二人で過ごした忘れられない日々には 第4話
目が覚めてからずっと不思議な行動をするフウトに対してハルは疑問の表情を浮かべていたが、手に持った手紙を見詰めるフウトの背中に向かって言った。
「ちょっ……ちょっとさっきからどうしちゃったのよ? 突然目を覚ましたかと思ったら、ずっと無言のままで立ち上がって急に歩き出すし……一体どうしちゃったのよ?」
そう話し掛けてもフウトは相変わらず無言のまま、手に持った手紙を見詰めていた。痺れを切らしたハルは「ちょっと!」と言ってフウトの肩を叩いた。するとやっと気付いたように振り返ると
「あ、ハル居たんだ。どうしたの? 何かあった?」
「何かあったじゃないわよ! 本気で今の今まで私が居る事に気付いてなかったの? ずっと声掛けてたのに?」
「ごめん。気付いてなかった。ちょっと考え事しちゃってたから」
「一番に目があったのに気付かないなんて……それに目を覚ましてすぐに考え事だなんて理解出来ない……」
呆れた表情を浮かべていたハルだったが、フウトの手に持った手紙の存在に気付く。
「あれ? その手紙ってまさか……」
「うん、『ファーラ』からの配達の依頼だよ」
「えっでも今日はポトちゃんコートラルに来てない筈よね? この教会に直接来たって事? フウトに渡す為に?」
「ポトが直接来たかは分からないけど、依頼はちゃんとされたよ」
「誰に?」
その質問にフウトは黙る。ハルは疑問で頭の中が一杯だった。いつもならコートラルにポトが依頼を運んで来るというのが普通の流れなのに態々フウトが休憩している場所まで『ファーラ』からの依頼が来た。しかもポト以外の誰かに依頼をされたというが、イシンが言うには『ファーラ』とスピリアを行き来する事が出来るのはポトだけの筈なのだ。
少し顔を俯かせて考え込んでいたフウトだったが口を開いた。
「誰かは分からないけど女の人だった」
「女の人! 女の人がここに来たって事?」
「この教会には多分来てない。きっと僕の方が『ファーラ』に行ったんだと思う」
「……ひょっとしてフウトまだ寝惚けてる?」
いまいちフウトの言っている言葉の意味が理解出来なかったハルだったが、取り敢えず手紙の事が気になった為フウトに言う。
「ねぇ、一旦コートラルに戻ってイシンさんに報告しらどうかな?」
「僕もそうしようと思っていた」
フウトは長椅子の前から真ん中の通路に出て来ると、教会のドアに向かって行く。その後を付いて行くハルだったが、手紙の事でもう一つ気になった事があった。
「さっきフウトは依頼されたけど誰かは分からないって言ったけど、その女の人の依頼なら手紙に名前が書いてあるんじゃないの?」
「僕もそう思ってずっと手紙を見てたんだけど、何処にも依頼人の名前が書いて無いんだ」
「えっどういう事?」
「依頼人の名前だけじゃなく、届け先の人の名前も何も書かれてないんだ。だから正直依頼はされたものの、誰に届けて良いのか分からない。だからイシンに聞いてみようって考えてたんだ」
「フウトに直接依頼したのにその手紙にどちらの名前も書かれてないなんて……まさか書き忘れなんて事は無いわよね?」
「大切な『想い』が込められている手紙なのに書き忘れるなんて有り得ないよ。きっと何か意味がある筈なんだ」
表にも裏にも名前が記されていない手紙。一体どういう意味が込められているのかなんて検討も付かなかった。
教会を出た二人はコートラルへと帰って行くが、フウトはいつまでも残る違和感をずっと感じていた。
(どうしてあの女の人は態々僕を『ファーラ』に呼んでまで依頼をしてきたんだろう? 他にも疑問は残る。僕に『会いたかった』とも言っていた。結局、僕にとってあの女の人は知っている人だったのかさえも聞く事が出来なかった。その上、何も記されていない手紙……もしかして本当の夢だったのかも知れないな……でもそれならいつまでも残るこの不思議な感覚は一体何だろう。
眠っている間に依頼をされ、目を覚ますと手紙が残されている。何処までが現実で何処までが夢だったのか疑問を感じつつ、コートラルに戻って来た二人はドアを開けて中に入って行く。だが、そこには誰も居なかった。ハルは「あれ?」と声を上げ、「事務所かな?」とフウトに言うと奥の事務所に入って行った。
「イシンさ~ん! テツキ~!」
静かなコートラルにハルの声だけが響く。
フウトは自分の机に腰を掛けると、机の上は出掛ける前に書類を整理していた状態のままだった。そうしていると事務所からハルが戻って来た。
「やっぱり居ないみたい。何処に行っちゃったんだろう? テツキは兎も角、イシンさんが何の伝言も残さずにコートラルを空ける事なんてないのに……」
「ハルは僕のところに来る前、一旦コートラルに戻ったの?」
