女郎屋敷小夜子と伊藤草月の歩み
< 伊藤草月・女郎屋敷小夜子 入庁1年目の4月 >
月本市役所 秘書室付 異界平衡係
今年採用された女郎屋敷小夜子のために創設された、たった一人の部署。
たった一つ、存在を隠すように別館地下1階の書庫の隣の空き部屋をあてがわれた彼女は、そんな特別な存在であることをかんじさせず、煎餅をかじりながら向かいに座る同期の伊藤草月に質問した。
幼馴染で、中学が一緒で、高校と大学が別々で、片方は社会人、片方は大学院進学と進路をたがえながら、偶然にも同じ年に、月本市役所の採用試験を受けた二人は、約10年ぶりに向かいあう。
「失礼します。女郎屋敷、お前だけか?」
「やっほ~、伊藤久しぶりんこ。この部屋は僕だけだよ。僕の場合、秘書室長が直属の上司になるから」
「そうか、楽でいいな。いや、そうでもないか? 俺が人の話を聞かないことに定評のあるお前に平行協定を仕込まねばならないってことだろ?」
「ちょ、なんて言い草」
「事実なんだから致し方ない。で、俺もすぐに戻らないといけないから本題に入るぞ。まず、仮想平成24年4月6日を以って、一号異界【剣】から十三号異界【月】まで、すべての神話領域と可能性郷との間で、平行協定が締結された。これによって、異界より流入した物・人・異能などにより被害・問題が起きた場合、流出先の異界より召喚した執行官による、対処・回収を行うよう通知する公文書の発行が可能となった」
「……、え? タンマ!」
「……、何か変なところあったか?」
「つまり、異世界からなんか来たら、その世界の人を呼んでなんとかしてもらうってこと?」
「……そうだよ? 平行協定って、そういう文面だろ?」
「私は何すんの?」
「……、だから、市民からの情報提供があったら、委託した調査業者が提出した資料から、協定範囲内かを調査して、通知文書を作成して異世界の平行協定係に送付してよいか決裁所を関係各所に回覧する。で、執行に立ち会って完了報告書を提出して、費用を算定して支払いを済ませる。最初はだいぶん混乱すると思うけれど、頑張れよ」
「……。もっとハードな現場を想像してたんだけれど」
「事務方って、思っている以上に大変だぞ? 税金使って事業をするんだからな、いくら気を使っても使い足りない。って先輩が言ってた。俺も新採だからよくわかってねーけど」
「いや、ほら。僕って左指に埋め込まれてる【災いの枝レーヴァテイン】を使って怪獣とか悪霊とかと斬った張ったするんじゃないかと思ってたのよ」
「……。使わせない」
「え~、なんでさ~。どう考えたって、私コレのせいかおかげかで採用されたんでしょ。ぶっちゃけ、【剣】のフレイムロード卿とか、【鉄】の重機姫とかと協定結ぶ時だって、学生だったその時の私がガチでやった結果なわけだし、その延長線上で戦力として飼っておこうというのが人情ってもの……」
「戦わせねえ! って言ってんだろ!」
「……、伊藤、大きな声出さないでよ。わかってるよ、もう死にかけたりしないから、迷惑かけたりしないから……。私のために市役所入ってくれたの、台無しにしたりもしないから」
「……お前の体内にある【災いの枝】は、あくまで異世界とこの町をつなぐ媒介だ。異界の協力を仰ぐための手段に過ぎない。そもそもが、戦闘のための力ではないのだから、無理やり戦う方がナンセンスなんだよ」
「うん」
「個人に、つまりお前の責任全部をおっ被せないために、組織として対処するために俺たちは平行協定と作ったんだ。もう、今までみたいに一人でしょいこんで、なんでもしようと思うなよ」
「……うん」
「あと、そのすぐに泣く癖治ってないのかよ」
「仕方ないじゃん……」
「怒鳴って悪かったよ。ただな、もう、市役所職員なんだ。事務屋は命張るのが仕事じゃないってこと、ちゃんと判れよ」
「頑張る」
「頑張れ。で、実際に施行令と施行細則を読んでみて疑問あるか?」
