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虚空のレクイエム ―絶望の魔法世界で、少女は機械の記憶を歌う―  作者: 畠山ゆな@姉弟で小説共作✏️
共鳴する三つの意志

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奇跡の共同戦線:背中を預け合う者たち




 儀式の前日、石室の亀裂が再び広がった。


 一晩で、倍の速さだった。


 黒い霧が、水路全体に漂い始めていた。触れた者が、体の力が抜けると言った。長時間いると、意識が朦朧としてくる者も出た。


 時間が、削られていた。




 カナリアは、石室の入り口に立った。


 中に入れなかった。


 霧が、濃すぎた。


「このままでは、儀式の場所がなくなる」


 ゼクスが、淡々と言った。


「わかってる」


「対策が、必要だ」


「わかってる」


 カナリアは、亀裂を見た。


 昨夜より、ずっと大きかった。黒い霧が、渦を巻くように漂っている。


 ——どうすれば。


 考えた。


 昨夜、全員の力が繋がった瞬間、亀裂が一時的に閉じた。ということは——


「霧を、押さえることができる」


 カナリアは言った。


「昨夜みたいに、三種族の力を繋げれば」


「昨夜は、一瞬だけだった」


「一瞬じゃなくて、儀式が終わるまで、保ち続ける」


 ゼクスが、眉をひそめた。


「それは——術者への負担が、相当なものになる」


「わかってる。でも、他に方法がない」




 リナを呼んだ。


 老族長は、カナリアの提案を聞いて、しばらく黙っていた。


「儀式を行いながら、同時に防衛システムを抑える。二つを並行してやるということか」


「そうです」


「難しい」


「難しくても、できますか」


 リナは、カナリアを見た。


「できるかどうか聞いているのか、それともやるかどうか聞いているのか」


「やるかどうか、です」


 リナは、少し目を細めた。


「セラの娘だな」


 それだけ言って、頷いた。


「やる」




 作戦を、立て直した。


 儀式の本隊と、防衛の別動隊に分ける。


 本隊は、石室の中で龍脈の再起動を行う。天人族の術者、獣牙族の命脈の使い手、海鱗族の共鳴の使い手、各十名ずつ。カナリアが中心に立って、三種族の力を束ねる。


 別動隊は、石室の外で防衛システムを抑え続ける。残りの術者と共鳴の使い手が、交代で霧を押さえる。


「俺が、別動隊を指揮する」


 ゼクスが言った。


「本隊じゃないんですか」


「天人族の術者の中に、俺より導法の精度が高い者がいる。本隊の指揮は、そいつに任せる」


「ゼクスさんは?」


「外で、全体を見る方が——合っている」


 カナリアは、その言葉の意味を考えた。


 本隊の中心に立つより、全体を俯瞰して支える方が、今の自分には合っている。


 それは、自分の限界を知っている人間の言葉だった。


「わかりました」




 カイルが、獣牙族の仲間たちと最終確認をしていた。


 カナリアが近づくと、カイルは振り返った。


「準備できてる」


「うん」


「お前は?」


「できてる、と思う」


「思う?」


「正直に言った」


 カイルは、少し笑った。


「それでいい」


 カナリアは、カイルを見た。


「ありがとう。バルガ村から、ずっと一緒にいてくれて」


「礼はいい」


「でも、言いたい」


「……わかった。聞く」


「あなたがいなかったら、ここまで来られなかった。本当に、ありがとう」


 カイルは、少し目を逸らした。


 耳が、また赤かった。


「……俺も、同じだ」


「え?」


「お前がいなかったら、俺もここまで来られなかった。それだけだ」




 マリンが、海鱗族の共鳴の使い手たちと歌の練習をしていた。


 カナリアが様子を見に行くと、十名全員が、昨夜より格段に揃っていた。


