仮想平成29年度 月本市大災害最初の山場
月の出る夜。
うみねこ高校『跡地』
今や校舎が全壊し、更地となってしまったその場所に、人影はない。
今やその広い土地の真ん中で、一人立ちつくす島左子の月影が、あるだけ。
先日現れた意思を持った火薬などという訳のわからない化物のせいで町はめちゃくちゃになり、彼女をかばい、大切な仲間たちは怪我を負った。
彼女の青春の結晶である、化学部室の薬品庫の中から現れたそれは、明確な害意を以って自らの体を燃焼させ、化学部準備室を爆破した。
彼女と怪物の間に立ちふさがっていた三人。
鍋島千草は、自分の体で左子を覆い、式神『殺人妖怪紙女』を用いて、文蔵と誠一を防御した。
誠一と文蔵は、体を密着させ、両手を広げ、左子と千草の間に壁を作ろうとした。
そして、文蔵は、そっと誠一の体を自分の後ろに押し込んだ。
爆発。
衝撃。
振動が収まり、目を開けた左子が見たのは、自分を強く抱きしめて気絶している千草と、バラバラ死体になった二体の紙女と、体中に火傷を負った文蔵と、爆発の瞬間に『大狐』に変身した、誠一らしきイヌ科の大型動物の姿。
そして、炎に囲まれた化学室、いや、うみねこ高校校舎であった。
『君が、島左子ちゃんだね』
脳の内側から、直接響いてくるように思った。
振り返ると、そこには身長2mはあろうかという、背の高い女性が立っていた。
この人が、女郎屋敷小夜子。
女は、ずいぶんと響く足音をさせて、左子の前に立った。
『はじめまして。私は月本市役所の異界平衡係の』
「じょろうやしきさんですよね」
小夜子はたじろいだ。
今から、あの悪夢のような敵と二人っきりで戦うというのに。
この惨劇の場所で、それでも島左子という名のこの少女の眼には、強い光が宿っている。
『うん、よろしくね。あと、僕は今声帯が潰れててテレパシーで喋ってるけど、気にしないで』
「大丈夫です。そういう人に、昔あったことあるので。それに」
左子は小夜子を見上げ、口を閉じたまま答えた
『私も、使えるんです。宇宙人魚の技』
驚いた。ここまで自在に異能を行使できるという情報は、調査できていなかったはずなのに。
『結構、こういうのには慣れてるの?』
「何回か。でも、いつも文ちゃん達が一緒にいて、なんとかしてくれたから私何の役にも立ってなくて……。だから、本当にちゃんと自分の力で戦うのは、はじめてです」
『そっか』
言葉が、続かなかった。彼女を励ます言葉でも言うべきなのかもしれないが。
「だから、お願いします。力を合わさせてください。私一人じゃただの萌えないゴミだけど、できることをします! 皆を、守らせてください!」
10も年下の彼女の方が、自分より腹がすわっている。
『大丈夫だよ、今も、僕の方が勇気をもらってるくらい』
頑張って、笑って見せた。
『それじゃあ、左子ちゃん、そろそろ避難しててね。護衛が君を守ってくれる』
小夜子が指差した方向。正門だったコンクリート中が立つ横に、二人の女がまたいた。
額から、角の生えた迷彩服の女と、目の下にクマの広がった和服の女。
『感じ悪いし怖いけれど、仕事はきっちりする人たちだから、安心してね』
「お姉さんと、千代さんですか」
『あれ? 知り合いだった? ……お願い、僕が悪口言ってたのは、秘密にしといて』
妙齢のはずなのに、稚気の抜けない人だった。
「じゃあ、私行きます。作戦通りに」
『うん。今、戦闘が可能な駐在官の生き残り総出で、【きりん】をこの校舎跡地に誘導している。奴が到着しだい、私が動きを止めるから……』
「私が、『重力』にお願いして、宇宙空間に打ち上げます」
『そして、この<右手>で破壊する』
小夜子は目の前で右拳を握る。
大型哺乳類のそれのような、大きく、太く、黒く、毛深く、凶暴な形をした、右腕。
それなりに体躯の大きい小夜子の体のパーツとしてもパースがずれた、女郎屋敷小夜子の体に刻まれた呪いの一つ。
それがどのような異能を発揮するのかは、左子は知らない。
それどころか、目の前にいる『人間』で、人の形を残している個所の方が少ない。
獣のような右腕。茨が巻きつき、一部樹皮のような質感となった左腕。
鎖骨の下に見える、鱗のような皮膚。喉には妙な模様が刻まれ、その左目は、鈍い色をしている。髪の毛の半分は、白髪のような、ガラス繊維のような不思議な光沢を放ち、時折赤く発光する。
整合性なく、とってつけたようなパーツを体中に縫い付けて、背の高い女性は、姿勢よく立っている。
何かを訊くべきなのだろうか。
左子は、少し迷って、聞く必要はないと気付く。
だって。
「女郎屋敷さん。なんでこの子は、僕を怖がらないんだろうって思ってませんか」
『……』
図星であった。
「女郎屋敷さんと私って、会うの初めてじゃないんですよ?」
『え?』
「あの日、私が【きりん】の爆発に巻き込まれて倒れていた時、私を庇って怪我をした文ちゃん達三人を運ぼうとして、でも腕力なくて必死に引きずっていた時。助けに来てくれたんですよ」
『……そうだっけ?』
「そうなんです。一番最初に、私達のところにかけつけて、そしてあいつと戦ってくれた。その姿で」
『ぼろ負けして、燃えないゴミにされちゃったけどね。お恥ずかしいところをお見せしました』
「恥ずかしくなんかありません。私達を、命がけで守ってくれました。だから……、今度は私が命かけます。役に立てなくて、私は守られるだけだった。だから、今度は私が皆を」
『……。左子ちゃん。命を捨ててかかっちゃダメだよ』
「でも女郎屋敷さんは、あんなに必死になってくれました」
『でもね、それをすると左子ちゃんのこと好きでいてくれる人に、すごい心配かけるんだよ。私達は、大切な人を守って、また会うために戦おう』
「……。もしかして、誰かに叱られちゃいました?」
『なんでわかんの?!』
「文脈からわかりますよぉ」
「見て、千代。あの二人、これから大一番だってのに、笑ってるわ」
「ガチガチに緊張してるよりはいいよ。……うう、私も腕をやられてなけりゃ戦うのに」
「適材適所よ。千代の仕事は、私の未来の義妹を命がけで守ること。私の仕事は、千代を守ること。それだけよ」
「……、文蔵ちゃんとあの子、やっぱり付き合ってるの?」
「文にあそこまでさせたからには、責任とってもらわないと」
「あんまり弟の人生に干渉するの、控えた方がいいよ」
「逆よ、あの子押しが弱いから、私が尻叩いてあげないと、彼女が卒業するまでに告白なんてできわないわ」
「……、そういうのも含めて恋愛なんじゃないかなあ。それに、刹那はまず自分の相手探した方がいいと思うよ。身近にいないの?」
「紙屋町のこと? 駄目よ。駄目駄目山の駄目子さんよ」
「……、私、紙屋町君だって、一言も言ってないけれど」
「……」
「市役所の異界平衡係の、イケメンだけど仕事ができない、あの紙屋町君? 刹那が紙屋町君に厳しいのって、愛情の裏返しなの?」
「……ちょっと、そんな顔しないでよ。っていうか、今から世界の命運をかけた戦いするのだけれど、ほら、左子ちゃんも来てるわよ。もうすぐ【きりん】も到着するだろうし、さっさと隠れるわよ、ほら、なんでにやついてるの。ちょっと!」