「うーん。まずさあ。この行政代執行依頼の様式甲乙って、一体どういうこと? 甲が【災いの枝】だから、つまり私が【茨】を解放して敵とガチる許可ってことだよね。で、乙が【執行官の召喚】? これ、どっちにしろ異界門を開くには【茨】で空間をこじ開けるわけでしょ、じゃあ執行官さんを召喚する時って甲乙両方の書類作らないといけないってこと?」
「そこな、作ったはいいんだけれど、運用規程が定まりきっていない」
「……え?!」
「仕事の合間に総務が徹夜して作ったんだ。それも、黒騎士だの竜王だの重機姫だのと言ったデスコミュニケーション共と協議しながらだ。粗だってある」
「あと気になったのは、これって執行までに最低一週間くらいはいる計算になるけどさ、緊急で危険な生物とかが現れたら、私どうすんの?」
「そりゃ、警察に連絡するとか、消防に報告するとかして、逃げろよ」
「……えっ?!」
「あのなあ、お前もう喧嘩屋じゃないの」
「でも、この町、私しか戦えないのに……、そんなの」
「お前の仕事は、この町と、異界の連中が必死になって作った、人々を守るためのルールを、適正に運用することだ。戦う力を持った奴らを、憂いなく戦わせてやることが、お前の与えられたつとめだ。それが本当に人を守ることで、異界の連中からの信頼を得ることで、お前を守ることになる」
「……うん」
「誰よりも、怪物達と闘ってきたお前だからできる仕事だと、俺は思う」
「……うん、そうだね」
「よし」
「ところでさ、私今すごく暇なんだけれど、何したらいいかな」
「勉強しろ」
「あう……、せっかくだからお茶飲もうよ、お茶淹れてよ」
「自分で淹れろよ。っていうか、俺に淹れろよ」
「仕方ないじゃん、まだ災いの枝が馴染まなくて、左手がうまく動かないんだ」
「……馬鹿、先に言えよ」
< 伊藤草月・女郎屋敷小夜子 入庁2年目11月 >
月本総合病院。
月本市職員の健康診断を請け負っている市内で一番大きい病院には、地下に妙に広いスペースがある。異界汚染を受けた生物や、物体の検査、治療を行うブースであり、その奥の奥に、女郎屋敷小夜子専門の診察室がある。
小夜子のかかりつけになってくれた滝口女史と、小夜子は23回目の定期診断を終え、カルテを挟んで向かい合っていた。
「小夜子ちゃん、あんた今すぐこの仕事辞めな。今ならまだ間に合う。あんな仕事、ほかの奴らにやらせればいい。もし何か言ってくる奴がいたら、私が話をつけてやるから、一度治療に専念するんだ」
「大丈夫ですよ、俗に言う不老不死ってやつですから」
「大丈夫じゃないの! 小夜子ちゃん。もっと自分の体のことを考えてよ。その、魂って言うの? 肉体ごとそれを不変に保つ枝? そんなもの体に入れていいわけないじゃない。それも、自分の意思で深く押し込むだなんて……。摘出できなくなる可能性もあるんだよ」
「深く差さないと、私の体の変化止まらなくなっちゃいますから。さすがにこれ以上毛深くなるのはちょっと……」
「草月くんなら、気にしない」
「私、気にしちゃいますから。たぶん、伊藤も気付いてるんじゃないかな。私がだいぶ人間じゃなくなってること」
「……もっと早く検査するべきだった。いくら、防護していても、一番異界と接している時間が長い小夜子ちゃんが異界汚染を受けるなんて、わかりきっていたのに」
「私、それでもよかったと思ってます。もう、執行官の召喚じゃ間に合わなくなって、駐在官を常駐させても、それでもどうしようもなくなって。私の体にくっついたいろんなものを、茨で支配して利用することができるってわかった時。すごくうれしかった」
「嫁入り前の娘が、身を投げ出すよなこと言わないでよ」
「一つ残念なことがあるとしたら……、この薬指かな。茨がまきついて取れなくなって、指輪が、入らなくなっちゃった……」
「小夜子ちゃん……。草月にこのことを話そう?」
「お願いします。言わないでください。せめて、私が人の形を保っていられる内は、皆に人間扱いしてもらえる間は」
「そんなことして何の意味が!」
