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初出勤だ!

 今日は、主人の本社初出勤です。

 大阪の製薬会社がどこにあるか知っていますか?道修町というところにあるんですよ。主人は堂々玄関から入りました。従業員は別の通用門から入るのですが、そんなこと知っている訳ありません。当時は、社員証というものも整備されていませんでした。身分を示すのは名刺ぐらいいですか。ちょっと迷って、玄関に座っている受付嬢に聞きました。主人の格好は、男性用のスラックスをベルトでぎゅっとしめ、カッターシャツの背広の上着を羽織り、ネクタイでした。伸びてきた髪の毛は、後ろで束ねています。バスト85のむねはボタンがはち切れんばかりです。靴はスニーカーでした。


 秘書室です。尾崎舞さんと角川友恵さんが話しています。

「日下部さん、遅いわねぇ。」

「本社は、初めてと言うから道に迷っているかしら。」

 そのとき、電話がなりました。

「はい、秘書室です。えー、男の服を着たへんな女が来た? 秘書室はどこかといっている・・・その人は日下部さんです!ウチに異動してきたひとです。」

「尾崎さん。エレベータの出口ので迎えに行って。」

「はい。」


 秘書室は、5階にあります。5階には、社長と会長の部屋、役員会議室、秘書室、応接室、小会議室しかありません。一般社員は入ってくることがありません。全面ふかふかの絨毯がひいており大変豪華です。完全な異空間です。


