優しさが伝わった時の涙には 第3話
「ハル、もうそれくらいで許してやってくれ」
見兼ねたイシンが止めに入るとハルは我に返って羽の奥へと押し込んでいた手を引き抜いた。その瞬間、一番の被害者だったポト同様にイシンも安堵の表情を浮かべた。
「ポ~……ポ~……大人しそうな顔して惨忍な事をするポト……イシンが止めてくれなかったらどうなってた事かポト……」
「まぁまぁ今回は大目に見てやってくれよ。ハルも悪気があってやった事じゃないんだからさ。それに良い様に考えればそれだけお前の羽が素晴らしいって事じゃないかぁ。いやぁ~流石にファーラを行き来するだけの事はあるなぁ~」
「それ全然フォローになって無いポト! ちゃんと後輩の教育をしなきゃ駄目ポト!」
怒りの矛先を自分に向けられたイシンは笑顔を引き攣らせていたが、もう耐えられなくなり何かを思い出したかのように話題を変えた。
「そう言えばお前ファーラから手紙を持って来たんだったよな。しかも急ぎだったんじゃなかったんだっけ?」
その言葉で自分が何をしに来たのか思い出したポトは軽く羽ばたいて宙に浮くと近くの机の上まで行き、首から提げていた鞄を置いた。
「この中に届けて欲しい手紙が入っているポト! 今日中に届けて欲しいという急ぎの依頼ポト!」
「あぁ了解した。手紙は確かに預かったからお前は帰ってゆっくり休んでくれ」
「それじゃ頼んだポト~!」
大きく羽ばたくと勢い良く窓から空に舞い上がってポトは帰って行った。確かに手紙を運ぶだけはあって、あっという間に姿は小さくなり見えなくなってしまった。
ちゃんと帰って行った事を確認したイシンは窓を閉めると安心したかのように大きな息を吐いた。
「何か凄く騒がしかったな……どっと疲れた感じだ」
「一体、ポトって何者なんですか? イシンさんと親しい感じでしたけど、私達は三年くらいコートラルに居るのに全然知らなかったです」
「まぁハル達が知らないのも無理は無い。丁度今のメンバーになる少し前までは頻繁に来ていたんだが、話にもあったようにここ最近は全く来なくなってしまっていたからな」
ハルの質問に対して答えていたイシンはポトが置いていった鞄の所まで行くと中の手紙を取り出してじっと見詰める。
そんな様子のイシンにハルは質問を続けた。
「ポトとの話の中に何度も出て来た『ファーラ』って一体何の事なんですか? その手紙『ファーラ』からの配達依頼なんですよね? このスピリアにそんな名前の場所なんて聞いた事無いですし、飛んで来たって事はスピリアの外側から来たって事ですよね? 外側の人間がスピリアの人に手紙を出してくるなんて事あるんですね」
「いや、届け先はスピリアにじゃないよ。『地上』にだ」
「えっ! でもそれなら尚更ですよ。外側の人間がどうして態々スピリアのコートラルを介して外側に届けるなんて効率悪過ぎじゃないですか? 外側同士の手紙の遣り取りなら郵便っていう機関を利用した方が早いじゃないですか?」
依頼の手紙を見詰めていたイシンが視線を外すとハル達の方に振り返り言う。
「外側の世界が全て繋がっているって訳じゃないんだよ。このスピリアを介してじゃないと繋がれない気持ちっていうものもあるんだ。それが『ファーラ』と『地上』そして俺達の居る『スピリア』って訳だな」
話を聞けば聞くほど混乱していく様子のハルはイマイチ良く分からないという表情を浮かべていた。
すると不意にイシンはそれまでずっと黙って見ていたフウトに視線を向けると
「急な依頼で悪いがフウト、配達に行って来てくれないか? スピリアじゃなく『風のトンネル』を抜けた先にある『地上』の届け先までだ」
「はい。分かりました」
二つ返事で配達を了承したフウトが椅子から立ち上がるとハルがイシンの正面に回り込んで言った。
「フウトはさっきまで配達して疲れている筈です。それにスピリアならまだしも『地上』まで配達に行かせるのはあまりにも可哀想です。代わりに私が行って来ます!」
真剣な眼差しで訴えかけたのだったが、イシンは右手をハルの肩に置くと
「疲れているのは俺も分かっている事だけど、今回の依頼は是非フウトに行って貰いたいと思ってる。それに『地上』と聞けば遠くまで行く様に感じるかも知れないが、『風のトンネル』を抜ければすぐの場所になるから時間的にもそんなに掛からない筈なんだ」
「それなら尚更じゃないですか? 時間が掛からないなら私が行って来ても大丈夫なんじゃないですか? どうしてフウトじゃなきゃ駄目なんです?」
「それはだな……『ファーラ』からの手紙というのが特別な物だからなんだ。これからのフウト自身の為にも配達をさせたいと俺は思ってる」
聞けば聞くほど『ファーラ』からの手紙というものが不思議に思えてならないハルは「でも――」と言い掛けた時だった。
「僕なら大丈夫だから心配しなくて大丈夫だよハル」
椅子から立ち上がったままの状態でフウトが言う。そして更に言葉を付け加えた。
「きっと『ファーラ』からの手紙という物には何かあると思うんだ。だから僕が届けに行った方が良いとイシンは思っているんだ。それが何かは分からないけど、僕自身もそれが何かを知りたい。『風のトンネル』を抜けてすぐの場所なら夕暮れまでには帰って来れるから心配しなくて良いよ」
不安そうな表情を浮かべながらハルは僅かに頷いてフウトが配達に行くのに承諾したのだった。
準備をする為に奥の事務所に歩いて行ったフウトはウッドコートハンガーに掛かっているコートを羽織り、帽子を被ると元の場所まで戻って来た。そして机の上に置いてある鞄を肩から掛けるとイシンの元まで行き、『ファーラ』からの手紙を受け取るとすぐに鞄の中に入れたのだった。
隣に居たハルから「気を付けて行って来てね!」という言葉に「うん」と軽く返すとドアの方に向かって行った。そして手で押す様にドアを少し開けた所でイシンが「フウト」と呼んで近付いて行き、何か話している様子だったが、ハルにはその会話内容は分からなかった。
頷いたフウトがドアを開けてコートラルから出て行く姿を完全にドアが閉まり切るまで見送るハルだった。
歩いて戻って来るイシンがハルの横を通り過ぎる時に言った。
「フウトは色んなモノを持っているし、その全てが輝いている。でも今のフウトは何も持っていないのに等しい。この配達を通じてフウト自身がもっと自分に素直になってくれると良いんだが――」
急に言われても何の事かさっぱり理解出来なかったが、唯一分かったのは、イシンはフウトの為に何かをさせようとしているのだという事だった。