優しさが伝わった時の涙には 第2話
「あれ? 何か話していたみたいだったのに二人共静かになってる。何の話をしていたの?」
奥の給湯室から三つのマグカップを真四角のトレーに載せてハルが興味津々な様子で歩いて来た。
「いや、ちょっと配達のやり方について話してただけだよ」
咄嗟にイシンが投げられた疑問に対して返したが、その表情は何処と無く嬉しそうにも見えた。だが、それも仕方無い事なのである。あのフウトが『感情』というものを僅かではあるが表面に出したのだから。
とは言えその事をハルにバラしてしまえば、今までの話し合いはただ単にフウトの事をからかう為の大掛かりな下準備だったと思われてしまってもいけないので、冷静を装うイシンだったが、明らかに何かあったのがバレバレであった。
「ふ~ん。そんな嬉しそうな顔して話す配達のやり方ってどんな事なのか教えて貰えますか?」
「だから……気持ちなんだよ。気持ちも一緒に届けていけるような配達方法がこれからのコートラルの礎になっていくと思うんだよな」
「イシンさんって嘘付く時、瞳孔が思い切り開くんですよ。今、これまでに無いくらい開いてますよ!」
目を細めるように疑いの眼差しを向けてくるハルに対して『女の勘は鋭い』という気持ちに駆られたイシンは薄っすらと額に冷や汗を滲ませていた。
徐々に精神的に追い詰めていくハルともう素直に話してしまった方が良いんじゃないかと思い始めたイシンを絵に表すとしたなら、岩をも砕く強靭な爪を持つトラが一匹の小さな鼠に襲い掛かろうかという場面が相応であろう。
そんな中フウトは何が起こっているのか分からず、ただいつもの無表情で二人を見ていた。
そんな時、締めていたコートラルの窓を叩く音が聞こえた。
コンッコンッ――
三人は同じタイミングで音のする窓の方を見るとそこには一羽の鳥が羽をバタつかせながら嘴で窓を突付いていた。
「何でこんな所に鳥がいるんだろう? っていうか幾らこのスピリアが空に浮いているからと言っても簡単にこの街には入って来れない筈なのにどうしてなの?」
疑問を口にしたハルの傍らを通ってイシンが窓まで近付いていった。
「イシンさん気を付けて下さいよ! もしかしたら凶暴かも知れないですよ」
身を案じる言葉を言われているのにも関わらずイシンは躊躇無く窓を開けた。すると鳥は大人しくフレームに止まると
「ファーラからの手紙ポト~! この依頼は早急に頼むポト~!」
ヘンテコな鳴き声のその鳥は体中を真っ白な羽が覆っており、鳩の様でもありつつ、ペリカンのようでもあった。そして首から手紙一枚が入るくらいの鞄を提げていた。兎に角ヘンテコな鳴き声の鳥は見た目もヘンテコだった。
「暫く振りだな! 元気にしてたか?」
そんなヘンテコな鳥に対して明らかに知っているような口振りで話し掛けるイシンにヘンテコな鳥が答えた。
「イシンも久し振りポト~ファーラも何かと物入りで『想い手紙』を休止してたポト~やっとまたこうして『想い』を運ぶ事が出来る様になったポト~」
何気無い世間話で盛り上がっている一人と一匹だったが、それを見ていたハルは驚いていた。因みにフウトも表情には出してはいなかったが、少しは驚いていた。
「こんな間近で鳥を見たの初めてだけど、喋るんですね鳥って! 少し可愛いかも~ねぇねぇイシンさん! その鳥って名前あるんですか?」
動物というものに間近で触れ合った事が無かったハルにとって最高にテンションが上がった瞬間だった。
「鳥って……一応名前はあるんだけど、ガミルナミヌレ――」
「じゃあ『ポト』ちゃんで良いですかね!」
紹介している途中でハルが勝手に名前を決めた。でも長ったらしい意味不明な名前を書かされる方の身になればハルは良い仕事をした事になるのかも知れない。
またしてもハルの顔は興味津々に満ち溢れ出し、ポトに一歩一歩近付いて行く。身の危険を感じたポトは暴れ出した。
「ポト~! 俺はお前らよりも先輩なんだポト! っていうか『ポト』だなんて変な名前を付けるんじゃないポト! イシン、助けるポト~~!」
「いやぁ……ハルがこうなったら誰にも止められないんだ。大人しく触らせてやれよ」
「俺に触るなんて無礼にも程があるポト! ファーラからの使者に触るだなんて……」
頑なに拒むポトだったが、ハルの手はそこまで伸びてきていた。そしてハルの手がポトの羽に触れる。
「な~に~これ! 凄くふわふわしてて気持ちが良い! 鳥の羽ってこんなに柔らかいものだなんて知らなかった!」
「ポ~~~ト~~~~!」
まるで断末魔のようなその叫びはスピリアの街中に響き渡った。だが、その事とは裏腹にハルは幸せの絶頂に浸っていた。どこまでも沈んでいく柔らかい羽はまるで触れている事さえも忘れてしまうほど優しい触り心地だった。一度、羽の奥へと押し込んでしまうと指先に纏わり付く様な感触が何とも言えない温もりを生み出してくれる。
こんな羽を全身に纏っているポト自身はどんな夢心地のような気分なんだろうかとハルは思ったのだった。