「わぉ。すごい!絨毯だよ。踏んでもいいのかな。」とエレベータを降りた主人の第一声でした。

「初めまして、尾崎舞です。あ、お会いしましたね。」

「名前きかなかったけど。会長の側にいた人ですね。」

「秘書室はこちらです。」

 尾崎さんが案内してくれました。塩ビのタイル張り小さな事務室がありました。

 ドアの無い入り口より出てきたのは男性と壮年の女性です。

「おお、君が日下部さんか。私が秘書室長の梶尾郁夫だ。背が高いなあ。」

「初めまして、あんたの教育係りの角川友恵よ。」

 壮年の女性は、角川友恵さんと言うようです。


 角川さんは足の先から頭の先までじろりと見回すと言いました。

「それは背広のズボンね。男物のブラウスと背広。靴はスニーカーねぇ。」

「はい。」

「どこでひとがみているかわかりません。明日からは女性用の服で出勤してきなさい。」

「えー、スポーツウェアぐらいしか。女性ものないんですよ。」

「買えばいいんです。化粧はどうしたの。」

「化粧?できません。半年に1度ぐらいしかしたことないんで。」

「え? あんた女でしょ。」

「男です。」

「・・・そうだったわね。これからは毎日してきなさい。」

「えーえ、そんな。」

「ともかく、制服に着替えなさい。会議室に制服がおいてあります。」

「角川さん。髪の毛と化粧はどうします。」

「大丈夫よ。会長の散髪屋さんを頼んであるわ。化粧はあんたがしなさい。」

「バーバー太田ですか。なるほど、髪の毛をそろえるだけならばいいですね。」

「十分でしょ。尾崎さん案内して。」

「はい。」


 尾崎さんと主人は会議室にいきました。上等な床でりっぱな椅子のある部屋です。

「こっちから、L,LLと用意しあります。ブラウスはとりあえずそれで良いでしょ。」

「え!ここで着替えるの。」

「大丈夫です。男のひとは来ませんから。」

 主人にとっては女だから恥ずかしく無いというわけではないんですが・・・。主人がばっと胸をはだけると、豊かな胸です。

「わぁ、大きい。」

「それが悩みで・・」と笑って答えました。


 制服を着ると、バーバー太田の太田さんがやってきました。実は、会長は足が悪くあまりあるきたがらないので、よくなじみの散髪屋さんに出張してもらうのです。

 髪の毛をきれいに切りそろえて、尾崎さんに化粧をしてもらえれば、美人秘書のできあがりです。


「おお、予想以上に、女らしいな。ルックスもいい。これならOKじゃないか。」

「なあに、そのへそだしルック。」

「角川さん。いろいろ試したんですが、日下部さんは、胸が大きいんで、ベストがあがちゃうんですよ。足が長いんでスカートもLLなのにミニスカートみたいでしょ。」

「規格外の体だから、制服があってないんだな。よく似た市販品でもいいんだろ。」

「それはそうですが・・あら、黒タイツ。」

「寒いんでズボンのしたはタイツなんですよ。スカートは寒いなあ。」

「黒なんて御法度よ。肌色にしなさい。ブラジャーも濃い色のをつけているわねぇ。だめじゃないの。」

「え?そうなんですか。」

「きょうのところは、まあいいわ。会長のところに挨拶にいきますからついてらっしゃい。」

 3人で会長室へ向かいます。


「失礼します。」

「会長の担当予定の新人を連れてきました。」と角川さんが挨拶しました。

「本日、異動してきた日下部拓也です。」と梶尾室長が紹介し、書類の束を机におきます。

「よろしくお願いします。」と主人が挨拶すると、角川さんはすっと会長室を退出してゆきました。


 藤本会長は何かの新聞をよんでいましたが、主人の顔をみるとにっこりとして言いました。

「日下部?おお、君かあ。こないだのっぽ美人か。また、チチがでかくなったじゃないか。」

「いやあ。実はそうなんですよ。あれから、1センチ大きくなりましてね。こいつが悩みなんです。」

「そんなことを言うと、他のやつにねたまれるぞい。」

「いやあ。それはなってみないわからない悩みですって」

(日下部は会長のセクハラ発言に反応しないというホントだな。)と思う梶尾室長です。


 会長は主人の書類に目を通します。そこには、学歴、社歴、出身地と、ことこまかにかかれいます。

「うーん。修士卒か優秀じゃのお。しかし、研究職のものを秘書室、異動させるとは思い切ったことをしたもんだ。だれの推挙だ。」

「え? 会長が引き抜いたんじゃないんですか?」と驚く主人です。

 梶尾室長も今更何をという顔です。

「私も会長がえらく気に入ったのと聞きましたよ。クリスマス会で秘書にしたいといったと・・」

「そんなこと言った覚えはないがのう。かわいいから、井口くんの秘書にしたとはいったが・・ははあ、あの言葉を曲解したな。」

「えー。一大決心をして、異動を了承したのに。」

「それは、悪いことをしたな。うーん。いまさら人事は変更できんだろうな。」

 そう言って再度、書類に目を通します。

「ん、んーん。戸籍の名前は、日下部拓也。え?! 性別・・男なのか。」

「え?会長は知らなかったのですか。社内では有名なオカマ美人ですよ。」

「そうなのか。」

「はい、ある突然、生理が始まりまして、その後は胸は大きくなるわ、声は高くなるわ、あれよあれよという間にこんな姿になっちゃいました。」と主人は笑って説明しました。


「よくわからんが、天然のオカマというわけか。しかし、大丈夫なのか。美人とはいえ、オカマ秘書だなんて。」

(え、なに? 今更何を・・ここでひっくり返されたら。)と梶尾室長は焦ります。


「いえ、大丈夫です。生理もありますし、声も高いですし、どっから見ても女です。2ヶ月で徹底的に仕込んで女らしくします。会長との相性もいいし、会社の顔としてもこれだけの美貌の社員はそういません。大体、会長もうすうすご存じかと思いますが、あの事件以来、ウワサがひろまって、なり手がいないんですよ。4月からは理事会も始まりますし、尾崎にいつまでも兼任させてゆく訳にはいきません。その辺をどう考えているんですか!」と一気にまくし立てます。


「わかった。わかったよ。前のやつをやめさせた責任の一端もあるみたいだし、よかろう。よろしくな。」

 さすがは会長です。決めるのははやいです。


「僕も絶対の自信があるわけではないので、よろしくお願いします。」

「しかし、なんだ。そのチョッキは、ちんちくりんだな。」

「そうなんですよ。規格外の体なのか既製服は合うのがないんですよ。」

「オーダースーツにしたらどうだ。それならばぴったりするだろう。」

「はあ、ボーナスまで無理です。先立つものが・・」

「よし、それならばわしが買ってやろう。わしの失言で異動させた責任もあるしな。梶尾君、外商に連絡しなさい。」

「え?ホントですか。」

「それでは会長、早速準備をしますので・・」


 二人は、会長室をでて、秘書室へ戻る廊下を歩いています。

「すごいなあ。会長はよっぽとおまえを気に入ったんだな。こんなことありえんぞ。」

「そうなんですか。ところで、室長、秘書のなり手がないとか妙なことをいっていましたが、あれは何なんです?」

「それか・・その、ほら、会長は気むずかしい上に、セクハラ発言がおおくてなぁ。その点、おまえは大丈夫だ。ウマがあうし、さっきから聞いていると、セクハラ発言に反応していない。たぶん、男だからだろうな。」

「ふーん。」


 二人がもどり、会長がスーツを買ってくれることを伝えると大喜びです。

「えー、ホントなんですか。会長がスーツを!」

「へぇ。よっぽど、気に入られたのね。尾崎さん、早く電話しなさい。」

「はあ・・」

「これで、服のめどはついたわね。」

「尾崎さん。5階の案内をしてあげて」

「はい。」

「それから、梶尾室長は日下部さんをつれてご挨拶ね。」

「そうだな。」

 はて、秘書室で一番偉いのはだれでしょう?


