骸骨旅行団
僕が二十七歳だった頃、町中で死んだ人が生き返るという事件があった。
人間、死んでしまえばそれまでなんてことを、僕も皆もわかっていたのだけれど、実際にいなくなってしまった人が現れた時、僕たちはそれがおかしいことだなんてツッコミを入れることはできなかった。
いつだって、失ってから大切だったことに気付く。
大切だった誰かが蘇ったのだから。
それはきっと幸せ以外の何物でもなかった。
そして僕は当時、市役所で、そういうものを元に戻す仕事をしていた。
「生き返り」のいる世帯を一軒一軒回って、調査を行うのだが、どこかしこも門前払い。
そりゃそうだ。あなたの大切な人を冥府に戻しますなんて言っても、誰も話を聞くわけない。
同じ係の紙屋町主査は「皆が幸せを噛み締めているのなら、もう少しだけひたらせてあげてもいいのじゃないだろうか」なんて素人みたいなことを言いだした。
駄目に決まっているだろう。この先の展開的に考えて。
一週間後、生き返った人達が、ゾンビ化の傾向を見せる。
家族が、襲われて軽傷を負う事件があり、急きょ、強制成仏を執行した。
解析の結果、どうやら今回の反魂騒動。死者を呼びだしているのではない。
「残された人の想い」を無理矢理形にしているものらしい。
蘇った人達の身体的特徴が一致せず、また行動パターンや性格にもわざとらしさが見え隠れることが、おもに恋人が生き返った人達の証言からわかったのである。
都合のよい、思い出の中の人。
それを笑えるわけがない。
そして、人の心の力では人の形を保っていられるのも、一週間程度。
ぞくぞくと亡者となり、そして肉が溶け歩く骸骨と化していく思い出の人々。
残された人達は、彼らを土に戻してやってくれと、涙ながらに市役所窓口センターに電話してくる。
つい、二、三日前までけんもほろろだったのにね。
中には、骨になっても家族だと、引き渡しを拒む世帯もある。
笑えるわけが、ない。
13日後。
おそらくすべての「よみがえり」が骸骨化し、そのすべてが一か所に向けて集まりだすという異変が起きる。
そこまできて、ようやく調査が終了した。
犯人は、僕の同級生だった。
五年ほど前に、恋人を事故でなくしてから、にこりともいなくなった男である。
まさか、オカルトに救いを求めるとは思わなかった。
そのネクロマンサーは、すべての骸骨を集めている。何のために?
いうなれば、その骨たちは、人々の亡き人への想いで構成されている。
時間が経ち、限界がきて、それでも失われなかった骨子がそこにある。
ならば、その骸骨たちは、きっと、「愛」の結晶である、「愛」で動いているのだ。
3300人分の愛をエネルギー源として、地獄の門を開く。
そして、自分が一番愛した人を呼び戻す。
それが、ネクロマンサー宮川聖の目的であるらしい。
笑えない。笑えない。
紙屋町と根津には、庁舎待機を命じ、僕は骨の集まる旧市民会館を目指す。
おそらく宮川は、街中で地獄門なんて開ければどうなるかわかっていて、儀式を行うのだろう。
なら僕は、彼を殺してでも止めねばなるまい。
五年前、宮川聖の恋人を、消滅させたように。
「女郎屋敷、久しぶりだな。もう一度会えてよかった」
宮川は、僕のことを認めると、にこりともせずに再会を祝した。
「宮川、もうやめよう。まだ、間に合う。間に合うんだよ」
宮川の後ろには5体の骸骨が、控えていた。
すべてが、寸分違わぬ形をして、すべてが、同じように左薬指が中指より長い。
全部、『彼女』か。
何度も、何度も彼女を想い出し、生き返らせたんだろう。
そして、その度に朽ち果てて骨になる恋人を見て、宮川は、何を思った。
何を、
「女郎屋敷、俺はお前を憎んじゃいない。五年前、お前は圭子を燃やしたが、それは仕方のなかったことだと思う。俺達の仕事は、そういうことを、しなけりゃならないものだものな」
そんな言葉、聞きたくない。
「わかってる。わかってるんだ」
ならば、何故こんなことを。町中の人々の不幸と引き換えにしても、彼女と会いたいのか。
「それでも、会いたくて仕方がない」
宮川聖は、悲しそうに笑った。
笑えない。
月本市役所異界平衡係、女郎屋敷小夜子は、少しも笑えない。