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ナイショの会長、僕が?

 厚生労働省は2001年の設立となっています。この話では厚生省にしておきます。

 ここは年金会館です。

 今日は厚生省の担当官に、審議中医薬品について説明することになっています。海外導入の新薬で、数社が同時に申請し、共同販売することになっているのです。そのための説明を主幹事会社が行うのです。こんなことは東京で行われるが普通ですが、大阪の製薬メーカーの社長が一同に揃ってお願いすることもあってここでやることとなったのです。これは異例なことで・・・とまあこんな難しいことはうら若き秘書達にはさっぱりわかりません。

 ともかく、国の偉い人に、自社のの会社の人が説明し、それを他社の社長も聞くという大事な日なのです。担当なった小野義製薬、その秘書の香坂ユカリは大変です。


 スライドプロジェクターの設定、スライドの確認、配布資料のコピー、打ち合わせと大変です。お節介やきで、いっちょ咬みが大好きなの主人は、会議室の掃除や準備を手伝っています。主人が手伝うと、主人といつも一緒に行動している武山薬品工業の須藤優子さんも手伝うようになり、だんだんとみんなが手伝うようになりました。


 今は、コピーした資料をテーブルに一部ずつおいています。これで準備完了です。

「社長さん達が来たわ。」

「あの人が審議官なのかしら。」

「早くでましょう。」

 女達がバラバラと出てくるのに、入れ替わりに男達が入室していきました。


 ここは、小会議室です。大事な会議なので、準備室として1室借りているのです。各社の秘書達が待機しています。みんなで、本日の資料を見ていました。でも、内容を理解する頭を持っているのは少ないです。

「へぇ。すごいわね。グラフに絵図もよく出来ているわ。」

「ホントだね。ワープロでよくやるよ。」

「作ったのは薬事部のひとよ。私はコピーしただけ」

 そう言いながら香坂さんはまんざらでも無いようです。

 須藤さんが資料をみて首をひねっています。

「ん? この資料へんねぇ。18、19、20のこの辺りの文書の繋がりが変だわ。うん、たぶんページ飛んでいるわ。」

「え? ウソ。そんなばかな。」と香坂さんが青くなります。

「ページ番号は飛んでないけど。」と言う主人。

「でも、文頭の始まり方が変でしょ。なんかこの間に1ページある気がする。」

「確かにへんねぇ」

「うーん。ちょっと、目次とページを確認してみるとわかるよ。」と主人が提案します。


 しばらくして、判明しました。

「うん、この薬理相互作用について書いた図表、図20がないね。」

「どうしよう。もう、会議が始まっているわ。」

「いまから取りに戻る?」

「原稿は奈良の研究所の開発で作ったのよ。2時間はかかるわ。もう終わりよ。」

 香坂さんは机に突っ伏して泣きだしてしまいました。


「香坂さん。終わりじゃ無いよ。会社に原稿があるだろう。すぐにFAXで送って貰えればいいよ。」と主人がなぐさめます。

「下の事務所に送ってもらうといいわ。」と須藤さんがいいました。

 早速、電話をして、FAXしてもらうことになりました。


 ここは1階の事務室です。

「あっ、来た来た。よかったぁ。」

 しかし、そのFAXをみて、唖然とします。とんでもない問題がありました。FAXの解像度が低いのです。

「だめだわ。小さな文字がつぶれている。とても使い物にはならない。」

 さすがにどんよりとした雰囲気になりました。

 しかし、主人はあきらめません。エライ!

「読めないことはないよな。ならば作りゃ良いんだ。」

「ええー!」

「なんていうことを!」

 みんなは、主人のとんでもない発想に驚きます。

「これはたぶん、オアシスだろ。おんなじのが事務室にあったぞ。できる。」

「時間が・・」

「間に合わせるんだ!」

 主人は振り返って事務所の事務員さん頼みます。

「済みません。ワープロ貸してくれますか。」

「良いですけど・・」

 

 無関係を装っていた他の秘書達も、さすがに主人の行動に興味を示し始めます。

「なんかあったの?」

「どうも、幹事会社の資料に抜け落ちがあったらしいの。」

「あらあら、大変ね。」

「それで、どうすんの。」

「FAX原稿をもとに作り直しているらしいの。」

「よくやるわ。小野義製薬のミスでしょ。日下部さんや須藤さんは関係無いのに。」

「それができないのが、あのオカマ社員なのよ。」


 ワープロを打つのは一番早いです。グラフも巧みに作ります。

 その主人がうなって手が止まりました。

「くそ!これはなんて書いてあるんだ。医薬用語は漢字が難しい。」

 すまして、単行本を読んでいた秘書の一人が初めて口を挟みました。

「これは、循環器系の新薬でしょ。敗血症じゃないの。たぶん間違いないわ。」

「どうしてわかるんだ。」

「ウチの会社に似たくすりがあるの。これくらい常識よ。」

(この女・・・だったら早くいえよ。)