 社長の部屋、役員会議室、応接室、小会議室と案内し、最後に女子トイレに連れて行ったくれました。実は、主人は会社の女子トイレに入ったことが無かったのです。

「ここが女子トイレですか。あれ、これは何なんです。靴入れみたいですね。」

「サニタリーラックよ。」

「何に使うんですか。」

「緊急時に使う個人持ち生理用品とか化粧道具とかを入れておくの。日下部さんも生理あるんでしょ。総研でもあったはずよ使ったこと無かったの。」

「あるわけないでしょ。食品研は男ばかりで、男女兼用の食品研のトイレで立ちションです。会社の女子トイレは初めてなんですよ。」

「なるほどね。この4つが来客者用、あなたのはここよ。後で名前いれとくわ。ふふふ、5階は人数が少ないから使い放題よ。」

「なるほど、それで女子トイレに案内してくれた訳ですね。女性の多い階は大変ですね。」

 知ってますか?大手の会社になるとこんなものまで女子トイレに装備されているんですよ。すごいでしょ。最近、合理化されてなくなりつつありますが・・

 

 主人は、挨拶回りです。人事、総務、経理、開発、薬事、大阪営業と各部を回ります。最後は関連事業部の食品部でした。ここは知人ばかりです。

「おっ、だれかと思えば、日下部じゃないか。」

「へぇ、とうとう、化粧にスカートかぁ。すげぇ。やっぱりきれいだな。」

「さっさと、観念して、そうしてたらよかったのに。」

「うるさいなぁ。僕は男だ、化粧なんかできるか。」

「でも、あしたから、その格好なんだろ。」

「そうだけど・・」

 まだ、観念しきっていない主人でした。


 ぐるりと回って、秘書室に戻ってきました。

「ただいま。」

「お帰り。ちょうど、相談したいことがあったのよ。」という角川さんでした。

「日下部さん、名刺のなまえどうしますか?」

「どうするって、日下部拓也じゃだめなんですか。」

「あたりまえじゃないの。そんな男みたいな名前!」

「うーん。じゃ、ミキというのにしてください。美しく希なで、美希。旅行とかで使っているから。」

「尾崎さん、お願いね。」

 しかし、さっきから、尾崎さんばかりですね。角川さんは何をしているのでしょう。


 ここは百貨店の婦人服売り場です。尾崎さんと角川さん、おまけに藤本会長までついてきています。初老のメジャーを首にかけた男性が、主人のスーツの肩をさわりながらいいました。

「これでいかがでしょう。あと、こことここをつめればいいかと思います。」

「そうね。オーダーにしなくても、つり下げの寸法直しで十分じゃない。」と角川さんがいいました。

「そうですね。」

「それじゃ。同じものを2着、スラックスとスカートも替えをつけてね。」

「わかりました。」

「それから、ついでに、今測ったもの寸法で夏物もお願い。黒なら生地は適当で良いわ。任せる。」

「おいおい、夏物まで買わせるのか。」と抗議する会長。

「フルオーダーに比べたら格段に安いわよ。それくらいいいでしょ。カイチョゥウ。」と珍しく甘い声でねだる角川さんです。気味悪いだけですが・・

 しかし、うれしそうな顔をしている主人をみて、頷くのでした。

「わかった。」

「次は、靴よ。5足はいるわね。」


 靴売り場です。尾崎さんと主人がハイヒールのかかとを指はかり抗議しています。

「角川さん、そのハイヒールは高くないですか。」

「ちょっと、高いよね。」

「5,6センチぐらいなによ。その方がいいのよ。おしとやかになるから。」

「わかりました。」

 角川さんの言うことは絶対です。


 百貨店から帰ってきました。

「角屋のフルーツポンチおいしいかったわねぇ。」という角川さんです。

 どうやら、服以外にも出費をさせたようです。

「さて、明日から女修行、言い間違えた、女性研修です。明日から、化粧して、身支度を十分調えてからきなさい。当面、午後出勤で結構です。今日のところはかえって良いわよ。」

「はあい。」

 こうして、主人の本社出社第1日目が終わりました。


 ぐれぐれ言いますが、この話はフィクションです。

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