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花嫁修業? もとい、女修行です。

「おはようございます。」と元気に主人が出勤してきました。

 きれいに化粧をしており、黒のスーツとスラックスです。靴も黒のハイヒールです。

「重役出勤だな。」と皮肉をいう角川さん。

「ひどいなぁ。角川さんが昼からでいいといったんじゃないですか。慣れない化粧を4時間もかけてしてきたのに。」

「4時間も・・・」と尾崎さんも絶句しています。4時間もどこを化粧をしたのでしょうか。謎です。言っておきますが、当時はBBクリームや液体ファンデーションといった便利なものはありません。時間はかかかるでしょうが、これはちよっとかかり過ぎかも・


「さてと、今日からの女修行、間違った。女性研修の予定表よ。全部、個人レッスンを頼んであるからおわったら、サインか印鑑をもらってきて。」

 そう言って、1枚の紙を渡しました。そこには、びっしりとレッスンの予定が・・

「わぁ! 華道、茶道、着付け、作法、料理・・これって、花嫁修業とまちがっていませんか? 社交ダンス、バレエまでありますよ。」

「一定レベル以上はクリアしてもらうわよ。テストするからね。真剣にやりなさい。」とにこやかに答えます。

「ひぇーーー。」

 本人は気がついていませんが、これはすべて会社負担です。会社の威信をかけて、どれだけ金をつぎ込んでもよいから、女性秘書として鍛え上げろと厳命されているのです。


 そこへ、梶尾室長が黒いスニーカーをもって秘書室へやってきました。主人は一瞬で青い顔をします。

「これ、だれのだ。男子トイレにあったぞ。」

「あっ!それは・・」

「ふふふ、男子トイレとは考えたわね。室長それ捨てといてください。」

「そんな!」と主人は抗議しますが。

 梶尾室長は、よく理解できなくて怪訝な顔をしています。

「捨てられたくなかったら、ちゃんとハイヒールで出勤してくることね。」

 主人はただうなだれました。


 藤本会長と尾崎さんが話しています。外出から帰ってきたところなのです。

「最近は、あののっぽみないなあ。異動してきたんだろ。」

「いま、花嫁修業中です。」

「花嫁修業?」

「言い間違えました。女修行でもなくて、えーと、女性研修中です。女らしくなるように、いろんなレッスンを受けているですよ。」


 ここは、華道教室です。花瓶を前に花を生けています。

(ああ、足が完全しびれたぞ。どうしよう。)


 ここは、茶道教室です。茶室のいろいろな名称を教わっています。

(なに? にじり戸?ちょっと待ってくれ。こんなの覚えれられるか。)


 ここは着付け教室です。

(えー、ちょっと待ってよ。あれ、このひもは何だ。どうしてあまつているだ! 先生、も一回!)


 ここは、社交ダンス教室です。きれいなお姉さん相手にダンスのステップをならっています。

(女性相手に、女性のステップかよ。本当は男のステップを覚えたいのに・・しかし、社交ダンスなんてやる機会あるのかな。)


 ここは、料理教室です。主人はアジを3枚におろしていました。

(そうだな。きっと、釣り好きの会長の知り合いが、釣った鯛をもってきて、これを捌いてくれというんだ。秘書は、それを3枚に下ろして、造りとして出すんだ・・・・て、ことあるか!絶対に秘書にはいらんと思う。)


 ここは、地下室のロビーです。自動販売機が並び、ちょっとしたテーブルと椅子がおかれています。いました。主人がスーツを着てテーブルでなにやら本と格闘しています。そこへ、尾崎さんがやってきました。