「幸せな思い出が少しでも多い方が、私も頑張れるから……。これから、何年生きるのかわからないけれど……なんちゃって、えへへ」
「小夜子ちゃん、えへへとか、27歳なんだから考えてよ……」
「先生、抱きつかないで下さいよ、化物がうつっちゃいます……」
< 伊藤草月・女郎屋敷小夜子 入庁2年目1月 >
< 【きりん】に撃墜された小夜子が目を覚まして20分後 >
「先生、どうして女郎屋敷を縛りつけといてくれなかったんですか。どう考えてもあのアホが、眼を覚ましたら飛び出すにきまって……」
「歯ァ食い縛れこの糞野郎!」
< その10分後 >
「しこたま殴ってやったのに……、一発も避けなかったね」
「殴られて仕方ないことしてますから」
「……わかってるならさぁ……。なんとかしてやってよ。あの子はね、あんたの期待に応えたくて、あんな無茶してんだよ……。ここに運び込まれた時、どんな姿だったかわかるかい? あのこの右手は獣みたいな毛と爪が生えて、真っ黒で女の手じゃなくなってる。左手は、いくら千切っても再生する茨がまきついてる。角膜は妖精のもので、毛髪の半分は光ファイバー化。左腕上腕骨は剣で、右足は液体を弾く。それらを全部、左薬指に刺さっている世界樹の枝で押さえつけて、普段は人間の形を保っている。でもね、もう異形の方が、本当の姿になってしまってる。このレントゲン見てよ。あの子肝臓、金属で出来てるんだよ」
「あいつ、よく勉強してるんですよ……。様式甲の仕様に抜け穴があることに気付いて、俺の眼に書類を通させずに災いの枝を解放する手段を見つけた……、知ったら止めるのわかってるから……。もう、俺がどんなに怒鳴っても、あいつは泣かないんです」
「頼むからさあ、なんとかしてよ。あの子、人間の姿を保っていられないくらい消耗してるのに、眼が覚めてすぐに、現場の高校で怪我した子のことを訊いてきたのよ。無事なのか? ってすごい剣幕で。それで、命は取り留めたって話をしたら、すごく喜んで。それで、それで……」
「先生。俺、もう行きます」
「草月くん、君も超過勤務がたたって胃潰瘍と高血圧の項目がひっかかってるんだから、検診においでよ」
「ありがとうございます」
< 女郎屋敷小夜子 対【きりん】二度目の被撃墜後 >
「くぉおらぁああああああ! 女郎屋敷ぃぃぃぃいいいいいいいい!」
「い、伊藤?!」
「てめぇ、いつになったら人の話を聞けるようになるんだ! 現場に出るなって言ってるだろうが!」
「し、仕方ないじゃん」
「仕方なくねえ、てめえが執行通知を作らねえから! フレイムロードも恋織もグーさんもゴリラもデルタリオンも河童も皆出動できねえじゃねえか!」
「え、で、でもこの非常時にそんな!」
「今、お前の代わりに戦ってるあいつらが! 暴れても大丈夫なように正当な理由を作ってやるのがお前の仕事! 何回言わせる気だ。俺だって、気づいてたよ! お前が書類作るのがわからなくて、せめて現場くらいは役に立ちたいとか思ってたこと。でも違うだろ! お前を危険な目にあわせたくないから! 俺達は!」
「ちょ、ちょっと何を?」
「非常時だからこそお前が必要だって話だろうが!」
「こ、怖いよ伊藤。どうして両肩掴むの? あと私の皮膚、今、毒の膜張ってるから。危ないから、ね? 怪我するから、ね? 放して?」
「女郎屋敷……、いや、小夜子」
「……はい」
「皆お前が好きだから、お前の言うこと聞いて召喚されるんだ。もちろん、俺も。だから、ちゃんと頼ってくれよ。俺、お前のためなら、なんだってする。もし、お前が世界中を敵に回すようなことになっても、俺が守るから」
「……はい」
後に、女郎屋敷小夜子は、4つの大災害を解決した後、自らが世界を滅ぼす獣レーヴァテインとなり、審判の時を迎える。
その後に、伊藤草月の手により、異世界の錬金術により作られた【世界樹の枝引っこ抜きペンチ】により、体内の異界物質をすべて引き抜かれ、人間の女に戻ることとなる。
その時にはすでに齢34。慌てて草月と籍を入れるが、子供はもうけるのであった。




