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虚空のレクイエム ―絶望の魔法世界で、少女は機械の記憶を歌う―  作者: 畠山ゆな@姉弟で小説共作✏️
覚醒の序曲と、空っぽの卵

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3/13

鉄の軍靴と、凍りついた記憶


 異変に気づいたのは、カイルだった。


 朝の見回りから戻ってきた彼の顔が、いつもと違った。引き締まっている、というより、固まっている。感情を、意識して押さえ込んでいる顔。


「カイル?」


「村の者を全員、集会所に集めてくれ」


 低い声だった。カナリアは何も聞かずに走った。


---


 集会所に集まった村人たちの表情は、一様に青ざめていた。


「帝国の部隊が、この方角に向かっている。斥候が確認した」


 カイルの言葉に、誰かが息を呑んだ。


「なんで今更こんな辺境に」


「魔力の徴収だ。龍脈が枯れてきているせいで、帝国は各地の集落から直接、住民の魔力を搾り取るようになってる」


 老人が俯いた。子供を抱いた母親が、唇を噛んだ。


 カナリアには、この世界の政治的な背景はまだよくわからない。でも、場の空気だけは、はっきりと伝わってきた。


 ——怖い。みんな、怖がってる。


「逃げましょう」


 思わず口に出ていた。全員の視線が集まる。


「森に隠れれば、時間を稼げるんじゃ」


「無駄だ」


 カイルが静かに言った。


「帝国の魔導士は、生体魔力を感知できる。森に逃げても、すぐに見つかる」


 沈黙が落ちた。


---


 帝国の部隊が村に入ってきたのは、それから一時間も経たないうちだった。


 整然とした行軍の音。鉄の軍靴が石畳を踏む、規則正しい音。


 カナリアは集会所の窓から、そっと外を覗いた。


 兵士たちは白銀の鎧を身に着けていた。背筋が伸びていて、無駄な動きが一切ない。彼らの耳は、丸かった。天人族だ。


 そして、その先頭に立つ人物を見た瞬間、カナリアの全身が固まった。


 男だった。


 年齢は二十代後半くらい。銀灰色の髪を後ろに撫でつけて、白い将校服を着ている。背が高く、立ち姿に一切の隙がない。表情は、無だった。怒っているわけでも、楽しんでいるわけでもない。ただ、任務を遂行しているだけ、という顔。


 ——知ってる。


 そう思った。


 もちろん、あの男を知っているわけじゃない。でも、あの目を知っている。


 人を、人として見ていない目。


 値踏みするような、透明な視線。相手に感情を持つ必要がない、と心の底から思っている人間の目。


 ——知ってる。あの感じ、知ってる。


 胸の奥で、何かが疼いた。記憶じゃない。もっと深いところにある、感情の傷跡みたいなもの。


「ゼクス将校だ」


 隣でカイルが呟いた。声が、僅かに硬い。


「帝国でも、特に優秀な男。容赦がない」


---


 ゼクスは村人を広場に集めさせ、一列に並ばせた。


 そして、淡々と告げた。


「魔力徴収に協力してもらう。抵抗する者は排除する。以上だ」


 それだけだった。説明も、交渉も、謝罪も何もない。


 老人が前に出た。村の長老だった。


「将校殿。我々の蓄えは、もう限界に近い。これ以上搾り取られては、冬を越せない者が出る」


「それは貴様らの問題だ」


 ゼクスは長老を一瞥もせずに言った。


「帝国の存続のために必要な魔力量は、感傷で変わるものではない」


「しかし——」


「非効率な議論は時間の無駄だ」


 ゼクスの指が、軽く動いた。それだけで、兵士の一人が長老の前に立ちはだかった。


 長老が、口を閉じた。


---


 その光景を見ながら、カナリアの中で何かが揺れ始めていた。


 怒り、ではない。もっと根っこのところにある、もっと古い感情。


 ——また、この感じ。


 誰かが、声を上げられずにいる。理不尽なのに、抗えずにいる。それをただ、見ていることしかできない。


 ——また、この感じだ。


 喉の奥が、きゅっと締まった。


 胸に抱いた卵が、かすかに震えた気がした。


---


 徴収が始まった。


 魔導士が村人の手を取り、一人ずつ魔力を吸い取っていく。処置を受けた老人が、膝をついた。子供が泣いた。母親が駆け寄ろうとして、兵士に制止された。


 カイルが、拳を握っていた。


 カナリアは、その横顔を見た。誇り高くて、実直で、誰よりもこの村を大切にしている青年。その彼が今、唇を噛んで、何もできずに立っている。


 ——カイルが、こんな顔をしてる。


 その瞬間、ゼクスと目が合った。


 向こうからすれば、偶然の一瞥だったかもしれない。でも、その目がカナリアを通り過ぎた感触は、はっきりとあった。


 存在を認めていない目。


 値踏みする価値もない、という目。


 ——知ってる。


 疼きが、痛みに変わった。


 記憶はない。でも、この感触は知っていた。誰かの視線に、透明人間みたいに貫かれた感覚。そこにいるのに、いないように扱われる、あの感覚。


 卵が、また震えた。


 今度は、さっきより強く。


---


 徴収が終わって、帝国の部隊が去っていった後、村には重い沈黙が残った。


 長老が、ゆっくりと立ち上がろうとして、よろけた。カイルがすぐに支える。


「大丈夫ですか」


「……慣れてる」


 長老の声が、かすれていた。


 カナリアは、その光景をただ見ていた。


 何もできなかった。何も言えなかった。それがひどくもどかしくて、同時に、どこか既視感があった。


 ——また、何もできなかった。


 その思いが、胸の中に沈んでいった。


 卵を抱える手に、自然と力が入った。


 中から、かすかな鼓動が伝わってくる気がした。まるで、「大丈夫」と言っているみたいに。


 でも今は、その温もりさえ、少し遠かった。


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