会議記録
地獄の門を半開きにしてから、半年が過ぎたある午後。
被害もなく、結局皆が夢をみていただけの、そんな思い出にしてしまおうと誰もが思っていた、ちょうどそのころ。
地獄から、一匹の化け物が現世に飛び出していたことが判明した。
こんちくしょう。
おかげで、昼から年休を取ってゆっくりしようかと思っていたのに、緊急の会議に招集された。
秘書室異界平衡係のメンバーが、第三会議室に勢ぞろいする。
(正規職員)
係長 女郎屋敷小夜子
主任 津根太郎
主査 紙屋町友礼
(異界嘱託職員)
コミュニケーションゴリラ こと ゴリラ
ハイパーエコディーゼルエンジン搭載型メイドロボ デルタリオン
妖怪代表 河童
あと、秘書室からオブザーバーとして伊藤草月主査
会議は七名で行われていた。
ちなみに、ゴリラ氏と河童氏は人語を解さないし、デルタリオンはただのメイドロボなので、結局人間チームだけの発言である。
以下、ボイスレコーダーによる録音
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伊藤「さて、皆集まってくれてありがとう。早速だが本題だ。先日そこの2m女が半開きにしやがった地獄門から、異界生物が月本市に侵入した」
女郎屋敷「ちょ、伊藤! なんで僕が悪いみたいになってんの? 第一僕は190cm台だし!」
伊藤「お前、俺があの後一週間寝ずにもみ消したのを、もう忘れたのか」
女郎屋敷「ぼ、僕だってがんばったじゃん、ちゃんと議会用の報告書も作ったし」
伊藤「あんな主観まじりの恋愛小説を、補正予算つける資料にできると思ってんのか、公務員なめんなこら」
女郎屋敷「ひどくね?」
根津「ま、まあまあ。小夜子先さんも草月先輩も。あれは本当大変な事件でしたし、お互い事情を抱えていたんだから多少行き違いもありますよ。話はそれぐらいにして、進めましょう? もう、何が出てきたのかはわかっているんですか」
伊藤「あ、ああ。そうだな。気を取り直して。……。今回出現した化け物を、月影招神帳と照会をかけたところ、「吸魂」と呼ばれる種族であることがわかった。魂を吸うと書いて、だ」
女郎屋敷「で、そのきゅーこんちゃんは何をするわけ」
伊藤「モノがモノであるために必要な要素を、吸い取る」
女郎屋敷「また、哲学的だね。まあ、いいや。つまり魂とでも表現するしかないような構成要素を奪うわけでしょ。で、そいつを吸われると、どんな被害が出るの? それを取り返す術は?」
伊藤「簡単に言うと、崩れる。現在被害が出ているのは自動車、公園のブランコ、たこ焼き屋のたこ焼き機。犬の首輪、市役所情報システムのメインサーバだ」
根津「草月先輩、今すごいことさらっと言いませんでした?!」
女郎屋敷「いーよ、市役所のホームページが見れなくなる程度でしょ? 人命に被害は?」
伊藤「今のところ、健康被害の報告は出ていない。ただ、例によって例のごとくだ。取り返しのつかないものを奪われている可能性も高い」
女郎屋敷「それをさー私に対処させようってんでしょー、まじ怖いわー」
伊藤「すまない。だが、今の俺たちにはお前しかいないんだ」
女郎屋敷「まー、仕方ないか、いーよ。代わりにバックアップ頼むね」
紙屋町「津根先輩、もしかしてあの二人って仲いいんすか?」
津根「し、黙ってろ」
デルタリオン『ミナサン、オチャガハイリマシタ』
陶器の音がして、五分ほど談笑。
女郎屋敷「よっしゃ、んじゃ出動するかね」
伊藤「いや、議題はもう一つある。実は、今回の吸魂による被害と思われるのだが、築10年ほどの木造住宅が、やたら気合いの入ったゴス少女が現れた途端、急に老朽化が始まり倒壊の危険があるそうだ。で、その解体費用を異界平衡係の予算でまかなえないかと相談があった」
女郎屋敷「馬鹿じゃねーの。そんなの建築指導課にでも回してよ」
伊藤「建築指導課は、個人財産処分に公金を投入はできないと言っている」
女郎屋敷「いや、条例は?」
伊藤「てめーが地獄門開いた時のごたごたで議会が延長できなかったんだよ。おかげで空き家廃屋条例は宙ぶらりんだ」
女郎屋敷「ちぃ、それも私のせいなわけ?」
伊藤「お前のせいだとは言わん。ただ、この町は世界で唯一異界からの浸食を受けているからな、テストケースとして、異界被害に対する補償をどこまで見るか検討する必要もあるんだよ」
女郎屋敷「そーは言ってもなあ、ねえカパたん、あと予算どんくらい?」
河童「カパ」(映像では、指を三本立てていた。)
女郎屋敷「今年度予算は、あと行政代執行三回分くらいだってさ、これで住宅の解体費用はちょっと無理だわ。そもそも、建築行政の段階で法的根拠がないって言ってるのにあたしらが勝手にするのは、無理だよ。今でさえ自治六法ぎりぎり抵触してるのに」
紙屋町「でも、それ言ったら異界平衡係自体が法的根拠ないですよね」
全員「「「黙れ馬鹿! 禁句中の禁句だろうが!」」」
伊藤「あと、ゴリラ、お前携帯いじんな。さっきから、ちょっとは会議に参加しろ。するフリだけでいいから」