友達を刺した後
梅雨が終わりに差し掛かり、夏の気配を感じる頃。
二人の男子生徒が、梅雨を惜しむかのように、傘でチャンバラをしていた。
この男子生徒の一人を、森田健作、もう一人を加藤勤という。
健作は勉強は苦手だが運動は得意。
勤は勉強は得意だが運動は苦手。
そんな真逆な二人だが、学校で同じクラスになり、
ひょんなことから親しい友人となったのだった。
健作と勤は梅雨の間、よく傘でチャンバラをしていた。
傘チャンバラには、当然、傘と雨が必要になる。
誰もが日常的に傘を持ち歩く時期といえば梅雨しかない。
梅雨の遊びといえば、傘チャンバラと言っても良い。
制服までずぶ濡れになって、二人とも両親に怒られたものだった。
しかし二人とも反省の色も見せず、懲りずに傘チャンバラを続けていた。
傘と傘で打ち合う度、健作と勤の笑顔が雨水のように弾けていた。
そんな梅雨が終わろうとしているある日。
健作と勤は学校の帰り、いつものように傘チャンバラに興じていた。
しかし健作の腕力は強く、勤では腕力が釣り合わない。
熱が入ってきた健作の傘さばきに、勤は受けるのに必死だった。
「健作、そんなに本気でやったら僕が受けきれないって!」
「ほらほらほら!勤ももっと本気を出さないと死ぬぞ!」
そんな冗談が現実になった。
ブスッ!
健作の突きを勤がさばきそこねると、健作の傘の先が勤の目に突き刺さった。
「あっ!」
健作が手の力を抜いても、もう遅い。
勤の右目に健作の傘が突き刺さっていた。
勤は棒立ちになって動けず、上を向いて固まっていた。
いつしか雨は強くなり、雷の稲光が、勤に刺さった傘に落ちた。
「お、おい。勤・・・?」
勤は目に傘が刺さり、そこに落雷を受けて、
全身からぶすぶすと煙を上げて倒れた。
倒れた勤の身体は、ビクビクと鈍く痙攣している。
目からは血なのかよくわからないものが流れ出ていた。
「う、うわああああああ!」
人を、友人を殺してしまった。
そう思い錯乱した健作は、倒れた勤を置いて逃げ出してしまった。
いつの間にか降り出した雨に顔を強く叩かれたが、
健作は構わず必死に走って家に帰った。
バタン!
健作は家に逃げ帰った。
息を整えても心臓はやかましく動いていた。
人を、友人を殺してしまった。
きっとすぐに死体は見つかり、警察の捜査が始まるだろう。
しかし健作には自首する勇気もなく、自室に籠るとガタガタと震えていた。
「あんた、また勤くんと傘で遊んでたんでしょう。」
健作が風邪を引いたと誤解した母親がお粥を作ってくれたが、
健作の喉を通ることはなかった。
翌日。健作は学校を休みたかったが、両親がそれを許さなかった。
「風邪は治ったんだから、学校に行きなさい。」
ここで無理に抵抗しても、返って不審に思われてしまう。
仕方がなく、健作は学校の準備を整えて登校した。
きっと勤のことはすぐ学校中に知れ渡るだろう。
もう既に知れ渡っているかも知れない。
健作はそう予想していたのだが、
いざ登校してみると、学校はいつもの学校だった。
クラスメイトたちはいつものようにおしゃべりしているし、
臨時ホームルームや全校集会のお知らせもない。
それどころか、信じられないことが起こった。
あの勤までもが、普通に登校してきたのだ。
「おはよう。」
「・・・おはよう。」
勤は健作に挨拶をしていった。笑顔だった。
しかしその右目は、真っ黒な空洞だった。
傘で突かれて潰れた右目はそのままで、勤は登校してきた。
勤が生きていた!喜び半分、右目のことを健作は確かめたかった。
「勤!昨日は大丈夫だったのか!?その右目は?」
すると勤はケロッとして答えた。
「昨日って何のこと?僕の右目に何か付いてる?」
「いや、付いてると言うか・・・」
二の句が告げず、健作は手近なクラスメイトに尋ねた。
「おい、勤の右目、どうなってるんだ?」
「どうって何が?」
「穴が空いてるじゃないか!」
「穴?何のこと?」
クラスメイトに聞いてまわっても、誰も勤の異変に気が付いていない。
どうやら健作以外には勤の異常はわからないらしかった。
