3章‥アンノウンの驚異
ジルは馬を巧みに操り森の中を物凄い速さで疾走している。
アルエスは振り落とされないように必死にジルにしがみ付いていた。
その時アンノウンはジルの乗る馬を飛び越え前方に立ち塞がった。
あの化け物がまた姿を表した……人間の姿をした黒装束の化け物が。
死神……悪魔……。
ジルとコレは逃げ切れないと悟ったのか突然、馬から降りた。
ジル達は戦う気なのか……?こんな化け物に敵うわけないじゃないか。
ジルは鞘から大剣を引き抜き身構えた。
そう言えばバイルとユンゲの姿が見えない、まさか……。
アルエスは素早く辺りを見回しユンゲとバイルの姿を探した。
少し離れた所にある樹木の陰に隠れるように潜んでいるユンゲを見つけた。
『ユンゲ、バイルはどうした!!』
『殺される……殺される……殺される……殺される……殺される……』
『ユンゲ、しっかりしろ!本当に死にたいのか!!』
ユンゲは正気を失い、同じ言葉を何度も何度も繰り返す有り様だった。
バイルの事は気掛かりだったが、今はそんな事を考えている場合では無かった。
この状況を切り抜けるにはどうすればいいのか。
とても戦える様な状態ではない、ジル達の足手纏いにならないうちにアンノウンから少しでも離れる事にした。
アルエスは木の陰に隠れ様子を窺う。
ジルに向かって一直線に走りだすアンノウン。
凄まじい速さでジルの足を払ったアンノウンは空かさずジルの腹部目掛けて踵を振り下ろす。
ジルは素早く回転し、アンノウンの踵は地面へと深々とめり込んだ。
ジルが立ち上がり、再び身構えた時にはアンノウンは既にコレの放った五本のナイフを一つ残らず叩き落としていた。
遊んでいるんだ……。アンノウンは遊んでいる。その気になればいとも簡単に殺せるんだ。
その瞬間、金属が凹む様な鈍い音と共にアルエスは信じられない光景を見た。
目にも止まらぬ速さの側倒蹴りでジルの身体が5メートル以上も宙を舞い、地面に叩き付けられたジルは微動だにしなくなった。
まさか、死んだのか……。
アルエスにそれを確かめる術は無かった。ジルに近寄る事、それは即ち死を意味する。
アンノウンはコレの放った弓矢をことごとく叩き落とし目にも止まらぬ速さでコレとの間合いを詰める。
『畜生!化け物めっ!!』
コレは、アンノウンに超接近した状態で隠し剣とでも言うんだろうか隠し持っていた小剣を勢い良く突き付けた。
『貴様……』
アルエスの耳には確かにそう聞こえた。
アンノウンは膝から崩れ落ちるとそのまま地面に俯せに倒れ微動だにしなくなった。
コレはアンノウンが絶命したのを確かめると突き刺さった小剣を引き抜き鞘に戻した。
アルエスは呆気に取られ呆然と立ち竦んでいた。
倒れていたジルが起き上がるとよろよろとした足取りで近付いてきた。
『殺ったのか……どうやって』
コレはアンノウンに突き刺した小剣をジルに見せた。
『なるほど、殺れる訳だ』
あの小剣に秘密があるというのか……。アルエスは聞かずにはいられなかった。
『その小剣は一体……』
『この小剣は水銀で造られているんだ、アンノウンの弱点は水銀なんだよ。奴らは水銀が一定量以上身体に入ると何故か分からないが生身の人間と変わらなくなる』
『それじゃあ、水銀さえあれば簡単に奴らを殲滅できるんじゃ』
『そう簡単にゃいかないのさ、水銀はかなり希少でね、そんじゃそこらじゃ取れないんだ』
ジルは地面に落ちていた大剣を鞘に戻し、絶命しているアンノウンを見下ろした。
『水銀が溢れる位にあればこいつらなんぞとっくの昔に絶滅させている』
水銀……。どうにかして水銀を手に入れる方法は無いのだろうか。
コレは気絶していたユンゲを担ぎ上げ馬に乗せた。
『ジル、本国へ急いだ方がいい、日が暮れると厄介だ』
『それもそうだな、アルエス急ぐぞ、乗れ』
アルエスはその後、気掛かりだったバイルの事をコレから聞いた。
アンノウンに襲撃された時、馬から振り落とされたらしい。
生きていてくれ……バイル。
『アルエス達はどこへ行ったんだ、あの黒装束の奴らに殺られちまったのか』
落馬した衝撃で少し腰が痛いが他は掠り傷程度の傷しか負わなかった。不幸中の幸いか。
頼むから黒装束の奴ら、出てくるなよ……。
ギョッ!!
バイルの目に飛び白装束を纏った小さな少女の姿だった。
装束を纏ってやがる……奴らの仲間か、あんな少女でも奴らの仲間なら驚異だぜ……。
どうする……。
どうする、バイル。
先手必勝か、いや、奴らに先手必勝もねぇ、戦えば殺られる……それは間違いねぇな。
なら……。
ギョッ!!
いつの間にか白装束を纏った少女がバイルの目の前に立っていた。
『こんな所でなにしてるの??』
落ち着け……落ち着くんだ、バイル!!相手を良く見ろ、相手は七歳位の子供じゃないか!
『お兄ちゃん、迷子??』
それに話が通じるんなら何とかなる筈だ!
『どうしたんだヒユリ』
白装束を纏った少女の背後から現れた同じ白装束を纏った青年の鋭い視線がバイルに向けられた。
やばい、やば、ヤバいぞ!!これは殺気だ、間違いねぇ!俺もここまでか。
『お前は何者だ、悪い事は言わん、あの国の者なら早く国へ戻るんだ。黒装束の奴らに見つかったら命は無いぞ』
何だ、奴らの仲間じゃないのか……?
『俺はその国のもんでもねぇ、遠い国から来たんだかついさっき、その黒装束の奴らに襲撃されダチが殺られたかもしれねぇ』
『しれない?何故、曖昧な表現をする』
バイルは詳しい経緯をその青年に話した。