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ココトキ  作者: 奈月翼
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初めて聞くその想いの中には 第7話

家の中では相変わらず可愛がっていたし、一緒にだって寝ていたのだが、最近クルアと遊ぶことが減ってきていたのだった。とはいえ別に洸耶がクルアの事を嫌いになったとか面倒臭くなったとかでは無いのだ。所謂『慣れ』だ。

毎日触れ合っていて、いつも一緒の事が当たり前だと思ってしまうと、そこにあるのが当然のように感じてきてしまう。それが決して悪い事だとは言わないがとても寂しい事であるのは間違いないだろう。

そんな様子を見ていた母親が洸耶に言う。

「洸耶。最近友達も増えて毎日遊んでるのはとても良い事だと思うんだけどね。たまにはクルアと一緒に遊んであげて欲しいの。前まではいつも学校から帰ってきたら一緒に外で遊んであげてたのに、最近は全然遊んであげられてないじゃない。そのせいか何だかクルアが元気無いみたいに思えてね。たまには外で遊んであげて」

 そんな事に全然気付いてなかった洸耶は、改めて考えてみると確かに最近は友達とばかり遊んでしまってクルアと全然遊んであげられてなかったなと思う。

「別にそんなつもりは無かったんだけど……何かクルアに悪い事をしちゃったな。クルア、僕の事怒ってるかな?」

「怒っては無いかも知れないけど、少し寂しいとは思ってるかもね」

「最初の時にクルアが寂しくないようにするって言ったのに全然守れてなかった……」

「それならまた今からでも遊んであげればきっと大丈夫だと思うよ」

「じゃあ明日学校から帰ったら、クルアと一緒に遊びに行って来る!」

「きっとクルアも喜んでくれるでしょうね。早速クルアと約束してきたら?」

「うん! クルアの所に行って来る!」

 そう言うと自分の部屋に居るクルアの元に行く洸耶。部屋に行くと足音で気付いていたクルアがベットの上に立って尻尾を振って待っていた。中に入りベットに腰を下ろすとクルアが頬を舐めてくれた。

「くすぐったいよクルア。よしよし」

 頭を撫でてあげるとクルアは洸耶の膝の上に頭を置いた。

「ごめんねクルア。最近全然遊んであげられてなかったね。前までは毎日遊んでたのに僕が友達とばかり遊んでるせいで寂しい思いをさせちゃってたね。本当にごめんね」

 洸耶がいつもと違う感じだったのを悟ったのか上目遣いで顔を見てくるクルア。

「でも明日学校から帰ってきたら一緒に遊んであげるからね!」

 その言葉にクルアは急に立ち上がり尻尾を振って飛び上がって喜んだ。

「あははっ公園が良いかな? 森に探検に行くのも楽しそうだね。あっでもでも久し振りに遠いけど秘密基地に行ってみるのも良いかもね」

 久し振りに洸耶の口から聞けた『遊びに行こうよ』の言葉が余程嬉しかったのかもう一度ベットの上に上がり、洸耶の頬を舐めた。あまりのくすぐったさにベットに倒れ込む洸耶だったがクルアは止めようとはしなかった。

 次の日の朝になり、学校に向かう為に玄関で靴を履いている洸耶。後ろには母親とクルアの姿があった。ドアを開けて「行ってきます!」と元気良く言って家を出る洸耶にクルアも元気良く「ワン!」と鳴く。その鳴き声はまるで「行ってらっしゃい!」と言っているように思えた。玄関を出て見送る母親に洸耶は振り返って

「今日は帰ってきたらクルアと遊びに行って来るからね」

 そう言って片手を上げて走って行ってしまった。母親はクスッと笑う。何故なら洸耶の表情がまるでクルアが来た日に見せた顔と同じだったからだ。

意外にそういうモノなのかも知れない。本当に大切なモノとは以外に近くにあったりする。だけどついつい忘れがちになってしまうモノでもある。その事に洸耶は子供心ながら気付く事が出来たのであった。

 母親は洸耶の後ろ姿が見えなくなるまで見送っていた。だがしかし、その後ろで開けたままの玄関のドアからクルアが外に走り去って行ったのである。勿論母親は気付いておらず、家に入って家事をしている間も洸耶の部屋に居るのだと思い込んでいた為、敢えて姿を確認する事などしなかったのだ。

 時計の針が十二時を回った頃だった。半分開いている洸耶の部屋の前を母親が通り掛かった時に何気無く、部屋の中に目をやるとクルアの姿が無い事に初めて気付くのだった。異変を感じた母親は家中をクルアの名を呼びながら捜したが何処にも見当たらない。こんな事今まで無かったのにどうしちゃったのかと不思議に思っているとふと頭に今朝の事が浮かぶ。

 洸耶を見送った後、家に入ろうとした時、玄関のドアが大きく開いていたのだった。その時は特に気にしなかったが、よくよく考えて見ると洸耶を見送ってからクルアの姿を見てない事に気付く。母親は近くに居ないかと外に捜しに出掛けるのだった。

