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虚空のレクイエム ―絶望の魔法世界で、少女は機械の記憶を歌う―  作者: 畠山ゆな@姉弟で小説共作✏️
三種の不協和音と、鏡合わせの影

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聖都ゼノビアの「種族格差」


 聖都ゼノビアが見えてきたのは、旅立ちから五日目の昼過ぎだった。


 丘の上に出た瞬間、カナリアは思わず足を止めた。


 大きい。


 想像していたより、ずっと大きかった。白い石造りの建物が、緩やかな斜面に沿って幾重にも重なり、頂上には巨大な尖塔がそびえている。遠目にも、その尖塔が淡く光を放っているのがわかった。魔力の光だ。


「すごい……」


「初めて見る者は、みんなそう言う」


 カイルの声は、どこか乾いていた。


「でも、中に入ればわかる。あの白さは、表面だけだ」




 城門をくぐった瞬間、空気が変わった。


 人が多い。石畳の大通りに、様々な種族が行き交っている。天人族の白い鎧、獣牙族の厚い外套、そして——鱗のような肌を持つ、見たことのない種族も。


「海鱗族だ」


 カイルが小声で教えてくれた。


「歌声で魔力を操る。普段は外界と交流しないが、ゼノビアには各地から人が集まるから、たまに見かける」


 海鱗族の女性が、こちらを一瞥した。綺麗な目だった。でも、すぐに視線を逸らした。


 挨拶はなかった。




 大通りを歩くほど、カナリアは妙な感覚を覚えていた。


 人が多いのに、誰も誰かと話していない。


 天人族は天人族だけで固まっている。獣牙族は端の方を歩いている。海鱗族はさらにその外側、まるで壁に沿うように移動していた。


 混ざっていない。


 同じ場所にいるのに、完全に分断されている。


「ねえ、カイル」


「見ての通りだ」


 聞く前に答えが返ってきた。


「ゼノビアは、一応すべての種族に開かれた都市ってことになってる。でも、実態は違う」


 カイルは顎で大通りの先を示した。


「あの区画が見えるか。白い建物が並んでるところ」


「うん」


「天人族の居住区だ。上等な宿も、いい食堂も、魔導具の店も、全部あそこに集まってる」


「じゃあ、獣牙族は」


「東の端。建物は古くて、道は狭い。でも、まあ、住める」


 淡々とした言い方だった。怒っているわけじゃない。ただ、ずっとそういうものだと知っている人の言い方。


 その声が、胸に刺さった。




 宿を探して東区画に向かう途中、路地で声が聞こえた。


 怒鳴り声だった。


 角を曲がると、天人族の男が二人、獣牙族の少年に詰め寄っていた。少年は十歳くらいだろうか。壁際に追い詰められて、俯いている。


「この区画に獣牙族が来るな。臭い」


「市場で俺の荷物に触れただろう。弁償しろ」


「で、でも、ぶつかったのは——」


「言い訳するな」


 男の手が、少年の胸倉を掴んだ。


 カナリアの足が、勝手に動いた。


「やめてください」


 声が出た。三人が振り返る。


「この子が何をしたんですか」


 天人族の男が、カナリアを上から下まで見た。


「何者だ、お前」


「関係ないです。でも、子供をそんな風に扱うのは——」


「黙れ」


 男が鼻で笑った。


「旅人か。ゼノビアの事情を知らないなら口を出すな。ここでは、これが普通だ」


 普通。


 その言葉が、頭の中で反響した。


 ——普通って、何。


「普通だから、正しいわけじゃない」


 気づいたら、言っていた。


 男の目が細くなった。一触即発の空気が流れた。


 その時、カイルがカナリアの隣に並んだ。


 何も言わなかった。ただ、立っているだけ。でも、その存在感だけで、男たちの表情が変わった。


 獣牙族の青年が、本気で怒ったら厄介だ。そう判断したのだろう。男たちは舌打ちをして、立ち去った。




 少年が、おずおずと顔を上げた。


 目が赤かった。泣くのを、ずっと堪えていたのだろう。


「大丈夫?」


 カナリアがしゃがんで目線を合わせると、少年は小さく頷いた。


「……ありがとう」


「名前は?」


「タオ」


「ここに住んでるの?」


「お母さんと。東区画に」


 タオはルニをちらりと見て、目を丸くした。


「その子、なに?」


「ルニ。わたしの相棒」


 ルニが愛想よく近づくと、タオは恐る恐る手を伸ばした。ルニが頭を擦り付ける。タオの表情が、少しだけ緩んだ。




 タオと別れた後、カイルが静かに言った。


「毎日あんな感じだ。ゼノビアでは」


「……なんで、誰も止めないの」


「止めたら、次は自分がやられる。みんな知ってるから、見て見ぬふりをする」


 カナリアは、大通りを見渡した。


 さっきまでと同じ光景だ。人が行き交い、市場は賑わっている。でも今は、その賑わいの下にあるものが見えた気がした。


 誰かが俯いている。誰かが端に追いやられている。誰かが、見て見ぬふりをしている。


 ——知ってる、この感じ。


 胸の古い傷が、じくりと疼いた。


 ルニが、カナリアの頬に額を押し当ててきた。


「わかってる」


 小声で言うと、ルニが鼻を鳴らした。




 宿に落ち着いたのは、夕暮れ時だった。


 東区画の古い宿屋。建物は古いけれど、宿の主人は気のいい獣牙族の女性で、夕食に温かいスープを出してくれた。


 カナリアは窓の外を見ながら、スープを口に運んだ。


 夕日に染まった聖都が、遠くで輝いている。白い尖塔が、橙色に光っている。綺麗だった。本当に、綺麗だった。


 でも。


「ねえ、カイル」


「なんだ」


「この都市を、変えることはできるのかな」


 カイルは少し考えてから、答えた。


「難しい。長年積み重なってきたものだから」


「そうだよね」


「でも」


 カイルはスープに目を落としたまま、続けた。


「今日、お前が路地で声を上げた。それで、タオは助かった」


「……うん」


「一人でいい。一人が救われるなら、意味はある」


 その言葉が、静かに胸に落ちた。


 ルニが膝の上で丸くなった。温かかった。




 その夜、カナリアは眠れなかった。


 天井を見つめながら、今日見た光景を思い返していた。分断された大通り。路地の少年。見て見ぬふりをする人たち。


 そして——あの、「普通だ」という言葉。


 普通だから、正しい。


 その論理が、どこか遠い記憶の中にもあった気がした。記憶はない。でも、確かにあった気がする。


 ——わたしも、そう言われたんだろうか。


 答えは出なかった。


 ただ、一つだけはっきりしていることがあった。


 ——それでも、間違ってると思う。


 ルニが寝息を立てている。


 カナリアは目を閉じた。


 明日も、この都市で生きていかなければならない。何かを変えられるかどうかは、わからない。でも、見て見ぬふりだけは——したくなかった。


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