婚約破棄ですか。では、あなたを英雄にした功績を返していただきます
「エリナ・ルーヴェル。お前との婚約を破棄する」
王都の魔道具展示会で、私の婚約者はそう宣言した。
彼の隣には、淡い桃色のドレスを着たセシル・オルネがいる。つい先ほどまで、私の工房が作った魔導剣を持ち、来場者に微笑んでいた女性だ。
ロラン・ヴァルクは、その肩を抱き寄せた。
「彼女こそ、俺の功績を理解してくれる女性だ。お前のように、金と道具の話ばかりする女とは違う」
金の話をしたのは、工房への支払いが三か月滞っていたから。
道具の話をしたのは、剣の安全装置を勝手に外されたからだ。
最後の請求書は、封も切られずに戻ってきた。
「婚約解消については、双方の家で手続きをいたしましょう。それより、展示台の剣を返してください」
私が手を差し出すと、ロランは笑った。
「聞いたか。こいつは俺の心より、剣のほうが大事らしい」
近くにいた数人が、困ったように目をそらした。
私は手を下ろさなかった。
「その剣は展示用の試作品です。貸出期限は本日の閉会まで。あなたの所有物ではありません」
「俺が命じて作らせた剣だ。俺のものに決まっている」
ロランはセシルから剣を受け取ると、私に見せつけるように掲げた。
銀色の刃に青い紋様が走る。
その下に貼られた展示札には、こう書かれていた。
開発責任者、ロラン・ヴァルク。
昨夜、工房から搬入したときには、私の名があった場所だ。
「それから、もう一つある」
彼が指を鳴らすと、後ろに控えていた家令が、封のされた書類を取り出した。
「お前の工房が、俺の設計を盗んでいる件だ。魔道院にはすでに告発した。調査が済むまで、工房の管理は俺が引き受ける」
周囲からざわめきが起きた。
ロランは書類を広げる。
「お前自身が認めた譲渡証書もある。今さら言い逃れはできないぞ」
右下には、確かに私の名があった。
筆跡も、印章も似ている。
本文には、私が彼の設計を無断で登録したと認め、工房の管理と技術の権利を彼に渡す、と書かれていた。
けれど私は、その書類を見たことがない。
「職人たちの給金も、俺が面倒を見てやる。お前はおとなしく屋敷に帰れ」
給金、と聞いて、書類から顔を上げた。
工房には十二人いる。
腕を火傷しながら試作を続けてくれた職人も、字を覚えたばかりの見習いも、子供を育てている者もいる。
昨日も、閉会後に試作品を分解しようと皆で話していた。
ロランは、その作業場の鍵をよこせと言っている。
「承知しました」
ロランの口元が緩んだ。
「最初からそうしていれば――」
「婚約破棄は受け入れます。工房への告発は争います。剣の返還も求めます」
私は展示会の係員に向き直った。
「展示品の所有権に争いが生じました。主催者の規定に従い、この剣を封印保管してください。展示札の差し替えと、今の発言も記録願います」
係員は、ロランではなく、私の出展者証を確かめた。
この展示枠を借り、保証金を払っているのはルーヴェル工房だ。
「双方の書類を確認するまで、持ち出しは認められません」
警備員が二人、展示台の脇に立った。
「俺は黒牙竜を倒した英雄だぞ」
「承知しております。ですので、どうか規定にご協力ください」
ロランは警備員をにらんだ。さっきまで離れていた客が、また足を止めている。
彼は剣を乱暴に展示台へ戻した。留め具が外れ、刃が台に当たる。
私は思わず手を出しかけて、止めた。係員が先に剣を押さえてくれた。
私は、自分の名が消えた展示札を見た。
「ロラン様」
「なんだ」
「あなたを英雄にした功績を、返していただきます」
彼は鼻で笑った。
「取り返せるものなら、取り返してみろ」
◆
工房へ戻ると、門の前にヴァルク家の馬車が止まっていた。
私より先に到着した家令が、職人たちに命令している。
「明日からはロラン様の工房だ。帳簿と設計図を出せ。従う者の給金は保証する」
工房長のマルタは、門を開けずに応じていた。
「裁判所の命令書を見せな。告発状じゃ門は開かないよ」
家令は、私を見ると胸を張った。
「ちょうどよろしい。鍵を渡してください」