「何やっているですか。日下部さん。」

「やぁ、華道の復習だよ。今日、ペーパーテストがあるんだ。」

「大変ですね。角川さんは、茶道や華道は師範の免許もっているから。」

「あのひと何もんだ?大型免許に船舶4級ももっているといっていたぞ。」


 そのとき、主人のポケットでブザーがなりました。

すると、コンパクトをだして、顔の確認をしています。

「うう、左のほおがすこし崩れているな。塗り直さないと。細かいからなあ。」

「そのブザーは何なんです?」

「2時間置きに鳴らして、化粧を確認するんだよ。習慣が付くまでと持たされているんだ。」

「はぁ・・」と尾崎さんに呆れられていました。


 ここは秘書室です。角川さんが1メートルはある定規を磨いています。

「さてと、今日からこれの活躍する時期ね。」

 嫌な予感がした主人は尾崎さんに聞きました。

「あれは何?」

「シツケボウよ。私も昔はよく・・」と言うのは尾崎さんです。

「いよいよ。あれが始まるのか。かわいそうに。」と梶尾室長も嘆いています。この部屋に彼女に意見を言える人はいません。

「え?何が・・」


 にこりと笑って角川さんが声をかけました。

「日下部さん。こっちへきなさい。」

「はあい。」といって立ち上がりました。角川さんに近づくと、定規がスラックスの太股にぴしゃり!

「アイタ!」

「座っている人の話はしゃがんでききなさい!」

 座ると姿勢が悪いと言ってぴしゃり。

「今日から、ビジネスマナーの特訓を始めます。」


 ここは応接室です。

「応接室での仕草は完璧に女を演じてもらます。習慣化するまで繰り返すからね!」

 主人がお茶をもって入ってきました。早速、定規が足に飛びます。

「ほら、膝が開いているわよ!」

 すわって、お茶を出そうとすると、手に定規が、思わずお茶がこぼれます。

「お茶は両手と言っているでしょ!」

 両手で出すと、頭に定規が!

