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虚空のレクイエム ―絶望の魔法世界で、少女は機械の記憶を歌う―  作者: 畠山ゆな@姉弟で小説共作✏️
三種の不協和音と、鏡合わせの影

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古代図書館の秘密:両親の遺言



 古代図書館は、聖都の中心部にあった。


 天人族の居住区を抜けた先、白い石畳の広場の奥に、他の建物とは明らかに異質な建物がそびえていた。周囲の白亜の建物と違って、壁は古びた灰色の石で作られている。蔦が絡まり、窓には魔法陣が刻まれていた。


 大きい。ゼノビアで一番大きな建物かもしれない。


「入れるのかな」


「一般公開されてるはずだ。ただ——」


 カイルが入り口を示した。


 扉の前に、天人族の係員が二人立っていた。利用者の種族を確認するように、入ってくる人間を順番に止めている。天人族はすんなり通している。でも、獣牙族の男が前に進もうとした瞬間、係員の一人が手を上げた。


「獣牙族の閲覧は、東館のみだ」


「東館に、古代文書はあるか」


「ない」


 男は無言で踵を返した。


 カナリアは、その背中を見送った。




「わたしは?」


「……どうだろうな。お前の種族は、見た目じゃわからない」


 カイルは考えてから言った。


「俺は東館で待つ。お前だけで入れるか試してみろ」


「一人で?」


「ルニを連れていけ。何かあれば、すぐ出てこい」


 カナリアは頷いた。


 ルニを肩に乗せて、入り口へ向かった。




 係員がカナリアを見た。


 値踏みするような目だったけれど、昨日の商人みたいな露骨な敵意はなかった。


「種族は」


「……旅人です。種族は、わかりません」


 係員が眉を上げた。


「わからない?」


「記憶がないので」


 沈黙が数秒続いた。係員が互いに顔を見合わせた。


「……まあいい。変なものは持ち込むな。書物に触れる際は係員の許可を取れ」


 あっさりと通してもらえた。


 振り返ると、カイルが遠くから小さく頷いた。




 中に入った瞬間、息を呑んだ。


 天井が、高い。


 吹き抜けの空間に、本棚が何層にも重なっている。螺旋状の回廊が上へ上へと続いていて、最上階は霞んで見えない。棚に並ぶ書物の背表紙が、魔法の光でうっすらと輝いていた。