「どれ、わたしにも見せて。」

「そうか。僕は薬は素人だけど。みんなはプロなんだ。コピーするから教えて。」

 主人は食品研究員でしたので、薬は弱いのです。一方、秘書達には薬学部出身の人も多くいます。


 いつのまにかに、全員がわいわい言いながら、みんなで作成していました。

「できた!」

「早速、コピーね。」

「頼むよ。」


 コピー束をもって会議室の前に来ました。しかし、明らかに会議は始まっています。説明の真っ最中のようです。さすがに中に入るのはためらわれます。

「あらあら、完全に始まっているわ。」

「ちょっと時間がかかり過ぎのたのね。」

「どうしましょう。」

「休み時間までまつ?」

「そんな時間ないわ。」

「やれやれ、無駄骨だったわね。」

 次々と勝手なことを言っていますが、主人はあきらめていません。


 主人は怖い顔で目を閉じてじっと考えています。

「いや。配っちまおう。」

「えーーえ。」

「そんな。」


 強い意志で、しかも、低い声で言いました。

「いいか。止まらない。説明はしない。しかも、迅速に堂々とやるんだ。」

 そう言って、コピー束を数部ずつに分けて手渡します。

「えー。ホントにやるの。」

「いままで苦労が水の泡になっちまう。やろう。みんなだまって手だけ動かせばいい。あとは僕が話す。」

 主人はそう言って、目をつむり、一呼吸します。

 紙束をもった数名の秘書達の手にも汗がにじみます。

「さあ、レッツ、ゴー。」といってドアをバンと開け放ちます。


 スライドが照らされる暗い室内に、明るい光が突然差し込みます。そこには、数名の女性の影がありました。

 突然のことに、みんなは何があったのかわかりません。

「会議中、失礼します。」と主人はにっこりとして会釈します。


 すると女達はざざと部屋の中に散ってゆき、一人一人に紙切れをわたしてゆきます。

「19ページの資料、図20でこざいます。」

「おいおい、これは何だ。」

「19ページの資料、図20でこざいます。」

「えっ、説明会の最中だぞ。」

「19ページの資料、図20でこざいます。」

「おい、香坂、須藤、これはなんだ。」


 だれも何も答えません。あっという間に配り終えると、一斉に引き上げていきました。

「会議を中断し、申し訳ありませんでした。それでは、続きをどうぞ。」と主人は軽く会釈してすまして、最後に退出していきました。


 主人はドアを背に大きく息しました。額に汗をにじませています。

「ひぇー。終わった。ドキドキした。」

「どう?様子は・・」

 細くドアを開けて片目で中の様子を伺います。


「一体、あれはなんだ。」

「資料の追加ですか。」と審議官が質問しました。

「いえ、そんな予定ありません。」と説明中の担当者がこたえます。

「図20と言っていたな。おお、確かに、図19から図21に飛んでいる。」

「こりゃ、コピーミスだな。」


 3人の審議官は、ペンライトで資料を見ています。そして小声で相談をしています。その一人がいいました。

「事前にもらった資料の19ページの図20が、本日資料に抜けているようですね。」


 小野義製薬の出羽社長が説明者しかりつけています。

「秘書にすべてを任せるからこんなことになるんだ。」

「もうしわけありません。配布資料の確認を怠っていました。」

「特に事前資料との間に差異は無いようです。詳しくは後で確認しますが、問題有りません。続けてださい。」

「審議官、そう言って頂くと助かります。ウチの香坂のミスです。もう訳ありませんでした。」

「配付資料のコピーミスか。よくあることだな。」

「いやいや、ウチの日下部が中心になってやっとった。何か粗相をしたのかもしれん。お茶をこぼしたとかな。」

「それはないでしょう。」

「いやいや、あいつは、おっちょこちょいだしな。はははは。」

「まあ、続きを・・」


 のぞいていた主人は真っ赤になって怒っています。

「あのエロじじい。勝手なことをいいやがって!」

(エロじじい?自分の会長にとんでも無いことを言う人ね。日下部さんたら・・)