「すごい」


「昨夜の感覚が、残ってる」


 マリンが言った。


「一度繋がったら、二度目は早い。音楽みたいに」


「族長は?」


「本隊には入らない。別動隊を見てくれる。でも——」


 マリンは、石室の方を見た。


「さっき、一人で石室に入っていった。長い時間」


「何をしてたんだろう」


「わからない。でも、出てきた時の顔が——なんか、すっきりしてた」




 リナに会いに行った。


 老族長は、水路の端に座っていた。目を閉じて、静かに何かを聞いているような顔をしていた。


「族長」


 リナは、目を開けた。


「何をしていたんですか。石室で」


「挨拶をしていた」


「挨拶?」


「防衛システムに、だ」


 カナリアは、思わず聞き返した。


「防衛システムに、挨拶?」


「あれは悪意ではない。お前が言った通り、仕事をしようとしているだけだ」


 カナリアは、驚いた。


「聞いていたんですか」


「水路は、声が響く」


 リナは、静かに続けた。


「悪意のないものを、ただ力で押さえ込むのは、筋が違う。だから、挨拶した。世界が回復しようとしていること、邪魔はしないでほしいこと、を伝えた」


「……届きましたか」


「わからない。でも、言わないよりいい」




 その夜、全員が石室の外に集まった。


 儀式は、翌朝の夜明けに始める予定だった。


 最後の夜だった。


 誰かが、火を焚いた。水路の中に、小さな焚き火が生まれた。


 自然と、全員がその周りに集まった。


 天人族の術者が、獣牙族の男の隣に座った。海鱗族の女性が、天人族の少年術者に毛布を分けた。


 三日前には、想像もできない光景だった。




 タオが、カナリアの隣に来た。


 ゼノビアに来てからずっと、世話になっていた老人の家に預けていた。でも、今夜だけは、連れてきた。


「明日、行くの?」


「行く」


「怖い?」


「怖い」


「お母さんが、応援してるって言ってた」


 カナリアは、タオを見た。


「タオのお母さんが?」


「うん。カナリアさんにお礼が言いたいって。でも、体がまだ本調子じゃないから、来られないって」


「後で、会いに行く」


「うん」


 タオは、焚き火を見た。


「わたし、大きくなったら——カナリアさんみたいになりたい」


「わたしみたいに?」


「怖くても、動ける人。間違えても、諦めない人」


 カナリアは、胸が締め付けられた。


「タオは、もうそうなってると思う」


「え?」


「施設で、わたしが暴走しかけた時、逃げなかった。怖かったのに、手を離さなかった」


 タオは、きょとんとした顔をした。


「それは——お姉さんが、いつも逃げなかったから」




 ゼクスが、焚き火の少し離れた場所に立っていた。


 輪の中には入らなかった。でも、離れてもいなかった。


 カナリアは、ゼクスの隣に行った。


「輪の中に入らないんですか」


「俺が入っていい場所ではない」


「誰もそんなこと言っていない」


「俺が、そう思っている」


 カナリアは、ゼクスを見た。


「一つだけ聞いていいですか」


「なんだ」


「弟さんは、どんな人でしたか」


 ゼクスの肩が、かすかに動いた。


 しばらく、答えなかった。


 やがて、静かに言った。


「……明るい奴だった」


「明るい?」


「俺とは、真逆だった。誰とでも話せて、すぐに友達を作って、笑ってばかりいた」


 カナリアは、黙って聞いた。


「あいつが死んだのは——俺が感情的な判断をしたせいだと、ずっと思っていた」


「でも?」


「でも、今夜——ここを見ていて、思った」


 ゼクスは、焚き火の輪を見た。


「あいつは、こういう場所が好きだった。みんなで集まって、火を囲んで。俺は、そういうのが苦手だったから、端で見ていた。あいつは、いつも俺を輪の中に引っ張り込もうとした」


