初めて聞くその想いの中には 第8話
「次の日も次の日もそのまた次の日も学校が終わると心当たりのある場所を捜し回ったけど、やっぱり何処にもクルアは居なかった。きっと俺に愛想を尽かせて何処か遠くに行ったかも知れないし、新しい飼い主を見付けたのかも知れない……クルアは俺の事をきっと恨んでいる筈だ……」
洸耶は拳を握り締めて後悔の念に押し潰されそうになっていた。
あれ程会いたいと思っていたクルアからの手紙の中身がそんな恨みの言葉で綴られているかと思うと怖かったのであった。
そんな洸耶にフウトは疑問を投げた。
「クルアさんが洸耶さんの事を恨んでいると本当に思っているんですか?」
「だってあんな酷い事をした日から姿を消したんだ! 俺の事を恨んでいるに決まっているじゃないか! ずっといつも一緒だったのに突然居なくなるなんて……謝る事すらも出来ないまま……だからその手紙は俺に対しての恨みが書かれているに違いないんだ!」
声を荒げて半分自棄になる洸耶。来る日も来る日もクルアの事をひと時も忘れる事無く、ずっと思い続けてきたのに、折角届けられた手紙を『恨みが込められた手紙』としか思えなかった事が悔しかった。だが、そういう風に思い込むのも無理は無いのだ。何故ならクルアに対して恨まれて当然の事をしたのだから。
フウトは徐に鞄の中に手を入れて手紙を取り出すと、洸耶の前へ差し出した。
「洸耶さんがそんなにもクルアさんに対して酷い事をしたと思っているなら、きっとこの手紙には洸耶さんへの恨みが書かれていると思います」
突然の言葉に洸耶は驚いて僅かに体を後ろへと引いたが、フウトは言葉を続ける。
「クルアさんを一番の家族と思っていたようにクルアさんも洸耶さんの事を一番の家族と思っていた筈です。それなのに酷い事をしてしまったんですからそれを償わないといけないと思いませんか? それともこれから先もクルアさんの事を『きっと恨んでる』という悲しい存在のままにしておくんですか? 恨まれてるならその言葉を受け止めてちゃんと謝って下さい! それがクルアさんに対して出来る償いではないのでしょうか?」
フウトが言う問いに俯いて聞いていた洸耶だったが、口を閉ざして何も答えなかった。というより答えられなかったのだ。クルアからの恨みの言葉を受け止める勇気が出ない洸耶は無言で立ち尽くす。
するとフウトは差し出していた手紙を両手で持つと
「別に構いませんよ。洸耶さんが受け取りたくない手紙を届けようなんて事はしませんから……でもその場合この手紙に込められた『想い』は必要無かったものとして破り捨てますが良いでしょうか? クルアさんの『想い』を破り捨てて良いでしょうか?」
ずっと無言で立つ尽くしていた洸耶は必死な目をして「止めろ!」と言い、フウトから手紙を奪い取ると両手で大事そうに胸の前に置いた。
そんな必死な表情で手紙を奪い取った洸耶に安心したようにフウトが笑う。
「本当は恨みなんてもの書かれてないと分かってるんじゃないんですか? そう思い込んでいつまでも自分を許さないようにしたいんじゃないんですか? クルアさんから優しい言葉を言われてしまったら、これまでずっと恨まれていると思い込む事で自分を苦しめていたものから開放してしまうんじゃないかと心の何処かで感じているんですよね? 本来なら恨まれているなんて思う訳無いですよ。だってずっと一緒に暮らしてきて、人間と犬という違いさえも超えて通じ合えていたなら、例え酷い事をされたとしても恨む筈無いんですよ。だって『家族』じゃないですか。どんなに酷い事をされても許してあげるのが『家族』ですし、『家族』なら洸耶さんがあの瞬間、凄く罪悪感を感じてしまっていた事もきっと分かっていた筈ですよ」
肩を震わせながら俯く洸耶は胸に当てた手紙を更に強く押し付けていた。僅かに手紙から感じる温もりは遠い記憶のクルアそのものだった。
洸耶は分かっていたのだ。クルアは自分の事なんて恨んでいないと。それはフウトから手紙を奪い取った瞬間に感覚として洸耶に伝わったのだった。
「クルアさんが死んでも尚、伝えたかった事を……ずっと伝えたかった『想い』を受け取って下さい」
「……どうすればクルアの『想い』を聞く事が出来るんだろうか?」
「僕に洸耶さんとクルアさんの思い出を教えて下さい。そしてクルアさんの『想い』が一番強い場所に行きましょう」
少し考えるような表情を浮かべる洸耶。
「クルアとの思い出は遊んだ事ばかりだよ。公園でボールを追い掛けたり、森に探検に行ったりと、いつも服が泥だらけになるまで遊んでたんだ。クルアの奴、俺にお風呂で洗って貰いたいからって自分から泥に飛び込んだりしてたよ。あとは普通に散歩してたくらいで他に特別な場所なんかは無かったと思う。公園か森に行けばクルアの『想い』は聞けるのか?」
確かに楽しく遊んだ思い出が沢山詰まっている場所だが、本当にそんな何気無い場所にクルアの『想い』が強く残っているのか頭を悩ませるフウトだった。
「あっ、そうだ忘れてた。家族でキャンプに行った事があったんだった。河原でテントを張ってその辺りを探検だなんて言ってクルアと夜遅くまで遊んでたんだけど、帰り道が分からなくなって迷ってたら父親が捜しに来てくれたんだ。あの時は、流石にクルアも不安そうな顔をしてたんだ。でも、キャンプをした場所なんてもう覚えて無いけどな……」
クルアとの思い出を色々話してくれる洸耶だったが、やはり強い『想い』が残っている場所とは断定出来ずにいた。
(もっと特別な思い出がある場所は無いのだろうか? 心が通じ合っていたとはいえ、どの時にどんな感情を抱いてたかまでは分からないか……よく泥まみれになっていたと言ってたから公園なのか? 探検をしていた森なのか? 全然検討が付けられない……そういえば、さゆみの時はどうやって見付けたんだっけ……『約束』……『特別な約束』だった! でも、例え通じ合っていたとしても『約束』をする事なんて可能なのだろうか?)
フウトは僅かなヒントになればと思い、洸耶に質問する。
「あの、クルアさんと約束みたいな事をしてませんか?」
「約束……? 流石に何処かに一緒に行こうなんて友達とするような約束はしなかったな」
「そうですよね……」
やはり何のヒントすらも得れなかったと肩を落としたその時、何かを思い出したかのように洸耶の様子が変わった。
「俺……何て事を……いや、まさかな……でも、今まで捜してきたけど唯一捜してない場所が……ある!」
「本当ですか! 何処です?」
「あの日一緒に遊ぼうと約束した時に言った場所……『秘密基地』だ!」
フウトは確信した。
(そこだ!)