「この土地は父の所有で、工房の事業主は私です。あなたに鍵を渡す理由はありません」
私は馬車から降りた父に、家令の持つ書類を示した。
展示会を出る前に使いを送っておいたので、父とは道中で合流できた。
「ヴァルク伯爵には、こちらから連絡する」
父は短く言った。
「権限のない者が私の土地に入り、帳簿を持ち去ろうとしたことも含めてな」
家令は唇を引き結んだ。
しばらく私と父を見比べ、それから馬車へ戻った。
門の内側で、見習いの少年がほっと息をついた。
「お嬢様、僕たち、明日も来ていいんですよね」
「もちろん。いつもどおりよ」
私は作業場へ入った。
中央の卓には、磨きかけの金具が並んでいる。暖炉のそばには、誰かが昼に食べたパンの皿が残っていた。
私は自分の椅子に座った。立っている間は平気だったのに、膝が震えた。
マルタが、厚い帳簿を私の前に置いた。
「まず何からやる?」
「給金。今月、いくら足りない?」
ロランの滞納額は、工房にとって小さくない。
彼の常用剣は婚約に伴う無償貸与だが、交換用の魔石や修理、彼が隊長を務めるヴァルク家の領兵向けの装備は有償だった。その支払いを、彼は英雄になってから後回しにしていた。
父から一時的に融資を受け、私名義の預金も運転資金へ移す。支出を見直せば、未払いを回収するまで持ちこたえられる。
金額を確かめて、ようやく展示会で外し忘れていた手袋を脱いだ。
次に、ロランに関係する契約、貸出台帳、修理記録を分けた。
原本は封をして、父の顧問法律官と魔道院にそれぞれ保全を頼む。工房では写しを使う。
その作業で、先日辞めた事務係が管理していた控えの束から、数枚がなくなっていると分かった。
持ち出しの疑いも調査官に伝え、残った書類を確保した。
婚約したのは三年前だった。
魔物の被害に悩む領地を持つヴァルク家と、魔道具を作るルーヴェル家。双方に利がある縁談だった。
当初のロランは、試作の剣を持って何度も演習場に通った。
振ったときの重心、握りの太さ、魔力が切れる直前の感触。彼の報告は具体的で、役に立った。
私が夜遅くまで作業していると、食事を運んでくれたこともある。
『これで兵を死なせずに済むなら、俺も何度だって付き合う』
初期の共同研究には、彼の名も記録した。失敗した試作品にも、嫌な顔をせず付き合ってくれたころだ。
変わったのは、黒牙竜を倒してからだ。
あの討伐でロランが危険を冒したことは事実だった。
私は王都で、剣を作っていただけだ。
だから最初は、祝賀会で私の名が出なくても気にしなかった。
次に、彼は取材で「剣の仕組みも自分が考えた」と語った。
私は訂正を求めた。
『細かいことを言うな。結婚すれば同じ家の功績だろう』
父を交えて抗議すると、彼は共同開発だったと書面で認めた。
その書面を受け取り、貸出条件を厳しくした。次に同じことをしたら、協力を終えるとも伝えた。
ところが、彼は表で謝り、別の場所で同じことを繰り返した。
二週間前、軍への売り込み資料から私の名が消えていると知った私は、取引停止の通知を出した。
今回の展示会は、その前に契約済みだった最後の共同出展だ。
私としては、貸した剣を受け取って関係を終えるつもりだった。
ロランは、それより先に私を泥棒にした。
「こちらが協力をやめると知って、工房ごと奪うことにしたのね」
新しい注文が止まり、滞納金も戻らなければ、いずれ給金が払えなくなる。そのとき、告発を取り下げてやるから正式な譲渡に署名しろ、と迫るつもりなのか。
私は帳簿の未払い欄に指を置いた。
「この金額で、私が折れると思ったのね」
マルタは帳簿をめくった。
「帳簿、まだあるよ。古いのも出そうか」
頁いっぱいに、試作の失敗が書き込まれていた。
焦げた魔石の数。割れた刃。冬の寒さで硬くなった接着剤。
「ほら、覚えてる? これ。三人で夜明けまでやって、結局全部やり直したやつ」
マルタの指先に、放熱環の図があった。消して描き直した線で、紙が毛羽立っている。
「覚えてるわ。あなた、椅子で寝てた」
「お嬢様だって、机に突っ伏してたよ」
少し笑ってから、私はその頁に目印の紐を挟んだ。