 静かだった。


 人はいる。でも、誰も喋らない。ページをめくる音だけが、広い空間に静かに満ちている。


 ルニが、キョロキョロと首を動かした。


「すごいね」


 小声で言うと、ルニが同意するように鳴いた。声が小さく反響した。




 何から調べればいいか、最初はわからなかった。


 長老には「両親のことを知るために図書館へ行け」と言われた。伝説の賢者と剣豪。その二人の記録が、ここにあるはずだと。


 館内の案内板を見つけて、歴史資料の棚を探した。


 三階の奥まった一角に、古代史の資料が集まっていた。羊皮紙を綴じた書物、石板に刻まれた文字、魔法で保存された巻物。


 「龍脈」という言葉を手がかりに、棚を端から確認していく。


 ルニが何度か、特定の背表紙に鼻先を向けた。その本を抜き出すと、確かに関係のある記述が見つかった。


「……ルニ、もしかして読めるの?」


 ルニは澄ました顔をした。




 一時間ほど調べて、一冊の書物を見つけた。


 他の本より、明らかに古い。表紙に刻まれた文字は、今の共通語とは少し違う書体だった。でも、読める。


『龍脈の守護者たちへ——失われた共鳴の記録』


 そっと開いた。


 最初の数ページは、龍脈の仕組みについての解説だった。三種族それぞれの魔力の性質、龍脈との接続方法、かつて世界中に張り巡らされていた魔力の網。


 読み進めるほど、胸が重くなった。


 龍脈は、かつてこんなにも豊かだったのか。それが今は、枯渇しかけている。




 中ほどのページに差し掛かった時、手が止まった。


 挿絵があった。


 二人の人物が描かれていた。一人は本を抱えた女性。もう一人は剣を帯びた男性。二人は並んで立っていて、その足元には小さな子供がいた。


 子供は、両手で何かを抱えていた。


 卵だった。


 白銀の卵。


 ——これ。


 鼓動が速くなった。


 挿絵の下に、細かい文字で注釈が書かれていた。


『大賢者セラ・カナエと、剣豪リュウ・ナギ。二人の間に生まれた子は、三種族の魔力すべてを統合する「詞の継承者」とされる。子の名は——カナリア』




 しばらく、動けなかった。


 文字を何度も読み返した。三回、四回、五回。


 セラ・カナエ。リュウ・ナギ。


 その名前が、頭の中で反響した。記憶はない。でも、その音の並びに、どこか懐かしいような感触があった。


「……お母さん、お父さん」


 声に出したら、喉が詰まった。


 ルニが、そっと頬に頭を擦り付けてきた。




 もっと読み進めた。


 後半のページは、二人の活動の記録だった。


 セラは、三種族が共存していた時代の証拠を探し続けていた。かつて龍脈が満ちていた頃、天人族も獣牙族も海鱗族も、力を合わせて龍脈を管理していたという記録が、どこかに残っているはずだと。


 リュウは、その調査を守るように、各地を旅していた。


 二人は、ゼノビアの古代図書館に何度も足を運んでいた。まさに、今カナリアがいるこの場所に。


 そして——最後の記録に、手が止まった。




『セラとリュウが消えた。帝国の記録には「事故死」とあるが、目撃者の証言は異なる。二人は、三種族共存の証拠を発見し、それを帝国に提出しようとしていたという。その直後に、姿を消した』


 証拠を発見した。帝国に提出しようとした。そして、消えた。


 ——殺された。


 その言葉が、頭の中に浮かんだ。


 怒り、ではなかった。


 悲しみ、でもなかった。


 もっと冷たい、静かな確信だった。




 書物を閉じて、しばらく棚の前に立っていた。


 ルニが、カナリアの膝に降りてきた。毛並みが、少し震えている気がした。


 ——お父さんとお母さんは、同じことをしようとして、消えた。


 そして今、自分はここにいる。


 偶然じゃない気がした。


 この世界に転生したこと。バルガ村に現れたこと。ゼノビアに来たこと。そしてこの図書館で、この書物を見つけたこと。


 全部が、繋がっている気がした。




 もう一度、棚を確認した。


 関連する書物が、もう一冊だけあった。薄い冊子で、表紙に手書きの文字が走っていた。


 筆跡が、他の書物と違う。印刷ではなく、手書きだ。


 開いた瞬間、息が止まった。


 書き出しの一行に、こう書いてあった。


『カナリアへ。いつかあなたがこれを読む日のために』




 手が、震えた。


 一字一句、噛み締めながら読んだ。


 母セラの文字だと、なぜかわかった。癖のある、でも丁寧な文字。


『あなたがこれを読んでいるなら、きっと記憶を失ってこの世界に戻ってきたのでしょう。ごめんなさい。あなたを守るために、そうするしかなかった』


 続きを読む。


『世界は今、分断されています。でもかつて、三種族は一つでした。その証拠を、私たちは見つけました。でも、それを守るために、あなたを手放すことになりました』


 ページをめくる手が、止まらなかった。


『あなたには、三種族の魔力を繋ぐ力があります。でも、その力は怒りや悲しみからは生まれません。あなたが誰かを想う時、誰かのために立ち上がる時、初めて本当の詞になります』


 最後のページ。


『孤独を感じる時、覚えていてください。あなたはずっと、愛されていました。それだけは、どんなに記憶が失われても、消えることはありません』




 閉じた。


 目を閉じた。


 涙は、出なかった。出し方がわからなかった。


 ただ、胸の中で何かが動いた。ずっと凍りついていた何かが、ほんの少しだけ溶け始めるような感覚。


 ルニが、静かに胸に飛び込んできた。


 強く、抱きしめた。




 図書館を出たら、カイルが東館の前で待っていた。


 カナリアの顔を見て、何かを察したのだろう。何も聞かなかった。


 ただ、隣を歩いてくれた。


 夕暮れの石畳を、三人で歩いた。


 しばらく経ってから、カナリアは口を開いた。


「お父さんとお母さんの手紙が、あった」


「……そうか」


「ふたりは、三種族が共存できるって信じてた。その証拠を守ろうとして、消えた」


 カイルは何も言わなかった。


「わたし、やっぱり行かないといけないんだと思う。もっと先へ」


「知ってた」


 カイルは、真っ直ぐ前を向いたまま言った。


「お前は最初から、そういう顔をしてた」




 夜、宿の窓から星を見上げた。


 手紙の最後の言葉が、頭の中で繰り返されていた。


 ——あなたはずっと、愛されていました。


 記憶はない。でも今夜だけは、その言葉を信じてもいい気がした。


 ルニが肩に乗ってきた。


 その毛並みは、今日一番、白く輝いていた。



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