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調整会議のつづき

 上の人間は何もわかっていない。


 という思いは、『下』の人間が常に味わう苦しみの一つである。


 現場のジレンマを考えない、政治的介入。それまでの過程を無視した、原則回帰命令。


 それが、今、目の前にある危機に対処するのに役に立つというのか。


 その思いを押し殺して、前線に立つ彼らは闘っている。




 下の人間は何もわかろうとしない。


 そんな思いを、『上』の人間は内に秘めているものである。


 組織という根拠があるからこそ使用できる財力と権力。限りある力を、公平に効率的に振り分ける決断。


 決断するという非常に大きなストレス。成功することを前提とした行動しか取ることを許されない立場。


 そんなものは言いふらすものではないから、彼らは何も言わない。




「北野君、上野はどうした?」

 中村財務部長は、眼鏡の奥の瞳を光らせ、北野係長を睨みつけた。この会議に出席するはずの上野総務部長の欠席をとがめている。

 本人としては、特に眼光鋭くしているわけではないが、痩せ型で立派な白髪と白ひげのいつも眉間に皺を寄せている彼の視線は、常に睨んでいるように見える。

 つい二年前まで、財務部財務係にて辣腕を奮い、予算削減を進めていた北野係長は、それを十分に理解しているため、少しも臆することなく応えた。

「部長は災害対策本室長を兼任しておりますから、現在対策本部で情報整理中です。それに、この会議における総務の役割は今異界災害において、平行協定が職員服務規定と特別災害対策条例内部規定に抵触しないかの確認のはずです。部長より今会議のメンバーの合議で判断しろとの指示を受けておりますので、問題ありません」 

 想定していた質問なのか、よどみなく回答した。

「あほか、その災害対策本部の意見を聴く必要があるんだろう。文面に抵触しないことなんて、ここにいる全員がわかっとる。第5条に『市長が必要と認めた場合には様式乙による行政代執行を行う』なんて反則を盛りこませたのもこういう有無を言わせぬ事態に対応するためだろうが」

「そういや、上野部長が反対したのに、お前は無理やりねじ込んだんだよな」

 小林建設部長が熱くなりすぎてる元同級生に横から口を挟んだ。

「いいじゃねえか、上野は避難民の収容施設の割り振りで忙しいんだ。後で報告だけしとけばいいさ、どうせ俺たち部長の考えは一緒だ」

 恰幅のいい、見た目公務員には見えないいかつい壮年が、議事進行の立ち位置に陣取る伊藤草月に視線をやった。

「さあ、草月君。さっさと進めようぜ」

 いつになくエネルギッシュなやりとりをする上層部に話をふられ、『こいつらどんだけトラブルに生き生きしてるんだよ』と思いながらも、さっさと話を進めることにした。

「あ、はい。それでは、平行協定行政代執行第13号 【きりん】 対策会議を始めます。津根主任、現状の報告をお願いします」


 指名された、平衡係の津根太郎は、現状を、わかる限り簡潔に説明した。


 幻想生物や妖怪変化など、この世ならざる生物を呼び出す第一門『神話領域』より出現した謎の小瓶。パラレルワールドから、別の可能性としてあった文明や異能力の遺産を漂流させる第二門『可能性郷』から漂ってきた記録媒体。月よりも遠い宇宙ア・イデアの領域と地球をつなぐ『ア・イデアの晩餐会』から降り注いだ宇宙線。

 その全ての影響をうけたある化学薬品が、意思を持ち暴れだしたのが今回の事件の発端である。

 陸上自衛隊虚数駐屯地の対策班が初動対応に出たが、有無を言わさぬ凶暴性で、部隊は瞬間に壊滅し、現場のうみねこ高校は瞬間に爆発した。

 なんとか避難がまにあい、生徒達は逃げ出したが、化学部室にいた三人の化学部員の男女が、一人の女子生徒を庇い、重症を負った。

 現地付近にかけつけた女郎屋敷小夜子係長が、無許可で平衡協定を様式甲【災いの枝】による執行を行うが、効果なし。そのまま自身の体を爆発させられて、病院に搬送。意識を失う前に様式丙【駐在官召喚】を無許可執行。恋織・シャッタード駐在官による時空間操作によって、現在異空間に拘束中。

 月影招神帳の検索により、4つの大災厄の1番目【きりん】であることが確認されている。


「あれの正体は『燐』です。19世紀に燃焼促進剤に使われていた、黄リンという不安定な物質に、意思と外格形成能、分子結合操作能が結びついて、流動生物として転生した姿、ちょっとした刺激で燃焼爆発するし、すぐに散って、広範囲にただよい周辺を一気に破壊燃焼させています。さらに、単為生殖を可能とし、一時間で34倍に増殖します。威力も、尋常でない燃焼能力を持っており、近接戦闘は不可能です。何しろ、女郎屋敷係長が、ガチンコで負けてますから」


 そこまで、黙って話を聞いていた黒い甲冑に身を包んだ騎士が、中身とのギャップを感じさせる、さわやかな声で問う。

「サヨコの場合は相性の問題もあるだろう。様式甲ってことは、あいつ獣の右手と茨の左手と妖精の眼で闘ったんだろ? 物理タイプのわざしかないのに、不安定な火薬に手突っ込んだら、そりゃ、大やけどだ。俺の魔王の剣や、竜の旦那の火吹きで一気にせん滅するべきだったんだ。こんな地獄娘じゃなくて」 

