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デビュー戦だ!

 ここは、薬業年金会館です。今日は大阪薬業連合会の理事会の日です。この日ばかりは黒塗りの社用車ずらりと並びます。そして、その車の中から、紳士と淑女が降りてきます。大阪薬業連合会の製薬会社の社長や会長とその秘書なのです。


 黒塗りの車から、藤本会長がでてきました。尾崎さんは扉の側で降車を手伝ってします。早いです。本来の秘書の主人は何をやっているのかしら。一緒に乗っているはずなのに・・


「お早うございます。藤本会長。」

 声を掛けたのは小野義製薬の出羽社長です。ちょっと小太りのおじさんです。

「おお、出羽君か。」と言う会長の後ろには、尾崎さんと主人が立っています。

「へえ、このが東亜製薬のウワサの新人ですか。」

「日下部というんじゃ。」

「よろしくお願いします。」としおらしく挨拶します。訓練の成果です。

 藤本会長は尾崎さんより少し背が低く、主人の胸ぐらいしかありません。

「でっかいじゃろ。ちびのわしに対する嫌味かとおもうたわ。この通り、近づくと胸しか見えん。」

「確かに・それでは見えませんな。」

「こいつを研究所から引き抜いたのはわしじゃが、こんな具合だったんで、初めてあったときも、このデカパイしか覚えておらんかった。何しろ、このデカパイに隠れて、顔がみえんかったでの。」

「エー。会長、初耳ですよ。クリスマス会で見初められて、引き抜かれたって聞いたけど。気に入ったのは顔じゃなくて、このおっぱいてこと?」

「あたりまえじゃ。みえんかったからのう。」

「ひどいなあ。」

「そんなことないよ。気に入ったのは、この美貌と頭脳に決まっているよ。ねぇ、ミキちゃん。」と声を掛けたのは、若竹社長です。

「あ、これは、若竹社長。」

「ほう、さすがは業界のプレイボーイ。東亜の新人の下の名前もご存じですか。」と出羽社長がからかいます。

「あったぼうよ。電話番号も知っているぜ。」

「社長、変な言い方しないでください。それって、名刺にあった秘書室の代表番号でしょ。」と主人は本気で否定します。

「はははは」

「今度は個人のも教えてよ。おごるからな。」

「日下部、気をつけろよ。今度は恋人扱いされるぞ。」

 お偉い方々は、そんな冗談をいいつつ会期室に入って行かれました。


 会議室の前には小さなホールがあり、そこは秘書の待機室となっています。そして、ずらりと背もたれの高い同じデザインの椅子が並んでいいます。社長達が会議室に入ると、みんな三々五々に自分の席に戻ります。仲の良い者同士はしばし小声でおしゃべりもしています。


 尾崎さんが胸の前で拳を握り、ファイティングポーズをとって言いました。

「いよいよ、デビュー戦ですね。一発目が肝心ですよ。」

「おいおい、プレッシャー掛けるなよ。」

(デビュー戦?・・これってやっぱ戦いなのか。怖ぇ。)

「さてと、まずは、ボスに挨拶にいきましょうか。」

「ボス?・・だれだろ。」

 そう言って、書類の束を確認しつつ、他の秘書に指示をしている女性に声を掛けました。確かにボスといわれるだけ会って、聡明そうで貫禄があります。身長は160ぐらいでしょうか。


「須藤さん。よろしいでしょうか。」

「ん?」

「お忙しいところすみません。こちらが電話でお話ししました。日下部です。」

「日下部美希です。よろしくお願いします。」

「あら、そうなの。私は、武本製薬工業の須藤です。失礼だけど。名前を言うときは社名を付け加えるものよ。」

「失礼しました。東亜製薬の日下部美希です。」

(うーん。言葉の中にに殺気を感じるなあ。すげぇや)


「ふーん。東亜製薬もやるじゃないの。なかなかの美人ね。研究出身とか言っていたから自社員なのね。」

 前にもいいましたが、頭が良くて美人という秘書をもつことは大変なことなのです。自前の社員で調達できるということは、大会社の証です。


「そうです。しかも、私よりずっときれいでしょう。背が高すぎるのと男ぽいのが欠点なんですけと。」と、尾崎さんは、男とばれないようにさりげなく男ぽいと言ってくれたようです。


「エート、あなたの席はどうしようかしら・・・」

「私の後ろ立ってもらいます。皆さんに紹介したら、私、帰りますから・・・。その後、私の椅子をつかってもらいます。」

「それはいいわね。席替えするのも大変だから。悪いけど少しの間だから立っていてもらえる?」

「はい。」と主人がいったとき、別の人が須藤さんに声を掛けてきました。


「ちょっと、須藤さん!・・・あっ、お話し中すみません。」

「いいのよ。もう、終わったから。何かしら。」と言って、そこから離れていきました。


「あの人が女性秘書会のリーダー須藤優子さん。」

「へえ。」

「東京大学薬学科だそうよ。それであの美貌、さすが業界ナンバーワンでしょ。」

「へぇ。」

「あたまが良くて、温厚で気さくな人よ。」

「へぇ。」

(頭がいいのは確かだな・・・僕は怖い人だと思ったけど。研究畑出身ていつ聞いたんだろ。)


