バスケやろうよ 23年夏
「ちょっと、妙!左に寄り過ぎじゃない?!」
明香が助手席で高いこえで言った。
「ごめん。前見てるから、話しかけないで。」
妙がハンドルを抱え込むように、固まっているような運転をしながら答えた。
「妙先輩!ファイト!あたしが何か歌ってあげるからリラックスして。」
「やめて!あんた!事故る!」
事故るってところが妙と明香でハモった。
平成23年の8月。4人はレンタカーの赤いパッソを借りて福島を目指していた。これから首都高に乗れるのかは不確定だったが、ペーパードライバーの妙しか免許が無かった。
3月の東日本大震災。たくさんの被害があった未曽有の大災害。綾の故郷、南相馬市も大変な被害を受けた。綾の実家は原町だったので津波の被害は無くて済んだ。
「ねえ。あんた実家には今回も帰らないの?」
明香が綾に聞いた。
「いいの。母親にはメールしたし。」
妙も明香もそれ以上は聞かなかった。
東北自動車道路を福島西で降りて福島市から一路相馬市へ。高速道路からは一見地震の被害は感じることは出来なかった。
「福田さんの民宿どうなの?」
「ほぼ1階は壊滅だって。」
車は相馬市内から海の方へ。
「やだ。」
明香が絶句した。道を挟んで向こうは言葉に出来無い光景。がれき。廃墟。晴れていて青空が広がっていただけに悲しい光景だった。
3人はそれでも何とか福田の民宿に着いた。ヘドロの臭い。もうめちゃくちゃだった。
がれきや泥で1階部分は埋まっていた。
中から硬いものがぶつかる音がしていた。そして福田が瓦礫の入ったコンテナを持って外に出て来た。
3人はただ福田を見ていた。それは20秒くらいだったが、何分もずっと見ているように綾は感じた。
「あっ?!」
福田が3人の存在に気づいた。
「中嶋。着いたんだ。それに横山のみなさんも。ありがとうございます。」
着いたのはもう3時だったが、3人は福田とかたずけを手伝った。
夕方が過ぎ、もう暗くなっていた。
「本当にありがとうございます。何て言ったらいいのか。」
福田の言葉に
「いいんです。もっと早く来ればよかった。」
と、妙が答えた。
「今日は私たち、原町のホテルに泊まって明日またかたずけを手伝うから。」
綾が福田に言った。
「原町で美樹とか佐野なんかも来るから、みんなで食事をしよう。」
福田がパッソを運転して、原町に向かった。
ホテルに荷物を置いて一休みして原町の居酒屋に3人は行った。もう、昨年の年末に一緒にバスケをした4人が集まっていた。
「綾、それにみなさん。来てくれて本当にありがとう。」
岡田 美樹がちょっと涙声で言った。
岡田の職場の特老ホームは津波に流されてしまったとのこと。原ノ町3高には他の2つの高校の生徒が震災後に合併。それでも生徒の多くは避難しているとのこと。片倉 由佳も図書館以外のさまざまな仕事をせざるを得ないこと。
バスケをしてから約半年。みんなのあれからの話しを綾たちはじっと聞いていた。
「進一郎は?」
綾は美樹に聞いた。高橋 進一郎はこの集まりには来ていなかった。
「いつ帰れるかわかんない。」
「そう。大丈夫なの?」
「わかんない。」
原発の職員の高橋がどうしてるのかは、仲間も詳しく知らなかった。
3人はホテルに戻った。3人とも、あまり酔えなかった。
布団に入って横になりながら明香が言った。
「大変。」
「本当。」
妙が答えた。妙はまだ布団に座っていた。
「来なければわからなかった。」
「来てよかった。いや、もっと早く来ればよかった。」
綾は座卓の所にいた。
「もっと早く来ればよかったのは私。先輩たちは本当に良く来てくれた。」
「車じゃなきゃ無理だよ。」
妙が綾に言った。
明香がつぶやいた。
「もっと早くは、私たな。」
妙と綾は明香のその言葉をしばらく感じていた。
「さや。バスケ、周さんのために。」
妙の問いかけに明香は軽い笑顔だった。
「バスケ、辛かった。母親が結構いい所まで行ってたバスケ選手でね。」
「お母さん、バスケ選手だったんですか?」
「私もミニバスまでは、楽しかった。でも、バスケの強い女子校に入って、中、高バスケ漬。」
「インターハイに行ったんだって。」
「私はスタメンじゃ無かったけどね。」
「明香先輩は図抜けています。」
「大学からはバスケやって無い。」
「でも、やってる。今はやってる。」
妙が問いかけた。
「今は本当にバスケ楽しい。ミニバスの頃のよう。ただ。」
明香は天井を見ていた。
「少し遅かったかも。」
3人は布団に並んだ。
「あんた、本当に家に行かないの?」
妙が綾に聞いた。
「いいんです。もう、別々だし。ずっと遠く離れていていまさらって感じ。」
それ以上、妙も聞かなかった。
3人は翌日の8時から2時まで、福田の民宿のかたずけを手伝った。岡田、佐野、片倉も来ていた。