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ココトキ  作者: 奈月翼
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初めて聞くその想いの中には 第3話

――時は少し遡り

衣塚さゆみに手紙を届け終わったフウトがスピリアの街からコートラルに戻って行く。

ボロボロの格好で靴の底を地面に擦る様に歩く姿は誰が見ても大変な苦労をしており、惨めな印象さえも感じてしまい兼ねない程だった。目が見えないくらいまで深く被った帽子が余計にそういう風に物語っているように思えた。

 街の中は街灯が等間隔に並んでいて微かな灯りで何とか足元が見える程度だった。そんなフウトの行く先からゆっくりと灯りが近付いて来るのが分かった。ふと帽子を上げて灯りの方を見るとそこには火を灯したランプを持つイシンの姿があった。

「お疲れ様。今度はちゃんと女の子に『想い』を届ける事が出来たみたいだな。良く頑張ったぞフウト」

「傷付けてしまった女の子は泣いていたよ……でも笑ってた」

「それなら良かった。悲しみの涙を嬉しさの涙に変える事が出来たんだな」

「でも嬉しさなんて一時の気持ちに過ぎないんじゃないのかな……だってあの女の子の母親が死んでしまっている事実は変えようの無い事なんだから……またすぐに悲しみの涙を流してしまうんじゃないのかな……」

 手紙に込められた『想い』を届ける事は出来たのだったが、フウトの心は複雑になってしまっていた。時間が経てば悲しみは多少なりとも和らいでいくのに、態々手紙を届けてしまった事によって大切な人に会えない切なさや、優しさに触れる事の出来ない寂しさが再び蘇らせてしまい、更に悲しませてしまうんじゃないかと感じていたのだった。

 表情を曇らせたまま俯くフウトの顔にイシンは手に持っているランプを近付けて目の前を明るく照らした。

「本当に一時の気持ちだと思うか?」

「……思うよ。だって母親の『想い』は女の子に届ける事が出来たけど、女の子の『想い』は母親には届けられないんだよ…………悲しいだけじゃないか」

「フウト。今お前の目の前には何が見える?」

「何って……ランプの灯りだけど……」

「そうだ。この灯りがお前が女の子に届けた『想い』なんだ」

「この灯りが……『想い』?」

 何を言っているのか意味が理解出来ないフウトは困惑の表情を浮かべた。

自分の目の前に掲げられた眩しいくらいの灯りが『想い』とは一体どういう事なのか暫く灯りを見詰めるフウト。

僅かな時間が流れたくらいでイシンが口を開いた。

「きっとこの灯りは今は眩しいくらいにお前の目に焼き付けられているだろう。それと共に温かさも感じている筈だ。それで明日、明後日になればきっとお前はこの灯りが眩しかった事も温かかった事も徐々に忘れていってしまうだろう。だけどきっとこの先お前はランプの灯りを見る度に今日の事を思い出すだろう。それが何年先でも何十年先でも薄れる事は無い。だから女の子も母親との思い出に触れる度に今日の事を思い出すだろう。それは寂しさでも悲しみでも無く、自分の事をいつまでも想い続けて居てくれる母親の優しい温もりなんだ。一番大切な母親の事を思い出すのが辛いようでは、それこそ寂しくて悲しい事だと思わないか? だけど今日フウトが母親からの『想い』を届けた事によって、母親との思い出が辛いだけの思い出ではなくなった筈だ。寧ろいつでも触れていたい思い出になった筈なんだ」

「じゃあ……あの女の子はもう自分自身で母親との思い出を記憶の中に隠す事はしないのかな? 自分の気持ちを偽ったり、騙したりして辛さを和らげようなんて事もしないのかな?」