 家でそんな事態になっている頃、洸耶は友達と一緒に学校から帰っていた。

(早く帰ってクルアと遊んであげないとね。何処に行こうかなぁ……)

 心の中でクルアと何処に遊びに行こうかと考えていた洸耶だったが、その時、一緒に帰っていた友達の一人が前方を指差して言った。

「おい見ろよ! めっちゃ汚い犬が居るぞ!」

 洸耶は言われるがまま指差す方向を見る。するとそこに居たのは何とクルアだった。全身を泥だらけにして洸耶の方を嬉しそうに見ながら尻尾を振っていたのだった。周りの友達からは口々に「何処の犬だろう?」「野良犬じゃないの?」「でも首輪してるから飼い犬だよきっと」「あんな汚い犬を飼っているなんて何処の誰だよ!」「何かこっちを見て尻尾を振ってるぞ!」「洸耶、あの犬知ってる?」「まさか洸耶が知ってる訳無いじゃん!」と好き放題に言われてしまう。

(――僕の犬だよ! クルアっていう大切な家族なんだ! 馬鹿にするな!)

 腹の底から込み上げてくる怒りを必死に抑える洸耶だったが、同時に恥ずかしいとも感じていた。

(――何でこんな所にクルアが居るの? しかもみんなの前なのにそんな汚れた姿で……)

 洸耶の中に巡る二つの感情。自分の大切な家族を馬鹿にするみんなも許せないけど、汚れた姿で現れたクルアに対して感じる恥の気持ち。

(自分の飼い犬だ! ……何て言ったら明日からみんなに馬鹿にされる……でもクルアを馬鹿にされるのは嫌だ……)

 子供心は葛藤していた。何が正しいかなんて分かる筈も無く、増してや何が間違っているかも判断出来なかった。洸耶は胸を締め付けられてるかのように痛く、苦しかった。辛うじて呼吸をするのがやっとの状態だった。目の前は暗く閉ざされたような感覚に陥った。そんな時だった。後ろから一人の女の子が「みんなで何やってるの?」と声を掛けてきた。洸耶はその声に聞き覚えがあった。無意識的に振り返るとクラスで密かに想いを寄せている女の子がそこに居た。

 咄嗟の事で驚いている洸耶の隣から「あそこに汚い犬が居て、ずっとこっちを見てるんだよ」と説明すると「あっ本当だ! 洸耶君知ってる犬なの?」と女の子が洸耶に質問をしてきた事で無意識に答えてしまう。


「ううん……僕、あんな汚い犬なんて知らないよ――」


 そんな心にも無い言葉を洸耶は言ってしまった。一番大切な家族と分かっていながら言ってしまったのだった。

 振り返っていた体を前へと向き直した洸耶は「もう行こう」と友達と歩き出す。それでもずっと洸耶の顔を見詰めるクルアの目はとても寂しく、悲しそうだった。思わず「クゥ~ン」と鳴くクルアだったが、そのまま横を通り過ぎていく洸耶。

 クルアは悪戯をしてた訳じゃないのだ。久し振りに洸耶に遊んで貰えるのが嬉しくて嬉しくて迎えに来てしまったのだった。道路脇で身を潜めながら待っていて、洸耶の姿を見付けたクルアは思い切り尻尾を振りながら飛び出していったのだが、洸耶は喜んでくれるどころか何も言わずに通り過ぎてしまった。その状況はとても寂しいものだった。あんなに振っていた尻尾は動く事を忘れ、垂れ下がってしまった。その場をゆっくりと後にするクルア。

 友達と一緒に帰っていた洸耶の心の中はグチャグチャだった。

(……何であんな酷い事をしちゃったんだろう……クルアを傷付けちゃった……今日一緒に遊ぶ約束をしてたのに……家に帰ったら謝らないと……いや、今ならまだ居るかも知れない! 今戻れば……)

 急に立ち止まった洸耶は何かを思い出したように

「あっ、学校に忘れ物しちゃった。戻らなきゃいけないからまたね!」

 そう言って来た道を全力で戻って行く洸耶。きっとまだクルアはあの場所に居てくれてると信じて。必死に走る洸耶の前に母親が横から現れる。

「洸耶! クルア見なかった?」

「クルアなら見たよ! この先の道に居たよ!」

 洸耶の案内で一緒にクルアが居た場所まで戻って行く。だが、そこには既にクルアの姿は見当たらなかった。その後も母親と一緒にクルアを捜すが、結局見付ける事は出来なかった。母親の「もしかしたら家に帰ってるかも知れないよ」と言う言葉に僅かな望みを託し、家に戻るが、やはりクルアの姿は見当たらなかった。泣きじゃくる洸耶。そんな洸耶を必死に慰めようとする母親。

だがクルアの姿を見たのはその日が最後だった――

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