◆
魔道院の調査官が来たのは、翌日の午後だった。
告発を受けた以上、工房も調査の対象になる。
私は記録の閲覧に応じ、ロランの提出した譲渡証書の原本鑑定を申し立てた。
「証書の作成日には、私と工房長は北の関所にいました。納品検査の記録と、宿の名簿を取り寄せられます」
「滞在の記録は確認します。ただ、現地で署名した可能性も調べなければなりません」
調査官は、私の話も細かく書き留めた。
私はうなずき、本物の契約書を渡した。
「登録対象の技術を譲渡する際には、魔道院の立会人による登録変更が必要です。この証書には、立会番号がありません」
「権利移転が成立していないことと、証書そのものが偽造であることは、別々に調べます」
「お願いします」
私は、ロランが以前に共同開発と認めた書面も提出した。
調査官は署名と日付を確かめ、告発内容と食い違う記録として控えを取った。
「無実が確認されたら、告発を聞いた出展者や取引先にも、正式な訂正を届けてください」
私の申し立ては、それも含めて記録された。
調査官は頁を戻し、日付を一つ聞き直した。
私は帳簿を開いた。確認してもらえるなら、何度でも答えられる。
夕方、ヴァルク伯爵が父を訪ねてきた。
ロランの父は、息子の告発を初めて知ったという。
「婚約の解消は了承する。工房の権利に、我が家が口を出す筋はない」
伯爵は私にも頭を下げた。
「息子が借りている品は返させる。だが、公に争えば、君の名にも傷が残る。穏便に収める方法はないだろうか」
「では、まずロラン様に、公の場で告発を撤回させてください」
伯爵は言葉を詰まらせた。
「……本人が、証書は本物だと主張している」
「私も偽物だと主張しています。鑑定を待ちましょう」
伯爵がこちらを威圧することはなかった。
玄関で父に何か言いかけ、頭を下げて帰っていった。
展示会で封印保管された試作品は、数日後に戻ってきた。主催者が貸出台帳と貸出証を照合し、双方に確認結果を通知したうえで工房へ引き渡したのだ。
その後、ロランの常用剣も返却された。
婚約に伴う特別貸与の契約で、解消時には返すと本人が署名していた品だ。
伯爵が返還を命じ、家令が持参した。
鞘には金の飾りが増えていた。
けれど、刃の根元にある工房の刻印は、やすりで削られていた。
マルタが指で撫でる。
「ここまでしてたのか」
私は剣を検査台に置いた。
外側の刻印を削っても、内部の製造番号は消えない。
魔石を支える環の内側には、工房の記録と一致する番号が残っていた。
その状態も、調査官に記録してもらった。
◆
ロランは、剣を返した翌日に王国軍の公開演習へ出た。
領兵隊長から、複数の領地の兵を束ねる王国軍の討伐隊長へ。それが、英雄となった彼の望む次の役職だった。
使ったのは、市販の魔導剣だった。
私もそこへ出向いた。
工房が次の納入候補として招かれていたからだ。
「ちょうどいい。見ておけ、エリナ」
演習場で私を見つけた彼は、剣を抜いた。
「お前の道具などなくても、俺は戦える」
ロランの踏み込みは速い。訓練用の魔獣人形を、続けざまに三体倒した。
剣術の教官が、静かにうなずく。
四体目で、刃の光が薄くなった。
ロランは剣を振り、魔力を押し込んだ。
人形の表面を青い火花が滑る。
刃は、装甲を抜かなかった。
「交換!」
教官が指示を出す。
補助員が新しい剣を持って走った。
「まだ使える!」
ロランは受け取らず、もう一度打ち込んだ。
剣から甲高い音が鳴り、安全装置が魔力の通路を閉じた。
演習が止まった。
「故障だ。この剣は不良品だ!」
製造業者の職人が、顔を赤くして進み出た。
「規定の連続使用回数を超えています。説明もいたしました」
「俺はこれまで、もっと多く倒せた!」
「以前の剣と同じ性能ではありません」
ロランが私を振り向いた。
「お前、何かしたな」
「その剣には、一度も触れていません」
私は検査官へ、二種類の仕様書を渡した。
市販品は、短時間に高出力を使うと魔石に熱がたまる。
私たちの剣は、それを刃の外へ逃がす構造を持っていた。
検査官は連続使用の欄に指を滑らせ、止まった剣を確かめた。
