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ココトキ  作者: 奈月翼
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二人で過ごした忘れられない日々には 第5話

 ヒソヒソと周りから話し声が聞こえる。

「迷惑だわ! あんな人が公園に居られたんじゃ子供達への影響が悪くなっちゃうわ!」

「影響だけなら未だしも変に声を掛けて来られたりしたら気味が悪いし、犯罪に巻き込まれたりしたら大変よ!」

「そうよね! もうこの公園に来て子供を遊ばせるのが不安になってきちゃったわ!」

 口々に好き放題の事を言う母親達は軽蔑の目を時たま、男性に向けては顔を見合わせて嘲笑っていた。

男性は気にする様子も無く、ひたすら物思いに耽ていた。手に持ったビールを飲もうと顔を上げて口につけると中身は既に無くなっていた。空になった缶を見詰めながら少し残念そうな表情を浮かべると足元に置こうとしたが手が当たってしまい、缶は倒れて転がっていく。

ゆっくりと転がっていく缶は公園の入り口に立っていた人の足に当たり止まった。その人は手を伸ばして缶を拾い上げるとベンチまで歩いて行き、静かに話し掛けた。

「緋河楓月さんですよね?」

「お前誰だよ! 何で俺の名前を知っているんだ?」

 その人は深く帽子を被り、コートを羽織って鞄を提げているフウトだった。そんなフウトの姿は我が身をさて置いて、不思議な雰囲気を漂わせているように感じる楓月。

 帽子を少し上げて、じっと楓月を見詰めるフウト。だが、次の瞬間再び帽子を下げると

「僕は郵便屋ですよ。緋河楓月さんって人に届け物があって来たんですけど、どうやら人違いだったようでした。すみません」

 そう言うと振り返って立ち去ろうとする。

楓月は咄嗟にベンチから立ち上がると

「緋河楓月は俺で間違いじゃねぇよ! 届け物って何だよ? 誰からだよ?」

 辺りに響き渡るような声で言うと、先程までヒソヒソと話していた母親達は驚いた表情をして楓月の方を見ている。

 足を止めたフウトは背中を向けたまま呟くような声で言う。

「ある人から依頼を受けて僕は緋河楓月さんに届け物を持って来ました。その届け物というのは涙を流してまでも直接お願いをしてくるほど大切な『想い』が詰まった手紙です。だけど、もしあなたが本当に手紙を受け取る本人だとするなら、あの人が流した涙も『想い』も全て無駄だったとしか思えません。何故なら今のあなたは『想い』を受け取る資格があるようには思えないからです」

「さっきから聞いていれば何でお前にそんな事を言われなきゃいけないんだよ! 手紙を受け取るのに資格なんて必要無いだろ! ただの郵便屋が何を偉そうに言っているんだ! 涙を流して頼んだとか、『想い』が詰まった手紙とか訳の分からない事を言ってるんじゃないよ! それにもう俺の事を大切に想ってくれる奴なんて誰一人居ないんだからな!」

 楓月の投げやりな態度と言葉にフウトは怒りという感情が沸々と湧いてくるのが分かった。

「本当にそんな事思っているんですか? 手紙という物には色んな感情や気持ちが込められているんです。文字一つにとってもその人の癖や想いが滲み出ているんです。書いている間ずっと相手の事を考えながら書いているんですよ。そんな特別な物を読むのにいい加減な気持ちじゃ困るんです。あと、大切に想ってくれる人は居ないと言ってましたが、本当に居ないんですか? もうあなたの心の中には居なくなってしまったんですか? あの人は今でもあなたの事を大切に想っていて自分の『想い』を伝えたくて伝えたくて仕方が無い程に泣いていたんですよ。そんな人に心当たりは無いんですか?」

 さっきまで声を荒げていた楓月は複雑な気持ちになっていた。顔を俯かせて言葉が詰まったような感じで小さく答える。

「……俺にはもう誰も居ないよ」

 フウトは静かに鞄に手を入れると手紙を取り出して楓月の俯いた目線の先に差し出した。

「この名前に心当たりは無いですか? 沢谷淘子さんという人です」

 その名前に楓月は言葉を失った。片時もその名前を忘れた事など無かった。今でも愛し続けている唯一の女性、それが沢谷淘子なのだから。

 微かに身体を震わせるように動揺している楓月にフウトは更に言った。

「もし宜しかったら教えて貰えませんか? あなたと沢谷淘子さんの思い出を……」

 全身の力が抜けるようにベンチに腰を下ろすと口を開いて話し始める。


 県内有数の陸上強豪高で日に日にタイム伸ばしていた楓月はメンバーに選ばれる程だった。真面目な性格が功を奏していたのだ。まだ一年だった楓月は先輩からも可愛がられており、ある日、怪我で入院している先輩のお見舞いの為に病院に来ていた。

「いやぁ~参ったよ! まさか大会前に故障してしまうなんてなぁ! みんなには迷惑を掛けて申し訳無いと思ってるよ!」

「いえいえ、みんな先輩が部活に来なくなって安心していますから気にしないで下さいよ」

「おい、どういう意味だよ!」

「へへへっ冗談ですよ。先輩の穴はみんなで全力でカバーして予選突破はしておくんで本大会までには怪我を治して下さいよ」

「まぁお前らならきっと大丈夫だと信じてるからな! それに楓月。お前が居れば安心して治療に専念出来るってもんだよ。頼んだぞ!」

「はい! 任せて下さい。それじゃあまり長居していると先輩の怪我に差し支えてはいけないので失礼します」

「おう! みんなに宜しく伝えといてな」

 病室のドアまで行った楓月は振り返ると軽く一礼をして出て行った。廊下を歩きながら物思いに耽る。

(先輩元気そうで良かったなぁ。このままいけば本大会には確実に間に合うだろう。けど、さっきはあんな風に言ったけど、先輩が抜けたチームで予選突破をするのは結構しんどいかもなぁ……『それに楓月。お前が居れば安心して治療に専念出来るってもんだよ。頼んだぞ!』……そんな期待されてしまうとプレッシャーがハンパ無い。今の俺じゃまだまだ先輩の期待に応えられそうに無いな……)

 考える事に夢中になっていた楓月は、気付けば病院の門のところまで来ていた。

(でもそんな弱気な事を言ってても仕方無いんだよな! 今年の予選は先輩無しで突破をしなければいけないっていうのが現実なんだから精一杯頑張ってやるしかないんだ!)

 そう心に強く思いながら振り返ると先輩の病室がある三階を見る。すると徐に視界に入ってきたのは六階から外を見詰める女の子の姿だった。長い髪が風に靡いていた。何気無く左手で耳元へと髪を優しく掻き上げる仕草に見蕩れてしまう。その瞬間、楓月の頭の中にあった予選突破という不安な気持ちは何処かに消えてしまい、視線の先にある女の子の姿で一杯になった。

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