「とにかく勤が生きててよかった・・・のか?」
健作は喜び半分驚き半分、身の入らない学校の授業を受けていた。
学校の授業が終わっても、勤は至って普通だった。
勤はポッカリと空洞になった右目をこちらに向けると、健作に言った。
「健作、今日も一緒に帰るよね・・・?」
左目は笑顔だが、空洞の右目は何を考えているのかわからない。
空洞の右目を見ていると、まるで吸い込まれそうだ。
健作は迷った挙句、勤と距離を置くことにした。
「い、いや、今日はやめとくよ。」
「なんだ、いつもは傘チャンバラしようって健作の方がうるさいのに。」
「あ、ああ、ちょっとな。」
「じゃあ、僕は先に帰るよ。」
「気を付けてな・・・」
勤は健作を置いて先に下校してしまった。
健作は一緒に帰る気になれず、あえて時間を置いて一人で下校した。
それから、健作は毎夜うなされるようになった。
夜、寝ていると、枕元に勤が立って見下ろしているのだ。
「ねえ健作。どうしてあの時、僕を見捨てたの?」
枕元に立っている勤は、健作をそう責め続けた。
「ううーん、うーん。」
眠っている健作は話もできず、苦しむしかできない。
「ねえ、どうして?」
枕元に立つ勤の右目からは、
液体のようなものがポタポタと落ちて健作の顔を濡らした。
朝、健作が目を覚ますと、顔には乾いた血のようなものの跡が残っていた。
その後、数日の間。
勤は学校に登校し続けていた。何事もなかったかのように。
勤の右目の異常は、やはり健作にしかわからないようだった。
そして夜は決まって、勤は健作の枕元に立つのだ。
これはただごとではない。
健作は勤との下校を断り、学校の図書室で慣れない本を調べた。
もしかしたら勤は幽霊なのでは。そう思ったから。
目に関係する幽霊の情報はないか、本を漁ってみた。
しかし学校の図書室に置いてある本では、大した情報は得られなかった。
学校の図書室に魔導書や除霊などその類を期待する方が間違いだった。
がっくりと肩を落とし下校する健作の前に、唐突に見知らぬ人影が。
虚無僧のような人物が、健作の前に立ちはだかった。
「失礼。お主から、霊の気配を感じ取ったのでな。」
突然のことだが、今の健作には驚きはなかった。
「やっぱり、僕には霊が取り付いてるんですか?」
「この先に知己の寺がある。そこで話そう。付いてきなさい。」
知らない人に付いていくのは危険。
学校で教わる教育の基本だが、
今の健作には、すがる思いで付いていくしか無かった。
虚無僧が連れてきたのは、健作も見たことがある、よくある寺の一つだった。
その本堂の中に入ると、中は埃っぽい空間があった。
虚無僧と健作の二人も入ればいっぱいになる程度の狭さ。
しかし密談には丁度いい広さだった。
虚無僧は網笠を外すと、中からは屈強な中年男の顔がでてきた。
顔には大きな傷が付いている。
「むさくるしい顔を見せて済まないな。いつかの除霊の結果だ。」
「い、いえ・・・。」
「そんなに畏まらなくて良い。
本題に入ろう。
君には、霊が憑いている。
最近、親しい人を亡くさなかったか?」
そこで初めて、健作は勤の一件を虚無僧に話した。
傘チャンバラで誤って勤の目を突いてしまったこと。
雷にまで打たれた勤を見捨てて逃げてしまったこと。
そんな勤が学校に普通に登校してきたこと。
しかし枕元に勤が立つようになったこと。
それらを聞いていた虚無僧は、腕組みをして目を瞑っていた。
そしてカッと目を見開いて言った。
「間違いない。君には霊が憑いている。」
「やっぱりですか!どうしたらいいんですか?」
「落ち着け。気持ちはわかるが。
霊は憑いているが、その霊はちょっと特殊なようだ。」
「特殊?」
「うむ。死霊や怨霊に思えるが、本人が普通に生活している。
おそらく、その勤という子は、生霊になったのだろう。」
「生霊?」
「生霊とは、生者の魂、生者の幽霊のことだ。身体はまだ生きている。」
「勤はまだ生きているんですか?」
「おそらくな。そして君につきまとっている。
その勤くんは目に突きを受けた後、雷に打たれたそうだな?
