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虚空のレクイエム ―絶望の魔法世界で、少女は機械の記憶を歌う―  作者: 畠山ゆな@姉弟で小説共作✏️
夜明けのレクイエム

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最終詠唱:天に響く一節(ワン・ライン)




 夜明けの光が、地上に届き始めた頃、全員が石室に入った。


 黒い霧が、濃かった。


 入った瞬間、体が重くなる感覚があった。魔力が、じわじわと吸われていく感触。それでも、誰も引き返さなかった。


 亀裂は、昨日より大きかった。石室の壁の三分の一が、黒く染まっていた。霧の渦が、部屋の中心に向かって緩やかに動いていた。


 時間が、なかった。




「始める」


 カナリアは言った。


 全員が、それぞれの位置についた。


 石室の外、水路に別動隊が展開した。ゼクスが、その中心に立った。


 石室の中、三つの円が描かれた位置に、本隊が整列した。


 天人族の術者、十名。北側に並んだ。


 獣牙族の命脈の使い手、十名。南側に並んだ。


 海鱗族の共鳴の使い手、十名。東側に並んだ。


 そして、中心に——カナリアとルニ。




「確認します」


 カナリアは、声を上げた。


「天人族は、龍脈の流れを感じたら、導法を展開してください。私が合図を出します」


 天人族の術者の代表が頷いた。


「獣牙族は、導法が安定したら、命脈を注入してください。タイミングは、ルニの羽ばたきに合わせて」


 カイルが、仲間たちを見回して頷いた。


「海鱗族は、命脈が大地に根付いたら、共鳴を始めてください。マリンの声を軸にして」


 マリンが、深く息を吸った。頷いた。


「全員のタイミングを、私が束ねます。ルニが繋ぎます」


 ルニが、翼を広げた。




 カナリアは、目を閉じた。


 深呼吸をした。


 ——落ち着いて。


 今まで、何度も自分に言い聞かせてきた言葉。


 でも、今日は少し違った。


 落ち着け、ではなかった。


 ——わたしは、ここにいる。


 その感覚だけを、確かめた。


 ルニが、体に寄り添った。温かかった。


 カイルが、少し後ろにいる。気配が、温かかった。


 マリンの呼吸が、左から聞こえた。


 全員が、ここにいた。




 目を開けた。


 亀裂を、見た。


 黒い霧が、渦を巻いていた。でも、その奥に——光の線が見えた。


 龍脈だ。


 まだ、細かった。でも、消えていなかった。


 ——まだある。


 その事実が、背中を押した。


「始めます」




 カナリアは、魔力を展開した。


 白銀の光が、体から溢れた。


 バルガ村で初めて出した時とは、違った。あの時は、感情が爆発した。制御できなかった。


 今は違う。


 ゆっくりと、丁寧に、広げた。石室の中心から、三方向に向けて、光の糸を伸ばした。


 天人族に向かって、一本。


 獣牙族に向かって、一本。


 海鱗族に向かって、一本。


 ルニが、その糸の結び目になった。




「天人族、導法を」


 静かに言った。


 術者たちが、目を閉じた。


 精密な魔力の流れが、展開された。冷たくて、緻密で、無駄がない。龍脈の亀裂に向かって、整然と伸びていく。


 カナリアは、その流れを受け取った。


 ルニを通して、感じた。


 ——来た。


 導法の精度が高かった。昨日の練習の成果が、そのまま出ていた。




「カイル、命脈を」


 次の合図を出した。


 カイルが、地面に両手をついた。


 周囲の獣牙族たちも、同じように地面に触れた。


 大地に、生命力が流れ込んだ。根を張るような、力強い温もり。龍脈の流れに沿って、魔力が定着していく。


 ルニが、その力を受け取った。白銀の毛並みが、橙色に揺れた。


 天人族の導法と、獣牙族の命脈が、ルニの中で混ざった。


 まだ、半分だった。




 黒い霧が、反応した。


 渦の動きが、速くなった。