「きっとそういう事はもうしない筈だ。自分の心の中でしっかりと現実を受け止める事が何よりも大切な事だと気付いてくれた筈だからな。その大切な事に気付かせてあげる事が救いになっていく。つまりフウトが救ってあげたんだぞ。しかも女の子だけじゃない。母親はずっとその『想い』を胸に秘めて伝える事も出来ないまま命を失ってしまった。その想いを女の子に届けられた事で母親も救ってあげる事が出来たんだぞ。『ファーラ』からの手紙というのはそういう事なんだ。死者の伝えたい言葉を手紙という形で生者に届ける。『想い』に境界線は無いって事だな」

 その瞬間、安堵の表情を浮かべたフウトは「『想い』に境界線は無い……か」っと小さく呟いた。

 フウトの様子にイシンも安心出来た感じで手に持っていたランプを下げると

「さて、今日はフウトにとって色んな事が沢山あって疲れてしまっているだろうから、このまま家に帰っていいぞ。鞄とコートと帽子は俺がコートラルに戻しといてやる。ちゃんとフウトの服は持って来ておいたからな。さっさと着替えて帰って休め」

「でも、イシンにそんな手間掛けさせたら悪いし……」

「遠慮はするな。今日はフウトの為とはいえ散々に無理難題を押し付けてしまったからな。出て行った後にハルとテツキに怒られてしまったよ。フウトが帰って来なかったら自分達もコートラルから出て行くって言ってたぞ。本当に良い『仲間』を持ったな」

「そんな事を言ってたんだ……」

「だからフウト。今日の事は俺も少しばかり言い過ぎてしまった。本当にすまなかった。こんな無理難題はもうさせたりしないからコートラルに戻って来てくれないか?」

 そう言うとイシンは深々と頭を下げた。

決して悪気があってやった訳じゃないって事は誰もが分かっていた。感情だけで人を傷付けたり、怒鳴ったりするような人間では無いのだ。寧ろ人を想い、一人一人をちゃんと見て大切にしてくれるのがイシンなのだ。今回のように自分が悪者になってしまったとしても、フウトの成長の為に犠牲になってくれる。

 痛い程にイシンの優しさを感じたフウトは何か心に込み上げる感覚を抑えながら言う。

「僕はコートラルに居るのが一番楽しいんだ。ハルやテツキ、そしてイシンが居るコートラルが大好きだ。そんな場所から出て行く訳無いよ。これからも僕は手紙を届け続けるよ。だから顔を上げてよ」

 ゆっくりとイシンは顔を上げるとそこには口元を緩ませて笑っているように見えたフウトの表情があった。思わず釣られてイシンも表情が緩む。フウトはイシンが持って来ていた自分の服を手に取ると着替え始めた。

「じゃあ今日はイシンの言葉に甘えてこのまま家に帰って休む事にするよ。明日の朝はちゃんと出るから心配しなくて良いからね」

「別に昼からでも良いんだぞ。っというより休んでも構わないんだぞ」

「ちょっといつもよりは疲れた感じはあるけど、帰って休めば大丈夫だから普通に明日は出るよ。まぁ、見た目がボロボロだから心配するのは無理も無いんだけどね」

 軽い冗談にも取れるフウトの言葉にイシンは嬉しさを覚えた。今回の配達はフウトにとって大変なものだったが、イシンの期待通り僅かにフウトから変化が感じられたのだった。

「ところで今更なんだけど、ハルとイシンはまだコートラルに居るの?」

「あぁ、あの二人なら明日の仕事に支障が出ないように帰らせたんだ。フウトは俺が待っているからって言ってな」

「それなら良かったよ。ずっと待たせてたらどうしようかなって思ってたから」

「お前が人の事を心配するなんてなぁ……やっぱりお前にとってもあの二人は『仲間』なんだな」

「う~ん……『仲間』という言葉で合ってるかは分からないんだけど、同じ場所に一緒に居られる事がとても楽しいんだ。今日の事で更にそんな風に思えるようになった」

「それはきっと『仲間』という言葉が一番相応しいだろうな」

 こうしてフウトの中に『仲間』という言葉が認識されて、コートラルのみんなへの想いを表す事が出来るようになったのだった。


 時は今に戻りフウトがハルに出来事を話し終える。

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