おそらくその時に、身体から生霊が抜けたのだろう。
生霊は急なショックや致命傷を受けた時に抜けやすい。
生霊は入れ物としての身体を求めるものだ。
そのためには、生き物から生霊を抜くこともある。
一つの身体には一つの生霊しか入れないからだ。
しかし勤くんの場合は周辺には乗り移れる者が誰もいなかったので、
仮死状態の自分自身の身体に乗り移ったのだろう。
生霊が乗り移った状態は、魂が入った状態とは違う。
身体は動くが時間が止まっている。だから怪我も進行しない。
生霊は乗り移った身体からいつでも抜け出ることができる。
だからその勤くんは、家や学校では普通の生者として振る舞い、
夜は生霊にされた原因の君の枕元に現れたのだ。
生霊は他者の身体から生霊を抜き取ることもできる。
君がそうされていないのは、勤くんの良心のおかげだろう。
だが、それもいつまでもつかどうか・・・。」
「勤はまだ生きていて、その身体に生霊が乗り移っている・・・。
それどころか、俺の身体に乗り移らないように、
俺をまもろうとしてくれている。
じゃあ早く勤を助けないと!
俺はどうしたら良いですか?」
「ふむ。君がもし、友人を助けたいのなら、この数珠を授けよう。
友人の前で、数珠の粒の数を数えながら、祈るのだ。
そうすれば、生霊は乗り移っている身体から出てくるはずだ。
ただし気を付け給え。
身体を失った生霊は、次の身体を探そうとするだろう。
生霊は他の生き物の身体から生霊を抜き取ることができる。
君自身の身体を奪われないようにすることだ。」
「どうすれば生霊から身を守れるんですか?」
「それは、生霊と話してみなければわからん。
生霊は身体のない生者だ。
話もできるし、交渉もできるだろう。
今、勤くんは、身体を操り、怪我を隠している状態だ。
乗り移っているだけでも、身体には激痛が走り、それに耐えているだろう。
君の身体を奪って楽になろうとすることも十分にありえる。
それを辞めさせ、自分の身体を操るのではなく戻って、
自身の身体の治療を受けさせるのだ。
そうすれば、除霊などという殺生もせずに済む。
とはいえ、身体の怪我はもう手遅れであることも十分にありえる。
治療を受けたとしても、結果としてやはり死ぬかもしれん。
君にはそれでも生霊に身体に戻るよう説得ができるか?」
健作には考えるまでもない。勤を失いたくない。
できることがあればなんでもやる覚悟だ。
「やってみます。僕と勤は友達だから。」
健作は力強く頷いて、虚無僧から数珠を受け取った。
生霊となった勤の説得、できるだろうか?
いや、やってみせる。
健作に迷いはなかった。
翌日の健作は気が気ではなかった。
今日こそ半生半霊の勤を人間に戻す。
そう意気込んで学校に登校した。
そして真っ先に勤のところへ向かう。
「勤。今日、一緒に下校しよう。話があるんだ。」
「・・・わかった。」
勤には本当に生霊である自覚が無いのだろうか。
むっつりと黙っている勤に、健作は今は何も言わなかった。
学校の授業が終わって放課後。
「勤、ちょっと付いてきてくれ。」
「うん、わかった。」
健作は無言で勤を引き連れていく。
行き先は、あの傘チャンバラをした場所。
そう遠い場所ではない。ただ人目はあまりない場所だった。
そこにたどり着くと健作は振り返って勤に聞いた。
「勤。この場所に見覚えはないか?」
「見覚え?うーん、たまに遊びに来るよね。
・・・いや、違う。ここは・・・!」
突如、勤の身体から生霊が抜け出て健作に襲いかかろうとした。
咄嗟に健作は数珠を取り出した。
虚無僧から受け取った、あの数珠だ。
「ぬぅ、その数珠は・・・!」
「勤、自分の身体を操るのを辞めてくれ!」
健作は数珠をジャラジャラと鳴らしながら一心不乱に祈った。
すると勤の身体から出かかっていた生霊が苦しみ始めた。
「ぐおおおおお!なんだこの力は!健作、止めろ!」
「止めない!お前が自分の身体を操るのを止めるまでは!」
勤の生霊は苦しみながらも、健作の祈祷を止めさせようともがいた。
しかし勤の生霊が健作に触れようとすると、
その手の先は健作の数珠の祈祷によって霧散させられてしまった。
健作の祈祷は続く。勤は苦しみ続ける。
やがて勤の身体が、糸が切れた様に倒れ込んだ。
後には、身体を失った勤の生霊が残った。
健作の祈りが、勤の生霊を身体から引き剥がすことに成功したのだ。
健作の祈祷により、勤は自身の身体に取り憑いた生霊を抜き取られた。
「くそっ、健作、やってくれたな!」
くやしがる勤の生霊に、健作はニヤリと笑った。
「やっと出てきてくれたな、勤。
おっと、俺の身体を乗っ取ろうとしても無駄だぞ。
虚無僧からもらったこの数珠があるからな。」
「むぐぐぐ!それで、僕をどうしようっていうんだ。除霊か?」
「そんなことはしない。
勤、聞いてくれ。
どうやらお前の身体は、まだ死んではいないらしいんだ。」
「そんな馬鹿な。僕はこうして幽霊になってるじゃないか。
身体が死んでしまった証だ。」
「今のお前は、幽霊じゃなくて、生霊って言うらしい。
生きてる人から抜け出た霊のことだ。
勤、あの時のことを覚えているか?