「こら、出す順番が違うでしょ。」

 やっとの思いて、向かいにすわると膝に定規が飛びます。

「こら、秘書のくせにエラそうに反り返るんじゃない!」

「・・・・」

「では、もう一度繰り返しよ。」

「はあい・・・」

 そして、3時間後、元気な角川さんとげっそりとした主人がでてきました。主人は「はぁ、はぁ」と言っています。かなりエネルギーを使ったようです。かわいそうに・・


 1月半ほど立ちました。秘書室です。受話器をおいて角川さんが言いました。

「会長に来客、ワカタケ製薬の若竹社長。第1応接に案内して。」

 尾崎さんがすくっと立ち上がります。

「はい、第1応接に若竹社長ですね。」

「ちょっとまって、日下部さんが対応しなさい。」

「え?僕が・・」

「ふふふ、いよいよ。応接室デビューですね。がんばってください。」と嫌な笑いをする尾崎さんです。

「主婦の公園デビューじゃあるまし、からかわないでください。」

「初めてなので、尾崎さんがフォローについて行きなさい。」

「はい。」「はぁい」


 5階のエレベータホールです。エレベータを降りると、紺の制服を着た若い女の子と、スーツ姿の背の高い美女が待っていました。

「いらっしゃいませ。」

 2人も待ってることにいきなり驚かされます。

「え?」

 背の高い美人が応接室に案内してくれました。

「会長をお呼びしますので、こちらでお待ち下さい。」

 程なく、藤本会長がせの高い美女に連れられてやってきました。若い女の子は何故か一言も発せず、影のように付き添っています。


「すげぇな。おまえところはいつも2人で応対するのか?大手はすごいな。」

「ばかな。のっぽのやつは、修行中なんだよ。へまをしないようにちっこいのが付き添っているだろ。」

「へぇ、あの背の高い美人か?いいな。」

「ああ、4月の理事会にお披露目予定だったんだが」


 コンコンとノックの音がして、主人が入ってきました。軽く会釈します。

「失礼します。お茶をお持ちしました。」

 膝をついてすわり、テーブル上に、お盆を置き、両手でお茶をもって若竹社長のまえに置きます。そして、伏し目がちに、いいました。

「お茶をどうぞ。」

「いやぁすまないね。」

 そう言って、若竹社長は胸ポケットから名刺を取り出します。

「ワカタケ製薬の若竹修一だ。名刺はあるかね。」

「はい。」と言って、主人は上着のポケットから名刺を取り出しました

(あっ・・)と小声を発する尾崎さんです。

「若竹修一さまですね。私は日下部美希です。よろしくおねがいします。」と名刺をだしていいました。

「ほう、美希さんかかわいい名前だな。」

「そうですか。」

「こいつは、業界きってのプレイボーイだ気をつけろよ。」とからかう会長です。

「ひどいなぁ。誤解するじゃないですか。」

「失礼します。」と2人で挨拶して、応接室をでました。


「ああ、緊張した。」

「お疲れ様、ほぼ合格です。1点失敗がありました。」

「なんだろ。」

「名刺を渡したことです。」

「え?」

「『秘書は来客者に名刺を渡すべからず。』秘書は会長の影です。持ってないふりとをしないといけないんです。」

「エーー。じゃあ、なんで名刺を作ったの。」

「1人で自分の身分を証明するときです。同じ秘書同士か?お使いに出たときとかですかね。」

「いつも側にいるのに、そんなのめったに無いじゃないか。」


 応接室です。

「なかなか、かわいい子だな。プロポーションもいい。いくつだ。」

「デカ乳じゃろ。三十路だよ。」

「なるほど、それで落ち着いているだな。こんど誘ってみるかな。」

「また始まった。うちの秘蔵っ子だ手を出すなよ。」


 地下室のロビーです。田口主任と井村さんが、コーヒーを飲んでいました。そこに、主人がやってきました。自動販売機でカップ式のコーヒーを買っています。

「おう、日下部、久しぶりだな。」

「あら、田口主任、お元気ですか。」

「ここにすわれよ。」

「はい。」

 主人は椅子を動かしそっとすわります。内股で、膝頭がぴったりとくっついてます。

「すっかり、女らしくなったなぁ。」

「毎日、必死こいて女修行してますからね。」

 ほおに手の平をあてながら、主人はいいました。

「化粧なんか、毎日、2時間かけてフルメイクしていますからね。」

 ずいぶん、慣れてきたようですね。でも、まだまだ時間がかかりすぎですか・・

「大変だな。仕事はどうだ?」

「やっと、応接デビューしました。」

「応接デビュー?」

「子連れ主婦の公園デビューをもじったんですよ。初めて、来客に応接室で対応したんですよ。緊張しまくりでした。」

 そう言いながら、右手でカップを持ち、左手を底にあてて、そそそっとした仕草でコーヒーを飲む主人でした。

(え? こいつこんなに女らしかったっけ。)

「女修行ということで、研修受けていますけど。おかしいんですよ。お茶に、お花、着付け、さらに、料理教室まであるんですよ。魚を3枚におろすのが秘書の仕事にあると思いますか?」

