クリスマスパーティ
まずは、研究時代の話ですか、異動のきっかけとなった話から。
私は日下部千香です。この話は、ひょんなことから、女の体となった私の主人の物語です。総合研究所に勤めてましたが、なんと秘書室に異動されることになってしまったのです。物語は、異動の原因となったクリスマスパーティーから始まります。
ここは総合研究所です。12月もなると6時頃でももう日が沈んでいます。雲の間に月がみえています。
懐中電灯がちかちかと光り、暗がりの多くの男女の声が聞こえます。
「おーい。そっちは?」
「だめだ。いない。」
「くそ!あいつはどこへ行きやがったんだ。」
ここは、食品研究所の中です。
「うーん。ここでもないなあ。」
「実験をやりっぱなしで消えやがった。」
「あれだけ、来週に回せと言ったのに・・ふてぇヤツだ。」と井村さんが怒っています。
「なんか、それは違うと思うけど・・・」
主人は動物舎の裏手に潜んでいました。懐中電灯の光が主人を照らします。
「いたぞ!日下部がいたぞ。」
「そっちへ逃げたぞ。」
主人は、あわてて建物に沿って走り出しました。ところが、建物の端より井村さんがあらわれ、両手を広げて立ちふさがります。
「もう逃がさんぞ。」
井村さんは首をがっしりと押さえて、はなしません。
「全く、クリスマス会をさぼろうとするんてふてぇヤツだ。」
「やだよー。実験が・・」
「あんなもの止めた。河村が片付けているはずだ。」
「さあ、クリスマス会へいきましょ。」
「やだよ。また女装するんでしょ。」
「当たりまえだ。おまえの女装は、今年のクリスマス会の目玉だ。」
「豪華な衣装をかりてきたわ。」
「ぐすん。余計なことを・・」
本館の裏手に引き回されると、そこにはタバコを吸う泊さんが笑っていました。
「おう、やっと、日下部捕まったか。」
「あーーあ。泊さんまで。」
「日下部さんがいたの。よかった!」
「サア、こっちよ。早く!」
ここは2階の講堂です。すなわち、一番大きな会議室なのです。中では立食形式のパーティが執り行われていました。料理が沢山ならんでいます。
衝立で作られた舞台裏では、主人の化粧と衣替えが行われていました。
「日下部さん、また大きくなったんじゃないの。いくつ?」
「はちじゅう・・・・なな。」
「え?またあ。あんた一体・・どこまで大きくなるの。もんとにもう!」
「髪はどうする?まだ短いわね。カツラある?」
「おしろいとって。」
「ほら、この網タイツはやく履く!」
「靴はこれでいいの。」
「そうよ。今回はハイヒールでいくの。」
「ああん。スプレーがきれた。だれか予備無いの。」
もう戦争です。
会場では背広にドレスをきた。男女がいまかいまかと待ちわびています。
「レディスアンドジェントルマン! お待ちかね。」
にわかにざわめきが広がりました。
照明か一斉に暗くなり、早いドラムの音に続いて、スポットライトがカーテンに集中しました。
「ミス日下部の登場です。」
(え? ちょっとまて、ミスターだ!)
「おお。」と思わずどよめきがあがりました。
「へえ。」
肩のないワンピース型の黒のドレスで、豊かな胸をこれでもかと強調しています。腰には大きなリボンがあり、ウエストにスリットがあります。首にから胸の谷間は大きく空いて小さな十字架が光っています。化粧は赤いルージュに黒のアイシャドウと華麗です。黒のロング手袋に、網タイツととてもセクシーです。足は黒のエナメルのハイヒールです。左手には、スティックの付いた仮面、右手は、たばこは吸わないのに長いパイプをもっています。
緑川貴子がマイクを持って、今回の仮装のテーマを説明します。もっとも仮装と言えるかどうか疑問ですが・・
「今回は、夜の貴婦人というテーマで、妖艶さと貴賓というものに挑戦してみました。」
あまりのセクシーさに、みんなは遠巻きにしていましたが、泊さんが近づいてきました。さすが美人好きです。
「よう。日下部、これって仮装か?」
「ほれ、これなら仮装でしょ。」と笑って仮面を顔につけてみせます。
「ははは、確かに。」
「まったく、いやになっちゃいますよ。みてこれ。こんなところにスリットがあるですよ。恥ずかしい。」
「いいじゃねぇか。」
「見る方はいいですけどね。」
泊さんが小声でいいました。
「ちょっと、日下部。向こうに、ひげ面のちっこいのがいるだろ。東亜製薬の会長だ。挨拶してこい。」
「どうして?」
「食品研はマイナーな部だ。部の宣伝になる。」
「わかりました。」
主人は、会長のもとに挨拶にいきました。そばには、秘書の尾崎舞さんが付いていました。
「藤井会長。初めまして、食品研の日下部です。」
「ほう、色っぽいデカ乳じゃのう。もみごたえありそうじゃわい。」
「もんでみますか?これが大変でるねぇ」とにこにこして答えます。
(この人すごいわ。会長のセクハラ発言に全然反応していない。)と感心する尾崎さんでした。
「時々、あんまり重たいからこうやって実験するんですよ。」
そう言って、テーブルの上にボンと巨乳を置きました。
「ほう。なるほどな。」
「しかし、背も高いのう。」
「ええ、180ありますよ。今日は8cmもあるヒール履いているで、190近くありますから。」
そういってハイヒールを見せた。