お前、倒れる前に雷に打たれただろう?
そのショックで、死ぬかもしれない身体から生霊だけ抜かれたらしい。
生霊は生き物の身体に乗り移るものだけど、
周りにはお前の身体しかなかったから、
お前は自分の体を乗っ取ることにしたらしい。
身体に戻るのではなくて、身体の時間を止めて操作することが、
生霊による身体の乗っ取りらしい。」
「そう言えば、そんなことがあったような・・・。
僕も霊になって、うようよしてる時に、知らない虚無僧に言われたんだ。
身体は魂が入ると時間が経過するけど、霊に乗っ取られるだけなら、
動くことはできても時間は経過しないって。
だから身体の傷の進行を遅らせることもできるって。」
「お前もあの虚無僧に遭っていたのか!」
健作はポンと手を打つ。
「そうか、勤は生霊になって身体を動かしてるだけだから、
時間は止まっているので怪我の進行が遅いんだ。」
「冷凍睡眠みたいだね。」
「そうそう。身体だけの霊体睡眠とでも言うか。
だから、今から身体に戻ってすぐ病院に、
いや、病院に行ってから身体に戻って治療すれば、助かるんだよ!」
しかし勤の表情は冴えない。
「健作は自分のことじゃないから簡単に言うけど、
今の僕の身体は、目を潰された上に落雷を受けて、あちこちボロボロなんだ。
それの治療なんて、どんな苦痛を受けるのか、考えたくもないよ。」
「でも、助かるものを無駄に死ぬことはないだろう。
俺も友達のお前に簡単に死んで欲しくないよ。」
「じゃあどうしたら?」
「うーん。」
生身の健作と、生霊となった勤は、仲良く頭を突き合わせて考えた。
勤が辛い治療を受けずに生き返れるように。
そのためなら健作は何でもするつもりだった。
そう考えると、健作にある考えが浮かんだ。
「そうだ、この手があるかもしれない。
勤。お前、俺の生霊を引っ張り出せ。
それから、俺の身体に取り憑くんだ。」
「そんなことをしてどうするの?」
「俺は生霊になって、空っぽの勤の身体に入る。
俺たち二人で、霊を入れ替えるんだ。
そうして勤は健作として普段通りの生活をして、
俺は勤として病院で治療を受ける。
治療が終わったら、お前は身体から抜け出して、俺の生霊を取り出す。
そうすれば、二人とも元の身体に戻ることができる。」
「なるほど、僕が生霊のままなら、後で健作の生霊を抜き出せるわけか。
でも良いのかい?そんなことをして。
治療と簡単に言うけど、どんな辛いことがあるかわからないよ。」
「お前のためならどんな苦痛も耐えられるさ。
元々は、俺の不注意が原因なんだから。」
「健作がそれでいいのなら、僕はそれでいいけど・・・」
「よし、決まったな!」
こうして、健作と勤は、生霊となって身体を交換することにした。
その前に準備として近所で一番大きな病院に移動した。
そこですかさず、勤の生霊が健作の生霊を取り出し、
それぞれ身体を入れ替えることにした。
健作の生霊は勤の身体に完全に入って、怪我で意識を失い倒れ込んだ。
右目の傷を隠す細工も、その時に解けてしまった。
健作の身体を操っている生霊の勤は、すぐに大声で医者を呼んだ。
病院で突然やって来た二人の男子生徒が倒れて、
しかも一人は片目が潰れている状態で、病院は一気に大騒ぎになった。
健作と勤の二人は、病院の人たちに悪いことをしたなと、ちょっと反省した。
それから、勤の身体に入った健作の、長い長い治療が始まった。
傘で突かれた目を治療するのは簡単ではない。
全身も落雷によって怪我だらけの状態だ。
もちろん即入院。毎日が拷問のような治療の連続。
もう何本の注射を打たれたのかも覚えていない。
特に目の治療には、見たことのない器具で身体をいじくり回され、
いっそ逃げ出してしまいたいほどだった。