 防衛システムが、感知したのだ。龍脈に力が流れ込もうとしていることを。


 石室の外で、ゼクスの声が聞こえた。


「別動隊、霧を抑えろ」


 水路に、天人族の導法が展開された。海鱗族の共鳴の使い手が、歌い始めた。別動隊の力が、霧の渦を押さえ込もうとした。


 渦が、少し遅くなった。


 でも、完全には止まらなかった。




「マリン、共鳴を」


 カナリアは言った。


 マリンが、息を吸った。


 歌い始めた。


 最初の一音が、石室に響いた瞬間、空気が変わった。


 言葉のない旋律。でも、その音に、今夜感じたすべてが込められていた。


 怖かった。それでも、ここにいる。


 一人じゃなかった。だから、歌える。


 海鱗族の共鳴の使い手たちが、マリンに続いた。十の声が、重なった。


 ルニが、その音を受け取った。


 天人族の光と、獣牙族の温もりと、海鱗族の旋律が——ルニの中で、一つになった。




 その瞬間、カナリアの体に、すべてが流れ込んだ。


 三種族の力が、カナリアを経由して、龍脈に向かっていく。


 制御しなければならなかった。


 でも、力が大きすぎた。


 三十名の魔力が、一点に集中している。カナリア一人が受け止めるには、限界があった。


 ——耐えろ。


 歯を食いしばった。


 膝が、震えた。


 体が、押される感覚があった。


 ——耐えろ。




 ルニが、鳴いた。


 今まで聞いたことのない声だった。


 高くて、強くて、白銀そのものみたいな声。


 その声が、カナリアの体の中で、何かを変えた。


 限界だと思っていた壁が、消えた。


 三種族の力が、カナリアを壊そうとするのではなく——カナリアと一緒に流れていた。


 ——受け止めるんじゃない。


 一緒に、流れる。


 指揮者は、楽器を制御しない。音楽と一緒に動く。




 カナリアは、目を開けた。


 体から、光が溢れていた。


 白銀の光が、三色に染まっていた。


 天人族の光の白。獣牙族の命脈の橙。海鱗族の共鳴の青。


 三色が混ざって、見たことのない色になっていた。


 ——これが、詞だ。


 お母さんが言っていた。怒りや悲しみからは生まれない、と。誰かを想う気持ちが、力の源だと。


 今、カナリアが想っていたのは——タオのことだった。マリンのことだった。カイルのことだった。リナのことだった。ゼクスのことだった。


 バルガ村の長老のことだった。


 お父さんとお母さんのことだった。


 この世界で出会った、すべての人のことだった。




 詞が、溢れた。


 言葉ではなかった。


 声でもなかった。


 でも、確かに——何かが、カナリアの口から出た。


 それは、音だった。


 言語ではない音。でも、聞いた全員が、その意味を感じ取った。


 ——生きていたい。


 ——ここにいたい。


 ——あなたたちと、一緒に。




 亀裂に、光が走った。


 黒い霧が、押された。


 渦が、乱れた。


 防衛システムが、抵抗した。霧が、濃くなった。渦が、強くなった。


 カナリアは、押された。


 後退しかけた。


 その瞬間、後ろから手が触れた。


 カイルだった。


 命脈を流しながら、カナリアの背中に手を当てていた。


「支えてる」


 低い声だった。


 それだけで、足が止まった。




 マリンの歌が、一段階、高くなった。


 昨夜の歌より、ずっと強かった。


 海鱗族の十名の声が、完全に揃っていた。


 心が、揃っていた。


 その音が、防衛システムの渦に、真っ直ぐ入っていった。




 石室の外で、ゼクスが別動隊を指揮していた。


 霧が、抵抗していた。


 術者の一人が、魔力切れで倒れた。すぐに交代した。


 海鱗族の別動隊員が、歌いながら霧を押さえ続けた。


 ゼクスは、全体を見ていた。


 どこが弱くなっているか。どこを補強するか。冷静に、素早く、判断した。


 その判断に、今日は——感情が混じっていた。


 間に合わせたい。


 その感情が、判断を速くした。




 石室の中、光と霧が、ぶつかり合っていた。


