■ 後 編
『お前、さ・・・
あの、おばちゃんの特製カレーって、作れたりしないの・・・?』
母親経由でいとも簡単に耳に入っていたサクラのトップシークレットを、
まるでなにも知らないかのように、さり気なく訊いてみたハルキ。
一瞬、電話向こうの声が沈黙を生じた。
『別に・・・。』
困った時は、いつも”別に。”だ。
声を堪えて笑うハルキ。
『カレーぐらい作れたほうが、いーんじゃねーのぉ?
ほら、アレ。旨いし・・・』
『・・・ん。』
サクラは机上に置いた左手の指先で消しゴムを弄ぶ。
その指先には、絆創膏が巻かれていて。
『アレ。旨いよなぁ~・・・食いたいなぁ~・・・』
パカン・・・パカン、パカン・・・
ハルキの連続口撃に『しつこいなっ』 と、吐き捨てるサクラ。
人差し指に巻かれた絆創膏が少しめくれて剥がれかけている。
『ねぇ・・・ アレ。作れたら嬉しい・・・?』
小さく自信なさげに呟いたサクラに、ハルキは俯いて笑いを堪える。
『嬉しいよー! そりゃ、むちゃくちゃ嬉しいさー!』
『・・・ふ~ん。』
ハルキがそっと目を伏せる。
指先で弄ぶ手元の小箱に目をやる。
パカン、パカン・・・パカン
『・・・お前の顔、見たいなぁ・・・』
急に変わったハルキの声色に、サクラが一瞬固まりそして照れている
呼吸が伝わる。
『あと何日寝たら、サクラはオトナになれるかなぁー・・・』
言ってしまった・・・。
母サトコには散々サクラをけしかけるなと諭したくせに、自分が一番オトナに
なるサクラを待ちわびている事に苦笑するハルキ。
『まぁ、そう焦りなさんな。』
まるで年寄の様な、女子高生の一言。
『ちゃんと頑張ってるからさぁ~・・・
あのカレーも、作り方チョーめんどくさいんだからー・・・』
『習ってんのっ?!』
サクラが思わずポロっと言ってしまったトップシークレットに、
ハルキがすかさず突っ込む。ケータイを少し離して笑い声を必死に潜める。
しどろもどろになって誤魔化すサクラ。
慣れない包丁で切った指先の剥がれかけていた絆創膏を、赤くなりながら
せわしなくイジる。
『化学・・・わかんないよ・・・。』
サクラが、小さくぽつり呟いた。
『電話で説明されたって、わかんないよ・・・
・・・教えてよねぇ・・・。』
机に突っ伏し、顔だけ横に向けてサクラはハルキを想う。
初めて遠く離れたハルキを、恋しい恋しいと切なさが募る。
『・・・ぉ。
それは、俺に、逢いたいって意味デスカー?』
またすぐさま、いつもの悪罵が返ってくると思っていたハルキ。
しかし、サクラは口をつぐんだまま何も言わない。
『・・・俺も、逢いたいよ。』
ハルキの低くやわらかな一言に、サクラも『うん。』 と小さく返した。
パカン・・・パカン・・・パカン・・・
『ハルキィー・・・・・
大好きだよ・・・。』
サクラが、呟いた。
ハルキの心臓がきゅっと掴まれ、痛みを帯びる。
『知ってる。』
そう言って、ハルキは笑った。
パカン・・・パカン・・・
『ねぇ?さっきからパカンパカンてなんの音?!』
照れくささを隠そうと、サクラが大袈裟に声を張って言った。
ハルキが慌てて、指先で弄んでいた小箱を離す。
『ぇ?・・・なにが?』
出番を待ちわびているヌバック調素材のリングケースが、
ふたを開けたり閉じたりするハルキの指先から離れ、コトリと横に傾がった。
婚約指輪が、ふたの隙間からチラリ、輝いて光った。
【おわり】