もののけ三銃士・左子と文蔵と誠一
次の日、準備室には左子の姿しかなかった。
さらに次の日、左子が準備室にやってくると、すでに鍵は開いていた。
おかしい。昨日ちゃんと閉めたのに。
しかし、思い出す。一昨日、文蔵にスペアを渡したのだ。
「証城寺君、もう来てるの?」
扉を開け、中を覗き込むと、影が二つあった。
一つは、巨体をソファに沈め、何事かを考えていた。
文蔵である。
もう一つは、椅子に座らず、文蔵の横、仕えるように「休め」の姿勢で立っていた。
切れ長の瞳の、長身の美男子。
「あ、伏見君も来てたんだね。こんにちは」
もう1人の男子新入部員、伏見誠一である。
「伏見君も座ってよ、お茶淹れるね」
無視された。
……、まあ、昨日の今日まで全く無関心に務めていたのは自分なのだ。ここは、アプローチをかけていかねば。
「左先輩」
文蔵が、少し低い声で名を呼んだ。
「うん?」
「人魚姫って、知ってますよね」
「知ってるけど……、どうしたの?」
ものすごく、深刻な顔をして、文蔵は左子に質問を続ける。
「人魚姫って確か嵐の海の中王子様を助けたと思うんです」
「そうだね」
「ってことは、やっぱ海水魚なんでしょうか」
……、回答に困る。
「うーん、海に住んでるんだから、そうなのかな。でも肺呼吸してそうだけれど、でも泳ぐ時は息を止めてるのかな?」
「じゃあ、川で人魚が泳いでいたら、淡水魚なんでしょうか」
「うーん。でも鮭は海で泳いで川で産卵するよね、両方に対応できるのかな」
「いえ、海で泳いだことはないそうです」
「じゃあ、真水でいいんじゃない?」
「やっぱり、ですよね。ありがとうございます」
礼を言うと、携帯電話を取り出し、どこかに連絡を取ろうとする文蔵。
何なのだろう。何かのクイズか?
「ねえ、伏見君、これ何の話?」
無視された。
「あぅ」
電話がつながった。
「鍋島、水槽には真水を入れておけ。水道水でもいいと思う。あと、肺呼吸できるんじゃないかどうかも聞いておけ。エア? そりゃ、いるんじゃないのか? いいよ、さっき渡したカードで全部買ってくれていい」
『海で泳いだことはないそうです』
『肺呼吸できるんじゃないかどうか聞いておけ』
その後、二、三言会話を済ませて、電話を切った文蔵に、試しに質問した。
「どうしたの? 今の電話鍋島さん? 人魚でも見つけたの?」
頭をかきながら、心底困った顔をして、文蔵は答えた。
「そうなんです。先輩、生物に詳しい知り合いとかいらっしゃいませんか?」
どうなんだろう。元生物部のあの子なら、何か知っているだろうか。