初めて聞くその想いの中には 第2話
凍り付くテツキの背後に立ったイシンは首に腕を回して「そっかぁ~じゃあ詳しい事は事務所で聞かせて貰おうかな」と言うと引き摺るようにしてコートラルの奥へと歩み始めた。
「フウト! お前、ちゃんと話は聞いていたんだなぁ~~~!」
そしてイシンとテツキは事務所へと消えていったのだった。微かに聞こえてきた「あぁ~……」っという悲しみの声を最後に静まり返った。残された二人は暫く言葉を失った。
流石にこの時ばかりは悪い事をしたと思ったのか「……テツキごめん」とフウトがボソッと呟いた。それを聞いていたハルが突然のように吹き出す。何が起こったのか状況が把握出来ないフウトは不思議そうな表情を浮かべてハルに質問した。
「急にどうしたの?」
「あははっごめん。つい笑っちゃった。流石のフウトも罪悪感を感じちゃったんだなぁって思ったら、何だか面白くなっちゃって」
「だってまさかこんな事になるなんて思ってもみなかったから……テツキがちょっと怒られて終わりだと思ってたのに事務所に引き摺られていくんだもん……思わぬ展開だよ」
「まぁ、イシンさんって『死』に対してシビアだからね。冗談で言った事でもやっぱり重く受け止めてしまうところがあるんだよね。今のフウトならその意味が少しは理解出来るんじゃないかな?」
「確かに……つまり『ファーラ』の事だよね」
「あの時は『ファーラ』っていう意味も分からなかったし、そんな世界が実際にあるなんて事も想像出来なかったもんね。フウトが『地上』に行っている間にイシンさんが私とテツキに話してくれたの。『ファーラ』の手紙というものが一体どんな意味を持っていて、どれほど大切な物なのかを……その事をフウトに敢えて教えずに届けに行かせたのには、きっと自分自身で『想い』や『感情』というものを考えて、知って欲しいと思ったからだと思うの。とはいえ、どういった考えでイシンさんがフウトに届けさせたのかという本心までは教えて貰えなかったから私の想像に過ぎないんだけどね。でもきっとイシンさんの事だから何かしらの考えがあっての事だと思うんだよね」
「イシンの考えかぁ……」
何かを考えるようにフウトは少し視線を下げる。その仕草を見たハルはずっと気になっていたであろう事を恐る恐るフウトに尋ねた。
「ところでさぁ……あの日フウトが帰って来るまで待っていようと思っていたんだけど、イシンさんが『帰って来るのは何時になるか分からないし、明日も仕事だから待っているのは俺一人で良い。お前達はもう帰って休んどけ』って言われて、私もテツキも帰っちゃったからどうなっちゃったのかなって気になってたんだ。夜が明けてコートラルに来ると二人共何事も無かったかのように普段と変わらなかったから特に心配する事は無いんだろうけどね。でもやっぱり私もテツキもフウトの事を心配してたんだから少しくらいはイシンさんとどんな話になったのか教えて欲しいな……」
何処と無く寂しさを漂わせるような表情を浮かべていたハルは話し終わると同時に俯いた。フウトに気を使って敢えて触れずにいた事だったが、やはり同じ仲間としてあの日イシンだけが残ったコートラルで何があったのか気になっていたのだった。
何も答えないフウトを前にハルは咄嗟に我に返った。
(私、何聞いてんだろう……? イシンさんとフウトがいつもと変わらずにいるっていうのに態々あの日の事を思い出させるような質問なんかして……別に私が気にするような事じゃないのに。二人が普段通りにしていて何も言わないって事は特に何も無かったって証拠じゃない。私達に言うまでも無い事だっていう……)
無言の空気が重くハルにのし掛かっていく。っとその時、
「あっそうか。ハルとテツキは僕の事を心配してくれてたんだからあの日、イシンとどんな話をしたのか教えてあげないといけなかったんだね。ハルもテツキも気になってたなら言ってくれれば良いのに」
暢気なその表情に肩透かしを食らった感じのハルだった。聞きたくても聞かないようにしていた気遣いは全く必要無かったのである。
「えっじゃあ、別に聞かれたく無かったから普段と変わらないように振舞って何も言わなかった訳じゃなくて、聞かれなかったから言わなかっただけなの?」
フウトは何一つ悪びれた様子も無く、一言「うん」と頷いた。
「何だぁ~……私もテツキも聞いちゃいけない事なのかと思って敢えて触れなかったんだよ。そういうものはちゃんと言ってくれないと更に心配させちゃう事になるんだからね」
「う~ん、色々難しいなぁ……その辺りの感情が良く分からないんだよね。取り敢えず今度からはこういう事があったら、ちゃんと話すようにする」
「まぁ、出来ればこんな事はもう二度とあって欲しくないんだけどね」
そう苦笑いを浮かべるハルに対してポツリとフウトが言葉を溢す。
「っていうか僕も言わなかったのはいけなかったと思うけど、ハルの方も気を遣ってばかりいないで聞きたい事があったら遠慮しないで聞いてよ。だってそれが『仲間』ってものじゃないの?」
何気無くフウトの口から出た『仲間』という言葉にハルは目を僅かばかり潤ませた。人との繋がりよりも一人で居る方が断然楽と思っていたフウトが自分の事を『仲間』と思ってくれていた事が嬉しかったのだ。勿論今までに煙たがられたり、鬱陶しいような態度をされたりした事などは無いのだが、みんなとフウトの間には見えない壁一枚がいつでもあるような感覚であった。確かにそこに居る存在。だが、ショーケースに入れられた存在がリアルに見えていると言えるだろうか。いや、言える筈は無いだろう。何故なら無色透明の壁がそこに確実に存在しているのだから。そんな風に思っていたのにフウトが呼んでくれた『仲間』という言葉で邪魔なショーケースが一気に弾け飛んだ感じになった。
「そうだね。『仲間』なんだから気を遣い過ぎるのもいけないよね。私達も今度からは気になった事はちゃんと聞くようにするね」
目に潤む程度だった涙は次第に溢れんばかりに膨れ上がっていった。今にも零れ落ちそうになった涙をハルは左手人差し指で拭って思う。
(きっと違うな……フウトは前からだって私達の事をそういう風に思ってくれていた筈だもん。それなのに無感情で無表情のフウトの事を見えない壁で囲ってしまっていたのは私達の方だったんだ。取っ付き難い事を言い訳にして、フウトは誰に対しても壁を作って一人で居たがっていると思い込む事で素っ気無い態度から自分自身を守ろうとしてたエゴに過ぎなかったんだ。いつだってフウトに対して優しく接していた私達が一番酷い事をしていたんだな。今までごめんね。そんな私達の事を『仲間』と想い、呼んでくれて有難う)
心優しきハルは自分自身を責めた。決してそんな事をフウトに対してしていた訳では無いのだが、僅かばかりのフウトへの遠慮が空気と相変わらないくらいの壁を作ってしまっていたとはいえ、許せなかったのである。
「ハル? どうしたの?」
考えに更けていたハルの表情はフウトでさえ気付いてしまう程だった。慌てて我に返るとニコッと笑い「別に何でも無いよ」と取り繕うと「じゃあ、あの日イシンさんとどんな話になったのか教えてくれる?」と続けた。フウトは頷いて静かに話し始める。
「僕……実はあの日コートラルに戻って無いんだ」