「交換を命じられたら従え」
教官は、ロランに向かって言った。
「装備の限界を認められない者を、王国軍の討伐隊長にはできない」
次期討伐隊長の選考用紙から、彼の名が外された。
代わりに選ばれた騎士は、演習前に仕様書を読み、三体目で剣を交換していた。
見学席を離れようとした私の腕を、ロランがつかんだ。
「剣を返せ」
「返していただいた剣のことですか」
「俺には必要なんだ。今さらほかの剣に慣れる時間はない」
私は彼の手を見た。
「離してください」
マルタが私と彼の間に入り、近くの衛兵がこちらを向いた。
ロランは手を放した。
「金なら払う。もう一度貸せ」
「工房から技術を盗まれたという告発は、まだ取り下げていませんね」
「だったら、取り下げればいいんだろう。剣を貸すと言え!」
「私が泥棒ではないと、ここで皆さんにも説明してください」
彼は答えなかった。
私は、つかまれたところを袖で覆った。
「未払い金は請求します。新しい貸与契約は結びません」
◆
二週間後、魔道院は、ロランの譲渡証書について鑑定結果を出した。
印章は、私の印を別の契約書から写し取ったものだった。
拡大すると、元の契約書の紙に折り目があったために生じた、細い印影の欠けまで再現されていた。
印章そのものには、その傷はない。同じ印章を使った前後の契約書にも、欠けはなかった。
原本の契約書は、ヴァルク家に渡した貸与契約だった。
この段階では、ロラン自身が偽造したとは断定されなかった。
だが、工房の管理を奪う根拠は消えた。
魔道院は工房の登録を維持し、ロラン側の証書を捜査機関へ送った。
私が提出した告発への反論も、正式に受理された。
その通知を受け取った翌日、工房に英雄剣の広告が届いた。
セシルの父が出資している商会が、販売を始めるという。
名称は、英雄剣。
宣伝文には、「黒牙竜を討った技術を、すべての騎士へ」と書かれていた。
見本の図を見たマルタが、椅子から立った。
「あの設計図だ」
ロランには、討伐先での応急修理に必要な部分だけを渡していた。
その図面が、製品説明に使われていた。
「直ちに差し止めを申し立てるわ。購入者にも、登録のある技術を無許可で使っていると通知する」
私たちは法律官と一緒に、商会へ向かった。
販売責任者は、当初、ロランから権利を買ったと説明した。
登録変更の申請書の写しまで見せられ、手続きは進んでいると聞かされていたという。
商会は登録の照会に対する回答を待たず、予約の受付と見本の製造を始めていた。
法律官が登録証と鑑定結果を卓上へ並べる間、私は見本の剣を見ていた。
柄の留め金まで同じだった。見習いの少年が、指にまめを作りながら磨いた形だ。
「これ、何本作りましたか」
「見本が三本。予約分は、これからです」
「私の工房から製造を許可したことはありません。出荷を止めてください」
責任者は鑑定結果を読んでいた。二枚目までめくってから、最初の頁に戻った。
そこへ、奥の扉からロランが現れた。
「商売の邪魔をする気か」
「私の設計で商売をしないでください」
「お前一人で作ったものじゃないだろう。俺が試した。俺が売れるものにした!」
「試験の報酬はお支払いしました。権利の譲渡はしていません」
責任者がロランへ向き直った。
「独占製造権をお持ちだというお話でしたね」
「持っている」
「登録証を見せてください」
ロランは上着の内側から紙を出した。
「それは、先ほどの申請書ですね。手続きが完了した証明をお願いします」
責任者は受け取らなかった。ロランが紙を引っ込めると、その角が上着に引っかかって折れた。
セシルが、ようやく口を開いた。
「でも、この方は伯爵令嬢でしょう。結婚するはずだった相手に、ここまでなさらなくても」
「婚約は破棄されました」
「だからって、ロラン様の将来をつぶすなんて」
「あの工房に、十二人いるんです。あなたには一度も会ったことのない人たちが」
セシルの目が、卓上の鑑定書へ落ちた。
「私は、譲渡は済んでいると聞いて……」
「でしたら、今確認してください」
