表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/6

第5話 選択の結果

窓の外はあまり人通り少ないのか、コオロギの羽音が大きく響く。玄関の電灯は切れかかってるのかたまに点滅している。

橙色の光が目に刺さってズキズキと痛い。

少し俯いて、居間へ行く。

母さんの痕跡を、探さなければ。

ゼブルさんは後ろで周囲を観察している。

ふと、玄関から扉を開く音がした。

聞きなれた、硬い靴の足音。

母さんは僕を見て、少し顔を歪めた。


「か、母さん?」


しばらくいなくなると書いていたのに。一歩後ろに後ずさる。

訊きたいことが山ほどあるのに、口が酷く乾いて言葉が出ない。母さんは何かを確かめるように一歩前に出る。


「……何でここに居るの」


低い、不機嫌な声。ぞくり、と背筋が冷える。

視線が、僕から外れた。

──背後へ。

母さんの目がゆっくりと見開かれた。


「……は?」


呼吸が乱れる。


「なんで……」


次の瞬間、表情が一気に崩れた。


「お前ッ!!」


床を踏みならす音。強く床が軋む。

勢いよく距離を詰める。


「なんでここにいる!! 」


掴みかかろうと腕を振り上げる。ゼブルさんは、驚くこともなく動かない。その軌道が、僕の視界の端で、腕を振り上げるところだけ、遅く見えた。

──当たる。

そう思った瞬間。

腕がピタリと止まった。  


「どうしてっ!どうしてあの人を見殺しにした!!」


止まった腕もなりふり構わず怒鳴る。

視線の先で、母さんの目が揺れていた。

見開かれた眼が涙で濡れている。

──初めて見た、泣いてるとこ。

ゼブルさんは母さんを見下すように眺めた後、嗤った。


「見殺しに?それを望んだのはあいつだ」


「例えそうだとしても助けれたでしょう!?」


「あいつは助けなんて求めてなかった。それとも君は、望みなんて無視しろと?」


「あの女に殺されるよりはマシでしょう!?」


は、とため息をつくゼブルさん。その口は不快げに歪んでいた。


「君は、つまらないな。……アオと違って 」


そう言い捨てて、母さんの顔を覗き込むゼブルさん。

感情のこもってない平坦な声。

それなのに、冷たい汗がつたう。


「君もまた──普通なんだね。望みの否定で、人を歪ませることを知らない」


「歪ませる!?あの人は、いつだって望みなんて言わなかった!!っお前に、何がわかる!?」


「少なくとも、アイツは──最後まで後悔なんてしてなかった。はは、君とは大違いだ」


母さんは振り上げた腕を下ろして、沈黙する。ずっと視線は鋭いまま。

僕は、かろうじて出た声でゼブルさんに問う。


「っあの、ゼブルさん。ゼブルさんの言うアイツって…最近死んだあの社長、ですよね?母さんが関わってるのを知ってて僕に近づいたんですか…?」


「…いや、君に興味を惹かれたから。それだけだ」


母さんは、ハッと気がついたように僕を見る。


「…アオ、お前はどうしていつも面倒事を連れてくるんだ!?」


矛先が、僕に向く。今度は、僕に詰め寄ってくる母さん。

心臓が、飛び跳ねた。手が氷に浸したように震える。


「いつもいつも、役たたずで!!なんで、お前があの悪魔と居る!?」


役たたず。いつも、母さんは僕に「不要」のレッテルを貼る。


「っゼブルさんが、突然現れたんですよ!」


「っその敬語はなんだよ!?舐めた態度でッ!!」


いきり立った、母さん。再度、下ろした腕がふり上がる。

──また、殴られる?

抵抗したら母さんは、きっと僕を捨てる。

僕は、どうせ発散道具だから。

だから。

抵抗をしないで、ただ目を瞑る。

ふと、前の記憶を思い出す。


──それを"帰る場所"と呼ぶのは都合がいい。


──ただ、壊せることは覚えておくといい。


なら、この関係を壊してしまったらどうなるのだろう。

僕は、独り?

でも、ゼブルさんがいる。

なら。


僕は、振り上げられた腕を振り払う。

母さんの見開かれた目。腕を掴んで、母さんに詰め寄る。

恐怖で、瞳孔が広がっている。

喉が引きつって、くぐもった声で笑う。

久しぶりに笑った気がした。


「僕は、あなたの道具じゃない」


「ッ…ぃた」


母さんは、口を歪ませて訴える。掴んでいた手を離すと、腕が手の形に真っ赤になっていた。


「……母さんは、あの社長って人と何か関係あるんですか。

今日、警察が来ましたよ」


胸にのしかかるように感じた重石が、増える。なのに、不快じゃなかった。

まるで、手のひらに乗ったアリを見つめているみたいに。

手先は震えているのに、いつもより動かしやすい。


「…ただ、あの人を少し懲らしめようとしただけだ。あの女が、勝手に」


「あの女って、丸山夜さんって人ですよね。じゃあ、母さんはそれを手伝ったわけだ」


「……お前は、お前だけは私を理解してくれると思ってたけど…違ったんだな」


自嘲気味に笑って、目を逸らした。母さんは横を通り過ぎて、荷物を片付け始める。


「母さんは、丸山さんが社長を殺すのを知ってて手伝ったんですか」


「いや…知らなかった。ただ、懲らしめてやりたかっただけだ。女遊びをやめない社長…ヒロを、反省させたかった」


「そうですか…でも母さん、それって犯罪になるんですよ」


「は?」


母さんは、固まって僕を凝視する。顔が、少しずつ青くなっている。


「母さんは、例え知らなかったとしても殺人に加担した。捕まって然るべきですよね」


わなわな、と口が震えている。


「私を、見捨てるのか」


「今更どの口が…」


ゼブルさんは、無言で僕たちを見つめる。どうなるのか、観察しているのだろう。

今は、それが僕を少し心を穏やかにさせた。


「やめ、やめてくれ」


「母さんが言ったこと覚えてますか?

──悪いことはやめさせなさい、って。

悪いことをした人は裁かれるべきだって」


母さんは、僕にすがりつく。青ざめた顔で、懇願する。

母さんを、怖いとはもう思わなかった。ただ、

──馬鹿みたい。

そう、思った。


僕はスマホを手に取って、番号を押す。

110。

もう、見捨てていこう。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