二人で過ごした忘れられない日々には 第7話
「治療はお前らの頭だけにしとけや」
冷たい一言を浴びせてくる聡史に達也が駆け寄ってくる。
「何するんだよ! 楓月は難病を抱えていて、いつ命を落としてもおかしくない状態なんだぞ!」
「だから早くその妄想だらけの頭の中を治療して貰ってこいや。何やら声がすると思って部室を覗いてみたら二人で青春ドラマのロケ中ですかぁ? 楓月の奴が難病なんてもん抱えとる訳ないやないか。なぁ楓月」
床に倒れていた楓月は喉を押さえながら立ち上がると軽く咳をした。
「いや、でも本当に体がおかしいんだって。俺は嘘なんて付いてないぜ」
「まぁ嘘は付いとらんやろうな。だけど原因はハッキリしとるやないか。お前部活の練習が終わった後、真っ直ぐ家に帰ってないやろ? 何処に何しに行っとんや?」
「えっ……それは……ちょっと用事で……」
「ほう。先輩が入院しとる病院にどんな用事なんかのう?」
「そ、そりゃ先輩のお見舞いに決まってるじゃん!」
「お見舞いって病院の門からただ眺める事を言うんか?」
「……何でお前そんな事知ってるんだよ?」
「ある日を境に全く練習に身が入らんようになってしもうとるし、ボーっと空を見上げて何かを考えとるようにも考えとらんようにも取れる行動をするようになったから不審に思って、ある日部活が終わってから後を付けさせて貰ったんや。そうしたら先輩が入院しとる病院へと向かったから『お見舞いに行くんかのう』と思ったんやけど、門の前で立ち止まって少しの間一点だけを見詰めたかと思ったらそのまま帰って行くし、こっちは疑問だらけなんや。正直に答えてくれんか? まぁさっきの話の症状から大体の予想は付くんやけどな」
聡史に自分の行動が知られてしまっている事に動揺を隠し切れない楓月は目をキョロキョロと泳がせながら頭を掻いて言う。
「別に……先輩のお見舞いに行こうと病院の門まで行ったけど、時間が遅いから迷惑かなって考えたからそのまま帰ったまでだよ」
「ほう。毎日ねぇ」
「いや……お前毎日付けやがったな!」
「別に一日だけ付けたなんて言うてへんで」
「だって『ある日』って言ったじゃん。そう考えても一日限定じゃんか」
「確かに『ある日』って言うたけど、俺にとっては次の日もまた次の日も『ある日』に変わりないんやで。もうここまできたら大人しく白状しいや。楽になるでぇ」
「……気になる子が居るんだよ」
一瞬、部室内が静まり返った。そして聡史はガッツポーズをしながら吹き出すように言った。
「ほらほらほら達也! ちゃんと聞いとったか! やっぱり俺の予想は当たっとった! そうやないかと思ったんや! んで、その子とはどんな感じなん? 親しく喋れるくらいまでにはなっとんやろうな? 名前は? 歳は?」
「……何にも無いよ」
急に寂しそうな表情を浮かべる楓月だった。聡史は顔を覗き込んで言う。
「どないしたん? 恋する男の子ならもっと元気になるんやないんか? それともその子の事で気になる事でもあるんか?」
「うん……気になるっていうか俺が勝手にあの子の事を見て、勝手に好きになってるだけだし、別にこの先どうこうなれる訳でも無い。それにきっと沢山の友達だって居ると思うし、彼氏だってきっと……俺があの子に対して感じてるこの気持ちってさ。きっと伝わらないし、伝える事なんて出来ないんだよな。何て言うか……こんな風に想ってしまって、あの子にとって只の迷惑にしかならないんだろうなって考えてたら……何やってんだろうなって感じてね……」
「んで? だから何だって言うん? 楓月は感じた気持ちに素直になればええんとちゃうの? 相手の気持ちなんて動かしたらええんとちゃうの? 沢山の友達が居たって彼氏が居たって、そんなの気持ちを抑えんといけん理由にはならへんで。沢山の友達が居たとしても楓月にしかなれへん存在ってあると思うで。誰もが一人一人の存在なんや。自信を失う事なんてあれへん。それに俺も楓月の後を付けてたから何と無く知っとるけど、そんなに沢山の友達が居るんやったら一度さえ誰かと一緒に居るところを見た事あるんか? 彼氏が居るんやったら尚更の事。見た事あるんか?」
