もののけ三銃士が化学室に入り浸るようになった経緯
普通にしているだけで、周りから浮いてしまうのが、三人共通の悩みであった。
証城寺文蔵は、非常に体の大きい男である。がっしりとした筋肉とでっぷりとした脂肪に体を包み、遠目には、大型獣のようなシルエットを持つ。しかし、人を恐れさせることはない。愛嬌のある顔で、ひどくよく笑う。大きな声で笑い、人を笑わせる。何かおもしろいことがあれば、そこには必ず証城寺文蔵がいる。誰か、困っている人間がいれば、そこにも証城寺はいる。いて、一緒に馬鹿なことをしたり、馬鹿を見たりする。わざとそうしているわけではない。そういう生き方しか知らないのだ。ほかの『やり方』というようなものを、教えてくれる人はいなかった。
身も心も大きい男である。まだ15歳(三月生まれ)の高校一年生だと言っても、誰も信じない。
そのスケールの大きな人間関係の割に、休日に一緒に遊ぶような友達は一人もいないことは、誰も知らない。
誰も彼もを、同じように全力で大事にするために、特別な人間がいない。
一人の時は、抜け殻のようにぼーっとしている。
その姿は、狸の置物に非常によくにていた。
うみねこ町の化け狸こと、証城寺文蔵である。
伏見誠一は、人前で喋ることがほとんどない。その前に、相手が喋るのだ。
背が高く、すらりとした体型で、背筋が綺麗に伸びたその立ち姿は、あまりに美しい。髪を切ることがなく、まるで女のように伸びた髪を後ろに結んでいる。端正な顔を常に前に向ける姿は、行き交う男も女も振り向かずにはいられない。誠一自身はそんな容姿に思うことは欠片もない(持つものゆえの傲慢である)。むしろ、鏡を見るたびに、わずかな嫌悪感が胸の内にちらつく。自分の眼が、嫌いなのだ。
切れ長の眼。奥に潜む瞳。見る者は心奪われる眼だと言う。彼の一族共は、真実を見る目だという。
その眼で見つめられると、人は心を惑わし、何かを喋らずにはいられない。誠一の気を引くために。やましいことを隠すために。少しでも、彼の瞳の畏れから逃れようとして、魅入られる。
別になんでもない。ただ、観察力と動体視力が尋常じゃないという、それだけの受光器官に過ぎない。
何を考えているのかわかない、けれども弛緩していない、神聖な面をしているだけだが、切れ長の眼を向けられるだけで、人は皆糾弾された気分になる。
伏見誠一はあまり言葉を使わない。いや、本当は使う。
限られた人には饒舌だ。ジョークだって言う。
ただ、人見知りするから、級友の前でも恥ずかしくて喋らないだけなのだ。
けれど、人は誠一の無言に、越境者の佇まいを見るのである。
迷惑な話である。
霊能者の一族に生まれてしまった高校一年生としては、十分適正ありなのだが。
うみねこ町に転校してきた、狐様の末裔である。
鍋島千草は、一言でそのキャラクターをまとめきれる。
気まぐれなのだ。
雲のようにふらふらと現れて消えて、猫のようにどこにでも行く。男をどきりとさせるような貌をしたかと思えば、童女のように振る舞う。普通にもできる。常識的な手紙を書くし、挨拶もできる。倒れた幼児を抱き起こしてあげたり、クラス内のイジメをさりげなく解決したり、誰も知らないおじさんの運転する外車で朝登校してきたり、一人暮らしをしてるとかしてないとか噂になったり、複数のダーツバーで同じ時間帯に目撃証言があったり。おそらく、前述二名とは、違う意味で普通ではない生活様式をしている。彼女の周りの人間は、彼女がエキセントリックな人間だと誤解しているが、至ってまともではある。本人にも、TPOのラインはある。おそらく、わかっていて、やっている。自分が、周りから浮いた存在なのも自覚している。もしかしたら、自覚していないフリをしているのかもしれない。
知りようもないが、知れば知るほど深みにはまる。
うみねこ町の、化け猫のような娘は、今年からセーラー服を着ている。
うみねこ町うみねこ高校。
今年度の五月までに部員が集まらなければ廃部になるところだった化学部の最後の一人であった島左子二年生は、今は卒業した先輩達から託された部の消滅を前に、一人涙しかけていた。
チビ・メガネ・三つ編の上に化学部というスーパーコンボを決めた高校一年を実験室に費やした地味子さんには、青春オーラあふれる新入生に声をかけるような度胸はないぽだった。
もう一人だけいた、現三年生の先輩は、辞めてしまった。なんでも、天啓が降りて、ギタリストになることにしたのだとかで。
がんばってくださいね、としか言えなかった。
そして、自分も頑張らなければ、と奮起したが。
どうしようもなかった。ポスター、ビラ貼り、新入生部活説明会に参加。入部申請用紙をさりげなく理科室に置いてみるなど、対人以外の努力はなんとかしてみたが、どうしようもない。
言わずもがなに、自身にコンプレックスを持っている彼女は、堂々と振る舞うことができない。もっと勇気を出さねばならないことはわかっていたのに。
でも、その勇気がどこにも届かないかもしれない、と考えたら。とても。
でも、大好きな化学部が消えてしまうのは、いやだ。
優しくしてくれた、今は北海道大学に言ってしまった元部長。
バイトしながら、まずギターを買うために資金集め中の先輩。
皆との思い出に瑕がついてしまいそうで。それだけは嫌なので。
部室を出て、頑張って、声をかけてみた。
通りすがりの、一年生の学章と名札めがけて、声を張り上げてみた。
「あ、あの! 化学部入りませんか?!」
声の先には、大型獣みたいなとにかく大きな太い男と、切れ長の眼をした妖しいまでに美形の男と、眠たげな眼をした絶世の美女がいた。
「あ、ごめんなさぃ、今の聞かなかったことにしてくださぃ」
小声で謝る左子に快諾を返し、三人は部長を化学室に連行した。
化学部もとい、化け学部。うみねこ町もののけ倶楽部は、こうして誕生した。