 亀裂が、揺れた。


 閉じようとして、また開いた。


 閉じようとして、また開いた。


 カナリアは、力を絞った。


 体の奥底から、最後のものを引き出した。


 ——足りない。


 そう感じた瞬間、声が聞こえた。


 精神世界で聞いた声だった。


 ——お前は孤独じゃない。


 お父さんの声だった。


 ——あなたが誰かを想う時、初めて本当の詞になる。


 お母さんの声だった。


 ——俺がいる。


 カイルの声だった。


 ——歌ってる。聞こえてるよね。


 マリンの声だった。


 全部が、一度に届いた。




 カナリアは、詞を——放った。


 音でも、言葉でも、光でも、なかった。


 強いて言うなら——意志だった。


 この世界を、終わらせたくない。


 ここにいる全員と、もっと生きていたい。


 その意志が、三種族の力を乗せて、龍脈に流れ込んだ。




 亀裂が、閉じた。


 黒い霧が、消えた。


 渦が、止まった。


 石室が、静かになった。


 一秒。


 二秒。


 三秒。




 地面が、震えた。


 弱い振動だった。でも、確かな振動だった。


 足元から、温かいものが伝わってきた。


 龍脈だった。


 魔力が、流れ始めていた。




 カイルが、地面に手をついたまま、顔を上げた。


「……流れてる」


 掠れた声だった。


「命脈が、繋がった。龍脈が——動いてる」


 天人族の術者が、目を開けた。


「導法が、安定している。流れが——均一だ」


 マリンが、歌を止めた。


 呼吸を整えながら、カナリアを見た。


「聞こえる?」


「何が?」


「龍脈の音。ここから——世界中に、広がっていく音」




 カナリアは、耳を澄ませた。


 聞こえた。


 音、というより振動だった。地面から、壁から、空気から、伝わってくる微かな揺れ。


 それが、生きていた。


 動いていた。


 流れていた。




 ルニが、カナリアの腕の中に飛び込んできた。


 毛並みが、白銀に輝いていた。


 黒い霧は、どこにもなかった。


 金色の瞳が、カナリアを見ていた。


 ——やった。


 その目が、言っていた。


「……やった」


 声に出したら、涙が出た。


 止まらなかった。




 石室の外から、声が聞こえてきた。


 ゼクスだった。


「龍脈の流れを、確認した」


 ゼクスの声が、いつもより低かった。感情を押さえているのとは、違う低さだった。


「ゼノビア全域で、魔力の回復が始まっている」


 カイルが、立ち上がった。


「世界全体には、どれくらいかかる」


「時間はかかる。でも——拡散は始まった」


 ゼクスは、石室の入り口に立っていた。


 その目が——潤んでいた。


 泣いていなかった。でも、確かに、目が潤んでいた。


 カナリアは、それを見て、何も言わなかった。


 言う必要は、なかった。




 マリンが、石室の天井を見上げた。


「ねえ」


「なに?」


「世界、続くね」


 カナリアは、天井を見上げた。


 石と岩でできた天井だった。


 でも、その向こうに、空があった。


「続く」


 カナリアは答えた。


「絶対、続く」




 全員が、石室を出た。


 水路を歩いた。


 地上に、出た。


 空が、広がっていた。


 夜明けの光が、ゼノビアの白い建物を、橙色に染めていた。


 遠くで、鳥が鳴いた。


 カナリアは、その空を見上げた。


 ゼノビアに来た日に見た空と、同じ空だった。


 でも、今日は違って見えた。


 ——この世界の空だ。


 わたしの、空だ。




 ルニが、肩の上で大きく翼を広げた。


 白銀の羽が、朝の光に輝いた。


 カナリアは、ルニを見た。


「ありがとう」


 ルニが、鳴いた。


 白銀の声が、夜明けの空に響いた。


 その音が、空に溶けて——世界中に広がっていくような気がした。


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