二人で過ごした忘れられない日々には 第2話
コートラルを後にしたフウトは一旦街の大通りまで出て来ると、人が行き交う流れに何軒もの屋台が並んでいる。その中の一つの屋台の前で立ち止まると、すっかり顔馴染みになってるサンドイッチ屋の店主に慣れた感じで注文をするのだった。
「おじさん。いつものを袋に詰めてよ」
「おっフウトじゃないか。休憩かい?」
店主はそう言いながら手際良くフランスパンに具材をのせると三等分に切り分けて袋に詰めてフウトに差し出す。
「うん。毎日休憩時間が決まっている訳じゃないからおじさんがいつもここに居てくれて助かってるよ」
袋を左手で受け取りながら右手でポケットの中にあるお金を取り出すと店主の手の上に置いた。
「毎日うちのサンドイッチを買ってくれるのは嬉しいんだけどなぁ。そんなにいつも食べてたら飽きもするだろうし、何よりも力にならんだろ? たまにはもう少し栄養のある物も食べんといかんぞ」
「サンドイッチ屋なのにサンドイッチばかり食べてたらいけないだなんて商売する気あるの? 僕はおじさんが作るサンドイッチが好きだし、ちゃんと栄養にもなってるから心配要らないよ。寧ろおじさんのサンドイッチを食べなかったら力が出ないくらいだよ」
「そう言って貰えて嬉しいよ。ならもっと力が出るように新しいサンドイッチをフウトの為に考えておかんとな」
「別に今のままでも充分美味しいから構わないんだけど、期待しないで待ってるよ」
「言ったな。その期待を良い意味で裏切ってやるからな。覚悟して待っとけよ」
笑いながらそう話すとフウトは「それじゃまた」と言い残して屋台の前から来た道を帰って行く。大通りの入り口まで来ると教会がある方向へと曲がる。さっきまでの街の中とは違い人の姿も無くなり、静かな道を進んで行くとフウト自身が一番落ち着ける教会に辿り着いた。
いつでも鍵なんて掛かっておらず、簡単に手で押し開けると、天井にあるステンドグラスから太陽の光が教会内を明るく照らしている。
すっかりフウトの場所となった長椅子に腰を掛けると「ふぅ」っと息を吐くと後ろから声が聞こえてきた。
「ふぉっふぉっふぉっ。毎日通って来るとは余程熱心な事じゃのう。いっその事コートラルを辞めて神父にでもなってみたらどうじゃ?」
「僕を跡取りにしようとするのは止めて下さいよ。神様なんてものが本当に居るとは思えないんですから。神父さん」
突然話し掛けてきたのはこの教会の神父だった。フウトは冷静な感じで言い返すとさっき買ってきたサンドイッチを袋から取り出して一口食べる。
「教会とは礼拝に来る場所なのに食事をしたり、休んだりしておるのはお前だけじゃぞ。罰が当たっても文句は言えんのじゃからな」
「罰なんていつでも当てて貰って構わないですよ。僕はただこの場所が一番落ち着くから来てるだけなんですから。それが失礼にあたるかどうかなんて考えた事も無いですよ」
神父は真ん中の通路を挟むようにしてフウトと逆側の長椅子に腰を下ろした。
「本当にお前は小さい頃からこの場所を気に入っておるようじゃのう。教会の前に置かれてたお前を私が拾った時から教会はお前にとって家みたいなものじゃからのう。きっと神様もお前の事を気に入って下さっておられるのじゃろう。言うなれば神様にとってお前は我が子同然なのかものう」
神父は生まれたばかりのフウトが教会の前に置かれた籠に入っていたのを見付けて拾い、コートラルに入る数年前まで育てたのだった。謂わば親同然の間柄なのである。だがしかし、親同然の間柄なのであればもっとナチュラルな話し方になる筈なのだが、先程からフウトの言葉はいつもと違っている。それはまるで気を遣っている感じに思える。
「僕には良く分からないですけどね」
そう言うと食事を終えたフウトは長椅子に横になる。少し二人の間に沈黙が流れると微かに風が草木を揺らしている音や小鳥の囀りが聞こえてきた。するとゆっくり立ち上がった神父は真ん中の通路をドアに向かって歩きながら
「コートラルの仲間達とは上手く出来てるか?」
「はい。みんな良い奴らばかりですし、一緒に居て楽しく過ごせてますよ」