私は責任者に、差し止め申立ての写しを渡した。
「在庫を隠さず、契約書も保管してください。無許可と知った後で製造を続ければ、商会側の責任も問われます」
責任者はその場で、出荷の停止を指示した。
ロランが取ろうとした注文書を、事務員が先に回収した。
◆
それからしばらく、私は毎日のように書類を出した。
未払い金、刻印の修復費、止まった取引、技術の無断使用。請求ごとに綴じる書類が違った。
夕方になると、文字を追っても頭に入らなくなった。同じ金額を二度書き間違え、マルタに帳簿を取り上げられたこともある。
「今日はもう終わり。明日の朝やろう」
「あと一枚」
「その一枚、さっきも言った」
翌朝、書き直したものを法律官に渡した。ロラン側から反論が届けば、また記録を出した。
彼は剣の開発について、すべて自分が指示したと主張していた。
私は魔道院の技術審査で、ロランにも同席を求めた。
黒牙竜討伐の装備に関する公的記録を訂正するため、軍の担当者も立ち会った。
審査官はまず、双方が以前に共同開発を認めた書面を確認した。
「こちらでは共同開発と認めていますね。今回、すべて自分の設計だったと申し立てた理由を説明してください」
「婚約者を立ててやっただけだ」
ロランは、書面に目も落とさず答えた。
「では、その主張を裏づける開発記録を示してください」
彼が示したのは、私から受け取った応急修理用の図面だった。
審査官は配布日を貸出台帳で確かめ、それより前の日付で魔道院に預けられた工房の試作記録と照合した。彼自身の設計過程を示す記録は、提出されなかった。
「この溝は、何のために設けたものですか」
審査官が剣の断面図を示した。
「魔力を強くするためだ」
ロランは答えた。
「では、溝を深くすると出力はどう変化しますか」
「上がる」
審査官は、私に同じ質問をした。
「出力自体は変わりません。放熱を助ける溝です。深くしすぎると刃の強度が落ちます。試作三号では、ここから亀裂が入りました」
私は保管していた破損品を示した。
握りの形を尋ねられたときだけ、彼は詳しく答えた。
そこには実際に彼の意見を使っていた。審査官に確認され、私もうなずいた。
次に魔石を支える環の話になると、ロランの返答はまた短くなった。
審査官は、記録をまとめた。
「ロラン氏の初期試験への貢献は認めます。現行の放熱機構と魔力制御機構については、ルーヴェル工房の開発と認定します」
審査官は、認定書に根拠となる記録の番号を書き入れた。試作記録、現物、契約書。私も一つずつ確かめた。
軍の担当者が、私に確認した。
「討伐功績そのものの取り消しも、求めますか」
「実際に戦った兵の功績を、私のものにするつもりはありません。装備の開発者を正しく記載してください」
ロランが、初めてこちらを見た。
表情に、わずかな安堵が浮かぶ。
私は続けた。
「それと、討伐後に申請された追加製造費について、照会の結果をお聞かせください」
安堵が消えた。
未払い金の照会をしているうちに、軍から奇妙な回答が届いていた。
軍はロランに、交換用の魔導剣二十本分の費用を支給したという。
製造元は、ルーヴェル工房。
王国軍の討伐に参加する領兵隊には、現地で必要な装備を調達し、帰還後に軍へ費用を精算する制度がある。ロランはその枠を使い、私たちへ代金を立て替えたと申請していた。
しかし私たちは、二十本の注文を受けていなかった。
作ってもいない。
軍が保管する納品書には、私の工房印があった。
貸与契約から写されたものと同じ欠けが、そこにもあった。
私は回答を受け取った日に、製造も代金の受領もしていないと届け出た。軍は原本を確保し、彼の精算記録の調査を始めていた。
「婚約中だから、名義を借りただけだ」
ロランは早口で言った。
「準備費だ。これから作らせるつもりだった」
軍の担当者が、納品書を卓上に置いた。
「納入済みとして、あなた自身が受領を確認しています」
現地での調達記録が各領兵隊長の受領確認に頼っていたことも、軍は認めた。会計官から再照会を受けた際、ロランは、私の工房が確認したという偽の返答まで提出していた。