 隣に座っていた、妙に気合いの入ったメイクのゴスロリ娘が、じろりと隣の騎士をにらみつける。

「話聞いていなかったのこのアホは? ですわ。衝撃与えたら爆発するんだから、一撃で破壊しきっても、その余波の全てがこの町に被害をもたらすってことが問題なんでしょうが、ですわ。私も時を止めている間は破壊ができない以上、攻撃する時には、奴の時間を動かさねばならない。制止した時の中で動けるのは、茨を解放した小夜子様だけ、けれど、小夜子様もあの爆発には耐えられなかった。正直、駐在官の異能レベルの問題では、もうないのですわ。むしろ……。私どもの能力で倒せないように狙って作られたような意図さえ感じさせられるのですわ」

 地獄から出向している娘の発言に、場がざわめく。

「なら、あれは誰かが意図して起こした異界災害だと言うのか?!」

 草月の眼が恐ろしい色をしだす。


 誰かの悪意のせいで、小夜子は傷ついたというのか?!


「話がずれてますわ、議事?」

 ブチ切れそうになる進行役に、ちゃちゃが入る。

 陸上自衛隊の、証城寺刹那一尉である。眼の下が真っ黒だが、これはメイクでなく、完全な無睡眠のせいである。

「今考えるべきは、あれへの対策。だれがやっただの、誰がやられただのと言ってる場合ではないでしょう? 犠牲は、もう出ているのだから」

「黙れよ、てめえらが情報流さずに自分達だけで処理しようとして、あげくに失敗しやがったせいで、こっちは対応遅れたんだろうが」

「役人風情がナマ言ってんじゃねえよ、災害起きても、毎回毎回小娘一人派遣するしか能がない玉無し揃いが」

 刹那も、もう余裕がない。

「こちとら眼に入れても痛くないかわいい弟を怪我させられてんだ、本当なら熱核ミサイルの2、3発撃ち込んだっていいところを、こらえて出席してやってんだろうが、さっさと話を続けろ」

 刹那の隣では赤鬼の角が生えた千代があたふたし、草月の脇では、紙屋町主査と河童が口に手をあててあわわわしていた。

 その口論を、年長者達が渋い顔で見つめ、ゴリラはやっぱり携帯をいじっていた。


 らちが開かない。


 草月も刹那も激情の性格であることを思い出していた中村財務部長が仕切ろうかと考えた時、



「平行協定 施行令112条 および施行細則33条の規定を満たしているな」



 紙屋町厚志副市長の声が、会議室内に響いた。


 そして、その後のざわめき。


「副市長、それは!」

 伊藤草月や、北野係長が制止する。


 施行令112条 および施行細則33条


 それが意味するものは、月本市外での、平行協定の執行を認め、事態解決までの間、行政代執行手続きの省略を意味する。


 本来、3つの課に決裁を回し、市長、副市長の許可を経て初めて執行される行政代執行を、無限に行っていい。駐在官は、その異能を月本市外でも全力で行っていい。

 自らを縛る制約をすべて取り払い、文字通りの総力戦を行い、それによって出た被害、補償に関しては、月本市が責任を持つ。


 法治国家としての在り方を無視した、日本国憲法に宣誓したものとしてやってはいけないことを、平行協定締結時に、すでに考えていたのである。


「副市長、市長はこのことは?」

 小林建設部長が、少し躊躇したように問いただす。答えたのは、ここまで沈黙を保っていた藤原秘書室長であった。

「すでに、許可はとっています。もちろん口頭でるが、専決処分でなんとかします」

「なんで、市長の許可で発動する命令なのに、市長の事後決裁になるんだよ」

 そこまできたら、小林も苦笑するしかなかった。

「まったく、あの人来期市長選出る気あんのかね? そんなカード切ったら財政破綻しかねーだろ」

 財政破綻という言葉に、耳を動かし反応した中村財務部長は、声を大きくして反論する。

「財政破綻等しない。合併特例債、文化ホール積立、県災害復旧予算、全てこれに回す」

「そうかい、じゃあ公共施設及び道路の被害も、建設部予算だな」


 部長達は、合点がいったのか、ある程度打ち合わせをした後、

 草月達を向いて、口にする。


「今日付から一週間、平行協定執行協議書は、専決処分でいい」

「道路とか、公共施設、好きなだけ壊せ。うちで見る。ただし個人財産の補償はしかねるから……、いや、いい。気にするな。人さえ死ななけりゃ、好きなだけやってしまえ」

「伊藤主任、君は対応終了まで、平衡協定係につけ。君が本来受け持っていた、公民館の避難人数集計は、田所にしてもらうから」

「証城寺一尉、方面隊長と協議を行いたいので、対策本部に合流してもらうように連絡してください」


 気が付いたら親爺連中のペースに乗せられた刹那や草月は、「了」と答えるので精一杯で、自分の仕事のことを考え始めていた。



 同時に、女郎屋敷小夜子の意識が回復したと、病院より連絡がある。

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