全ての想いはスピリアと共に
スピリアの朝。イシンはみんなより一足先にコートラルに来ており、午前中に配る手紙を仕分けていた。
「えっとこれがエリア東でこっちがエリア西に届ける分だな。それにしても今日も一段と依頼が多くて大変だな。流石に俺も配達に出ないといけないかもな」
ここのところコートラルは大忙しであった。依頼が増えていた為にフウトとテツキは今まで以上にスピリア中を走り回っていたのだった。
頭を悩ませながら配達して行く順序を考えていると、そこにハルとテツキがやって来る。
「おはようございます!」
「ふわあ~……おはよっす」
「何だお前達ちょっと早いんじゃないのか?」
「だって最近忙しくなってきてますし、イシンさん一人で仕分けるの大変だろうと思って手伝う為に早く来ました!」
「……俺は別にイシン一人でも大丈夫だと思ったんだけど……ハルに起こされて……ふわああああ~」
「すまないなハル、助かったよ。それじゃそっちの依頼を仕分けてくれ」
「あれ? 何でハルだけなんだよ?」
「だってお前は元々手伝うつもり無かったんだろ。別に良いんだぞ。配達の量をサービスしてやるからな!」
「いや……手伝いたく無いだなんて思う訳無いじゃん! ちょっと朝早くて思考がちゃんとしてなかっただけだよ」
慌てた様に仕分けを手伝いだすテツキだった。そして更に言葉を続けた。
「それにしてもフウトは良いよなぁ~。俺なんて朝早く起こされたっていうのに今頃まだベットの上で気持ち良く眠ってるんだもんなぁ~」
その言葉にイシンが反応する。
「フウトならもうとっくに来てるぞ。だけどちょっと出てくるってさ」
「こんな朝早くに一体何処に行っちゃったのかな?」
「もしかして早く来てしまったのは良いが、眠気に負けてしまい、家に帰って二度寝してたりして……」
「いや、お前じゃないんだからそれは無いだろう」
「そうよ! テツキじゃないんだから」
「何でそういう事は俺になるんだよ! フウトだってあるかも知れないじゃんか!」
イシンとハルはお互いの顔を見合わせて同時に「それは無い無い!」と手を動かしながら言った。テツキは何だか拗ねたような表情を浮かべながら、
「みんなして俺だけをハネにして……さてはコートラルから追い出そうとしてるな! 絶対俺は辞めないからな! 辞めて堪るか!」
流石に責め過ぎたと感じたのかイシンが機嫌を取り始める。その横でハルが窓の外に目をやりながら考えていた。
(本当に何処に行っちゃったんだろう? あの日、依頼を届けて帰ってから何だか元気が無いように感じるんだよねぇ……『地上』で何かあったのかな?)
小鳥の囀りが響く教会。並んだ長椅子にフウトが座っていた。そしてあの日の事を思い出していた。
楓月が淘子からの手紙を読んでいる後ろで様子を見ていたフウトだったが、再び鞄から光が洩れ始める。恐る恐る鞄を開けて中を覗くと光の正体は何も書かれていない手紙だった。
(何で急に光始めたんだろう? 楓月さんにはもう既に『想い』を渡し伝えてある筈なのに……もしかしてまだ他に渡し伝えなければいけない人が居るのだろうか?)