剣には製造番号が必要だった。
納品書の番号は、私たちが関所へ納めた別の装備の番号と重複していた。
ロランは、書類へ手を伸ばした。
「これは、いったん俺が――」
担当者が先に書類を引き寄せた。
「原本は渡せません」
私は椅子に深く腰かけた。膝の上で、指先が冷えていた。
軍の担当者は記録の保全を命じ、詐取の疑いを捜査官へ報告すると告げた。
◆
捜査が始まると、商会はロランとの契約を解除した。
裁判所が製造を差し止め、予約金は購入者に返された。
商会は出資金と損失の返還を、ロラン本人へ請求した。
セシルも、新しい婚約の手続きを止めた。
彼女の父から届いた返答には、権利関係を偽って出資させられたため、と書かれていた。
セシルが偽造や詐取に加わった証拠はなかった。
商会で言われたことを思い出すと、まだ腹は立った。それでも、彼女の名を告発に加えるのはやめた。
ロランは、残っていた最後の手を使おうとした。
工房にいた元事務係へ、証言を変えるよう金を渡したのだ。
その事務係は、展示会の直前に退職していた。
控えの持ち出しについて調査を受け、ロランへの書類の提供を認め始めたところだった。
彼は金を持って、捜査官のもとへ行った。
譲渡証書に使う印影を渡したこと、納品書を作ったことを認め、ロランから受け取った指示書も提出した。
指示書には、未払い金は保留すること、次の給金日を調べて職人たちに移籍を持ちかけることが書かれていた。告発を取り下げるのは、正式な権利移転が済んでから、とも。
納品書の帳簿を引き取れ、という指示もあった。工房を奪えば、不正な精算の辻褄まで合わせられると思っていたらしい。
私は説明を聞きながら、何度もその行を読んだ。事務係には、あの帳簿を任せていた。
証言したからといって、彼自身の責任が消えるわけではない。
ただ、これ以上罪を重ねるよりは、と判断したのだという。
捜査官が工房に知らせに来た、その日の夜。
ロランが裏門をたたいた。
私は門を開けず、マルタと父を呼んだ。
近隣を巡回している衛兵にも、人を走らせた。
「頼む、話を聞いてくれ」
門の向こうの声は、展示会のときとは違った。
「俺が悪かった。お前の功績だと認める。剣の代金も払う。だから告発を取り下げてくれ」
「軍の捜査は、私には止められません」
「お前から頼めば、考えてくれるだろう!」
鉄格子の間から見えた彼は、上着の襟を乱していた。
いつも指にはめていた、大きな宝石の指輪がない。
「父上が、継承候補から俺を外すと言っている。屋敷にも置かないと。セシルにも会わせてもらえない」
私は返事をしなかった。
「もう十分だろう」
ロランは、門に額を寄せた。
「王国軍の隊長にもなれない。商会からは返せない金を請求されている。これ以上、何を奪う気だ」
マルタの手が、私の背中に触れた。
私は一歩、門へ近づいた。
「展示会で、あなたは私に何を残すつもりでしたか」
ロランが顔を上げた。
「泥棒の評判がついた私に、工房を失った職人たちに、何を残すつもりだったのですか」
「あれは……勢いで」
「証書を作り、家令を工房へ向かわせることまで、その場の勢いでできるのですか」
彼の口が閉じた。
「あなたは私の印を使って、軍のお金まで受け取っていた。私が調べなければ、いずれ私も関与を疑われたでしょう」
門をつかむ手に、古い傷があった。
試作の剣でできたものだ。あのとき私は謝って、彼は大したことはないと笑った。
顔を上げたロランは、私の返事を待っていた。
「私が無実だと知っていて、すべてを奪おうとしたのはあなたでしょう」
路地の向こうから、衛兵の足音が聞こえた。
「もう来ないでください。請求への返答は、法律官を通してください」
私は門から離れた。
翌朝、ロランが身柄を拘束されたと知らされた。
証言を変えさせようとした行動が、証拠への働きかけとして重く見られたのだった。
◆
判決が出たのは、冬の終わりだった。
その間に、私の工房は軍への直接納入を始めた。
技術の帰属が確認され、入札と性能試験を経て契約を取った。
以前より、提出する書類は増えた。