「そうか。お前が楽しいと感じて言葉にしている事が何よりの証拠じゃな。何だか少し見ないうちに変わったなフウト」
「変わった? ……僕がですか? どんな風に?」
「そう聞かれるとはっきり言ってやれんのじゃが、取り敢えず見た目かのう」
「見た目? そりゃ僕だって成長しているんですから姿は変わりますよ」
「いや、成長という訳では無いぞ。今でも身長は変わっておらんみたいじゃしのう」
はっきりと神父から言われた言葉にフウトは傷付いた。背が低い事は一番気にしている事である為、何とか表情には出なかったが心の中では深い傷を負っていた。そんな事を知った上で言った神父は気付いていないフリをしながら言葉を続ける。
「人は自分でも気付かないうちに時には強く、時には優しく変わっていくものなんじゃ。今のフウトは後者の優しさの方かのう。コートラルに行く前は見えない棘が無数に生えておって、周りの人間は近付き辛い感覚があったかも知れんが、久し振りに会ったフウトは人の心を優しく包み込むような感じがあるぞ。きっと大変な事を経験してきたのかも知れんな」
「……大変な経験……ですか」
頭の中で『ファーラ』からの依頼によって『地上』に『想い』を届けに行った事を思い浮かべた。確かに会った事も無い依頼主の『想い』を届けるのは簡単な事では無い。だが、そんな大変な経験が自分に変化を齎しているなんて信じられなかった。実は変わったと言われたのは神父が初めてでは無かった。最近周りからもよく言われる言葉なのだが、フウトは一体何の事を言われているのか理解出来ずにいたのだった。今回は具体的に教えて貰えると思い、僅かな期待をしていたのだったが、やはり言われる答えは一緒だった。みんなの意見を纏めるとするならば『何と無く、目には見えないけど感じる雰囲気的なモノ』――そんな感じだ。
天井を見詰めるフウト。
ドアの前まで行った神父は立ち止まり言う。
「意外と一番近い存在程見えないモノが多く、気付けなかったりするもんじゃ。増してや自分自身の事をちゃんと理解出来ている人間がこの世の中にどれ程居るものなのかのう。検討もつかんわい。だが、全然焦る事など無いのじゃ。自分自身をちゃんと見詰めてやれば自ずと答えは出てくるものじゃ。そう私は思うがのう」
神父はフウトにそんな言葉を残してドアを開けて出て行ってしまった。教会内に一人きりになると静寂に包まれた。さっきまで聞こえていた風の音も小鳥の囀りも聞こえなくなっていた。
(自分自身をちゃんと見詰めてやれば……かぁ……余計に分からなくなってしまった。僕は僕で何者でも無いんだから変わるなんて事あるのかな? イシンはイシンだし、ハルはハル、テツキはテツキ。みんなそれぞれが違う優しさを持っているように感じる……僕にも僕だけの優しさがあるのかな? 『人の心を優しく包み込むような感じ』かぁ……それってつまり僕の優しさって事なのかな? 時々コートラルのみんなから優しくされると心がポワンって温かくなる事があるけど、僕にもみんなの心をポワンと温かく出来るのかな……
色んな事を頭の中に巡らせていたフウトだったが、暖かな日差しが差し込んできていた事もあり、いつの間にか眠ってしまっていた。そして前にも感じた事のある意識がはっきりとしないが、とても心地良い感覚に陥っていた。ゆらゆら漂う空間にフウトの身体は自由気ままに流されていくと微かな光が近付いてきたかと思うと一瞬にして目の前を真っ白に染めていった。
(…………眩しい……でもこの感じ前にも感じた事があるような……確かいつだったかな……目を開くと凄く綺麗な景色が広がっていたような気が……)
朧気な記憶を思い出しながら、フウトはゆっくりと眩しさを感じつつ、目を開いていく。視界に入ってきたのは辺り一面に咲き乱れた花々と傍に流れる綺麗な水。
(やっぱり見た事ある……どうして僕はこの場所を知っているのだろう……前に来た事があったかな?)
周りを眺めながら見覚えのある感覚に疑問を感じていたフウトはふいにある言葉を思い出した。
「……とても綺麗な所だと聞いた事がある。大地には敷き詰められた様に花々が咲き乱れ、清き水が流れるとても素晴らしい世界だと……そんな場所らしい『ファーラ』は……」




