二人で過ごした忘れられない日々には 第1話
午前中の配達も終わり、机に向かって書類の整理をしているフウト。ふと窓の外に目をやると雲一つ無い青空が広がっている。空に浮いているスピリアでは当たり前の風景なので特に珍しがる事も無いのだが、フウトは少し考えていた。
(この空の向こうに『ファーラ』と呼ばれる世界があるのか。伝える事も叶わないまま残された『想い』っていうのはどれくらいあるのだろう。死んだ全ての人が『想い』を伝えられる訳じゃないみたいだしな……)
配達という仕事上、差出人や届け先といった人や物に興味を抱いたりしてはいけない決まりがある。勿論フウトが人に興味を持ったり、配達物に関心などを示す事は無い。だが、流石に『ファーラ』という最近まで存在すらも知らなかった世界を身近に感じてしまうと、興味を持ってしまうのは無理も無い事なのである。寧ろフウトの中にある感情が揺れ動いてしまったという事はフウト自身に変化があったという事の証拠である。
頭の中を考えで一杯にしているフウトの背後にイシンが足音を忍ばせて近付いて来た。そして横から顔を覗き込ませて言った。
「フウトが何か考え込んでいるなんて珍しいな」
思わずびっくりしたフウトは「おぉ!」っと声を上げて体をビクつかせたが、イシンだと気付くと安心したように溜息を一つ吐いて「イシンか」と小さく呟いた。
フウトの反応が予想に反して意外に良かったのかイシンは笑い出した。そんなイシンの態度にちょっとムッときたフウトは
「何がそんなにおかしいんだよ。急に真横で話し掛けられたらびっくりするに決まってるだろ。イシンのそういうところ嫌いだよ」
「いやぁ~悪い悪い。俺の予想だとてっきり無表情、無反応で『あぁイシンか』って言われると思ってたのに、あまりにも反応が良過ぎたもんだからついな。けど、窓の外を見て何かを考えてる姿なんて見た事無かったのに急にどうしたんだ? ひょっとして恋の悩みとか?」
確かに今までのフウトからは想像も出来ない反応だった。急に後ろから声を掛けられたとしても微動だにしなかったし、驚きで声を上げるなんて有り得ない事なのだ。だからイシンが笑い出してしまうのも分からなくも無いのである。
フウトはもう一度窓の外の方に目をやるとボソっと言った。
「……『ファーラ』ってどんな所なのかなって考えてただけだよ」
その言葉を聞いたイシンの表情から笑顔が消えた。
「フウト。俺達コートラルの人間は依頼人や――」
「届け先の事に興味や関心を持っちゃいけないって言いたいんだろ。分かってるよ。ただ、いつも配達しているみたいに届け先に手渡して依頼終了って訳にはいかないから、ちょっとだけ気になっただけだよ。でも、もう気にしないし、考える事もしないから安心してくれよ。僕は依頼された事だけをやれば良いんだから」
背中を向けたまま『決まり』を口にするフウトを見詰めていたイシンは強張らしていた口元を緩ませた。
「分かってるなら良いんだがな……」
複雑な気持ちでイシンはそう答える。興味を持ってしまう気持ちが分からない訳では無いのだが、興味を持つ事で依頼主と届け先の安心した遣り取りが損なわれてしまうのである。人は興味を持てば持つほど、次の興味が湧いてきてしまい、いつしかそれは計り知れないものになってしまう。イシンはそんな事にならない為にも安易な興味や関心すらも持たせないようにしているのだった。
無言のまま背後に立つイシンだったが、フウトは何かに気付いたようにイシンの方へと視線を向ける。
「ところでイシンは僕に何か用があったんじゃないの?」
ついつい今度はイシンの方が考え込んでしまっていて、その声は全く届いていなかったのだった。その様子に首を傾げて不思議そうな表情を浮かべたフウトはもう一度イシンに問い掛ける。
「ねぇ、イシン。僕に何か用事があってきたんじゃないの?」
二回目にしてやっと我に返ったイシンは慌てた感じで答える。
「あぁ悪い悪い! 用事っていうか書類の整理がキリの良いところだったら休憩に行って来たらどうだ?」
「そういう事か。じゃあ今丁度キリが良いから行って来るよ」
手に持ったペンを置くと椅子から立ち上がり、奥の事務所に入って行った。少しすると上着を持って事務所から出てくるとイシンの横を通り過ぎる時に言った。
「そんな複雑な顔しなくても僕は今まで通り無関心のままで依頼をこなしていくから心配しなくて大丈夫だよ」
自分の何気無く言った言葉でイシンを考え込ませてしまった事を気遣うように声を掛けるとそのままドアを開けて出て行こうとした。その時、咄嗟にイシンが「フウト!」っと呼び止めた。
どうしたのかというような表情を浮かべ、振り向くフウトに言葉を投げ掛ける。
「……とても綺麗な所だと聞いた事がある。大地には敷き詰められたように花々が咲き乱れていて、清き水が流れるとても素晴らしい世界だと……そんな場所らしい『ファーラ』は――」
突然何を言い出したのか分からなかったが、イシンが口重たく話してくれた言葉はフウトが疑問に感じていた『ファーラ』の答えだった。
びっくりした表情を浮かべていたフウトであったが、クスッと笑みを溢し「有難う」と言い残し開けたドアから出て行く。
興味や関心を持たないようにと決めた事ならそれを貫き通せば良いのについ口を割って出てしまった言葉。だが、今一番『ファーラ』と関わってしまっているフウトが気にしてしまう気持ちがイシンには痛いほど分かっていた。しかし教えてしまえばまた次の興味や関心が湧いてきてしまう事も否めない。いつでも無関心で貫き通しているフウトでも同じ事。だけどフウト自身が無関心の殻を破って興味や関心を持った事がイシンには嬉しかったのかも知れない。それは優しさというモノになるのか。はたまた単に甘いだけとなるかは分からないが――