「うん、休憩が終わって戻った時はイシンさんもテツキも居たよ。その時、イシンさんにフウトがまた寝過ごしてしまわないようにって迎えに行くよう言われたから教会に行ったんだけどね。特に出掛けるなんて事は一言も言ってなかったんだけどなぁ」
二人はイシンとテツキの行方について考え始めて無言になった。テツキはもしかして配達に出掛けてしまった可能性があった為、然程気にはしなかったがイシンはコートラルの責任者として常に居ないといけないのである。
暫く沈黙が続いていた。その時、窓から何かが入ってきた。突然の事でハルは「きゃっ」と声を上げる。フウトはそのモノの行方を目で追っていくと壁にぶつかり、床に落ちた。恐る恐る近付いていくと、そこには目を回して仰向けで倒れているポトの姿があった。
「ポトちゃん!」
ハルは抱き上げるとポトを揺すった。その衝撃で目を覚ますポト。
「ちょ、ちょ、もうちょっと優しくするポト!」
逃げるようにハルの手から飛び上がると、いつものように窓際に止まった。フウトはポトが居る窓際まで歩いて行くと呆れた感じで言った。
「何でそんなに勢いよく飛び込んできたんだよ?」
「いや……格好良く窓に止まろうと思ったポト! だけど思ったよりもスピードが出てしまったポト! それでこうなってしまったという訳ポト!」
更に呆れた感じで溜息を吐くフウトだったが、イシンに手紙の事を聞こうと思っていたのもあり、内心はポトが来てくれて良かったと感じたのだった。
「ところで何の用事で来たんだよ? 『ファーラ』からの依頼ならもう受け取っているぞ」
教会に置いてあった手紙をポトに見せる。そして更にフウトは言葉を付け加える。
「でもさ、この『ファーラ』からの手紙には依頼主の名前も届け先の人の名前も書いてないんだけど、どういう意味だか分かるか?」
ジッと手紙を見詰めたポトは羽をバタつかせながら言う。
「確かにその手紙は『ファーラ』の物だけど『ファーラ』からの依頼では無いポト!」
「どういう事だ? この手紙は依頼をされてないのに僕のところに届いたって事なのか? 一体どうしてそんな事になるんだ?」
「それはこっちが聞きたいポト! 何故俺が持ってくる前にフウトが手紙を持っているポト? 俺が依頼をしたいのはこっちの手紙ポト!」
そう言って羽ばたくと机の上まで飛んで首に提げていた鞄を落とした。フウトはその落とされた鞄があるところまで歩いて行き、中に入っていた手紙を取り出す。取り出した手紙には当たり前だが依頼主と届け先の人の名前が記されていた。
「それじゃ本来依頼されているのはこっちの書かれている方の手紙という訳か」
沢谷淘子――それが依頼主の名前だった。
何も書かれていない方の手紙を片手に持っていたフウトはポトの目の前に差し出す。
「こっちは何かの間違いで僕のところに届いたのかも知れないからポトに返しておくよ」
「その必要は無いポト! 確かに依頼はされてないけど、フウトのところに来たのは間違いではなさそうポト!」
「どういう意味だ?」
「まぁそんな深く考えなくても大丈夫ポト! それじゃ依頼は任せたポト!」
再び羽をバタつかせて窓の外に出て行くポトにフウトが声を掛ける。
「なぁポト。この前は助けてくれて有難うな!」
その声が聞こえているのか分からない感じでポトは空高く舞い上がって行った。
ずっとそんな遣り取りをしていたのを見ていたハルが「この前って何の事?」と質問をしてきたが、フウトは「別に何でも無いよ」とはぐらかしながら、奥の事務所に入って行った。
ウッドコートハンガーに掛かったコートを羽織り、帽子を被ると鞄に二つの手紙を入れてハルの元に戻る。
「取り敢えず依頼を届けてこないといけないからコートラルの事を任せても大丈夫かな?」
「そんなに急いで行かなくても大丈夫なんじゃないの?」
「何と無くこの『想い』は早く届けてあげないといけないような気がしてさ。すぐに戻って来るからイシンに会ったら伝えといて」
「うん、分かった。気を付けて行って来てね!」
左手で被った帽子を更に深く被るフウト。コートラルのドアをゆっくりと開けて出て行くのだった。コートラルから『風のトンネル』に向かう道も何だか行き慣れたような感じがした。
昼過ぎの公園には子供達の元気良く遊ぶ声が響いていた。それを見守る母親達。だが、視線の先は自分の子供では無く、一人の男性に集中していた。
無精髭を生やし、髪はボサボサのままで衣服は乱れ切っていた。公園の隅に置かれたベンチに座るその姿は如何にも寝起きのようでもあり、全てに疲れ果て堕落しているように見て取れた。手には缶ビールを持ち、物思いに耽ている感じで一点を見詰めては徐に缶ビールを飲む。そんな行動を何度か繰り返すと突然悲しそうな表情を浮かべて呟く。
「…………淘子………………」