首を横に振る楓月は視線を下に向けていた。それはまるで聡史の真っ直ぐな目を見ないようにしているように感じられた。
俯いたまま小さな声で答える。
「俺が病院の前に行く時間も遅いし、きっとあの子の友達や彼氏は帰った後じゃないかな」
「そんな事はあれへん。時間が遅いって言うても部活終わりの夕方やないか。一人すら見た事無いっていう事は一人すらお見舞いに来てないちゅう事やないんか? 本当はその子寂しいんやないんか?」
その言葉を聞いた瞬間、楓月の頭の中で初めてあの女の子と出会った日。何気無く目が合った時に見せてくれた笑顔が浮かんだ。
(そう言えば何で今まで疑問に感じなかったんだろう……何で全然知らない俺に笑顔を見せてくれたんだろう……窓の外を見詰めていた時の寂しそうな表情はどうしてだったんだろう……)
無言のまま考え込む楓月に達也が言った。
「その子に話し掛けに行ってみたらどうかな? いつまでも遠くから眺めていても楓月の心の中だけで色んな考えになってしまうだけだし、思い切って頑張ってこいよ!」
「あぁ! ずっと黙っとったと思ったら最後に美味しいところを持っていくんやもんな。でもまぁ、結局最後にはそういう結論になるんやけどな。ほな、達也もこう言うとる事やし今日は楓月の勇気を見せて貰おうかなぁ!」
「……まさか今日も俺に付いて来ようとしてるのか?」
「あったり前やん! こんなおもろい……じゃなくて友として心配やからな! ちゃんと見守っているさかいにな!」
「止めとけよ聡史。もう原因が分かったんだから楓月の後を付けるような事はしなくて良いと思うし、ここから先は楓月一人で頑張らなきゃいけないところだろうしね」
「……えっ本当に今日話し掛けて来ないとダメなの? ちょっと突然だし勇気が出ないんだけど……」
「そんなの今日言えなかったら明日も言える訳無いじゃん。このままずっと話しも掛けずに居るつもりなの? 大丈夫だって! もし冷たくあしらわれたりした時は俺と聡史で抱き締めてやるからな!」
「そうや! 遠慮無く俺の胸に飛び込んでこいや!」
男同士の友情としては本当に嬉しい言葉なのだが、絶対にそんな事にはなりたくないと本気で心から思う楓月であった。そしてかなり不安そうな足取りで部室を後にする楓月の後ろ姿を見送る達也と聡史。
「それにしても人の事を青春ドラマのロケ中みたいに言ってたけど、聡史も充分青春ドラマみたいな事を言ってたぞ」
「五月蝿いわ! 人は熱くなるとどうしても自分でも予想だに出来ん事を言うてしまうもんなんや。あぁ~マジ恥ずかしいわぁ……カメラと照明があったらホンマもんやで」
「熱くなってなくても恥ずかしい事をしてたじゃんか」
「何の事や?」
「口では俺が楓月の事を心配してたら頭を治療して来いとか言ってたけど、聡史だって楓月の様子がおかしい事を一番に気付いて毎日後を付けてたんだもんな。めっちゃ心配してたのはどっちだよ」
「もうええわ。俺もちょっと頭の中を見て貰うて治療せんといけんわぁ」
「でも一番治療が必要なのは楓月だろうな。その女の子が最高の特効薬になってくれる事を信じてるよ」
「わぁ……よぉ~そないな恥ずかしい事言うなぁ。マジで鳥肌立ったわ!」
「……もう帰ろ」
お互いに言った言葉を茶化し合いながら帰って行く達也と聡史であったが、心の中で思う事は同じであった。その思いは確実に楓月の心に届いている筈であろう。
その頃、病院の門までやって来た楓月は勇気が出ずにウロウロしていた。逆に怪しまれそうであった。




