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虚空のレクイエム ―絶望の魔法世界で、少女は機械の記憶を歌う―  作者: 畠山ゆな@姉弟で小説共作✏️
覚醒の序曲と、空っぽの卵

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銀のカナリア、旅立ちの空


 あの夜から、村の空気が変わった。


 変わった、というより——動き始めた、という感じだった。


 帝国の部隊が撤退したことは、すぐに近隣の集落へ伝わった。辺境の小さな村が、帝国将校を退けた。それも、記憶を失った見知らぬ少女の力で。


 噂は、カナリアが思うより早く広がっていった。


---


 長老が床から起き上がったのは、翌朝のことだった。


 顔色はまだ優れなかったけれど、目には力が戻っていた。カナリアの前に座って、ルニをしばらく静かに見つめた。


「白銀のルニか」


 長老の声が、かすかに震えた。


「伝説の賢者と剣豪の娘。本当に、生きていたのだね」


「……どういうことですか」


 カナリアは聞いた。


 長老は一呼吸置いてから、静かに語り始めた。


---


 この世界にはかつて、二人の英雄がいた。


 一人は、すべての魔法を解析し、体系化した大賢者。もう一人は、三種族の間を渡り歩き、誰よりも多くの命を救った剣豪。


 二人は出会い、愛し合い、一人の子供を授かった。


 しかしその子供は、生まれてすぐに機械文明の世界へと送られた。世界の歪みから守るために。


「その子供の名が——カナリア」


 長老の目が、真っ直ぐカナリアを見ていた。


「あなたの両親は、この世界を救おうとして、命を落とした。そしてあなたは、別の世界で生き続けた」


 カナリアは、すぐには言葉が出なかった。


 両親がいた。自分を守るために、別の世界へ送り出した人たちが。


 胸の奥で、何かが揺れた。悲しみとも、温もりとも、うまく分類できない感情。


「……わたしに、何ができるんですか」


「龍脈を、再び動かすことができる」


 長老は迷いなく言った。


「あなたの詞には、すべての種族の魔力を繋ぎ合わせる力がある。昨夜の白銀の炎が、その証だ」


 ルニが、カナリアの膝の上で静かに目を閉じた。


---


 その日の午後、カナリアはカイルと村の外れに座っていた。


 遠くに、聖都ゼノビアの方角がある。地平線の向こう、霞んだ山並みの先に。


「行くのか」


 カイルが聞いた。


「……行かないといけない気がする」


 カナリアは正直に答えた。


「理由はうまく言えない。でも、このままここにいたら、また同じことが起きる。ゼクスが戻ってくる。村のみんなが、また苦しむ」


「それはそうだ」


「わたしの力が、何かの役に立つなら——使いたい」


 ルニが翼をぱたぱたと動かした。同意しているみたいに。


 カイルはしばらく空を見ていた。それから、立ち上がった。


「俺も行く」


「え」


「一人で行かせるわけにいかない」


 振り返った顔は、いつもの真っ直ぐな顔だった。


「それに」


 カイルは少し目を逸らした。


「俺も、このままじゃ嫌だ。村のみんながあんな顔をするのを、ただ見ていたくない」


 カナリアは、胸が温かくなるのを感じた。


「……ありがとう」


「礼はいい」


 カイルはそっぽを向いた。耳が、少し赤かった。


---


 旅立ちは、翌朝に決まった。


 夜、村人たちが送別の食事を用意してくれた。質素だけど、温かい食卓だった。子供たちがルニに群がって、ルニは満更でもなさそうにしていた。


 長老が、カナリアの手を取った。


「一つだけ、覚えておきなさい」


 皺だらけの手が、しっかりと握ってくれた。


「あなたの詞は、怒りや憎しみからは生まれない。あなたが誰かを想う気持ちが、力の源だ」


 カナリアは頷いた。


「昨夜もそうだった。あなたはカイルを守りたかった。それだけだった」


「……はい」


「忘れないように」


 長老は静かに笑った。


「あなたの心が、この世界の鍵だから」


---


 夜明け前、カナリアは一人で村の外れに出た。


 東の空が、少しずつ白み始めていた。星が一つ、また一つと消えていく。


 ルニが肩に乗ってきた。温かい重さだった。


 この村に来た時のことを思い出した。草原の真ん中で目を覚まして、空が青くて、何も分からなくて。孤独という感情の欠片だけを持って、それだけが自分だった。


 今は、違う。


 名前がある。カナリアという、この世界の名前が。一緒に歩いてくれる人がいる。自分の分身が、肩の上で息をしている。


 まだ、記憶はない。


 自分が何者なのかも、本当の意味ではわからない。


 でも——


「行こう、ルニ」


 呟くと、ルニが小さく鳴いた。


---


 朝日が昇り始めたころ、カイルが荷物を担いでやってきた。


「準備できてるか」


「できてる」


「じゃあ行くか」


 それだけだった。


 余計な言葉は何もなかった。でも、それがちょうどよかった。


 三人で、村の門をくぐった。


 振り返ると、村人たちが見送ってくれていた。子供たちが手を振っている。長老が、静かに頭を下げた。


 カナリアは、頭を下げ返した。


---


 道は、まだ長い。


 聖都ゼノビアまでの道のりに、何が待ち受けているかわからない。ゼクスが追ってくるかもしれない。もっと大きな危険があるかもしれない。


 でも、一歩踏み出せた。


 それだけで、今は十分だった。


 朝日の中で、ルニの白銀の毛並みが光った。


 カナリアは前を向いた。


 ——わたしは、カナリア。


 記憶はない。過去もわからない。


 でも、今ここにいる。


 それだけを胸に、少女は旅立った。


ここまで読んでくれて、ありがとうございます!


奏——カナリアの冒険は、まだまだ始まったばかり。聖都ゼノビアには、どんな出会いと秘密が待っているのか。ゼクスは再び彼女の前に立ちはだかるのか。そしてルニは、どんな姿へと成長していくのか。


続きは次の章でお楽しみに!


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