 そう言いながら、主人はポケットからハンカチを取り出し、カップの縁の口紅を拭いていました。

「はは、そりゃ無いわなぁ。」

「ひどいでしょ。それに、化粧のことはことさらうるさくってね。」

 コンパクトを取り出して顔を確かめると、おしろいを塗ります。

 そう言うと、膝頭を会わせたまま、すっと立ち上がり、椅子をそっと戻しました。

「じゃぁ。失礼します。」

 殻のコップは、ゴミ箱の前で軽くしゃがみなが捨てています。以前ならば放り投げていましたが・・


「おい。あれが元男の日下部か?」

「見ましたか。コップの口紅をさりげなくハンカチで拭いてましたよ。なまじの女以上に女らしい。」

「あいつ、本当に元男の日下部か?オレ自信なくなってきたよ。」

 もう、完全に女です。教育とは恐ろしいものです。言葉を少し女らしくしたらいいんですが、そこはできません。男のプライド欠片があるみたいです。


 4月になりました。花嫁修業、いえ、女性研修も終わりました。


「失礼しました。」

 主人が応接室から出てきました。ドアをそっとしめています。訓練は恐ろしいものです。

「会長の来客、三友商事の元井専務へのお茶だし終わりました。」

「ごくろうさん。」

「いよいよ、明日から理事会のお供だな。大変だろうがよろしくたのむよ。」


「それなんですがねぇ。なんか変なんですよ。こないだ総務の女の子に話したら急に顔色が変わってね。『大変だろうけどがんばってね。』と言うんですよ。」


 尾崎さんの顔が変わりました。下を向いています。角川さんは苦笑いしています。

「ここもあやしい。何かあったんですか。」

「いや、別に・・」と言って室長も視線をはずします。


「角川さん、やっぱり、あの事件のことは話しておいた方がいいですよ。」

「そうね。」

「やっぱり、なんかあったんだ。」


 角川さんが語り始めました。

「実はねぇ。あなたの前任者の総務出身の古賀という女の子がやめたの知っているわね。その原因は、会長のお供が嫌というじゃなくて、理事会のお供が原因でやめちゃったの。」

「それどういうこと?」

「その前の子が、妊娠が理由でやめたんので、総務で受付していた美人を急遽スカウトしただけどね。よく気の付くいいこでねぇ。安心したとんに、理事会のお供の待機中に胃けいれんをおこしたのよ。」

「胃けいれん!」と主人が突っ込みます。


「ところが、退院した後、私には務まりませんと言って、やめちゃったです。」

「どうして、理事会のお供で、胃けいれんをおこすんですか。」

「女性秘書会についてこれなかったですよ。」

「女性秘書会?」

 尾崎さんはどんなものか語ってくれました。


「実は大阪薬業連合会という、道修町の製薬メーカーの連合会があります。運営組織として理事会があります。各メーカーから社長や会長を理事会員として出してもらっています。その理事会は、約2週間に1程度行われるのですが、理事会には秘書をつれくることが通例となっているのです。」


「この秘書が見栄の張り合いみたいなことになっていまして、各社自慢の美人で優秀な社員を選んでくるんです。まさに、会社の顔なので必死なんですよ。大手は社員を連れてきますが、中位以下になると派遣社員は当たり前、モデルもしているアルバイトだったこともあります。」


「昼休みを挟んで、数時間、秘書達はひたすら待機さされます。暇は暇ですし、2週間に1度顔を顔をあわせるので、仲がよくなりますので、女性秘書会というのができたんです。」


「なんとなく、読めてきたぞ。まるで、大奥だな。」


「そうなんです。何せ実力揃いの女達です。しかも、会社の顔です。嫉妬やライバル意識から念が飛び交います。また、女性特有の細やかさががあって、ちょっとミスると批判も受けるんですよ。だから気遣いも大変です。序列やしきたりがうるさいし、陰湿なイジメもあります。」


「なんだか、胃が痛くなりそうだ。室長!僕には無理ですよ。男なのでそんな気遣いできませんよ。尾崎さんと変わって下さい。」

「今更、何を言うんだ。会長が新人を連れてくると言っているし、若竹社長が言いふらしているだぞ。もう、引っ込められるか。」

「尾崎さんは好く平気だな。」

「私は、社長秘書とと兼任なので待機はしてません。いつもいける訳じゃないので・・女性秘書会にも入ってません。」

「あっ、ずるい。」


「なあに、変な気遣いは無用よ。弱気になると馬鹿にされるだけよ。」と角川さんははげましてくれます。

「角川さんは、そういえば4奉行の頃はずっとリーダーやってましからね。」と尾崎さんが笑って言います。

(秘書会を牛耳るなんてすごい。)

「ウチは業界12位だけど、大手3社と一緒に別格扱いしてもらっているんですよ。角川さんがリーダやっていたおかげです。」

「あのころは、理事会の創世記、今の4奉行の社長しか理事会員いなかったからね。」

「4奉行って何なんですが。」

「トップスリープラス東亜製薬を加えて、4奉行秘書と言うんです。理事会の創世記から参加していた会社ですね。それ以下の4から6位を大老、それ以下はカスとか番外会社といわれているんです。」

「それが女性秘書の序列になっていてね。みんな上を狙っているから怖いわよ。席順や派閥のもとになっているから気をつけてね。」

「やつぱり、やめたいなぁ。」

 たいそう不安がる主人でした。私だったら会社を辞めてますね。ガンバレ!


 グレグレも言っておきますが、全部ウソです。 大阪薬業連合会はあっても、女秘書会なんてありませんから。

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