最初の支払い通知は、私宛てに届いた。私は帳簿と照合して、マルタに見せた。
ロランの裁判には、私も出廷した。
証書と納品書の偽造への関与、軍資金の詐取、技術の無断使用が認められた。
長期の服役と、国庫への返還が命じられた。
判決が読み上げられる間、ロランはずっと私を見ていた。
私は裁判官を見ていた。
終わって席を立つと、背後から呼ばれた。
「エリナ」
振り向くと、護送の兵に挟まれた彼が立っていた。
「戻れると思っていた」
私は手に持った出廷証を畳んだ。
「お前は最後には、俺を助けると思っていた」
私は彼の顔を見た。
「私が助けると思ったのに、私を泥棒にしたのですね」
ロランの目が揺れた。
返事は待たなかった。
裁判所の掲示板には、判決の要旨が貼り出されていた。
その隣には、魔道院による告発内容の訂正と、開発者の認定を記した公告がある。
展示会で私を告発した記録とともに、同じ会の出展者、軍、ロランが売り込みをした商会にも送付される。
調査が始まったときから求めていた訂正だった。公告の宛先には、告発の後で注文を取り消した商会も入っている。
掲示板の前に、前回の展示会でロランを取り囲んでいた商人がいた。
公告を読んだ彼は私に気づき、帽子を取った。
「ルーヴェル様。あの場で、あなたの説明を聞きもせずに立ち去りました。申し訳ありませんでした」
その声で、隣の男もこちらを向いた。
「では、英雄剣というのも……」
「彼に製造を許可したことは、一度もありません」
商人は判決の要旨へ目を戻した。
「工房から奪った技術で金を集め、軍からも金を取っていたのか」
背後で護送の号令がかかる。ロランはうつむいたまま、兵に連れられて通り過ぎた。
商人は帽子をかぶり直した。今度は彼に声をかけなかった。
裁判所の外では、マルタが工房の馬車と一緒に待っていた。
「終わった?」
「ええ」
「じゃあ帰ろう。見習いが、検査を待ってる」
馬車に乗ると、膝の上に小さな包みを置かれた。
まだ温かいパンだった。
◆
判決から数日後、王命でロランの英雄の称号が取り消された。
爵位を持つ父とは別に、本人の貴族としての特権も剥奪された。
ヴァルク伯爵は、家の継承を別の親族へ移す手続きを進めた。
息子のために領地の資産を使って穴埋めすることは、しなかった。
その後、工房への損害賠償と未払い金は、別の裁判で認められた。
ロラン名義の屋敷、馬車、宝飾品が売却され、国庫と債権者への返済に充てられた。
それでも借金は残った。
次の魔道具展示会で、私たちの展示台には十二本の剣が並んだ。
派手な宝石はつけていない。
柄には、それぞれ製造番号と工房の刻印がある。
展示札は、私が書いた。
開発責任者、エリナ・ルーヴェル。
製造、ルーヴェル工房。
その下には、製造に関わった職人の名を並べた。
見習いの少年が、自分の名を見つけて立ち止まった。
「僕、まだ柄を磨いただけです」
「その柄を、兵が握るのよ」
少年は剣を見た。
それから、もう一度自分の名を見た。
「来年は、組み立てもやりたいです」
「まずは検査で、一人前になってからね」
「はい!」
隣でマルタが笑った。
工房への未払い金は、回収できた。
父からの融資も返した。
傷ついた評判は、魔道院の訂正公告と、仕事の積み重ねで少しずつ戻ってきた。
帳簿には、裁判の費用も、遅れた納品も残っている。
取り消された注文のうち、戻らなかったものもある。来年の受注予定をマルタと数え直し、足りない分は別の商会へ売り込むことにした。
閉会の鐘が鳴った。
私は展示台の剣を一本ずつ確かめ、職人たちに渡していく。
十二本すべてを箱に収め、最後の蓋を閉じた。
「忘れ物は?」
マルタに聞かれて、空になった展示台を見た。
名前の書かれた札も外し、箱の上に置く。
「ないわ。全部、持って帰りましょう」
箱を抱えた少年が先に歩き出す。マルタが、走ると階段で転ぶよ、と呼び止めた。
私は名前の札を鞄にしまい、二人の後を追った。
~完~
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