座敷童子
いつも通りの日曜日なら、たっぷりと寝坊して、あくびをしながら家政婦さんが取り置いてくれた朝食を貪る生活を何年も続けてきたのだが、今日はそうもいかない。
柊学園に入学して以来、初めてできた友人、間久部冬子を家に呼ぶという一大イベントの日なのである。
だから、朝早くから身支度を整え、家具や本棚の配置にミリ単位で気を使ったり、お菓子とお茶の組み合わせに悩んだり……、なんてことは一切せず、友人が遊びに来る30分前にやっとこさ、お世話係に叩き起されて、普段着に着替えたところである。
月本市で、『表』でも『裏』でも第一位の名家『月本一族』の直系の御姫様にも関わらず、あまりにもずぼらであった。
一応、一番ましな服を選んで、朝食代わりにバナナを食べて歯を磨いたところで、友人が正面門についたという報告を受ける。じいやが母屋の玄関まで案内しているとのことで、早速履物を履いて外に出迎えに行く。
玄関前に付くと、じいやが少女を一人案内してきた。
他所行きの、女の子らしい服を着こなした、小柄でおかっぱな少女に、微笑んだ。
「おはようトーコ、今日は来てくれてありがとう。ゆっくりしていってね」
何故か、冬子の顔はちょっとひきつっていた。
「本日はお招きいただいてありがとう、クッキーを作ってみたよ。お口に合うといいのだけれど」
「きっと美味しいわ。じいや、離れに行くから、お茶をお願いね」
そうして、友人の表情の変化を少しも気にせず、彼女の寝起きする離れへと足を進めた。
色々と込み入った事情があり、一人小さな離れ屋敷をあてがわれているが、結局は食事は母屋で取っているため、少し大きな自分の部屋感覚である。
心持ち、はずんだ調子で歩く彼女に、いつものようにてくてくとついていく少女は、周りに人がいなくなったのと確認して、声をかけた。
「なあ、お前様はいつもそんなラフなのかい?」
「それは、自分の家だもの」
「それにしても名家のお嬢様が作務衣にお便所スリッパで友人を迎えるのは、いいのだろうか。なんだか、おめかしした私が、逆に気を使ってしまう」
「お友達を家に呼ぶなんて、そんな大仰なことでもないのでしょう? 私は初めてだけれど」
「私だって、人の家に呼ばれるのは、初めてだよ」
私が意識し過ぎたみたいじゃないか、などと文句を言うと、格好悪い気がして、冬子はその話題をそこで切ることにした。
「別に、いつもみたいなスカジャンにカーゴパンツでも、私も、家の者も気にしないわよ?」
「私が気にするんだよ、まったく」
離れと言っても、屋敷の体をなした建物の、縁側を歩いて、障子が開くと、畳の部屋が現れる。
整理整頓とは、少し遠かった。
雑誌は出しっぱなし。脱いだ服は部屋の隅の洗濯かごに入れっぱなし。さすがに足の踏み入れる場所もない、ということはないが、少し、ものぐさな主人の性格が見て取れる。
ただ、屑かごが綺麗なことと、蒲団がちゃんと庭先で干されていることだけは、評価してもいい。……、いや、普通のことだ。
「掃除、しなよ」
「してるわ、家政婦のみどりさんが。二日に一度」
「……、学校と家で、イメージ全然違うものだね」
「私は立ち振る舞いを変えているつもりはないのだけれど。さ、どうぞ座って」
うながされて、勧められた座布団に腰を下ろした。
どうしようか迷ったが、一応正座にしておいた。
どちらが先にこんな話にしたのかは、覚えていない。
確か、休日はどう過ごしているのか、という話をしていたら、冬子が次の日曜日は部活動が休みになる、と口走って、なら、私の家で話をしましょう、ということになったのだったか?
お互いに、休日に人と会う生活などしてなかったため、実は、ちゃんと緊張しあっていた。けれど、土日になったからと言って人の全てが変わるなどということはなく、結局は、休み時間や昼休みの延長と変わらない。
一時間もしたころには、冬子は足を崩し、作ってきたクッキーを食べさせあったりしていた。
「ところでキス」
話題が、唐突に変わった。
「え、キスって……、したいの?」
「違うよ、喜須はお前様の名前だろうよ」
「ちょっと焦ったわ」
「焦るな。……あの、縁側で寝転がっていた角の生えた明治の書生みたいな格好した少年は、君のところの使用人とかお客じゃないのだよな」
「ええ、『童子』よ。私が『安綱』になって家に帰った時にはすでにあそこにいたから、元からいたのでしょうね」
「なかなかに肝が太いのだね。家にあんなの住み着いてるのに」
「私も、人目見た時はびっくりしたけれど、害もないし、そうね、むしろ逆。そこで寝転がっているのを見ると、なんだか落ち着くの。あれって、もしかして<安心童子>とかそんな名前?」
「さあて、私も童子博士じゃないからな……。ただ、確かに見ていて嫌な気持ちにならないね。うん」
「クッキー、食べるかしら」
「やめておきなさい。居着くといけない」
「落ち着く空間に居着く童子なら、いいんじゃないかしら」
「早合点だよ。案外、<物臭童子>かもしれない」
そこで、薄い赤毛の少女は、唇に指をあて考える。
「もしかして、<物臭童子>がいるから、私も片づけができない子になる、なんてこともあるの?」
ふむ、と。冬子は真面目な顔をして、二秒考える。
「確かに、『童子』を使役して、その特性を利用して人に呪いをかける、なんて悪党も世の中にはいたらしい。非常に古い、失われた技術だよ。だが、童子が自身から人に影響を与えることは、ほとんどない。例外は、あの白髪の餓鬼だけだ」
<開眼童子>
二人が、同じ過去を思い出そうとして、冬子はかぶりを振って、意地悪い笑みを浮かべる。
「しかし、大丈夫。キスが面倒くさがりなのは、誰のものでもない、自分自身の性分さ」
「褒めてない、わよね」
ぼやきながら、月本喜須は六枚目のクッキーを口にした。