 にっこりして主人か親指と人差し指で輪を作っていいました。

「大丈夫、OKだよ。」

 一瞬の間を置いて喚声が上がります。

「キャー」

「良かった。」

「やったわね。」

「みんな静かに!」

 喚声は分厚いドア越しに会議室にも漏れていました。

 一瞬、何事かと思いドアを眺めると、再び主人が顔をだして平謝りしておりました。

 だれも気がつきませんでしたが、ブラウスの胸に濡れたあとがありました。たぶん、香坂さんの涙でしょう。


 ここは、中之島バラ公園です。穏やかな陽気に、多種のバラが咲き誇っています。積み上げたお弁当の空を脇目にベンチに主人、須藤さん、香坂さんの3人がならんですわっていました。


「良い天気ね。」

「大阪のこんな近くにこんなとこあるのしらなかったわ。」

「昼休みにこんなところでお弁当でなんて・・」

「たまには良いだろう。この日だけは2時にもどってもいいと認めてもらうのに手間を食ったけど。」

「よくやるわよ。社長さん達を一人ずつ捕まえて、頼んでまわるんだから。」

「ははは、でも、たがが外れたのか、はしゃぎすぎじゃないか。」

「確かにねぇ」

「あっ、あいつ大丈夫かな。あんなとこに登って」

「ホント、危ないわ。」

「あら、落ちた。ケガをしてないかしら。」

「大丈夫みたいだな。」


 香坂さんが主人に謝ってます。

「この度は、本当にありがとうございした。」

「しかし、僕達の悪事、どうしてばれたんだ。」

「FAXを研究所にたのんだでしょ。うまくいったかとの連絡が薬事の人に電話があったのよ。それで何かおかしいとばれちゃて。改めて資料とスライドを比べる微妙にちがうのに気がついたわけ。」

「なるほど。」

 香坂さんが続けます。

「しかし、あの時間であれだけのことを出来たのに感心していたわ。」

「いやあ。みんなでやったからできたんだよ。」と照れていう主人です。

「いえ、社長が、くれぐれも、日下部さんにお礼をいうようにと」

「それは、今日もらったからいいよ。」

「ホントにちゃっかりしているわ。出羽社長が何かお礼をしたいといったら、すかさず、弁当20個くださいというだもの。」と言うのは須藤さんです。

「ははは、まえから、中之島バラ公園ツアーは考えていたからな。」

「日下部さんも、とんだ濡れ衣を着せられてたけど。本当のことが知れてよかったわね。」

「うちの会長はまだ信じてないみたいだけど。」


 ここは、とある飲み屋です。ワイン専門店です。

 ワインに料理、それに居並ぶ美人達、一体なんの会合でしょう。そのなかで、ひときわ背も高く化粧美人が一人にこにこしてすわつています。そのとなりの知的な美人が立ち上がり言いました。武山薬品工業 社長秘書の須藤優子です。


「それでは、女性秘書懇親会の『ナイショの会』の会長の日下部さんに乾杯の音頭をとって頂きます。」

「ええ? ナイショの会長、僕が? いつからそうなったんでよ。」

「あら、ナイショの会を立ち上げ、命名し、リードしたのは誰よ。」

「えー。これは秘書会の懇親会だろ。須藤さんに決まっているじゃないか。僕は世話役だろう。」

「何言っているのよ。閉鎖的だった秘書会を解放したのはだれよ。だれかれなく、みんなが手伝うように変えたのはだれ?この中でこの人の世話になったこと無い人いる?この人の言うことを聞くのは嫌という人いる?」

 

「・・・いるわけ無いわよ。」

「そうよ。日下部さん以外にあり得ないわ。」

 

「わかった。それじゃ。『ナイショの会』の今後の健闘と発展を祝って、カンパイ!」

また、昔話でごめんなさい。スライドプロジェクタも無くなりましたね。パソコンにつないで画面を表示するプロジェクタではありませよ。ポジスライドを投影する器械です。カセットに順番にセットしておけば、有線コントロールで1ずつ表示してくれる器械です。 それから、電子メールも携帯もありません。今ならば、電子メールでデータを受け取りパワーポイントのページを差し替えればおわりなので、こんな大騒ぎはなかったはずです。 尚、製薬会社の読者もいるでしょうから、ばらしちゃいますが、医薬品の申請や審査は東京でやります。こんなことはありえません。

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