しかし健作は自分が原因だとわかっているので、必死に耐えた。
今逃げれば、良くて勤は片目の身だ。
リハビリにも熱心に取り組み、医者や看護婦たちを驚かせた。
熱心だったのは、健作だけではない。
健作の身体を操っている勤の生霊もまた熱心に生活していた。
勤は健作が勉強嫌いなのを知っていたので、
身体が入れ替わっている今がチャンスとばかりに、
健作の身体で毎日勉強漬けの日々を送っていた。
勤の生霊は健作の身体を操っているだけなので、時間の経過は遅い。
見た目の成長も遅くなるので、周囲から心配された。
しかしそれはむしろ勉強をするには有利に働く。
学校の勉強はもちろん、塾や予備校にも通って勉強した。
態度が急変して、健作の両親が驚いたほどだった。
もちろん、勤は健作よりは勉強が得意とはいっても、
毎日が勉強漬けになるのは辛くて仕方がないことだった。
それでも自分の治療を肩代わりしてくれている健作のため、
勤は勉強に加えて運動もこなす多忙な毎日を送っていた。
健作は勤のため、勤は健作のため、辛い日々を耐え過ごしていった。
健作が勤になり、勤が健作になり、
そんな生活がもう何年も続いた。
そしてとうとうその時がやって来た。
看護婦から勤の身体に入った健作に花束が渡された。
そう。今日は勤の身体の退院の日。
健作は数々の苦痛に耐え、勤の身体の治療を終わらせたのだ。
まだ多少の検査通院は残っているが、もう治ったと言っても良いだろう。
医者からの許可を得て、やっと退院することができたのだった。
また、健作の身体を操る勤の生霊も、熱心に勉強して進学を果たしていた。
健作と勤がお互いのため、苦手なことを交換する。
それは二人の熱心な努力によって果たされ、
その二人が元に戻る時が来たのだ。
健作と勤は、ある日のある時間、特に約束もしていなかったのに、
思い出のあの場所に自然に集まっていた。
「集合場所も決めてなかったのに、よくわかったな。」
「健作が考えることくらい、僕はお見通しさ。」
健作と勤はお互いに照れ笑いを一つ。
お互いがお互いのためにしてきたことを発表する時が来た。
それから健作と勤の二人は、数珠を繋いで手を繋ぎ、
額を合わせて目を瞑った。
健作の身体を操っていた勤の生霊が、健作の身体から抜け出る。
勤の生霊は、勤の身体に入っている健作の生霊を抜き取る。
そして健作と勤の生霊は入れ替わって、それぞれ自分の体に入った。
少しの暗転。
それから二人は同時に目を覚ました。
久しぶりの自分の身体の感覚に、健作も勤もちょっとギクシャク。
「これが、俺の身体か?
頭の中に知識がいっぱいだ。」
「僕の身体の方は、もうすっかり元通りだ。
ちょっと右目の視力は落ちてるけどね。」
自分の身体の変化を確認して、健作と勤は握手をした。
「ありがとう。」
怪我は治療すれば治せる。
友情は傷が入っても直せる。
健作と勤は、奇跡の力でその両方を成し遂げた。
本当の奇跡の力とは、
生霊の能力などではなく友情が続くことなのだと、
抱き合ってお互いの無事を実感する健作と勤であった。
終わり。
もう梅雨も終わりなので、傘チャンバラの話を書きました。
傘チャンバラは周囲も巻き込んでずぶ濡れになる迷惑な存在、
でもやってみるとアトラクションみたいで楽しいんですよね。
雨で適度に濡れるのも涼しくていいですし。
大人になってからは、傘チャンバラはできなくなりましたが、
また何かの機会があればやってみたいです。
話は傘チャンバラで楽しく終わるのではなく、
事故が起こって大変なことになってしまった場合でした。
生霊などという奇跡があっても、後始末は大変でした。
健作と勤の協力がなければ、決して良い結果にはならなかったでしょう。
お読み頂きありがとうございました。