光り輝く手紙を取り出すとフウトは驚いた。何故なら依頼主も届け先の人の名前も書かれていなかった筈なのに、今見るとちゃんと書かれていたのだった。しかも表に書かれている届け先とは『フウト』だった。
一体誰が自分宛に手紙など依頼してきたのか不思議でならなかった。ゆっくりと裏返すと依頼人のところに『沢渡淘子』と書かれていた。
(……何故、淘子さんが僕に手紙を……しかも『ファーラ』からの依頼という事は『想い』を伝えてきたという事。僕と淘子さんにはどんな関係があるというんだろう……)
封筒を開けて中から手紙を取り出すと優しい光に包まれた。今までに感じた事が無いくらい心臓が高鳴るのを感じた。そして手紙を開く。
――フウト。楓月君に手紙を届けてくれて有難う。この依頼はフウトじゃないと出来ない事だったから無理なお願いをしてしまってごめんなさい。きっとこの手紙を読みながら驚いている事だと思うけど、私はフウトの夢の中に出てきた人です。どうしてこんな事が出来るのかというと私はフウト自身なのです。私の『想い』が集まってフウトになったというべきですかね。魂だけになった人間は『ファーラ』に行き、『想い』となってスピリアを作っていったのです。私が死んでしまってずっと悔やんでいたのは楓月君の傍に居られなくなった事だった。その気持ちは楓月君も一緒でその『想い』は徐々に形になりました。こうして生まれたのがフウト、あなたです。私の体から作った証として幼い頃にストーブの上に置いてあった熱湯の入った薬缶を倒してしまい、背中に火傷の痕を作ってしまったのです。綺麗な体をあげる事が出来なくてごめんね。そしてもう一つの証として楓月君と私の名前を一文字ずつ取って名付けました。『楓淘』と。母親として傍に居てあげる事も出来ずに、いつも寂しい思いをさせてしまって本当にごめんなさい。そのせいで感情を表に出す事が出来なくなって、本当の自分自身を出せなくなってしまった。優しくて素直な心を持っているのに出せずにいる……。全て私が自分勝手に作ってしまったせいですね。でもこれだけは分かって……フウトが私達の子供として存在してくれている事をとても幸せに感じます。元気な姿を見る度に嬉しくなってしまいます。私はフウトの親としては最低ですが、フウトは私にとっては最高の子供です。コートラルの皆さんと仲良く過ごして、私の分まで沢山幸せになって下さい。これからも見守っています。
手紙を読み終わった時、フウトは心の奥から温かなモノが溢れ出してくる感覚になる。するといつの間にか目から涙が零れていた。フウトは思わずその場から走り出した。気が付くと『風のトンネル』に入り、スピリアに向かっていたのだった。
フウトは長椅子から立ち上がるとドアに向かって歩き出す。すると外から神父が入って来て、すれ違いざまにフウトが言う。
「手紙を置いたのは神父さんですよね?」
「はて? 何の事かのう。ほほほっ」
「……有難う御座いました!」
そのままドアから出て行くと、フウトはコートラルまで走り始める。何かに解き放たれたかのような気分になり軽快に森を抜けた。
(寂しいなんて感じた事は無かった。いつも傍には神父さんが居てくれたし、コートラルのみんなだって! 手紙を読み終わった後、切ない気持ちにはなったけど、寧ろ嬉しさの方が大きかったかも知れないな。だって僕は沢山の『想い』によって生まれてこれたんだって知れたから。そして僕だけじゃなくきっとこの世の全てが誰かの『想い』で作られてるんだ。いつでも誰かが誰かを想っているこの世界が僕はとても大好きだ!)
コートラルのドアを勢いよく開けて飛び込んだフウトには笑顔が溢れてた。
「ハル! テツキ! もう来てたんだ。今日も一日みんなで頑張っていこう。配達の準備はもう出来てる?」
「二人が手伝ってくれたからもう終わってるよ」
「それじゃ早速配達に行って来るよ」
机の上に置かれた鞄と帽子を手に取るとコートラルから飛び出して行った。その後をテツキが追い掛けて行く。
「ちょ、ちょっと待てよ! 俺も一緒に行くから!」
フウトの姿は既に小さくなっていた。だが、必死に追い掛けていくテツキ。コートラルにはイシンとハルだけが残っていた。
「なぁ、ハル」
「はい?」
「俺もそろそろ引退じゃないかと思うんだ」
「えっ続けられないんですか?」
「スピリアにも新しい季節がやって来たように、コートラルも新しくなっていかないといけないからな」
「……そうなんですか。フウトもテツキも寂しがりますよ」
「別に死んでしまう訳じゃないんだから、たまには顔を出しに来るよ」
「イシンさんの事ですから迷いに迷った結論だと思いますので、反対はしませんよ」
「有難う。それでだな。次のコートラルをフウトに任せたいと思っているんだけど、どうかな?」
「あぁ……きっとダメですよフウトは。配達している方が楽しいって断るでしょうね」
「まぁ確かにフウトならきっとそう言うだろうな。じゃあテツキ……アイツはダメだな……コートラルを潰し兼ねんからな」
「まぁ今後のコートラルの事はもう少し考えてみても良いんじゃないですかね?」
「そうするか。じゃあそろそろ俺も配達に行って来るよ!」
暖かな風が吹き抜けるスピリア。人々から溢れる笑顔が街を優しく包んでいた。しかしその存在は『地上』の人間には知られる事は無い。『ファーラ』と『地上』の間で今日も誰かの大切な『想い』を渡し伝えている。きっとそれはある日、突然やって来るのだ。帽子を深く被り、小さな体に大きなコートを羽織った上から鞄を提げた少年が……
「あなたの大切な人から『想い』を届けにきました。さぁ『想い』が強く残った場所まで僕を連れて行って下さい。あなたにその『想い』を渡し伝えます!」