「会長も履いてみますか? 会長はちっこいから、8cm変わると世界がかわりますよ。」
尾崎さんは青くなります。
(この人、会長の身長のこというなんて・・・・禁句なのわかっているかしら。)
「ふぉ、ほっほっ。それはそうかもしれん。」
(あれ?おこってないなぁ。)
その後も雑談を続けますが、流石に男です。新聞をよでおり、政治や経済のことも会話がついてきています。
(この人は、流石に男の人ねぇ。よくこんな難しい話をついていけるわね。)
泊さんが近づいてきました。
「おおい。日下部、一カ所に止まってないで、みんなにあいさつしてこんか。」
「はあい。会長!じゃあ、これで、また来てくださいね。」とにっこり挨拶して立ちさろうとします。
慣れないハイヒールです。歩き始めてさっそくずっこけました。男の人に抱きついています。
「わぁ。すみませんでした。」
「わははは。おもろいやつだな。」と会長はご満悦でした。
井口取締役がやってきました。
「へぇ。あれがウチのオトコオンナか。すごい美人じゃないか。」
「初めてですか?」という泊さん。
「めんぼくない。ほとんどこっちへきてないからな。会長はどうでした?」
「ちょっと、背が高すぎて、乳しかみえんかったが。おもろいやつだ。」と言う会長さんです。
「確か、公立大の修士卒のはず。研究者としても優秀ですよ。」
「へえ、どおりでつまらん政治経済の話もついてくる訳だ。」
「井口君、どうだね。本社に呼んで秘書にでもしたら。美人だし、役に立つぞ。」
「いえ、とんでもない。秘書を持てるのは、社長、会長だけに決まっているじゃないですか。」
「そんな規約があったのか。ざんねんじゃのう。」
そう言って、会長は食べ物を取りにそこを離れました。井口取締役のひとみがきらりとひかり、ニヤリとわらいました。何かを思いついたようです。そのまま、大川部長のところに向かいました。
「大川君、ちょっと、話があるんだが」
「はい、なんでしょう。」
「先般、秘書室に欠員がでたのを知っているか。」
「はあ、それが何か。」
「藤本会長があのオトコオンナをえらくお気に入りでな。私の秘書どうかというんだ。」
「日下部をですか。あれは、男ですよ。」
「私は、『私の秘書にしたらどうか』というのは『自分の秘書にしたい』という意味だと思うんだが。」
「まさか。」
「人事部へ話をつけておく。オトコオンナを秘書室へおしつけられる。悪い話でないだろう。」
「そうですね。検討してみます。本人の説得もありますし・・」
これで人事異動がきまりました。井口取締役は元人事部長ですから、後任の部長に話をつけるのは簡単です。ああ、恐ろしや。
そんなことはつゆ知らず、主人は笑顔をふりまいていました。
翌日です。ここは、大川部長の部屋です。田口主任と大川部長が話をしています。
「え?日下部をですか。困りますよ。人手がもっとほしいのに。」
「大丈夫だ。医薬本体から人員を回してもらう予定だ。」
「ほんとでしょうね。」
昼休みです。主人はいつものように野球をしていました。
「おおい。日下部、田口主任が呼んでいるぞ。」
「はあい。」
「辞令だ」と田口主任が紙切れを見せました。
「え?」
「来月から秘書室へ異動だ。」
「えーー。秘書室にですか。まさか、女として秘書をやれというんじゃなでしょうね。」
「その通りだ。」
「いやですよ。第一、内示もなく急じゃないですか。」
「労働協約違反は承知している。会社としても君の処遇には悩んでいるんだ。おんなの格好をした男をどう扱うか困っているんだ。」
「でもねぇ。」
「人事部としても臨時昇格というアメまでつけてきた。欠員補充するという。悪い話でないと思うが・・」
「でもねぇ・・」
「秘書室長も男がほしいらしいんだ。」
「どうしてなんです。」
「自分の後釜がほしいんだろな。それに、秘書室はいいぞ。上層部の人間と知り合いになれるし、会社としても動向もわかる。おまえの社歴にとってもマイナスにならないだろう。」
「でもねぇ・・」
「お願いたのむ。」
「でもねぇ・・」
「辞令だぞ。受けろ!」
「2,3日考えさせてください。」
こちらは秘書室です。
梶尾郁夫秘書室長が、ベテランの角川友恵さんにくってかかられてます。
「えーー。あのオカマ社員を会長秘書にですって!」
「そうなんだ。だから、2ヶ月間で、立派な女性秘書に教育してほしい。」
「へえ。でもいいと思いますよ。きれいな人ですし、会長も気に入ってましたよ。」と肯定するのは尾崎さんです。
「なにを考えているんですか。男だとばれたらどうするんですか。」と角川さんは反対します。
「だから、ばれないようにきっちり教育してほしんだ。」と室長は説得します。
「そもそも、オカマ秘書というが間違ってます。」
「でも、男だから会長のセクハラ発言も平気でしたし、すっごく楽しそうに話していましたよ。ウマが合うみたいですよ。」
「それに、前任者がやめていらい、社内のウワサになってなあ。なりてが無いんだ。背に腹は代えられないだろう。」
「しかし、ですね。東亜製薬とあろうものが・・うーん。」
「尾崎は社長秘書もやらないといけないし、兼任であの仕事はできんだろう。」
「うーん・・」
とうとう、主人は女性秘書として、本社に異動となりました。ところで『あの仕事』とは何でしょう。どうしてなりてがないんでしょうか。