「……引っ張り込まれましたか」


「たまに」


 その「たまに」という言葉が、温かかった。




「弟さんが今ここにいたら、何て言うと思いますか」


 カナリアが聞いた。


 ゼクスは、しばらく考えた。


「……輪の中に入れ、と言うだろう」


「じゃあ、入ればいいじゃないですか」


 ゼクスは、カナリアを見た。


「簡単に言う」


「簡単じゃないことは知ってる。でも、弟さんがそう言うなら——それが答えじゃないですか」


 ゼクスは、焚き火の輪を見た。


 長い沈黙があった。


 やがて、ゆっくりと、一歩踏み出した。


 焚き火の輪に、近づいた。




 カイルが、ゼクスに気づいた。


 目が、鋭くなりかけた。でも、一瞬だけで、元に戻った。


 カイルは、自分の隣の地面を、手のひらで軽く叩いた。


 座れ、という意味だった。


 ゼクスは、少し目を見開いた。


 それから、カイルの隣に座った。


 誰も、何も言わなかった。


 でも、誰も立ち去りもしなかった。




 マリンが、歌い始めた。


 今夜は、旋律に言葉があった。


 古い言葉だった。カナリアには意味がわからなかった。でも、その音の流れが、温かかった。


 一人、また一人と、歌に加わった。


 海鱗族だけじゃなかった。


 獣牙族の男が、低い声で歌に合わせた。音程は外れていた。でも、誰も気にしなかった。


 天人族の少年術者が、小さく口ずさんだ。


 やがて、輪全体が、同じ音の中にいた。




 カナリアは、その音の中に立っていた。


 ルニが、肩の上で目を閉じていた。白銀の毛並みが、焚き火の光に揺れていた。


 ——これが。


 三種族が、一つになっている。言葉もなく、命令もなく、ただ同じ音の中で、同じ場所にいる。


 ——これが、お父さんとお母さんが守りたかったものだ。


 胸の奥が、満ちていった。


 悲しくはなかった。


 でも、目が、熱くなった。




 歌が終わった後、しばらく誰も喋らなかった。


 焚き火の音だけが、水路に響いていた。


 リナが、口を開いた。


「明日、やり遂げよう」


 短かった。


 でも、それだけで十分だった。


 全員が、頷いた。




 その夜、カナリアはなかなか眠れなかった。


 でも、怖くて眠れないのとは、少し違った。


 頭が、冴えていた。


 明日のことを考えていた。三種族の力を束ねる瞬間のことを。ルニが中心に立つ瞬間のことを。亀裂が完全に閉じる瞬間のことを。


 うまくいくかどうか、わからない。


 でも、今夜、焚き火の輪を見て——うまくいく気がした。


 根拠はなかった。


 でも、根拠がなくても、そう思えた。




 夜明け前、カイルが起きていた。


「眠れないのか」


「眠れない」


「俺も」


 二人で、水路の音を聞いた。


 しばらくして、カイルが言った。


「バルガ村から、遠くに来たな」


「うん」


「最初にお前を見つけた時——こんなことになるとは思わなかった」


「どう思ってた?」


「記憶のない旅人が、草原に倒れていた。それだけだった」


「今は?」


 カイルは、少し考えた。


「……一緒に、世界を変えようとしている仲間だ」


 カナリアは、その言葉を胸に受け取った。


「ありがとう」


「また礼を言う」


「言いたいから、言う」


 カイルは、苦笑した。


「……どういたしまして」


 初めて、その言葉を返してくれた。




 夜明けが、近づいていた。


 水路の奥から、かすかな光が見えた。


 石室の方向だった。


 黒い霧の中に、光がある。


 消えていなかった。


 カナリアは、立ち上がった。


 ルニが、目を覚ました。


「行こう」


 ルニが鳴いた。


 白銀の声が、水路に響いた。


 その音が、眠っていた全員を起こした。


 誰も文句を言わなかった。


 全員が、立ち上がった。


 背中を預け合う者たちが、夜明けに向かって、歩き始めた。


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