけで、情報を得るためにも、何とか城に潜入したいと思ったのですが………」
「その方法がわからない?」
「はい。旦那なら傭兵として、ジルなら小間使いとして潜り込むことができるかも、と考えましたが、紹介状も何もない者を、安易に雇い入れるとも思えません。
それに、最も手っ取り早い方法は、使いたくありません」
「使うなよ」
シグルの声色で『最も手っ取り早い方法』は何か、リートにも見当はついた。
端的にいうと、レイの美貌を活用する策だろう。大人の意味で。
「使いませんよ、絶対。とはいえ、どうせ潜り込むなら末端でなく、できるだけ領主に近い場所。となると………」
しばらくの間、一行は無言で歩を進めた。
「……私に一つ案があるのですが」
沈黙を破ったのはリートだった。
「え?」
3人の視線がリートに集中する。
「多分、レイさんは嫌がると思いますよ」
「ねぇ、どんな? 勿体振らずに教えてよ」
ジルに後押しされ、リートは案を口にする。
「旅の芸人の振りをして城に入ったらどうでしょう。きっと、レイさんなら気に入られます。うまく行けば、城の中を自由に歩き回れるようになるかもしれないでしょう?」
「芸人の振り? 何で『振り』なんです? あなたは吟遊詩人でしょう?」
顔中に疑問符を張り付けてレイが首をひねる。
「だから、私じゃなくてレイさん、あなたが芸人になるんです」
「そんな! 無理ですよッ! 私にはそんな真似できません 」
もしかしたら『芸人』という単語に何かトラウマでもあるのではとも思えるほど大袈裟にレイは後ずさった。
「何も、竪琴を弾けとか、歌を唄えとは言ってませんよ」
対照的に、ニコニコと満面に笑みを浮かべるリート。
「『踊り娘』に扮してもらおうかと思ってるんですけど」
「お…踊り…娘?」
「大丈夫ですよ。簡単で、しかも魅力たっぷりの踊りをお教えします。レイさんならきっとすぐにマスターできます」
「私に……踊り娘の格好を……女装をしろと?」
「まあ、そういうことになりますねえ。他に案があるのでしたら別ですが」
カラカラと笑うリートに、レイは反撃を試みる。
「別に私じゃなくでも良いんじゃないですか?」
「他に出来る人はいませんよ」
ぐるりと見回し、玉砕。
レイは深~~いため息をついた。
「他にいい案も浮かばないようだし……。仕方ないです………。ただ………」
キッと顔をあげるレイ。
「女装はごめんです。踊り娘じゃなくて、踊り手……舞踏家でいいでしょう?」
「女に見られるのはごめん……ですか」
「ええ。これだけは譲れません」
「わかりました。そうしましょう。ただし」
リートはニッコリ笑って止めを刺した
「舞踏家の方が、求められる技量は高くなりますからそのおつもりで」
「あ…………」
青くなるレイの後ろで、ジルとシグルが顔を見合わせ、苦笑した
夕刻。
どうにか城下町に入ることができた。
かなりの強行軍ではあったが。
その町は実際、大したものだった。
回りは堅固な城壁。中心の灰色の城から放射線上に路が走り、その両脇に隙間なく店が立ち並ぶ。
何より凄まじいのはその呼び込みの声。耳を塞いでも鼓膜を打つ。
少しでも買うそぶりを見せようものなら、たちまちそれは倍増する。
真っすぐに進んで行くことすらままならない。売り子の腕をかいくぐり、どうにか空き地を見つけ、一行は座り込んだ。
「す……ごい……ね……」
「あ……ああ……」
呟いたレイの声も、応えたシグルの声も掠れている。
「ここを通り抜けて、あの城まで、行かなくちゃならないんでしょ」
「そのうちな。今日はもう、どこか休むところを探そう」
「賛成」
「異議なし」
「お腹空いた………」
一行は疲れた体に鞭打って再び立ちあがった。
「おいしかったーーー!!」
最初に見つけた食堂に飛び込み、一行はとにもかくにも空腹をなだめた。
ようやく落ち着いてお茶を飲みだしたシグル、レイ、ジルは、その時になってようやく、リートが店員となにやら話しこんでいることに気が付いた。
「何を聞いてたんだ?」
ほどなく席に戻ってきたリートにシグルが尋ねる。
「というか、交渉してきました」
「交渉?」
「ここから少し山の方に戻ったところに、ここの店主の持つ山小屋があるそうです」
「山小屋?」
「はい。山で食材を探す時に使うものだそうです。2~3日、そこを貸してほしいと交渉してきました」
「………なんで?」
「え、だって、踊りの練習、必要でしょう?」
「……………」
レイが無言でテーブルに突っ伏した。
結局。
レイとリートがその山小屋で特訓を行う間、シグルとジルは、日々の買い物などをしながら城の噂を集めることなった。
それによると、『人狩り』は、どうやら公然の秘密、というものらしかった。
人道に反していることは承知しているが、他に方法も思いつかず……と言ったところのようだ。
「農作物の切り替え、上手くいってないんですか?」
三日目の夜。
レイは、食事もそこそこに寝床に伸びていた。
それを横目に見ながら、シグルはリートの問いに答える。ジルは食事の後片付けの最中だ。
「芳しくないみたいだな」
「まあ、一朝一夕にはいきませんよね……」
「コトンはそれなりに利益を上げてるが、いかんせん栽培面積が少ない。コトン以外の特産品を見いだせないことにはどうにもならないようだ」
「難しいですね………」
「あるいは、また水が沸いてくれれば」
「あ、それ、無理だと思います」
リートが口を挟む。
「小耳に挟んだ情報ですが、どうやら原因は地下鉱脈を採掘し過ぎたせいらしいですよ?」
「……そうなのか?」
「それで水脈が変わってしまったらしいです」
「どこでそれを?」
「秘密です」
「……『エルフに育てられた』おかげか?」
「ご想像にお任せします」
「………まあ、いい。ところで、そっちの仕上がりは?」
シグルがすっかり眠り込んでいるレイを目で示す。
「ずいぶん、無茶したようだが」
「それなりの成果は出ていますよ。明日にも城に行きましょうか」
「………わかった」
翌朝。急ごしらえの舞踏家とその一行が城へ向かった。
「何処へ行く?」
門をくぐろうとした一行の前に屈強な男が現れ、先を塞ぐ。リートはスーッと前に出ると恭しく一礼した。
「私たちは旅の芸人です。この街で商売をしたく、その許可をいただきに参りました」
門番の視線が、竪琴を抱えた見るからに『雅楽師』のリートを通り越し、フードを被ったままのレイに注がれる。
「何故、顔を隠している」
猜疑に満ちた視線がレイ一人に集中する。用心棒然と構えたシグルや、小間使いよろしく小道具の入った袋をもったジルには一瞥しか与えていない。
リートは営業用スマイルで予定通りの台詞を口にする。
「ああ、これですか。商売ものですからね。無闇に見せて歩けないんですよ」
「見せられないのなら、ここを通すわけには行かないな」
「そうでしょうねえ」
揶揄いの色を仄かに滲ませながら頷くリート。
「判りました。お見せしましょう。但し、声を上げたりなさらないで下さいね。ここで人に集まられると困りますから」
「おお」
横柄に頷く門番。レイは打ち合わせどおり、ゆっくりとフードを取った。




