もののけ三銃士・文蔵と誠一と千草と左子と宇宙人魚
人魚がいる。
とは言われたものの、本当に信じていたわけではない。
かつがれているのか?
くらいに思っていあのだが、帰り支度を始めた文蔵と誠一に連れられて、タクシーで港の廃倉庫までつれてこられた時には、まさか?と 思った。
「誠一、『キュキ』と『イデア』どちらの眷属かわかるか?」
「(無言で首を横に振る)」
「あれだけ科学法則を無視した存在だ、『イデア』側なんだろうけれど、重力の影響を受けたせいで『キュキ』の影響を半分受けて受肉したってことだろうな」
なんか変なことを二人は話していたが、さっぱりわからない。
港の倉庫街にたどり着く。
いかにも怪しげな廃倉庫の中で。
そして、実際にこの目で見てしまえば、もう。
最初の感想は
「でかっ!」
だった。
スーパーにあるような大きな生簀いけすに半分くらい水が入って、その中に人魚がいた。
上半身は、人間だった。やっぱり、美人だった。ビキニをつけてた。腰のところまで伸びている青い髪が、水面にふわふわと浮いていた。腰から下は、魚のものだった。全身で3mくらいあるだろうか。
入りきらなくて、上半身は、淵の岩に乗り出している。
ああ、異形だとよくわかる。
肉がついているのではなく、単純に骨格が大きい。平均的な女性をそのまま縮尺だけ大きくしたような、遠近を無視した存在が、そこにいた。
大きい大きいと言っていた文蔵よりも、さらに一回り大きい。
「あ、左子ちゃんも来たんだ、やっほー」
異形の姫の目の前、もう一人の美形が出迎えた。
スタイルよすぎて、セーラー服が似合っていない、ショートカットの後輩。
鍋島千草は、華麗に振り返ると、文蔵にクレジットカードを手渡した。
「買い物は済ませたよ、あんがと。でもいいの?」
「いいよ、どうせ親父のカードだから」
「よくねーじゃん、坊っちゃんかお前はー」
「坊っちゃんなんだよ」
この二人、こんなやりとりするのか。と今更ながらに後輩のことをわかっていなかったことに気付く。
……いやいや、今はもっと大事なことがあるだろう。
「ちょ、ちょっと。証城寺君、鍋島さん! この、これ……、え、と、この人? その……何者?」
二人は眼を見合せ、声を揃えて
「「何者って……、人魚?」」
どうしよう。会話の続け方がわからない。
すると、ぼうっと立っていただけの誠一が声を出した。
「文ぶん、先輩には何も話していないのか?」
こんな声だったのか。っていうか、あだ名は文なのか。
いやぁ、と頭をかく文蔵に一度ため息をつき、誠一は左子に顔を向ける。
「俺たちもわからないんです。俺達は昨日、偶然これが空から落ちてくるのを見てしまったんです」
……。空?
「人魚、だよね」
「ええ、本人の言葉を信用するなら、宇宙空間を泳ぐ宇宙人魚ということだそうです」
「……。喋ったの?」
「喋りません。こいつら声帯ないみたいで。宇宙には空気ないですからね、声を出す意味がないんですよ。こいつらは、テレパシーで交信するみたいなんです。で、落下地点に現れたら、助けを求められたので、とりあえず保護しました」
「……、警察呼ばなかったの」
すると、誠一はその端正な顔を少し歪ませた。
「呼びたかったんですが、まあ色々ありまして、残念ながら秘密裏に動くことになりました」
そこいら辺で、左子の許容範囲を超えそうだった。
「なんで皆、そんな当たり前みたいに人魚受け入れてんの?」
「先輩、それは宇宙人魚の前で失礼ですよ」
……。この下級生達は、これに人権を認めているのか。
え、そういうものなの?
誠一とのやりとりを見ていた文蔵が、間に入ってきた。
「まあ、あれです。僕達だって受け入れ切れてはいないのですが、まあ助けちゃったんで、どこか頼れる人がみつかるまで助けようかって昨日話あったんです」
「皆、怖くないの?」
最初に聞いとけばよかった。
文蔵はちょっと困ったように頭をかいた。
「それが、怖くないんですよ」
誠一はまたいつもの無表情に戻る。
「家業柄、慣れてますから」
千草は、何考えてるのかわからない顔で人魚にビーフジャーキーを食べさせていた。
「んー、かわいいじゃん。おっぱい大きいし」
なんてこったい。
おそるおそる、人魚を見やる。
自分より小さな人間にビーフジャーキーを手ずから食べさせてもらいながら、左子をじっと見ていた。
「あぅ」
人魚はにっこりと笑って
『よかった、やっと話が通じそうなまともな人間連れてきてくれたのね』
頭蓋骨の裏で、反響のかかった声が響いた。
今のが、テレパシー?
『初めまして、私は宇宙から来た者です。ごめんなさいね、いきなり呼びだされてびっくりしたでしょ? 危害を加えるつもりはないから安心して。ほんとはね、こっそり帰るつもりだったのだけれど、この子たち、順応良すぎてちょっと困ってたの』
どうしよう、一番見た目の人間離れしている人が、一番自分と感性が似通っていた。