 そろそろ、みんな席に着き始めました。紹介タイムが近づいたことを察したようです。小さな声が聞こえます。

「あれが東亜製薬の新人? 尾崎さんの後釜らしいわ。」

「モデル並の身長ね。派遣かしら。」

「東亜製薬も無理したんじゃないの。」


「久しぶりね。あの席が空席じゃないなんて、今日は最後までいるのかしら。」

「私達が何度言っても須藤さんは、あの席は動かさなかったわね。」

「あの子がやめてから、社長秘書と兼任の尾崎さんは、実質この仕事してなかったじゃないのにね。」

「今度の子は大丈夫なのかしら。」

「また、入院したらお笑いよね。」


「あの子が新人?ちょっと化粧が濃すぎるじゃないの。」

「あの胸、ウシ並みね。気持ち悪い。」


 厳しい視線と嫉妬の念、主人はなんだか嫌な気分にになってきました。


「そでは、尾崎さん。新人さんの紹介を」

(おぉ、来ちゃったよ。) 

 主人と尾崎さんが小ホール中央にでます。

「ご紹介します。本日より藤本のお供をすることとなった。日下部美希です。」

「よろしくお願いします。」

「さあ、後は自己紹介をお願いね。」

「はい。」


「自己紹介します。」と一呼吸おいて主人は続けます。


「最終学歴は、大阪大学理学部化学課修士課程、入社8年目の32歳です。」


「あら、意外とお年を召しているじゃないの。最高齢じゃない。」

「指輪が無いわね。あの年で独身なのかしら・・」


「つい、1ヶ月前までは、食品の研究でフラスコを振っていました。秘書の仕事はまったくの素人ですので、よろしくお鞭撻べんたつの程お願い申し上げます。」


「身長は185センチ、体重は65キログラム、趣味は、絵画、写真、パソコン、ハイキング、スキー、ソフトボールなど。運動オンチなので、スポーツはそう得意ではありません。」


「へぇ、趣味にパソコンというのは珍しいわね。女性は機械オンチが多いから。」と言うのは、須藤さんです。


「そうですか。」と言ってさらに一呼吸。


「ちなみに、スリーサイズは、95-58-75のDカップ。ナイスなプロポーションにこの身長。本来はモデルをやっていてもおかしくありません。ひとつ重大な欠点がありましてできないんです。それは・・」


 ここで、会話を止めます。そして、指を1本立てて、ナイショのポーズ。

「これからその秘密を話しますから、お耳ウチを。こっちに集まって下さい。」

 みんなは、思わず立ち上がり、主人の周りに集まります。

「良いですか。ナイショですよ。」

(日下部さん。まさか!それは言ってはダメよ・・)


「実は男なんです。ほら、証拠の免許証です。本名は日下部拓也といいます。」とにっこりと笑って運転免許証を見せました。

「えーー。うそ。」

「オカマなの。」

「信じられない。声も高いのに。」


「原因は不明ですが、ある日突然、生理が始まり、胸が大きくなって女性化しました。性器は生まれつき両方会ったみたいです。未だにちゃんと機能しています。」

「おちんちんもちゃんとあって、立つんですよ。見せましょうか。」と笑い顔で、スラックスのチャックを開けようとします。


「え!日下部さん。それは・・」

「そうでした。すみません。」と恥ずかしそうに笑いました。


 一転して真剣な顔で続けます。

「いいですか。これは、ナイショの話ですよ。皆様はこれから苦楽を伴にする仲間です。秘書仲間だと信じて打ち明ける秘密ですよ。」


「あらら、男ぽいんじゃなくて、男だったのね。だまってりゃいいのに。困った子ねえ。」と須藤さんは小声でぼやいています。

「すみませんねえ。」と尾崎さんは、須藤さんに謝ってます。


 主人はまだ続けています。ここからがうまい。

「薬業界の秘書会にオカマが社員がいる。これをマスコミが興味本位で取り上げたら大変なことになりますよね。秘書のプロたるあなた方ならマスコミの怖さも知っているはず。あなた方の一言が業界の恥をさらすことになるんです。くれぐも秘密にお願いします。」


 そこへ、須藤さんが合いの手をいれます。さすがです。

「わかったわ。秘書のプライドに掛けて業界の恥は漏らすなということね。私達もプロよ。軽々しくくちにしないわ。ねぇ、皆さんそうでしょ。」

 みんなも頷きます。これで、みんなは噂話すらやりにくくなりました。


「あれ、それでいいんだけど。僕って、そんなに恥な存在なの。」

「何言っているのよ。自分で言い出したことじゃないの。私達は言ってないわよ。」

「そうだっけ。」

「ふふふふ。」

「ははは」

 嫉妬や妬み、ライバル意識をいつの間にかに吹き飛ばし、強い仲間意識をいつのまにかに植え付けていた主人でした。主人はうまく秘書会に溶け込むことができたようです。そして、主人のおかげで秘書会がどんどんと変わってゆくのですがそれは、今後の話です。


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